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日蓮大聖人・池田大作

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後記「池田大作全集」刊行委員会  

「随筆 人間革命」「私の履歴書」「つれずれ随想」(池田大作全集第22巻)

前後
2  本巻に収めた『随筆 人間革命』『私の履歴書』『つれづれ随想』は、いずれもこの小説『人間革命』の連載の休載中、あるいは同小説の執筆とともに書かれた随想集である。
 執筆順にみると、まず『随筆 人間革命』は、小説『人間革命』第六巻が終了した翌年の昭和四十六年一月二十六日から、「聖教新聞」紙上で紹介されてきたものである。
 その「序にかえて」の中で、著者が「(小説『人間革命』の)物語の結構上、みすみす書きもらさなければならなかった挿話を惜しみ」と語るように、執筆の折にふれての身近なエピソードを紹介している。
 「寒椿」では、執筆に励むみずからの心情が語られている。「激しい法戦のなかでの、仕事であった。汗を流し、熱を出しながらの日も、多くあった。幾時間も横に臥し、考えの纏まらぬときもあった。一筋に、正確という一点を追って、ただ夢中に書いた。真剣に、挫折と戦った日々であったことだけは、おわかり願いたい」と。
 さらに「若き名編集者たち」「ペンネームの由来」など、新聞連載に際してかかわる人びとに心を寄せる一方、「恩師の誕生日に想う」「通説と真実の距離」「真実を描く難しさ」「恩師の指導ノート」「山本伸一の命名理由」「恩師と過ごした師走」等、同小説にこめられた思索をつくした思いが、和気とユーモアのやりとりを随所にはさみつつ展開されている。最後の稿の「名古屋の土地柄」は、「聖教新聞」には未発表のものである。
3  また『私の履歴書』は、「日本経済新聞」に、当時の日本を代表する各界の著名人の一人として連載執筆したものである。
 現在の東京・大田区に生まれた著者が、その序文にこう記している。
 「海苔屋の伜として生まれ、今日まで人生を全うしてこられたのは、多くの市民、つまり衆生の恩にほかならない。私は、私の未来行動への“発心の言葉”として、かぎりない感謝と誓いをこめて一筆を進めた」と。
 人間の、深層部分の奥行きには、少年時代の心の燃焼があるといわれている。その意味でも「私という平凡な人間の輪郭をなした少年の日々を、多少とも克明に書かせていただいた」(同)というこの部分の文章は、これまでの著作のなかでもふれられることが少なかっただけに興味ぶかい。
 「強情さま」にはじまり「江戸っ子」「海苔漁」「軍靴の音」「血痰」「赤焼けの空襲」「忘れ得ぬ鏡」「森ケ崎海岸」等、正確で平易な語り口でいて、青少年時代が、イメージ豊かに鮮やかに活写されている。
 つづけて「若い結婚」「布教」「権力との戦い」「第三代会長」「教育事業」「海外への旅」と筆が進められていくが、強靭なる責任感と仏法に根ざした生命から発する光と知恵を結晶化させた言々句々は、広く内外の人びとの心底に共感と納得の調べを呼び起こしていく。なお、単行本に収められていた随想六編のうち、四編はすでに収録し、残り二編も今後刊行する他の巻に含めることになっており、本巻からは省かせていただいた。
4  『つれづれ随想――わたしの説話抄』は、潮出版社の『婦人と暮し』誌上に、昭和五十三年(一九七八年)三月号より五十六年六月号まで連載されたものである。
 仏法指導者である著者が、インドの釈尊の説話集の中から、そのいくつかを取り出し、これを現代生活に生きいきと展開したものである。と同時に、家事や家計、子育てなど厳しい現実に生きる婦人たちへの確固たる人生の指針であり、無上の励ましの書であるといってよい。
 貧しき老母の“美しき心”が紹介されている「貧女の一灯」。老母が、わずかな麻油を求め、釈尊に供養する。わずかな油であったが、須弥山下ろしの強風で、すべての火が消えてしまったにもかかわらず“一灯”は燃えつづけた。このとき釈尊は、老母は未来にかならず仏になるであろうと予言する。歓喜した老母に対し、数万倍の油を供養した阿闍世王には成仏の予言がなかった。内に自負の邪心があったからである。
 こうした説話を通して「一人の婦人の真心や愛情は……“貧女の一灯”が全世界を照らしだすのにも似て、それぞれの地域にあって、太陽のごとく輝いていくにちがいない」と“心こそ大切なれ”と語りかける著者。
 このほか、よく知られる説話として「二本の蘆束」や「雪山の寒苦鳥」「槻の木の弓」「猪と金山」「不軽菩薩の振る舞い」「乞眼の婆羅門」など四十編が紹介されている。仏法の難解な哲理に、現代文化を織りこみながら、話題を古今の歴史に、また身近な日常の例へと広げ、わかりやすく語りながら深淵な生命の世界への眼を開かせていく――まさに著者にして成し得る、仏法と現実生活との絶妙な架橋作業から生まれた一書であるといってよい。
5  収録した『随筆・人間革命』『私の履歴書』『つれづれ随想』は、いずれも十年、二十年の歳月をへたものであるが、その光彩は衰えるどころか、ますますその輝きを増している。まさに時代を超えて万人の胸を打つもの――それこそ本物の詩心の美といえまいか。
 かくも壮大なる魂の発酵ともいうべき詩心に思うことは、そのすべてが世界の友、日本の友への心からの励ましと行動の激務の中から生まれた所産であることだ。フランス文学のある傑作は屋根裏から誕生したというが、池田名誉会長の場合は、すべてが民衆蘇生運動の行動の中で、まさに民衆のなかから生まれたといってよい。
 一人ひとりの幸せをひたすら願い、批判と中傷の矢面に立ちながら走りぬくこと四十余年。どの詩歌も、文章も、動く車中で、あるいは旅先での友との語らいの中で、その思索の凝結がなされ、それは一瞬のうちに美しくも清冽な奔流のごときあふれる詩情感となって開花し、結実していく。まさに“民衆運動の戦人”“行動する詩人”さながらの心情の発露が、人びとの胸奥を揺さぶる魂の詩となり、眠れる生命をも呼び覚ます蘇生の旋律となっていくのであろう。
6  昨年十一月十八日、「創価学会創立記念日」を期して始まった、この民衆蘇生運動の世界への広がりを綴る小説「新・人間革命」(第一巻)の連載が、いま大きな反響を呼んでいる。わが生命の開花へ、生命の世紀へ、本書に親しみ、本書を成長の糧としながら、小説「新・人間革命」とともに“創価ルネサンス”の新たな旅立ちの原動力としていただきたい。
 一九九四年四月二日

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