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日蓮大聖人・池田大作

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「人間復興のエートス」を求めて マックス・ウェーバー『宗教社会学論集』

「若き日の読書」「続・若き日の読書」(池田大作全集第23巻)

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7  また、時代はつねに動いている。社会は激変し続けている。そして、実社会に生きる人間は、限りなく多様多彩である。博士も指摘されるように、その千変万化の変化相に即応する、ダイナミックな世界観・社会観・人間観を示してこそ、宗教本来の価値があろう。その意味で、時代と社会に目を閉じ、その要請に応えられない教えや教団は、いつか流れもよどみ、衰亡せざるをえない。今も、私たちが眼前にしているとおりである。
 物質文明のなかで衰弱しきった人間の精神を復興し、真の「人間の世紀」を開きゆく「人間のための宗教」への道。また、政治・経済・文化をはじめ、あらゆる分野を、「人間のための宗教」の価値の光で照らしゆく、「宗教と社会」の架橋作業──私は書を閉じつつ、仏法の壮大な「人間主義のエートス」の可能性の未来に、あらためて思いを巡らせていた。
 ともあれ、物質文明の冷笑的な歯車に押し潰されるかのような時代に、人間の「生」の蘇生を求めたウェーバーの叫び。それは、従来の「世界宗教」の限界を超えて、人間と社会と世界を結びゆく仏法の哲理とも、深い共鳴の和音を響かせている。「神」から「理性」へ、そして「人間」「生命」へと向かう、人類と文明の巨視的な流れを、はるかに望んでいたかのごとく。
 ドイツ敗戦後の混乱期に迎えた最晩年──彼は、長く遠ざかっていた教壇に、ふたたび立つことを決意する。病み疲れた身を、学生との交流と討論の第一線にさらそうと立ち上がる。
 「人間復興の時代」の黎明を探し求めた彼の精神の軌跡に、人生の最後の炎を、青年たちの来来のために燃焼しようとした恩師の姿が重なる。──その風貌は、今なお、精神の「新しきエートス」創造への情熱を訴えてやまない。
 ──車中の思索は、いつしかウェーバーとの「対話」から、ふたたび病篤き恩師の元へと戻った。恩師の示された、「社会」と「世界」への大道──その本格的な戦いの歩みを進める時は、刻一刻と近づいていた。

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