Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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久遠の誓に生きる同志の勝利の連帯  

講義「御書の世界」(上)(池田大作全集第32巻)

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12  晴ればれと仲の良い元初の世界
 斎藤 かつて日淳上人は、戸田先生亡きあと、池田先生を中心に心を一つに前進を誓った創価学会の姿を称えて、「全く霊山一会儼然未散と申すべきであると、思うのであります。これを言葉を変えますれば真の霊山で浄土、仏の一大集まりであると、私は深く敬意を表する次第であります」(創価学会第十八回総会での講演)と、述べられたことがあります。
 池田 創価学会は、まさしく「霊山一会儼然未散」の姿そのものを現出しているのです。崇高なる広宣流布の集いです。
 久遠の誓いを果たすため、末法の民衆の救済に出現した地涌の菩薩の集いは学会以外に絶対にない。私たちは、久遠からの永遠の同志にほかならない。
 戸田先生はかつてこう記されています。
 「大聖人は久遠元初の御本仏でいらせられ、われらも、大聖人より日蓮等の類い、または日蓮が弟子檀那とおおせをこうむった以上、久遠元初のその当初、御本仏の眷属として、自由自在な境地で、九界の衆生と天然自然のまま、つくろわず、働かさず、ときには怒り、ときには笑い、心のままに、楽しく、清くふるまいつつ生活していたものである」(『戸田城聖全集』第一巻)
 「あの晴れやかな世界に住んだわれわれが、いままた、この娑婆世界にそろって涌出したのである。思いかえせば、そのころの清く楽しい世界は、きのうのようである。なんで、あのときの晴ればれした世界を忘れよう。ともに自由自在に遊びたわむれた友をば、どうして忘れよう。またともに法華会座に誓った誓いを忘れえましょうか。
 この娑婆世界も、楽しく清く、晴ればれとしたみな仲のよい友ばかりの世界なのだが、貪、瞋、嫉妬の毒を、権、小乗教、外道のやからにのませられて狂子となったその末に、たがいに久遠を忘れてしまっていることこそ、悲しい、哀れなきわみではあるまいか」(『戸田城聖全集』第一巻)
 斎藤 「楽しく清く、晴ればれとしたみな仲のよい友ばかりの世界」とは、まさに異体同心の世界ですね。
 池田 皆が、元初の生命に具わる大願、すなわち「自他共の幸福」を願う久遠の誓いに立てば、必ずそうなるのです。これが創価学会です。
 我が創価学会は、仏意仏勅の団体です。この久遠の誓いを忘れず、さらに仲良く、さらに深く尊敬しあって、異体同心の団結で、ともどもに広宣流布の最極に麗しい世界を広げてまいりたい。

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