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日蓮大聖人・池田大作

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「佐渡御書」講義 文永九年三月五十一歳御作 与弟子檀那

講義「諸法実相抄」「生死一大事血脈抄」(池田大作全集第24巻)

前後
1  大難の時こそ強盛な信心を
 この御書は、日蓮大聖人が、竜の口の法難、佐渡流罪という最も大きい難を受けられた時に、弟子檀那に与えられた御書です。したがって「佐渡御書」と名づけられています。
 日本では律令制の確立以来、刑罰として答、杖、徒、流、死の五種が定められていました。竜の口の法難は最も重い死罪であり、佐渡御流罪は、その死罪につぐ重い刑です。弟子門下の中には、自ら権力等によって弾圧されることを恐れて退転する人とともに、大聖人が次々と大難に遭われていることに対し「なぜ大聖人はこのように難に遭うのか。どこか間違っているからではないか」と批判する者まで出ていたのです。
 それに対し、不惜身命こそ仏道修行の根本であり、成仏の鍵であることを強く指導されたのが本抄です。
2  此文は富木殿のかた三郎左衛門殿大蔵たうのつじ塔辻十郎入道殿等さじき桟敷の尼御前一一に見させ給べき人人の御中へなり、京鎌倉に軍に死る人人を書付てたび候へ、外典抄文句の二玄の四の本末勘文かんもん宣旨等これへの人人ちてわたらせ給へ
 この手紙は富木殿の方、四条三郎左衛門尉殿、大蔵塔の辻十郎入道殿等、桟敷の尼御前などの一人一人に見てもらいたい方々へのものである。京都や鎌倉の合戦で死んだ人々の名を書き付けて送ってほしい。また、外典抄、『法華文句』の二の巻、『法華玄義』の巻四の本末、勘文や宣旨なども、佐渡に来る者に持たせて送ってもらいたい。
3  富木常忍も三郎左衛門(すなわち四条金吾)も、大聖人のもとで、最も活躍した大信者です。「大蔵たうのつじ十郎入道」についてはあまり御書に出ていませんが、このように名前をおしたためになっていることから考えると、やはり強信な人であったと考えられます。
 大事なのは「一一に見させ給べき人人の御中へなり」の御文です。これは、以上に挙げた人ばかりでなく一人一人が自分に与えられた御書として読んでほしい、という意味です。事実この御書の宛名は、弟子檀那等御中となっております。これを拝読する一人一人が「自分のために大聖人は書いてくださったのだ」との思いで受け止めてほしいと仰せられているところに、大聖人がいかに深い思いを込めて本抄をしたためられたかがうかがわれるのです。
 「京鎌倉に軍に死る人人」――この御書は、文永九年三月のものですが、この年の二月には、京都と鎌倉で、北条一門の争い、すなわち自界叛逆難がありました。その時に、日蓮大聖人の弟子、信者の中の武士で、亡くなった人達の名前を書いて寄こしなさいとの仰せです。追善供養してあげますよ、という大聖人の大慈悲と拝せられます。
 そして外典抄また『法華文句』『法華玄義』あるいは勘文、宣旨等の資料を、こちらへ来る人々に託して持ってきてもらいたいと言われています。「勘文」は学者、知識人が書いた意見書、「宣旨」は朝廷から出される命令書をいいます。
 おそらくここで言われているのは、法然の浄土宗についてこうした邪教は取り締まるべきであるとの勘文が叡山や興福寺から出され、それを受けて出された宣旨を指していると考えられます。この詳細は御書(八六㌻)にも示されています。
 日蓮大聖人は、佐渡でたくさんの重要な御書を執筆されていますが、そうした執筆にあたり参考とされるために、そのような資料を持ってきてほしいとおっしゃっているのです。
4  不惜身命の信心こそ成仏の因
 世間に人の恐るる者は火炎の中と刀剣の影と此身の死するとなるべし牛馬猶身を惜むいわんや人身をや癩人猶命を惜む何にいわんや壮人をや、仏説て云く「七宝を以て三千大千世界に布き満るとも手の小指を以て仏経に供養せんには如かず」、雪山童子の身をなげし楽法ぎょうぼう梵志が身の皮をはぎし身命に過たる惜き者のなければ是を布施として仏法を習へば必仏となる身命を捨る人・他の宝を仏法に惜べしや、又財宝を仏法におしまん物まさる身命を捨べきや、世間の法にも重恩をば命を捨て報ずるなるべし又主君の為に命を捨る人はすくなきやうなれども其数多し男子ははぢに命をすて女人は男の為に命をすつ、魚は命を惜む故に池にむに池の浅き事を歎きて池の底に穴をほりてすむしかれどもにばかされて釣をのむ鳥は木にすむ木のひきき事をおじて木の上枝にすむしかれどもゑにばかされて網にかかる、人も又是くの如し世間の浅き事には身命を失へども大事の仏法なんどには捨る事難し故に仏になる人もなかるべし
 世間で、人の最も恐れるものは、火炎に包まれることと、万剣の影におびやかされるととと、そして我が身が死ことである。牛馬ですら命を惜しむ。まして人間が惜しまぬわけがない。不治の病である癩病に罹った人でさえ命を惜しむ、まして健康な人が命を惜しむのは当然である。
 仏は法華経に「三千大千世界に満ちるほどの七宝をもって供養するよりも、手の小指を仏経に供養するほうがはるかに功徳が大きい」(取意)と説かれている。昔、雪山童子は木の上から身を投げて教えを求め、楽法梵志は紙がないため身の皮をはいで教えを書写しようとした。身命にまさるほど惜しいものはないので、この身を布施として仏法を学べば、必ず仏となるのである。身命を捨てる人が、他の宝を仏法に惜しむようなことがあるだろうか。また財宝を仏法のために惜しむ者が、財宝にまさる身命を仏法に捨てることがあるだろうか。
 世間の法にも、重恩に対しては命を捨てて報いるのである。また主君のために命を捨てる人も少ないようではあるが、その数は多い。男子は恥に命を捨て、女人は男のために命を捨てる。魚は命を惜しむために池にすむが、池が浅いことを嘆いて池の底に穴を掘ってすむのである。しかし、釣り人の餌にだまされて針をのんでしまう。鳥は木にすむ。木が低いからといって木の上枝にすむが、餌にだまされて網にかかってしまうのである。
 人間も同じようなものである。世間の浅いことには身命を失うことはあっても、大事な仏法のために命を捨てることは難しい。そのために仏に成る人もいないのである。
5  この第一段では、誰人にとっても最も大事な宝は自分の命であり、そのかけがえのない命という宝をさえ仏法のためには惜しまないことが最高の供養であり成仏の鍵であることを教えられているのです。
 「世聞に人の恐るる者は」――人が「恐ろしい」ということに三つある。これは命を何よりも惜しむゆえに、その命を脅かすものを恐れるということです。
 一つは「火炎の中」――これは炎につつまれることであり、広くいえば自然のエネルギーといってもよいでしょう。
 二つは「刀剣の影」――これは今でいえば戦争です。広くいえば、人間の殺意といってよいでしょう。この二つは外側から襲ってくるものです。
 それに対し「此身の死する」――これは病気、老衰など、自分の内に芽生える死の影といえるでしょう。
 牛や馬でもなお命を惜しむ、いわんや人身においてをや。重病人でもなお命を惜しむ、まして健康な人が、死をこわがるのは当然です。生あるものは死にたくはないのです。どんな病人でも、少しでも長生きしようと努力しています。自らの生命を守り永らえようとするのは、あらゆる生命体において最も強い本能といってよいのです。
 そのように、命は何ものにも代えられない尊い宝であるがゆえに、次の経文にあるように三千大千世界に布き満つるほどの膨大な財宝を仏や経に供養するよりも、自分の手の小指を供養することのほうが功徳が大きいのです。ここで「仏説て云く」とあるのは、末尾に「取意」とあるように、この通りの文ではありませんが、法華経の薬王品に説かれているのを趣旨をとって挙げられたものです。
 「手の小指を以て仏経に供養せん」とは、手の小指をとったからといって死ぬわけではない。しかし、我が生命の一部であることは間違いない。ゆえに、膨大な財宝の供養よりも我が生命の一部たりとも捧げることのほうが功徳が大きいとされているのです。
 このことを私どもに当てはめて言えば、我が身を痛めて仏法のために捧げる、また、自分の人生の何十時間、何年間かを仏法のため、広宣流布のために捧げることが、まさしく生命の一部を仏法に供養していることになるのです。
 次に、雪山童子、楽法梵志の故事を挙げられて、こうしたエピソードは「身命に過たる惜き者のなければ」すなわち、自分の身命が最も尊い宝であるので、その最尊の身命を仏法のために惜しまないことが成仏の要諦であることを示そうとしたのであると御教示されています。
 雪山童子は、鬼神から半偈を教えてもらうために、飢えた鬼神に自分の身体を食べさせようとした。楽法梵志は、教わった仏教を後世に伝えるため、身の皮をはいで紙とし、骨を削って筆としたといわれております。雪山童子は「求道」の代表であり、楽法党志は「令法久住」「弘法」の実践の代表といってよいでしょう。実践の内容は異なっても不惜身命の精神は共通です。ここに仏道修行の根本があるとの仰せです。
 「身命を捨る人・他の宝を仏法に惜ぺしや、又財宝を仏法におしまん物まさる身命を捨べきや」との御文は、所領没収等の難にあい、怖気づいて退転していった人々に対する厳しい破折です。そのような小さな難にあったぐらいで、おびえ退転してしまう人が、自分の身命を仏法のために捧げられるわけがない、したがって成仏なぞできるわけがないではないか! と。
 また、身命を捨てますなどと言っている人が、財産没収ぐらいの難にぐらつくとはおかしいではないか! と。
 次に、人間は、そのように命を惜しんでいるけれども、結局は何かのために命を捨てていくことを示されています。
 「世間の法にも重恩をば命を捨て報ずるなるべし」――一般世間の法、考え方においても、重い恩を命を捨てて報ずることが美しいとされている。また、そうしたエピソードも数多く語られている。特に、封建社会においては、自分の仕える主君のために命をなげうつことが理想とされました。そういう人は「すくなきゃうなれども」と言われているのは、現実には、自分の主君を裏切る者も多かったからでしょう。しかし、それでも、主君のために戦って命をなげうった武士、忠実な家臣の数は大変なものになるでしょう。
 報恩、主君への忠誠――これは社会的倫理です。その倫理観の立てる理想のために命を捨てる人も少なくないということです。
 それに対し、次の「男子ははぢに命をすて女人は男の為に命をすつ」と述べられている例は、自己の感情、情念のために命を捨てる例です。一般的傾向として、男は自分の名誉を大事にし、それが傷つくこと、つまり恥をさらすことを恐れ、死を選ぶ。それに対して女性は、愛する男性のために我が身をかえりみないという傾向がある。
 更に、もっと広くみられるのは、目先の利欲のために命を捨てる例です。魚や鳥が餌につられて命を落とす――これは、要するに目先の利欲にとらわれることです。したがって、人間も決して、こうした鳥や魚と異なっているわけではない。「人も又是くの如し世間の浅き事には身命を失へども大事の仏法なんどには捨る事難し」と。一生涯、少しでも金持ちになりたい、社会的に高い地位につきたい、賞がほしいと、懸命に働いて命をすりへらして終わっていく。これは、魚や鳥が餌につられて捕らえられ、殺されるのと大して違いはないといえるのではないでしょうか。
 ともあれ、低い目的や、利己的な動機のために命を捨てても、成仏はできない。正しい仏法を根本に、仏法のため、人々のため、世界のよき未来のために命をなげうっていってこそ、成仏の因となるのです。
6  時にかなった実践が成仏への道
 仏法は摂受・折伏時によるべし譬ば世間の文・武二道の如しされば昔の大聖は時によりて法を行ず雪山童子・薩埵さった王子は身を布施とせば法を教へん菩薩の行となるべしと責しかば身をすつ、肉をほしがらざる時身を捨つ可きや紙なからん世には身の皮を紙とし筆なからん時は骨を筆とすべし
 仏法を弘通するための摂受と折伏は時によるべきである。例えば、世間の文武の二道のようなものである。そのゆえに、昔の聖人は時に応じて教えを行じた。雪山童子や薩淫王子は「身を布施とすれば法を教えてあげよう。身を捨てることが菩薩の修行である」と言われたので、身命を捨てている。肉を求めるもののない時に身を捨てるべきだろうか。紙のない世には身の度を紙とし、筆のない時には骨を筆とすべきである。
7  次にとの段では、仏法のために命を捨てるといっても、正しい実践をしてこそ成仏につながることを教えられています。正しい実践とは時にかなった実践です。人々を救うため、仏法を守るために、これ以外にないという実践でなければ、成仏はできないのです。
 そこで仏法の修行には、摂受と折伏の二通りがあり、その、いずれを行ずべきかは時によらなければならないとの仰せです。
 「譬ば世間の文・武二道の如し」
 世間、社会においても、戦争の時は”武”を修めざるをえない。平和な時は”文”です。摂受、折伏もそのようなものだというのです。末法のように、思想、宗教が紊乱して国が乱れている時には、折伏の行き方をする以外にありません。
 摂受とは、五種の修行や安楽行品の四安楽行などをいいます。五種の修行とは法華経法師品に説かれており、法華経を受持、読、誦、解説、書写することです。四安楽行とは、静かな処に身を置き(身安楽行)、他人の悪口などを言わず(口安楽行)、争いの心を起こさず(意安楽行)、そして一切衆生の成仏を祈っていく(誓願安楽行)という修行です。
 これに対し「正法を護持する者は五戒を受けず威儀を修せず応に刀剣弓箭を持つべし」等と説かれているのが折伏の実践になります。ただし、万剣弓箭というのはあくまで一つの象徴であって、特に現在にあてはめて言えば、正しい言論によって邪義を破折し、正法に伏せしめていくことです。
 一方は、ひとり静かに山中などで経典を読誦、思索するのに対し、他方は、邪法邪義と果敢に戦っていけというのですから、全く相反する修行法が、同じ釈尊によって説かれているのです。そのいずれを行ずべきかは、”時”というものによらなければならないと大聖人はおっしゃっているのです。
 そこで、「昔の大聖は時によりて法を行ず」と仰せられ、時にかなった実践法を、具体的に例を挙げられていくのです。
 まず、雪山童子、薩撞王子、そして楽法梵志の例を示され、その意義を述べられます。これらはいずれも、釈尊の因位の修行の姿であり、この地球上に仏教が誕生するよりはるか遠い過去の事例ということになります。
 それぞれの具体的な説明はここでは略しますが、大事なことは「時にかなわなければならない」という点です。
 「肉をほしがらざる時身を捨つ可きや」とは、雪山童子の場合、もし鬼神が肉を欲しがってもいないのに、いくら私の肉をあなたにあげるといっても、法を教えてもらえなかったろうし、したがって正しい実践にはならなかったということです。
 「紙なからん世には身の皮を紙とし筆なからん時は骨を筆とすべし」とは、楽法梵志の場合について言われており、この時、紙がなかったから、教わった仏法を書き記して後世に残すため、梵志は自らの皮膚をはぎとって紙の代わりにし、筆あるいはぺンがなかったので自分の身体の骨を削って筆にしたのであると。したがって、紙も十分にあり、筆やぺン、鉛筆等、書く道具がいくらでもある時に、楽法梵志の真似をしても、何の意味もないのです。
8  仏教雑乱の時は勝劣の分別が大事
 破戒・無戒を毀り持戒・正法を用ん世には諸戒を堅く持べし儒教・道教を以て釈教を制止せん日には道安法師・慧遠法師・法道三蔵等の如く王と論じて命を軽うすべし、釈教の中に小乗大乗権経実経・雑乱して明珠と瓦礫がりゃく牛驢ごろの二乳をわきまへざる時は天台大師・伝教大師等の如く大小・権実・顕密を強盛に分別すべし
 破戒の者や無戒の者を毀り、戒を持ち、正法を修行する者を用いる世であるなら、諸戒を堅く持つべきである。儒教や道教によって仏教を抑えようとする時には、道安法師、慧遠法師、法道三蔵等のように身を捨てても国王を諌めなくてはならない。あるいは仏教の中で、小乗・大乗・権経・実経が入り雑り、ちょうど明珠と瓦礫、牛乳と驢乳の二乳の見分けがつかないような時には、天台大師、伝教大師等のように、大乗と小乗、権経と実経、顕教と密教の勝劣の立て分けを強く述べるべきである。
9  ここは、正法、像法時代の正しい修行の在り方がどうであったかを示されております。
 「破戒・無戒を毀り持戒・正法を用ん世には諸戒を堅く持べし」
 正法時代の修行は、戒を持つことです。もともと”破戒”とは戒を持ちながら破ること、”無戒”とはもともと戒を受けないということです。正法時代は、社会全般が持戒を大事にしたので、戒をしっかり持っことが仏法を正しく認識させるために必要であったし、それが正しい仏道修行だったのです。
 「儒教・道教を以て釈教を制止せん日には道安法師・慧遠法師・法道三蔵等の如く王と論じて命を軽うすべし」
 これは、像法時代の中でも、まだ仏教が十分に流布しておらず、外道と結託した権力によって迫害された時代のことです。
 儒教とは、中国の孔子の教えです。道教とは、やはり中国古来の外道の教えです。こうした外道が、釈教すなわち釈尊の説いた仏教を弾圧してきた時には、道安法師とか、慧遠法師とか、法道三蔵等が、仏教を弾圧する王と戦ったごとく、命を捨てて戦わなくてはいけないということです。
 また、このように、外道の勢力によって仏教そのものが脅かされている時には、仏教の中での勝劣浅深にとらわれて争い合っていては、皆、滅ぼされてしまう。そういう互いの相違は超えて、仏教そのものを守ることを第一義としていくことが大事なのです。
 それに対して、次の「釈教の中に小乗大乗権経実経・雑乱して」と仰せのように、仏教の中で混乱が甚だしく、どの経が勝れているのか、何が正しい仏法なのかが、人々に分からなくなっている時は、それを明確にしていくことが時にかなった実践になるのです。なぜなら、劣った教えを正しいと思い込んで、勝れた教えを誹謗したならば、謗法の罪を作り、地獄に堕ちることになります。したがって、人々のために、そうした勝劣浅深を明らかにすることが、正法を護るためにも、人々を悪道から救うためにも不可欠です。
 この実践の手本を示したのが、中国では、南三北七を破って法華経の正法を明らかにした天台大師であり、日本では南都六宗を破折し法華経を宣揚した伝教大師なのです。
 なお、「明珠と瓦礫」は勝劣が一目瞭然である場合を譬えているのに対し、「牛驢の二乳」は一見したところでは分からない場合の譬えです。小乗と大乗なら、どちらが勝れているかを見分けるのは比較的簡単ですが、同じ大乗の中で、例えば天台仏法と真言密教の勝劣を判別することは、極めて難しいといわなければなりません。
 しかし、一見しただけでは分かりにくくても、実践を重ねるにつれて、その相違は天地雲泥となっていくのです。
10  いざという時に師子王のごとき信心を
 畜生の心は弱きをおどし強きをおそる当世の学者等は畜生の如し智者の弱きをあなづり王法の邪をおそる諛臣ゆしんと申すは是なり強敵を伏して始て力士をしる、悪王の正法を破るに邪法の僧等が方人をなして智者を失はん時は師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし例せば日蓮が如し、これおごれるにはあらず正法を惜む心の強盛なるべしおごれる者は必ず強敵に値ておそるる心出来するなり例せば修羅しゅらのおごり帝釈たいしゃくめられて無熱池の蓮の中に小身と成て隠れしが如し、正法は一字・一句なれども時機に叶いぬれば必ず得道るべし千経・万論を習学すれども時機に相違すれば叶う可らず
 畜生の心は弱い者を威し強い者を恐れる。今の世の諸宗の学者等は畜生のようである。智者が弱い立場であるのを侮り、邪な王法を恐れる。諛臣というのはこういう者をいうのである。強敵を倒して、初めて力ある士と知ることができる。悪王が正法を滅亡させようとする時、邪法の僧等がこの悪王に味方して、智者を減ぼそうとする時、師子王のような心を持つ者が必ず仏になることができる。例えば日蓮のようにである。こう言うのは傲った気持ちからではなく、正法が滅することを惜しむ心が強いからである。傲れる者は強敵にあうと必ず恐怖の心が生まれてくるものである。例えば、修羅は自らの力におごっていたが、帝釈に責められて無熱池の蓮の中に小さくなって隠れたようなものである。正法は一字一句であっても、時と機根にかなうなら必ず成仏することができる。たとえ千経・万論を習学しでも、時と機根に相違するなら成仏することはできない。
11  何といっても「佐渡御書」の前半の肝心要はこの段です。
 「畜生の心は弱きをおどし強きをおそる」
 「畜生の心」とは、弱い者に対しては威張り、いじめて、強い者にはへつらうという、卑しい心です。こういう心であってはいけない。たとえ相手が、どんなに強かろうと、悪い者に対しては断固、戦わなくてはいけません。
 「当世の学者等は畜生の如し智者の弱きをあなづり王法の邪をおそる諛臣と申すは是なり強敵を伏して始て力士をしる」
 「当世の学者」とは、大聖人御在世当時の諸宗の僧侶達です。これらの僧等は畜生のような心を持っている。「智者の弱き」――日蓮大聖人が、権力を持たず、お一人であるのをあなどり、権力者の横暴な力を恐れ、へつらっている。「諛臣」というのは、このような者を言うのである。
 強敵を倒してこそ、初めてその力の強いことを知ることができるのである。
 「悪玉の正法を破るに邪法の僧等が方人をなして智者を失はん時は師子王の如くなる心をもてる者必ず仏になるべし」
 「悪玉の正法を破るに」――「王」とは権力者、「悪玉」とは悪い権力者のことであり、ここでは北条一門ことを指しています。
 「邪法の僧等が方人をなして」――時の権力者が正法を破ろうとしているその時に、邪法の僧等が方人をなす、その味方をして「智者を失はん時は」――日蓮大聖人を亡きものにしようとしている。すなわち正法を滅ぼそうとしている。こういう時に「師子王の如くなる心」を持って、こうした邪悪な権力や邪悪な僧と戦いきっていく人が必ず成仏できるのであると仰せです。
 すなわち三類の強敵にも恐れることなく正法を護持し、弘めていくことが末法の”時”にかなった実践なのです。
12  「例せば日蓮が如し」――その”時”にかなった実践の手本を大聖人が自ら示してくださったということです。もう一歩深く持すれば、大聖人はすでにその実践をしぬいて仏としての境地におられるという元意がうかがわれます。
 「これおごれるにはあらず正法を惜む心の強盛なるべし」
 これは、傲っているのではない。正法を惜しむ心が強く、民衆を救おうという心が強いから、このように実践してきたのである。
 私達もまた、「正法を惜む心」が強盛でなくてはいけません。その人には仏界が涌現します。御本尊を大事にしよう、総本山を大事にしよう、仏法を守ろう、この心が大事なのです。そこから情熱が出る。丈夫の心が、脈々と出てくるのです。利己主義では出ません。
 「おごれる者は必ず強敵に値ておそるる心出来するなり例せば修羅のおごり帝釈にせめられて無熱地の蓮の中に小身と成て隠れしが如し」
 「おごり」とは修羅界です。傲りの本質はエゴです。ゆえに、必ず自分より強いものにあうと、恐れる心が出るものである。例えば、傲りたかぶって大きくなっていた修羅が、帝釈に責められて、無熱池の蓮の中に小さくなって隠れてしまったようなものだ、との仰せです。同じく戦いの姿であっても菩薩は正法を惜しむ心が根本です。正法のためにも自らの身命を惜しまないのが菩薩です。ゆえにいかなる強大な敵にあっても恐れないし、退かないのです。
 「正法は一字・一句なれども時機に叶いぬれば必ず得底なるべし」
 「正法」を時機にかなって正しく行じていけば必ず成仏できる。しかし、どんなに多くの経論を学んでも、時機に合わない修行をしていたのでは絶対に成仏はできないのです。
13  「立正安国論」の予言が的中
 宝治の合戦すでに二十六年今年二月十一日十七日又合戦あり外道・悪人は如来の正法を破りがたし仏弟子等・必ず仏法を破るべし師子身中の虫の師子を食等云云、大果報の人をば他の敵やぶりがたし親しみより破るべし、薬師経に云く「自界叛逆難」と是なり
 宝治の合戦からすでに二十六年たった。今年の二月十一日、十七日にまた合戦があった。外道や悪人によって、如来の正法が破られることはないが、かえって仏弟子等によって仏法は破壊されるのである。師子の身中に寄生した虫が師子を食むとはこれである。大果報の人は、他の敵には破られないが、かえって親しい者に破られる。薬師経に「自界叛逆難」とあるのがこれである。
14  ここでは、日蓮大聖人が”時”にかなった実践をしぬいた仏すなわち聖人であられる証拠を示されています。
 「宝治の合戦」とは、宝治元年に、三浦一族が北条一族に対して謀叛を起こして滅亡した有名な合戦です。この三浦氏の滅亡によって北条氏の基盤は盤石となり、もはや内乱は起こらないと思われた。ところが、それから二十六年たったこの年、文永九年二月に、また内乱、自界叛逆難が起きた。すなわち、北条時宗の兄・時輔が、弟の時宗に執権職をとられたことを恨み、京都と鎌倉とで同時に叛乱を起こそうとして失敗し、殺された事件です。
 「外道・悪人は如来の正法を破りがたし仏弟子等・必ず仏法を破るべし師子身中の虫の師子を食等云云」
 外道、悪人は、如来の正法を破ることが絶対にできない。もし仏法が破れるとしたら、それは内部の者が破るのです。師子はどんな敵にも負けないが、自分の身中に発生した害虫には弱いのです。
 それと同じように、「大果報の人をば他の敵やぶりがたし親しみより破るべし」
 「大果報の人」とは、ここでは、当時の日本の最高権力者、執権・時宗のことを言われています。最高権力者というのは、それなりの福運があってなるのであり、そうした大果報の人は外側から破られることはない。「親しみ」すなわち兄弟など身内から破られるのである、と。
 「薬師経に云く『自界叛逆難』と是なり」
 薬師経に「自界叛逆難」と書いてあるではないか。内乱が、たとえ規模は小さくとも、国を根底から揺るがす災厄であり、恐るべき災いであることを指摘されているのです。薬師経には恐るべき災いが七つ挙げられていますが、その一つに「自界叛逆の難」として、内乱が挙げられているのです。
15  自界叛逆難・他国侵逼難の予言的中
 仁王経に云く「聖人去る時七難必ず起らん」云云、金光明経に云く「三十三天各瞋恨しんこんを生ずるは其の国王悪を縦にし治せざるに由る」等云云、日蓮は聖人にあらざれども法華経を説の如く受持すれば聖人の如し又世間の作法兼て知るによて注し置くこと是違う可らず現世に云をく言の違はざらんをもて後生の疑をなすべからず、日蓮は此関東の御一門の棟梁とうりょうなり・日月なり・亀鏡なり・眼目なり・日蓮捨て去る時・七難必ず起るべしと去年九月十二日御勘気を蒙りし時大音声を放てよばはりし事これなるべしわずかに六十日乃至百五十日に此事起るか是は華報なるべし実果の成ぜん時いかがなげかはしからんずらん
 仁王経には「聖人が国を去る時には七難が必ず起こるであろう」と説かれ、金光明経には「三十三天がそれぞれ瞋りをなすのは、その国王が悪事をほしいままにし、その悪事を改めないことによる」と説かれている。日蓮は聖人ではないが、法華経を説のごとくに受持しているから聖人のようである。また、世の中の出来事についてもあらかじめ知ることができたので、それを記しておいたことが違うはずがない。このように現世に言っておいたことが的中したことをもって、後生のことについて言っていることも疑つてはならない。日蓮はこの関東の北条一門にとっては陳梁であり、日月であり、亀鏡であり、眼目である。この日蓮を国が捨て去る時には、必ず七難が起こるであろうと、去年の九月十二日に御勘気を蒙った時、大音声を放って叫んだことはこのことである。竜の口法難からわずかに六十日から百五十日でこのような自界叛逆難が起きたのは華報なのである。実果が現れた時は、どれほど嘆かわしいことであろうか。
16  仁王経の文は、七難という恐るべき災いが起こるのは何によるのかを示しています。すなわち「聖人去る」ことによるのである、と。同じく次の金光明経は「国王が悪法を増長させているからである」と、その原因を説いています。
 この仁王経の文を受けて「日蓮は聖人にあらざれども」と仰せられているのです。当時の権力者は悪法の僧たる極楽寺良観等の意向にしたがって、竜の口で日蓮大聖人の頭を切ろうとし、それに失敗すると、佐渡へ流したのです。これは「聖人去る」という事態を招いたということです。このために七難のうちの「自界叛逆難」が起こったのであると仰せです。
 もとより、一往、御謙遜の立場で「日蓮は聖人にあらざれども」とおっしゃっています。これは、聖人とはとても見えないという、当時の世情に順じられた言葉です。しかし、聖人であるか否かは外見で決められることではない。「法華経を説の如く受持すれば聖人の如し」と仰せのように、まず根本的に、法華経という最高の法を正しく受持し実践されていること自体が、聖人たる証拠です。「法妙なるが故に人貴し」と言われるように、いかなる法をいかに受持・実践しているかが、聖人と愚人とを分かつ条件です。
 次に「又世間の作法兼て知るによて注し置くこと是違う可らず」と仰せのように、三世を知る、未萌を知るのが”聖人”たる証拠です。現実世界に、将来、どのようなことが起こるかを大聖人は見抜いておられたのです。したがって、大聖人が書かれていた通りに、蒙古襲来も時輔の乱も、事実となってあらわれたのです。
 これこそ、日蓮大聖人が三世を知る聖人であられることの明白な証拠なのです。
 「現世に云をく言の違はざらんをもて後生の疑をなすべからず」の「現世に云をく言」とは、大聖人が現世の問題について予言されていたことという意で、自界叛逆、他国侵逼の二難の的中をさします。これは、現に生きている世において確認できる。
 ところが「後生」の問題、すなわち、念仏を信仰すると無間地獄に堕ちる、正法を信仰する人は成仏できるといったことは、現に生きている世では確認できない。だが、仏法の正邪の最大の問題が実はこれなのです。
 今、こうして確認できる予言的中をもって、大聖人が死後の成仏・不成仏について言われていることも正しいと確信していきなさいと言われているのです。
 このことは、私達一人一人に約して言えば、現在の人生、生活の中で、種々のことを願望し祈っていることでしょう。そうした現世の祈りがかなっていくことによって、この御本尊こそ、成仏という三世にわたる真の幸福を確立させてくださる仏力、法力をそなえられているのだとの深く強い信心に立っていけるのです。
 「日蓮は此関東の御一門の棟梁なり・日月なり・亀鏡なり・眼目なり」
 ここから、文永八年九月十二日、平左衛門尉らに向かって厳然と言われた言葉です。
 「関東の御一門」ということは、一往は北条幕府ですが、再往は全日本ということです。全日本ということは、依正不二で、全世界ということになります。これは日寛上人の文段に、明瞭に示されています。
 日蓮大聖人は、その「棟梁なり」――全世界の棟梁、柱である、との御文です。これは主師親の三徳のうち、主徳をあらわします。「日月なり・亀鏡なり・眼目なり」とは、日蓮大聖人の師徳をあらわしています。
 「日蓮捨て去る時・七難必ず起るべし」
 先の仁王経の「聖人去る時七難必ず起らん」の文の通り、大聖人を流したならば七難が起こるであろう。と。
 「去年九月十二日御勘気を蒙りし時大音声を放てよばはりし事これなるべし」
 この自界叛逆難、他国侵逼難のことは、前年の九月十二日、竜の口の法難の時、日蓮大聖人が平左衛門尉に向かって大音声で言ったことである。その通りに、それからわずかに六十日で蒙古の使いが来、百五十日で自界叛逆の現証が現れているではないか。
 「是は華報なるべし実果の成せん時いかがなげかはしからんずらん」
 しかし、これは華報、前兆としての軽い報いである。その次の「実果の成ぜん時」、実果とは華に対して実、報に対して果ということで、ここでは蒙古軍の襲来や国中を巻き込むような内乱を意味しますが、その時はいったいどうするつもりなのか、と言われているのです。
17  大聖人は三徳具備の末法の御本仏
 世間の愚者の思に云く日蓮智者ならば何ぞ王難に値哉なんと申す日蓮兼ての存知なり父母を打子あり阿闍世王あじゃせおうなり仏阿羅漢を殺し血を出す者あり提婆達多是なり六臣これを瞿伽利くぎゃり等これを悦ぶ、日蓮当世には此御一門の父母なり仏阿羅漢の如し然を流罪し主従共に悦びぬるあはれに無慚なる者なり謗法の法師等が自ら禍の既に顕るるを歎きしがくなるを一旦は悦ぶなるべし後には彼等が歎き日蓮が一門に劣るべからず、例せば泰衡がせうとを討九郎判官を討て悦しが如し既に一門を亡す大鬼の此国に入なるべし法華経に云く「悪鬼入其身」と是なり
 世間の愚者は「日蓮が智者なら、どうして王難にあうのか」などと言っている。日蓮は難にあうことをかねてから知っている。父母を打つ子がある。それは阿闍世主である。阿羅漢を殺害し、仏身から血を出す者がいる。それは提婆達多である。六臣はこのことを讃め、瞿伽梨等はそれを悦んだ。日蓮は現在においては、この北条一門の父母である。仏・阿羅漢のようなものである。そのような日蓮を佐渡まで流罪し、主従共に悦んでいるのは、哀れでかわいそうな人々である。謗法の法師等が、日蓮によって自らの禍がすでにあらわれたのを嘆いていたのが、日蓮がこのように流罪になったのを見て一度は悦んでいるであろう。しかし、後には、彼らの嘆きは日蓮の一門に劣らないものとなろう。例えば、藤原泰衡が弟の忠衡を殺し、九郎判官を殺害して一度は悦んでいたが、後に滅ぼされたようなものである。すでに北条一門を滅ぼす大鬼がこの日本に入っているのであろう。法華経勧持品第十三には「悪鬼が其の身に入る」と説かれているのがこれである。
18  「日蓮智者ならば何ぞ王難に値哉なんと申す日蓮兼ての存知なり」
 世間の信心していない人々は、日蓮大聖人が本当に智者ならば、どうして「王難」、すなわち竜の口の法難や佐渡の流罪にあうのか、などと批判している。この批判には、二つの意味が含まれています。一つは智者ならば、自分に起こる迫害も見通せるはずであり、避けられるはずだということです。もう一つは、智者であるなら、人々から尊敬されるはずだということです。このうち第一については、日蓮大聖人は、それらの大難にあわれることは、「兼ての存知なり」、前々から知っておられたというのです。覚悟のうえことだとの仰せです。
 第二の点については智者、高徳の人でも迫害を受けた先例がある。それは人々の命が濁り、歪んでいる場合であると答えられています。すなわち、阿闍世王は父の頻婆沙羅王を殺し、母をも殺害しようとした。また提婆達多は釈尊を殺害しようとして大石を投げ、釈尊の足の小指を破って血を出したし、多数の阿羅漢を殺しているのである。
 「六臣これをほめ瞿伽梨等これを悦ぶ」
 謗法の人間は、そのような悪逆の行為をほめ、喜ぶものなのである。
 「日蓮当世には此御一門の父母なり仏阿羅漢の如し」
 この御文が親の徳にあたります。先に挙げた主徳と師徳を合わせ、大聖人は、三徳具備の末法の御本仏であることをお示しになっているのです。
 その大聖人を島流しにして、主君も家来も、みんな喜んでいるとは、哀れなことだ。また邪宗の法師等も、自分達の謗法の罪が、大聖人の折伏によって、すでに現れているのを嘆いていたが、このように大聖人が島流しにあったのを見て、いったんは喜んでいるであろう。しかし、のちには、彼らの嘆きは、今の大聖人門下の嘆きに劣らない、大変なものになろう、と言われています。
 「例せば泰衡がせうとを討九郎判官を討て悦しが如し」
 藤原泰衡は、奥州の平泉にいた有名な豪族、秀衡の子です。父の秀衡の遺言によって源義経を匿っていたが、頼朝の圧力に耐えきれず、義経の味方であった弟の忠衡を討ち、義経を討ちました。しかしその後、頼朝の討伐をうけて、敗走の途中、家来の河田四郎に殺害されて、一族滅亡してしまったのです。もし、泰衡が義経や弁慶、また勇敢な武将であった弟の忠衡を大事にしていれば、頼朝も、うかつに藤原氏を攻めることはできなかったのです。同じく、鎌倉幕府は、日蓮大聖人を尊敬し、その教えに従っていたなら国を守ることができたのに、大聖人を佐渡へ流すことによって、我が身の滅亡を招いているのだとの仰せです。
 「既に一門を亡す大鬼の此国に入なるべし法華経に云く『悪鬼入其身』と是なり」
 日蓮大聖人を島流しにして、みな喜んでいるのは、すでに物事の判断を狂わせる大鬼がこの日本の国に入りこんでいるのである。法華経に「悪鬼入其身」と説かれているのがこれである、との仰せです。
19  示同凡夫ゆえの先業の所感
 日蓮も又かくめらるるも先業なきにあらず不軽品に云く「其罪畢已ございひっち」等云云、不軽菩薩の無量の謗法の者に罵詈打擲ちょうちゃくせられしも先業の所感なるべし何にいわんや日蓮今生には貧窮下賤の者と生れ旃陀羅せんだらが家より出たり心こそすこし法華経を信じたる様なれども身は人身に似て畜身なり魚鳥を混丸して赤白二渧とせり其中に識神をやどす濁水に月のうつれるが如し糞嚢に金をつつめるなるべし、心は法華経を信ずる故に梵天帝釈をも猶恐しと思はず身は畜生の身なり色心不相応の故に愚者のあなづる道理なり
 日蓮もまたこのような大難にあうのも過去世の悪業がないわけではないからである。法華経常不軽品第二十には「其の罪畢え己って」と説かれている。不軽菩薩が無量の謗法の者に罵詈打擲されたのも過去世の悪業の報いなのである。まして日蓮は今生には貧しく下賎の者と生まれ、旃陀羅の家に生まれてい
 る。心こそ少し法華経を信じたようであるが、身は人身にして畜生の身である。魚や鳥を混丸して父母の赤白二渧とし、その中に精神を宿している。濁った水に月が映り、糞袋に金を包んだようなものである。心は法華経を信ずるゆえに梵天・帝釈でさえも恐ろしいとは思わない。しかし身は畜生の身であるから、身と心とが相応しないので愚者が侮るのも当然である。
20  「日蓮も又かくせめらるるも先業なきにあらず」
 日蓮大聖人が、このように佐渡の国へ流されたのも先業のゆえである、過去世の罪業のゆえである、との仰せです。
 「不軽品に云く『其罪畢己』等云云」
 ここで大事なことは、皆さんが信心を全うしていく過程には、自分の罪業を全部消していくために、どうしても三障四魔という具体的な現象なり、難がある。しかし、それらに信心で敢然と挑んでいった時、「其罪畢己」(其の罪畢え己って)、すなわち罪障を消滅できる。そして、絶対的な幸福、永遠の幸福を確立することができるのです。
 例えば、お風呂へ入って汚れを取るでしょう。その汚れはきたないですが、洗い去った後は、清潔になり爽快な気分になるでしょう。その道理と同じなのです。
 したがって難を恐れてはいけません。莞爾として、難を乗りきっていく信心がなければ、一生成仏はかないません。
 「不軽菩薩の無量の謗法の者に罵詈打擲せられしも先業の所感なるべし」
 不軽菩薩は釈尊の遠い過去世の姿です。過去において不軽菩薩が、たくさんの謗法の連中に罵詈されたり、打擲されたのも、全部、過去世の謗法の所感であるということです。すなわち、罵詈打擲されるという難にあうことによって先業をあらわし消滅したのです。
 「何に況や日蓮今生には貧窮下賎の者と生れ旃陀羅が家より出たり」
 釈尊の過去世である不軽菩薩でさえ罪業を持っていたのであるから、ましてや貧窮下賎の身に生まれた自分に罪業がないわけがないと言われているのです。
 日蓮大聖人は、貧之な、賎しい、何の特権も名誉もない家に、お生まれになった。旃陀羅の家に生まれ、民衆の中にお生まれあそばされた。しかし逆に言うと、これこそ大聖人が、民衆を救済される仏様であるという証拠です。
 大聖人は、どこまでも庶民の味方として振る舞っていらっしゃるし、説いていらっしゃるのです。
 「すこし法華経を信じたる様なれども」――御謙遜の立場で言われています。凡夫僧のお姿です。
 「身は人身に似て畜身なり魚鳥を混丸して赤白二渧とせり」――魚や鳥を食べて自分の体ができるという意味です。
 「其中に識神をやどす濁水に月のうつれるが如し糞嚢に金をつつめるなるべし」
 その中に識神、すなわち人間としての精神、生命を宿している。
 それはちょうど、濁った水に月が映っているようなものであるし、糞嚢に金を包んでいるようなものであるとの仰せです。
 「心は法華経を信ずる故に梵天帝釈をも猶恐しと思はず」
 ここは大事なところです。法華経の妙法を信受しているということは偉大なことなのです。
 末法の法華経、すなわち三大秘法の南無妙法蓮華経、即御本尊を信ずるゆえに「梵天帝釈をも猶恐しと思はず」です。梵天・帝釈等の神々といえども法華経を受持する人に仕える家来なのです。
 しかし「身は畜生の身なり」と仰せのごとく、身体は、あくまでも凡夫の身です。
 「色心不相応の故に愚者のあなづる道理なり」――どうしても愚者というのは、外見で判断するから、凡夫であり畜生の身と変わりがないという点だけを見てばかにしてしまうのです。
 このお言葉は、逆に言うと、外見で人を判断する愚者であってはならないとの戒めと拝さなくてはなりません。
21  権力を恐れず前進してこそ真の賢聖
 心も又身に対すればこそ月金にもたとふれ、又過去の謗法を案ずるに誰かしる勝意比丘しょういびくが魂にもや大天が神にもや不軽軽毀の流類なるか失心の余残なるか五千上慢の眷属けんぞくなるか大通第三の余流にもやあるらん宿業はかりがたしくろがねは炎打てば剣となる賢聖は罵詈して試みるなるべし、我今度の御勘気は世間の失一分もなしひとえに先業の重罪を今生に消して後生の三悪を脱れんずるなるべし
 心も、身に対すれば月や金に譬えられるのであるが、その心も過去の謗法の罪を持っている。誰が知ることができるだろうか。我が心は勝意比の魂か、大天の神であろうか。不軽菩薩を軽毀した四衆の流類だろうか、久遠下種を忘失した者の余残か、五千人の増上慢の眷属か、あるいは大通覆講の時の第三の未発心の余流なのであろうか。宿業ははかりがたい。鉄は炎に入れて焼いて打つことにより剣となる。
 賢人聖人は罵署して試みるものである。日蓮がこのたびに受けた御勘気に世間の罪は一分もない。ただ過去世の重罪を今生に消滅して、来世に三悪に堕すことを脱れることになるのであろう。
22  一往、人間としての識神は尊いものであるが、しかしこれも、その内容を考えてみると、過去謗法の罪業を宿しているとの仰せです。
 「心も又身に対すればこそ月金にもたとふれ」
 心も、卑しい身に対するから月や金にも譬えることができるのであるが、その中にも過去の謗法の罪業を持っている。過去をたずねるならば、小乗教に執着して、正法を毀った罪によって、生きながら地獄に堕ちた勝意比正のような生命を持っているかもしれない。あるいはまた「大天」の生命を持っているかもしれない。大天という人は、仏の滅後百年にインドに生まれた人です。父を殺し、母を殺し、更に阿羅漢を殺し、三逆罪を犯した身で出家しました。そして、我見で仏法を乱し、後に仏教界分裂の源となった人です。
 「不軽軽毀の流類なるか」
 威音王仏の滅後、像法の時代に法華経を受持した不軽菩薩をそしり、千劫の間、阿鼻地獄に堕ちた人々の子孫ででもあるのだろうか。
 「失心の余残なるか」
 失心とは、寿量品に説かれている本心を失った者のことです。すなわち、毒気深入のため釈尊の法華経を信じようとしなかった者のことです。その失心の者の一人であろうか。
 「五千上慢の眷属なるか」
 方便品において、五千人の増上慢の人々が、釈尊の法華経を聞く必要はないといって退座したが、その五千人の増上慢の者達の眷属であろうか。
 「大通第三の余流にもやあるらん宿業はかりがたし」
 過去に釈尊が、大通智勝仏の第十六番目の王子として法華経を説いた時に、ある人々は信心して仏になり、ある人々は信心したが途中で退転し、のちに釈尊によって教われた。そして残りの第三類の人々は、全く法華経を信じようとしなかった。その第三類の人々の流れをくむ者であろうか。
 このように、過去をたずねてみるならば、我々の宿業ははかりがたいのです。
 しかしながら、今、法華経を信受し、そのために種々の難にあうのは、この命の中の謗法の罪業を叩き出して消滅するようなものであると、刀を鍛えることに譬えられて「鉄は炎打てば剣となる」とおっしやっています。
 すなわち真っ赤に熱し、打つことによって鉄の中に含まれている不純物が叩き出されて強い剣となる。それと同じく、命の中の罪業が消滅していくのだとの仰せです。
 「賢聖は罵詈して試みるなるべし」
 賢人、聖人というのは、世間から悪口され、迫害を受けて、初めてその真価が分かるのです。迫害を受けながら、悠然と前進できる人が、本当に偉いのです。
 たいていの人は怖がったり、世間体を考えたり、臆病になったりします。そういう人は、根本的には偉くないのです。見栄っぱりで、確信も、哲学も、信念もないということになってしまう。個人も団体も、全部同じです。
 ここは大事なところです。ですから、何があっても、それを試練と考えて、喜んで挑んでいくことです。この御書のこの段を、一生涯、どんなことがあっても忘れてはいけません。
 「我今度の御勘気は世間の失一分もなし偏に先業の重罪を今生に消して後生の三悪を脱れんずるなるベし」
 大聖人の島流しは、世間法上の失は何もない。世間的には、何も悪いことはしていないというのです。にもかかわらず、このような苦難にあっているのは過去世の罪業によるのであり、今この苦しみにあうことによって今生で消滅することができるのだと言われています。今世に消滅すれば、死後、悪道に堕ちることもなくなるのです。
23  正法誹謗の者は在世の外道の末流
 般泥洹はつないおん経に云く「当来の世仮りに袈裟を被て我が法の中に於て出家学道し懶惰懈怠にして此れ等の方等契経ほうどうがいきょう誹謗ひぼうすること有らん当に知るべし此等は皆是今日の諸の異道の輩なり」等云云、此経文を見ん者自身をづべし今我等が出家して袈裟をかけ懶惰懈怠なるは是仏在世の六師外道が弟子なりと仏記し給へり、法然ほうねんが一類大日が一類念仏宗禅宗と号して法華経に捨閉閣抛の四字を副へて制止を加て権教の弥陀称名計りを取立教外別伝と号して法華経を月をさす指只文字をかぞふるなんど笑ふ者は六師が末流の仏教の中に出来せるなるべし、うれへなるかなや涅槃経に仏光明を放て地の下一百三十六地獄を照し給に罪人一人もなかるべし法華経の寿量品にして皆成仏せる故なり但し一闡提人と申て謗法の者計り地獄守に留られたりき彼等がうみひろ生広げて今の世の日本国の一切衆生となれるなり
 般泥洹経には「未来の世に、かりに袈裟をつけて我が法の中で出家学道したとして、懶惰懈怠であって、これらの大乗経典を誹謗するような者は、これらは皆今日の諸の外道の者であると知るべきである」と説かれている。この経文を見る者は自分自身を恥ずべきである。現在、出家して袈裟をかけながら懶惰懈怠である者は、釈尊在世の六師外道の弟子であると仏は記されている。法然の一門、大日の一門が念仏宗、禅宗と名乗って、「捨閉閣抛」の四字を加えて法華経を制止して権教である弥陀称名ばかりを勧め、あるいは「教外別伝」と言って、法華経は月をさす指のようなもので、ただ文字を数えるに過ぎないなどと笑っている者は、六師外道の末流が仏法の中に生まれてきたものであろう。まことに憂うべきことである。涅槃経に仏が光明を放って地下の百三十六の地獄を照らされた時、罪人は一人もいなかったとある。それは法華経の如来寿量品で皆成仏したからである。ただし、一間提人といって謗法の者だけは、地
 獄の獄卒に留められたのである。彼ら一闡提が生み広げて、今の世の日本国の一切衆生となったのである。
24  ここでは、日本国の謗法の僧達が、釈尊在世の外道の生まれ変わりであり、それに従っている衆生は釈尊の法華経でも救われなかった一闡提人の末孫であると指摘されています。
 まず「般泥洹経」の文を引かれています。
 「当来の世仮りに……誹謗すること有らん」
 「当来の世」とは、釈尊入滅後の時代、特に末法を指しております。末法において、仮に袈裟を着て、仏法の修行者のような姿をして、出家学道している者がいるであろう。そして、怠け者で、最高の仏法を求めようともせず、方等契経を誹謗する者が出てくる。これらの者は、みな釈尊の時代にさかのぼってみれば、全部、外道の輩だったのであるということです。釈尊在世には外道として外側から仏教を破壊しようとしたのが、未来においては仏教の中に仏教の僧として現れて、内側から仏教を破ろうとするというのです。
 「此経文を見ん者自身をはづべし」
 この経文の鏡に照らして自分を反省しなさい。
 「今我等が出家して袈裟をかけ懶惰懈怠るは是仏在世の六師外道が弟子なりと仏記し給へり」
 今、出家して袈裟をかけていながら懶惰懈怠であるものは、六師外道の弟子であると、仏がきちんと記しているではないか。
 「法然が一類大日が一類」――法然は、日本の念仏宗の開祖です。大日は大旦房能忍といい、禅宗の僧です。
 「法華経に捨閉閣抛の四字を副へて制止を加て権教の弥陀称名計りを取立」
 ここは、念仏宗の邪義を要約して述べられています。「捨閉閣抛」というのは、法然が『選択集』で法華経は修行が難しいから捨てよ、閉じよ、閣け、抛てと説いて、人々の法華経の信仰を妨げ、阿弥陀の名を称えれば誰でも極楽浄土へ往生して救われると説いたのです。
 「教外別伝と号して法華経を月をさす指只文字をかぞふるなんど笑ふ者」
 ここは、禅宗の邪義について述べられています。禅宗では、釈尊の悟りが、経文とは別に迦葉に以心伝心で伝えられ、伝承されてきたとします。そして坐禅を組んで直接に悟りを得るのであって、経文は、悟りの月を指さすものにすぎないから、そのような経文をどんなに読んでも何の役にも立たないとしています。
 「六師が末流の仏教の中に出来せるなるべし」
 それらの、正法を誹謗する邪宗の輩は、全部、釈尊在世の時代の六師外道の弟子が末法に生まれて、仏教のなかに現れ、仏教を乱している姿なのである。
 「うれへなるかなや涅槃経に仏光明を放て地の下一百三十六地獄を照し給に罪人一人もなかるべし法華経の寿量品にして皆成仏せる故なり」
 涅槃経とは、釈尊が死ぬ時に、一日一夜にして説いた経典です。涅槃経で、仏が地獄を照らした時に罪人は一人もいなかった。それは、法華経の寿量品の時に、みな成仏したからであるとおっしゃっています。
 「但し一闡提人と申て謗法の者計り地獄守に留られたりき彼等がうみひろげて今の世の日本国の一切衆生となれるなり」
 ただし、一闡提人、すなわち不信謗法の者だけは、寿量品の時にも成仏できないで、地獄守にとどめられて地獄に取り残された。その人々が生み広げたのが、今、末法の時代の日本国の一切衆生なのであると仰せです。これは、日本がいかに謗法の充満する国であるかということを示されたものと拝せられます。
25  仏法は生命の因果を究めた偉大な哲理
 日蓮も過去の種子已に謗法の者なれば今生に念仏者にて数年が間法華経の行者を見ては未有一人得者千中無一等と笑しなり今謗法の酔さめて見れば酒に酔る者父母を打て悦しが酔さめて後歎しが如し歎けども甲斐なし此罪消がたし、何にいわんや過去の謗法の心中にみけんをや経文を見候へば烏の黒きも鷺の白きも先業のつよくそみけるなるべし外道は知らずして自然と云い今の人は謗法を顕して扶けんとすれば我身に謗法なき由をあながちに陳答して法華経の門を閉よと法然ほうねんが書けるをとかく左右あらかひなんどす
 日蓮も過去にすでに正法をそしった者であるから、今生には念仏者となって数年の間、法華経の行者を見ては「未有一人得者」「千中無一」等と批判していた。今、謗法の酔いからさめてみれば、酒に酔った者が父母を打ちすえて悦び、酔いがさめた後で嘆くように、後梅しでもどうしょうもない。この罪は消しがたいのである。まして、過去の謗法が心中に染まっているのは、なおさらのことである。経文を見ると烏の黒いのも鷺の白いのも、過去世の業が強く染まりついたからだとある。それを外道は知らないで自然の成り行きであるという。今の人は、日蓮が謗法であることを教えて扶けてあげようとすると、自分には謗法はないと声を荒立てて答えて、法然が「法華経の門を閉じよ」と書いていることさえいちいち理由をつけて争うのである。
26  「今生に念仏者にて数年が間」というのは、大聖人が幼年時代に出家なされて、数年間、安房国、清澄寺の道善房のもとで過ごされたことを言われているのです。清澄寺自体は天台真言宗でしたが、師の道善房は念仏に心を寄せていたのです。
 大聖人はその師のもとにおられる間、そのすすめで念仏をとなえておられたということが考えられます。
 「未有一人得者」というのは、中国の念仏者である道綽が『安楽集』という書の中で述べた言葉で、法華経では、未だ一人も成仏した者がいないという意味です。
 「千中無一」というのは、善導が『往生礼讃』の中で述べた言葉で、法華経では千人のうち一人として成仏した者がいないということです。これらの言葉を、法然が『選択集』で法華経を誹謗するために引用して使っているのです。
 もとより当時は「法華経の行者」は現実にいませんから、それを大聖人が笑われたという事実もありえないわけですが、彼らの教えを信じていたということが、同じ謗法の罪を犯したことになるという意味で、このようにおっしゃっているのです。
 せんじつめてみれば、今、我々は御本尊を根幹として、これらの邪宗教を折伏していることになる。なぜなら、これまで最も仏に弓を引き、最も正しい仏法を誹謗し、ないがしろにしてきたのは、今の邪宗教だからです。釈尊の仏法、また大聖人の仏法を、本当に踏みにじってきたのです。
 「今謗法の酔さめて見れば酒に酔る者父母を打て悦しが酔さめて後歎しが如し歎けども甲斐なし此罪消がたし、何に況や過去の謗法の心中にそみけんをや」
 謗法の酔いがさめて、正法を護持してから、過去の自分を按り返ってみると、ちょうど酒に酔って自分のことが分からなくなり、父母を打って悦んでいたものが、酔いがさめて自分のしたことに気がついて、大変なことをしたと後悔し、嘆いているようなものである。しかし、どんなに嘆いても、父母を打った罪は消えないのです。今生の、まだ十分に物心のつかない少年時代の罪さえ簡単に消せないのであるから、まして、過去無量劫にわたって犯した謗法で生命の中に深く染みついているものを消すのは容易なことではないのです。
 「経文を見候へば烏の黒きも鷺の白きも先業のつよくそみけるなるべし外道は知らずして自然と云い」
 因果の理法を示されているところです。一切の事象は、すべて原因結果の法則です。仏法は生命の因果を追究した偉大な哲理であります。
 ところが、外道は生命の因果の理法を知らず、生命の様々の現象を見ても自然という。それ以上追究しようとしないのです。
 仏法は一切を映すことのできる鏡です。その鏡がないから、どこまでいっても悪循環が繰り返されるのです。不幸な世の中です。皆さんも鏡があれば、自分が分かってくるのです。ソクラテスも”汝自身を知れ”と言いましたが、鏡がなければ、すなわち仏法の真髄を実践しなければ、汝自身は絶対に分かりません。
 よく民主主義の基調は主体性の確立、自己の確立であるなどと言いますが、それも、実際はできえないのです。できたつもりであっても、それは錯覚です。末法の仏法の真髄である御本尊を信ずる以外にはできません。私達は、それを実行しているのです。
 「今の人は謗法を顕して扶けんとすれば我身に謗法なき由をあながちに陳答して法華経の門を閉よと法然が書けるをとかくあらかひなんどす」
 大聖人御在世当時の人は、大聖人が、その謗法の罪を明らかに示して、信心につかせて、幸せにしてあげようとすると、自分にはそのような謗法はないと言い張って信心しようとしない。そして法然の捨閉閣抛の言葉についても、いろいろと反論しようとするというのです。
27  天台宗の僧までが法然の邪義を賛嘆
 念仏者はさてをきぬ天台真言等の人人彼が方人をあながちにするなり、今年正月十六日十七日に佐渡の国の念仏者等数百人印性房と申すは念仏者の棟梁なり日蓮が許に来て云く法然上人ほうねんしょうにんは法華経を抛よとかかせ給には非ず一切衆生に念仏を申させ給いて候此の大功徳に御往生疑なしと書付て候を山僧等の流されたる並に寺法師等・善哉善哉とほめ候をいかがこれを破し給と申しき鎌倉の念仏者よりもはるかにはかなく候ぞ無慚とも申す計りなし
 念仏者のことはさておく、天台真言等の人々がかえってことさらに念仏者の味方をしているのである。今年(文永九年)一月十六日、十七日、佐渡の国の念仏者等数百人の中の印性房という念仏者の棟梁が、日蓮の許に来て言うには「法然上人は法華経を抛てよと書かれたのではない。一切衆生に念仏を称えさせたのであり、この大功徳によって往生は疑いないと書き付けられたのを、比叡山や園城寺の僧で、今、佐渡に流されている人も『よい教えである』とほめている。それなのに、なぜ、念仏を破られるのか」と言うのであった。全く鎌倉の念仏者よりもはるかに劣っており、哀れというしかない。
28  当の念仏者が開祖・法然のことを弁護しようとするのは人情だが、天台、伝教の流れをくむ天台宗の人々までが、法然を弁護しているのは、とんでもないことであるとおっしゃっています。
 この文永九年の一月十六日、十七日の両日にわたって、佐渡はもとより越後、越中、出羽、奥州、信濃の国々から、念仏者などが数百人集まってきました。そして印性房を中心として、塚原の三昧堂の外へ押し寄せて、大聖人に法論を挑んできたのです。いわゆる塚原問答です。
 この時、もとより念仏はじめ各宗の僧達は、大聖人によって完膚なきまでに破折されたのですが、その時、印性房が大聖人にこう言ったというのです。
 「法然上人は法華経を抛よとかかせ給には非ず一切衆生に念仏を申させ給いて候此の大功徳に御往生疑なしと書付て候を山僧等の流されたる並に寺法師等・善哉善哉とほめ候をいかがこれを破し給と申しき」
 つまり法然は、法華経を抛よとは言っていない。『選択集』では、ただ念仏を称える功徳を説いているだけである。山僧とは比叡山の僧、寺法師とは園城寺の僧を言います。いずれも天台宗の僧です。
 この島へ流されてきた天台宗の僧達もそれを讃めているではないか、などと言ってきたのです。
 「鎌倉の念仏者よりもはるかにはかなく候ぞ無慚とも申す計りなし」
 印性房は自分の宗派の根本であるはずの法然の言っている内容さえ正しく知っていないのです。
 しかし、大聖人がここで問題にされているのは、本来なら法然の邪義を責めるべき天台宗の僧が「よきかな」などと言っていることです。
29   大聖人お一人に八難がすべて符合
 @いよいよ日蓮が先生今生先日の謗法おそろしかりける者の弟子と成けんかかる国に生れけんいかになるべしとも覚えず、般泥洹はつないおん経に云く「善男子過去に無量の諸罪・種種の悪業を作らんに是の諸の罪報・或は軽易せられ或は形状醜陋ぎょうじょうしゅうる衣服足らず飲食麤疎おんじきそそ財を求めて利あらず貧賤の家及び邪見の家に生れ或は王難に遇う」等云云、又云く「及び余の種種の人間の苦報現世に軽く受くるは斯れ護法の功徳力に由る故なり」等云云、此経文は日蓮が身なくば殆ど仏の妄語となりぬべし、一には或被軽易わくひきょうい二には或形状醜陋ぎょうじょうしゅうる三には衣服不足えぶくふそく四には飲食麤疎五には求財不利ぐざいふり六には生貧賤家しょうひんせんけ七には及邪見家ぎゅうじゃけんけ八には或遭王難わくぞうおうなん等云云、此八句は只日蓮一人が身に感ぜり
 このように責められる日蓮の、過去世、現世、先々からの謗法が今更ながら恐ろしく思われる。このような日蓮の弟子と在り、このような国に生まれた(弟子達は)この先どのようになるのか計り知れないのである。
 般泥洹経には「善男子よ、過去に計り知れない多くの罪やもろもろの悪業を作った者は、その多くの罪報によって、あるいは人から軽しめられ、あるいは顔かたちが醜く、あるいは衣服が足らず、食べ物は粗末で、財を求めても得られず、貧賎の家、邪見の家に生まれ、あるいは王難に遭う」等と説かれている。また「更に、このほかの種々の人間の苦しみを現世に軽く受けるのは、これは護法の功徳カによる」等と説かれている。
 この経文は、もし日蓮がいなければ、全く仏の妄語となってしまうのである。一には「あるいは人から軽しめられる」、こには「あるいは顔かたちが醜い」、三には「衣服が足らず」、四には「食べ物が粗末である」、五には「財を求めても得られない」、六には「貧賎の家に生まれ」、七には「邪見の家に生まれ」、八には「あるいは王難に遭う」等がそれである。この八句は、全く日蓮一人が身に受けていることである。
30  「いよいよ日蓮が先生今生先日の謗法おそろし」
 先生とは前世、今生とは今世、先日とは大聖人の修行時代のことです。いよいよ大聖人の前世から現在に至るまでの謗法は恐ろしい。
 「かかりける者の弟子と成けんかかる国に生れけんいかになるべしとも覚えず」
 これは弟子門下のことを仰せです。このような重罪のある者の弟子となり、また、このような謗法の国に生まれているのだから、この先、どのようになっていくかも全く分からない。
31  「般泥洹経に云く『善男子過去に無量の諸罪・種種の悪業を作らんに是の諸の罪報・或は軽易せられ或は形状醜陋衣服足らず飲食麤疎財を求めて利あらず貧賎の家及び邪見の家に生れ或は王難に遇う』等云云、又云く『及び余の種種の人間の苦報現世に軽く受くるは斯れ護法の功徳力に由る故なり』等云云」
 ここは般泥洹経に説かれる八種の大難です。過去に犯した罪によって受ける報いを挙げているのです。過去の罪の報いによって人からばかにされたり、容姿が醜かったり、衣食住に事欠いて、経済面でも恵まれず、貧之の家、邪宗の家に生まれる等の難を受けるのです。
 しかし、そうした八難やその他の苦しみも、正法を護持した功徳力によって軽く受けられるという経文です。
 「此経文は日蓮が身なくば殆ど仏の妄語となりぬべし」
 王難に遭うなどということは、釈尊の時代にも多少はありました。この八難ということが全部あてはまっているのは、日蓮大聖人だけであるとの仰せです。
 次に、この八難の一つ一つを挙げていらっしゃいます。
 「一には或被軽易」
 日蓮大聖人は、国中の人々からばかにされ、悪口罵詈された。
 「二には或形状醜陋」
 大聖人は、形状醜陋ではありません。本当に立派なお姿であったと思いますが、ただこれは貴族階級のような高い身分ではない、また姿、形が貧しかったという意味だったのでしょう。
 「三には衣服不足」
 着るものも十分ではなかったのです。
 「四には飲食麤疎」
 特に佐渡では、食べる物も、極めて少なかったようです。
 「五には求財不利」
 財を求めるに利あらず、と読みます。大聖人はお金などは求められませんでしたが、貧しかったことは間違いないでしょう。
 「六には生貧賎家」
 大聖人は、貧しい漁師の家に生まれました。
 「七には及邪見家八には或遭王難」
 邪見の家に生まれ、また王難に遭う。二度の流罪のみならず、死罪にも及んだのです。
 「此八句は只日蓮一人が身に感ぜり」
 この八難は、ただ大聖人お一人の身にあてはまることである、と述べられています。
32  因果の理法によって受ける苦しみ
 高山に登る者は必ず下り我人を軽しめば還て我身人に軽易せられん形状端厳をそしれば醜陋の報いを得人の衣服飲食をうばへば必ず餓鬼となる持戒尊貴を笑へば貧賤の家に生ず正法の家をそしれば邪見の家に生ず善戒を笑へば国土の民となり王難に遇ふ是は常の因果の定れる法なり
 高い山に登る者は必ず下るように、人を軽しめれば、かえって人に軽しめられる。容姿の端正な人を悪口すれば醜く生まれ、人の衣服や食べ物を奪えば餓鬼となる。戒を持つ尊貴な人を笑えば貧賎の家に生まれる。正法を謗れば邪見の家に生まれる。十善戒や五戒を持つ人を笑えば国土の民となって王難に遭うのである。これは因果の定まった法である。
33  これらの現世に受けている苦しみには、必ず原因がなければならない。そこで、一般に仏法で説かれる個々の因果の理を示されているところです。高山に登る者は必ず下ってくるように、因を作れば必ずその果があるのです。
 「我人を軽しめば還て我身人に軽易せられん」
 人をばかにすれば、今度は自分が人からばかにされるようになるのです。
 「形状端厳をそしれば醜陋の報いを得」
 「形状端厳」とは、顔かたちが端正でおごそかなことをいいます。ともあれ、人を謗れば、醜くなるという報いを受けるのです。
 「人の衣服飲食をうばへば必ず餓鬼となる」
 人の物を盗めば必ず餓鬼となる。食べられなくなって苦しむ、貧しい生活に落ちるということです。
 「持戒尊貴を笑へば貧賎の家に生ず」
 キチンとした生き方をしている人をばかにして笑えば、貧賎の家に生まれる。
 「正法の家をそしれば邪見の家に生ず」
 正法を持っている家の悪口を言えば、邪見の家、すなわち謗法の家に生まれて、ふしあわせになるのです。
 「善戒を笑へば国土の民となり王難に遇ふ」
 「善戒」とは、正法を持った人のことです。ですから、信心している我々を笑っても、何かの罪に問われたり、牢へ入ったりするというのです。また広く約せば、税金で苦しむとか、権力で様々に圧迫されていかねばならない生活になるともいえると思います。
 「是は常の因果の定れる法なり」
 これは生命の因果の定まった法であるとの仰せです。
34  護法の功徳力によって軽く受ける
 日蓮は此因果にはあらず法華経の行者を過去に軽易せし故に法華経は月と月とを並べ星と星とをつらね華山に華山をかさね玉と玉とをつらねたるが如くなる御経を或は上げ或は下て嘲弄せし故に此八種の大難に値るなり、此八種は尽未来際が間一づつこそ現ずべかりしを日蓮つよく法華経の敵を責るによて一時に聚り起せるなり譬ば民の郷郡なんどにあるにはいかなる利銭を地頭等におほせたれどもたくめず年年にのべゆく其所を出る時に競起が如し斯れ護法の功徳力に由る故なり等は是なり
 日蓮が苦難にあっているのはこれらの因果のゆえではない。過去に法華経の行者を軽んじたために、また法華経は月と月とを並べ、星と星をつらね、華山に華山を重ね、玉と玉とをつらねたような尊くすぐれた御経であるが、その法華経をあるいは上げ、あるいは下してあざけりあなどったために、この八種の大難に遭っているのである。
 この八種の難は、尽未来際の聞に、一つずつ現れるはずであったのを、日蓮が法華経の敵を強く責めたことによって、今生に一時に集まり起こしたのである。
 例えば、民が郷郡などに住んでいる時は、どれほどの借銭が地頭等にあったとしても、厳しく取り立てられることもなく、年々に返済を延ばしてもらえるが、その住む所を出る時には、厳しく取り立てられるようなものである。「これは護法の功徳力によるのである」というのはこのことである。
35  「日蓮は此因果にはあらず法華経の行者を過去に軽易せし故に」
 大聖人が今、難に遭っているのは、この一般的な個々の罪業を犯したことによるのではない。ひとえに、過去に法華経の行者をばかにし、御本尊に対して謗法を犯したゆえである、と。
 「法華経は月と月とを並べ星と星とをつらね華山に華山をかさね玉と玉とをつらねたるが如くなる御経を或は上げ或は下て噺弄せし故に此八種の大難に値るなり」
 法華経が最高唯一の経文であるさまを、月、星、華山、玉を重ねることによってあらわされています。その最高唯一の法華経、すなわち御本尊を、あるいは、立派な教えであるが難しくて誰もそれを実践できないと言ったり、あるいは、第二、第三の教えであると下したりした罪によって、この八種の大難に遭っているのである。妙法は一切法を悉く具えた具足の法です。ゆえに妙法を謗るという一つの行いによって、ありとあらゆる悪業を犯したのと同じになるのです。
 「此八種は尽未来際が間一づつこそ現ずベかりしを日蓮つよく法華経の敵を責るによて一時に聚り起せるなり」
 この八種の大難は、尽未来際の長い間にわたって、一つずつ現れてくるべきものであったのを、今世に強く法華経の敵を責めていることによって、一時に集まり起こしたのであるというのです。
 「譬ば民の郷郡なんどにあるにはいかなる利銭を地頭等におほせたれどもいたくせめず年年にのべゆく其所を出る時に競起が如し」
 例えば、民が地頭の領地の中にいる間は、税金などを滞納してもひどくは責められないため、年々に延ばすこともできる。しかしそこを出て、他の土地へ移ろうとする時には、一時に全部を払わなければならなくなってしまうようなものである。それと同じく、妙法を信仰すると、この悪道を脱け出して成仏する。ゆえに、これまでの罪業がこのように一度に出てきたのである、と。
 「斯れ護法の功徳力に由る故なり等は是なり」
 このように過去の悪業が出てくるというのは功徳なのです。それは、これによって軽く受けて消滅できるからです。
36  不軽菩薩の実践で必ず成仏
 法華経には「諸の無智の人有り悪口罵詈等し刀杖瓦石を加うる乃至国王・大臣・婆羅門・居士に向つて乃至数数擯出せられん」等云云、獄卒が罪人を責ずば地獄を出る者かたかりなん当世の王臣なくば日蓮が過去謗法の重罪消し難し日蓮は過去の不軽の如く当世の人人は彼の軽毀の四衆の如し人は替れども因は是一なり、父母を殺せる人異なれども同じ無間地獄におついかなれば不軽の因を行じて日蓮一人釈迦仏とならざるべき又彼諸人は跋陀婆羅等と云はれざらんや但千劫阿鼻地獄にて責られん事こそ不便にはおぼゆれ是をいかんとすべき、彼軽毀の衆は始は謗ぜしかども後には信伏随従せりき罪多分は滅して少分有しが父母千人殺したる程の大苦をうく当世の諸人は翻す心なし譬喩品ひゆほんの如く無数劫をや経んずらん三五の塵点をやおくらんずらん
 法華経勧持品第十三には「諸の無智の人があって法華経の行者を悪口罵詈等をし、刀杖瓦石を加え、(中略)国王・大臣・婆羅門・居士に向つて讒言をし(中略)度々擯出される」等と説かれている。獄卒が罪人を責めなければ地獄を出ることができないように、現在の王臣がなければ、日蓮の過去の謗法の重罪を消すことはできない。日蓮は過去の不軽菩薩の如く、現在の人々は、不軽菩薩を軽毀した四衆の如くである。人は替わっても、その因は一つである。父母を殺害した人は異なっても、同じように無間地獄に堕ちるのである。不軽菩薩の因の修行をする日蓮一人が、どうして釈迦仏とならないことがあろうか。また、現在の誹謗の人々は跋陀婆羅等と言われないだろうか。ただ千劫の間、阿鼻地獄において責められることだけはかわいそうなことである。これはなんとしたらよいのか不軽菩薩を軽毀した人々は、初めは誹謗していたけれども、後には、信伏随従した。罪の多くは消滅して、少しばかり残ったのに、父母を千人殺害したほどの大苦を受けた。現在の人々は誹謗を悔い改める心がない。譬喩品にあるように無数劫の長い間、無間地獄で苦しむであろう。また三千塵点劫か五百塵点劫の長い間を送るであろう。
37  「法華経には『諸の無智の人有り悪口罵詈等し万杖瓦石を加うる乃至国王・大臣・婆羅門・居士に向って乃至数数擯出せられん』等云云」
 法華経勧持品第十三の文です。三類の強敵について明かされているところです。
 「諸の無智の人有り悪口罵詈等し刀杖瓦石を加うる」が俗衆増上慢をあらわし、「国王・大臣・婆羅門・居士に向って」、そして「数数擯出せられん」が借聖増上慢です。道門増上慢については、ここでは略されています。
 一つ一つの経文が全部、日蓮大聖人のお振る舞いにあたっているのです。このように、大聖人が種々の迫害に遭われたのは、過去の謗法の重罪を消滅するためであり、言い換えると、迫害を加えた「王臣」すなわち幕府権力者達は、その罪障消滅を助けてくれたのであると言われているのです。
 「獄卒が罪人を責ずば地獄を出る者かたかりなん当世の王臣なくば日蓮が過去謗法の重罪消し難し」
 獄卒が罪人を責めなかったならば、地獄の罪人は、いつまでたっても、罪を消して地獄を出ることができない。それと同じように、大聖人を迫害した北条幕府がなかったならば、大聖人の過去の重罪も消すことができなかったであろう、と言われているのです。
 「日蓮は過去の不軽の如く当世の人人は彼の軽毀の四衆の如し」
 日蓮大聖人は、過去に種々の迫害を受けて仏になった不軽菩薩のようなものであり、大聖人を迫害する人々は、不軽菩薩をバカにした大衆のようなものである。
 「人は替れども因は是一なり」
 大聖人と不軽菩薩、大聖人を迫害した人々と不軽菩薩を迫害した人々というふうに、人はかわっても、成仏の原理、罪障消滅の原理は同じである。
 「父母を殺せる人異なれども同じ無間地獄におついかなれば不軽の因を行じて日蓮一人釈迦仏とならざるべき」
 人は異なっても、つまり、どんな人でも、自らの父母を殺せば、みな同じく無間地獄に堕ちなければならない。
 それと同じ道理で、不軽菩薩は迫害されながら二十四文字の法華経を弘めて、仏になっている。そして日蓮大聖人も、大難に遭いながら七文字の末法の法華経を弘めていらっしゃる。どうして大聖人お一人が仏にならないことがあるであろうか、この大確信を述べられているのです。
 「文彼諸人は跋陀婆羅等と云はれざらんや但千劫阿鼻地獄にて責られん事こそ不便にはおぼゆれ是をいかんとすべき」
 「跋陀婆羅」というのは、不軽菩薩を軽毀して、地獄に堕ちたが、再び不軽に会って救われ、法華経の会座にも出席した大衆の中の代表者です。今、大聖人を迫害している人々も、不軽軽毀の跋陀婆羅と同じように、のちには妙法に巡りあって救われるであろう。ただ千劫も阿鼻地獄で苦しまなければならないことが、かわいそうに思われる、と。
 「彼軽毀の衆は始は謗ぜしかども後には信伏随従せりき罪多分は減して少分有しが父母千人殺したる程の大苦をうく当世の諸人は翻す心なし譬喩品の如く無数劫をや経んずらん三五の塵点をやおくらんずらん」
 不軽を謗った人々は、最後には不軽に信伏随従した。そのことによって、謗法の罪は大部分消えて、わずかしか残っていなかった。だが、その少分残っている罪によっても、父母千人を殺したほどの大苦をうけたのである。
 ところが大聖人を迫害した人々は、全く反省する気持ちもなく、ますます謗法の心が強盛である。最後まで信伏随従しないのだから、どれほどの罪があるだろうか。
 法華経譬喩品第三に説かれているように、無数劫の間、阿鼻地獄にあって苦しまねばならないであろう。もしくは三千塵点劫、五百塵点劫の長きにわたるであろう、と仰せです。
38  念仏者よりも重い退転者の罪
 これはさてをきぬ日蓮を信ずるやうなりし者どもが日蓮がくなれば疑ををこして法華経をすつるのみならずかへりて日蓮を教訓して我賢しと思はん僻人びゃくにん等が念仏者よりも久く阿鼻地獄にあらん事不便とも申す計りなし、修羅が仏は十八界我は十九界と云ひ外道が云く仏は一究竟道我は九十五究竟道と云いしが如く日蓮御房は師匠にておはせども余にこはし我等はやはらかに法華経を弘むべしと云んは螢火ほたるびが日月をわらひ蟻塚ありづか華山かざんを下し井江が河海をあなづり烏鵲かささぎ鸞鳳らんほうをわらふなるべしわらふなるべし。 南無妙法蓮華経。文永九年太歳壬申三月二十日 日蓮花押 日蓮弟子檀那等御中
 これはさてをきぬ日蓮を信ずるやうなりし者どもが日蓮がかくなれば疑ををこして法華経をすつるのみならずかへりて日蓮を教訓して我賢しと思はん僻人等が念仏者よりも久く阿鼻地獄にあらん事不便とも申す計りなし」これはさておく。日蓮を信ずるようであった者どもが、日蓮がこのように大難に遭うと、疑いを起こして法華経を捨てるだけでなく、かえって日蓮を教訓して、自分のほうが賢いなどと思っている。このような僻人等が、念仏者よりも長く阿鼻地獄に堕ちることは、哀れとしかいいようがない。
 修羅は仏は十八界を説くが、自分は十九界を説くといい、外道が仏は一究竟道、自分は九十五究竟道といったように、このような僻人等が日蓮御房は師匠ではあるが、余りにも強すぎる、我々は柔らかに法華経を弘めようというのは、蛍火が日月を笑い、蟻塚が華山を見下し、井戸や小川が河や海を軽蔑し、烏鵲が鸞鳳を笑うようなものである、笑うようなものである。
  南無妙法蓮華経。
   文永九年太歳壬申三月二十日   日蓮花押
    日蓮の弟子檀那等の御中へ
39  「これはさてをきぬ日蓮を信ずるやうなりし者どもが日蓮がかくなれば疑ををこして法華経をすつるのみならずかへりて日蓮を教訓して我賢しと思はん僻人等が念仏者よりも久く阿鼻地獄にあらん事不便とも申す計りなし」
 ここも大事なところです。念仏者など、あるいは、そうした謗法と結びついている権力者のことは別として、日蓮門下となりながら退転し批判している者の罪は、もっと重いと仰せです。
 今まで信心していた者が、日蓮大聖人がこのような難に遭ったのを見て、疑いを起こして退転し、それどころか大聖人を批判さえしている者がいるが、その人々は、信心しない人よりももっと長い間地獄へ堕ちるのだ、かわいそうだ、ということです。
 「修羅は仏は十八界を説くが、自分は十九界を説くといい、外道が仏は一究竟道、自分は九十五究竟道といったように、このような僻人等が日蓮御房は師匠ではあるが、余りにも強すぎる、我々は柔らかに法華経を弘めようというのは、蛍火が日月を笑い、蟻塚が華山を見下し、井戸や小川が河や海を軽蔑し、烏鵲が鸞鳳を笑うようなものである」
 増上慢の修羅は、仏の悟りは六根、六境、六識の十八界であるが、自分の悟りはそれより一界多い十九界であると言い、外道は、仏の最高の悟りは一仏乗で、一つしかないが、自分達には九十五種の道があると言って、自分達のほうが優れていると慢じたのです。
 同じように、退転していった者達が、大聖人は師匠ではあるが、折伏などをあまりにも強くやりすぎるのではないか、我々はやわらかに法華経を弘めていこうといっている。
 それは、蛍の小さな光が明るい太陽や月を笑い、蟻塚が中国の最も大きな山の一つの華山を自分より低いと言い、井戸や小川が大河や海をあなどり、烏鵲がが鳥の王である鸞鳥や鳳凰を笑うようなものである、と大聖人は仰せです。
40  信心の心ざしある人は団結せよ
 佐渡の国は紙候はぬ上面面に申せば煩あり一人ももるれば恨ありぬべし此文を心ざしあらん人人は寄合て御覧じ料簡候て心なぐさませ給へ、世間にまさる歎きだにも出来すれば劣る歎きは物ならず当時の軍に死する人人実不実は置く幾か悲しかるらん、いざは伊沢の入道さかべ酒部の入道いかになりぬらんかはのべ河辺山城得行寺殿等の事いかにと書付て給べし、外典書の貞観政要すべて外典の物語八宗の相伝等此等がなくしては消息もかかれ候はぬにかまへてかまへて給候べし
 佐渡の国には紙がないうえに、一人一人に手紙を送るのは煩わしくもあり、また一人でももれれば恨みに思うことだろう。この手紙を志のある人々は寄り合って読み、よく理解して心を慰めなさい。世間で、大きな嘆きが起こると、小さな嘆きはものの数ではなくなる。京都・鎌倉での戦いで死んだ人々は、謀反の実不実はしばらくおくとして、どれほどか悲しいことであろう。伊沢の入道、酒部の入道はどうなっただろうか。河辺山城得行寺殿等のことはどうなったのか知らせてもらいたい。外典書の『貞観政要』やすべての外典の物語、八宗の相伝等がなければ、手紙も書けないので、ぜひとも送ってもらいたい。
41  「佐渡の国は紙候はぬ上面面に申せば煩あり一人ももるれば恨ありぬべし」
 今、大聖人が流罪になっておられる佐渡の地には、紙が十分にないのです。仮に紙が手に入っても一人一人に便りをするのは煩雑ですし、一人でもお手紙をいただかない人があったら、その人は恨みに思うでしょう。
 ですからこの「佐渡御書」を弟子檀那全員が、皆で見てほしいと述べられているのです。
 「心ざしあらん人人は寄合て御覧じ料簡候て心なぐさませ給へ」
 大聖人を本当に信じ、師匠と思っている人は、寄り合って、みんなでこのお手紙を拝読しあっていきなさい。そして信心の糧としていきなさい、と言われているのです。
 「世聞にまさる歎きだにも出来すれば劣る歎きは物ならず」
 世間にあっても、大きな難が出来した時は、小さな難などは、何でもなくなってしまう。
 「当時の軍に死する人人実不実は置く幾か悲しかるらん」
 この御書の初めに述べられている内乱事件の戦で死んだ人々は、どれほどか悲しいことであろうか。
 「いざはの入道さかべの入道いかになりぬらんかはのべ山城得行寺殿等の事いかにと書付て給べし」
 この人々は、鎌倉で土牢にとらえられていた門下の人々です。その後、どうしているか、知らせてほしいと言われているのです。
 「外典書の貞観政要すべて外典の物語八宗の相伝等此等がなくしては消息もかかれ候はぬにかまへてかまへて給候べし」
 『貞観政要』とは、唐の太宗皇帝が群臣達と政治について語ったものを編纂した書物です。その『貞観政要』や、その他の外道の物語、また倶舎、成実、律、法相、三論、華厳、天台、真言等の大聖人の時代に盛んであった八宗の相伝書などを送るように指示されています。佐渡で大聖人は多くの重要な御書やお手紙をしたためられていますが、その参考として必要なので送ってほしいと仰せられているのです。

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