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日蓮大聖人・池田大作

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桜梅桃李  

「随筆 人間革命」「私の履歴書」「つれずれ随想」(池田大作全集第22巻)

前後
2  私は昨秋(昭和五十五年)、五年ぶりにアメリカを訪れた。
 私が初めてこの地を踏んだのは、ちょうど二十年前であった。この間、幾度となく往来したが、今回、既知、未知を含めて多くの友人と心の絆を固め合いながら、あらためて二十年という歳月が築き、浮かび上がらせた歴史と真実の“足跡”をそこに見る思いであった。
 この二十年間にアメリカ社会も激変している。その多種多様な変化のなかで、大きな現象の一つに、ウーマン・リブ運動がある。
 一九七〇年代に急速に盛り上がったこの運動が、試行錯誤を繰り返しながらも、いわゆる男性を中心としてきた、この構造的な矛盾をつき、多くの成果を収めてきたことは事実である。しかしその一方、失ったものも多かったというのが、十年たったいまの反省であると聞く。
 現今の社会には、離婚率の増大とか、家族の崩壊とそれにともなう孤独感の侵蝕といった、従来のリブ運動だけでは解決しえない深刻な精神的問題が表面化してきている。その結果、ウーマン・リブ運動は現在、第二期を迎えているという。すなわち、男性および男性社会との戦いから、男性とともに人間としての在るべき姿を求めて戦うという方向へ、と。
 ここにも一つの歴史の淘汰作用がうかがえまいか。
3  アメリカのウーマン・リブ運動の創始者として知られるベティー・フリーダン女史は、昨秋の来日を前にした「朝日新聞」のインタビューのなかで、この運動の経緯についてさまざまに語っている。
 そのなかで、私が心中もっとも深くうなずいたのは、次の言葉であった。
 「女性解放でも男性解放でもない。人間解放、ヒューマン・リベレーションということではないかしら」(昭和五十五年九月二十六日付)と。
 私もかつて何度か、この“ヒューマン・リブ”という言葉を使ったことがある。すべての人びとが男性であり女性であり、親であり子であるまえに、否、真実そうあるために、まずなによりも人間であることの自立の精神を培うことこそ急務である、と年来考えてきたからだ。
 たんに時流に乗っただけの運動であるならば、風向きが変われば雲散霧消してしまうであろう。歴史という力の淘汰作用には、とても耐えられはしない。思想であれ運動であれ、人間自体に根を下ろしているものは、時代を超えて生き、発展しつづけるにちがいない。
 ウーマン・リブ運動も、その人間の真の解放をめざして、着実に進んでほしいと、私は願っている。
 仏法では「桜梅桃李」ということを説いている。
 桜は桜、梅は梅、桃は桃……と、それぞれにかけがえのない特性、個性をもっている。桜は桜らしく、梅は梅として、精いっぱい咲ききっていく姿こそ、最も美しい。人間も同様である。他人と自分を比して、桜が梅になろうとしたり、梅が桃を望むようないき方は無理な話といえよう。
 また、深く自身に根ざした個性を輝かすための環境の整備、変革も、当然なされなければならない。しかし、個性そのものを変えようとするのは、愚かとしかいいようがない。より大切なことは、自身、人間自体への探究と錬磨である。
4  訪米の旅のなかで、とくに感慨ぶかかったのは、戦後アメリカに嫁ぎ、アメリカSGI(創価学会インタナショナル)の基礎を築いてきた草創の婦人たちとの再会であった。初めての出会いから、それぞれが二十年の風雪を刻んできた懐かしき人たちである。
 アメリカの大地に逞しく根を張り、生きいきと生活している彼女たちの明るい表情に接したとき、私は、ひたすら母国への帰郷だけを願っていた二十年前の彼女たちの、心細げな弱々しい姿が思い出されてならなかった。
 あるカメラ雑誌が、戦後、アメリカに嫁いだ日本女性たちの近況を、印象ぶかい写真で紹介していたことがある。
 取材に応じた人びとのなかで、自分はアメリカの“土”になると、きっぱりと言いきったのは、十人に二人。いまでもほとんどの人が、母国に帰ることを夢見ているという。
 私の会った婦人たちにしても、家庭不和、生活苦、さらにその苦悩を語る友もいない孤独のなかで、日本に逃げ帰りたいと、どれほどの葛藤がつづいたことであろうか。しかし、宿命の苦しみを使命感へと昇華させ、アメリカ社会に貢献しゆく立派な一員になろうと、精いっぱい努力したことであろう。
 言葉をマスターし、車の運転を覚え、未来に希望を見いだしながら、あらゆる障壁を乗り越えてきた彼女たち──。私は「桜梅桃李」の、ヒューマン・リブの美しい結晶を見る思いであった。
 時は人間の真実を洗い出す。
 アメリカの大地に、誇らかに自身を咲かせきった彼女たちの笑顔は、満開の桜花のように晴れがましかった。

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