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日蓮大聖人・池田大作

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不退の戦い  

「随筆 人間革命」「私の履歴書」「つれずれ随想」(池田大作全集第22巻)

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3  トルストイは、私が若いときから最も好きな作家であり、いまも変わらぬ愛読者の一人である。
 「人間」というものを見つめつづけ、真理探究に生涯取り組んだ彼の生き方が、作品のなかのそれぞれの登場人物から、伝わってくるようで、どの作品もじつに興味ぶかいのである。 クトゥーゾフ将軍──彼の代表作である『戦争と平和』に登場する老将軍である。
 一八一二年、ナポレオン率いるフランス軍が、怒涛の勢いで、ロシアに侵攻した。この戦いで有名なのが「ボロジノの戦い」である。ボロジノはモスクワの西、約百二十キロにある村である。並みいるロシアの将軍一同が敗戦とあきらめていたにもかかわらず、ロシア軍総司令官のクトゥーゾフだけが「戦いは勝つ」と言いきった。
 ボロジノの戦いは激戦であった。ナポレオン軍の“無敵”の神話を崩す戦いとなったのである。ボロジノの会戦の翌日、ロシア軍は撤退し、最後の勝利を得るために、あえてモスクワを放棄する作戦をとる。しかし戦況は一見、救いがたい劣勢のようにみえた。クトゥーゾフは周囲の批判にもじっと耐えた。ナポレオン軍をみずからの陣地に引きこみ、厳寒のなかに巻きこんだ。そして、総退却を余儀なくさせ、最後に圧倒的な勝利を得るのである。
 不利な条件だけに目を奪われることなく、いかなる困難のなかにあっても「最後はかならず勝つ」と信じて進んだクトゥーゾフの強靭さに、私は、己が決めた信念の道に生きる人間の輝きをみる思いがしたのである。
4  次元は異なるが、日蓮大聖人の御一生もまた、戦いに次ぐ戦いの連続であられた。「大兵を・をこして二十余年なり、日蓮一度もしりぞく心なし」「賢者はよろこび愚者は退く」などの御遺文に見られるように、不退の御生涯であられた。
 権力によって、いままさに首を斬られようとするときも、時の最高権力者に向かって「あらをもしろや平左衛門尉が・ものにくるうを見よ、とのばら但今日本国の柱をたをす」と師子吼され、一歩も退こうとされなかった。
 私は、日蓮大聖人が身をもって示された不退の戦いのなかに、大乗仏教の精神の精髄が脈打っていると信じている。それはまた、人間としての尊極の生き方であるといってよい。
 ひとたび決めた道を、生涯貫く人生ほど尊いものはない。時流に合わせて右顧左眄する人生の末路はみじめなものであろう。その轍を踏まないためには、つねの戦いを忘れてはなるまい。まことに、真実の人生とは不退の戦いの異名である。

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