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日蓮大聖人・池田大作

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香港の社会教育者 エリオット女史  

「私の人物観」(池田大作全集第21巻)

前後
2  ちょうど四年前の秋、品の良い英国婦人のエリオットさんが、香港から日本にこられた。その半年ほど前、私は香港を訪れた。そのさい、同女史に初めてお目にかかった。
 その日は、久しぶりに雨も晴れあがり、近代的な高層ビルが林立する香港の空も、青く澄んでいた。香港島の表玄関、スターフェリー埠頭を背にして立つと、左手に十二階建てのビルが見える。正面には、政庁の紋章である″虎″と″竜″の紋がある。この建物の中に、香港市政局公立図書館があった。
 エリオットさんは、市政局図書館事務委員会主席で、図書の贈呈に訪れた私たち一行を微笑みながら出迎えてくださった。図書の贈呈式は、四階の資料図書室で始まった。
 私は、挨拶をした。「私の青春時代は、ご存じのように戦争中であり、最も本が少なかった時代であります。この時代に読んだ書籍に胸を刺すような哲学書の一節があります。それは『部屋に書籍なきは精神なきが如し、また文化なきが如し』との一節であります。この贈呈が少しでも親愛なる香港の人びとの英知と文化の糧になれば望外の喜びであります」。
3  眼鏡の底に柔和な目を輝かせて、高くもなく、低くもなく、穏やかな口調で、一つ一つ考えるようにして、エリオットさんは、喜びを語ってくださった。その真っ白い美しい歯並びがきわめて印象的である。言葉を探す瞬間、聡明さにあふれる青い目が動いて窓の外を見、やがて上品な口もとから、人を包むような声が出てくる。思索のなかから言葉を選んで出す方である。「この本が、香港の読者たちにとって、あたかもご馳走をいただくのと同じように、知識と文化の糧になりましたならば、どれほど嬉しいことでしょうか」。
 四階の資料図書室から三階の成人図書室、さらに二階の児童図書室へと案内してくださった。同行の館員の方が「中国には『積財千万無過読書』(千万の財を積むも読書に過ぐるはなし)という言葉があります」と、読書の大切さを語っておられたが、歩きながらエリオットさんは、まことにそのとおりと言わんばかりにうなずいておられた。
 「私は、香港が第一の故郷と思っています。イギリスに帰る意思は、全くありません」と自身の心情を吐露されていたが、そこには、愛する香港のために、私欲のかけらほどもなく、ただひたすらに尽くしていく真摯な人間の姿があった。一人の英国人というよりも、一人の香港人といったほうが適切である。エリオットさんの中国名は「葉錫恩」という。
 イギリスのニューカッスルに生まれ、ダーラム大学を卒業し、はるか東洋に渡り、人びとに役立ちたいという志を追いつづけてきたこの静かな英国女性の生き方には、自らの信念に生きるという快いものがある。七つの海に雄飛したイギリス人の勇敢で進取の気性に富んだ精神というものが、この方にも息づいているのかもしれない。
 エリオットさんは、多忙である。香港で慕光英文書院という学校の経営にあたり、青少年の教育に力を注ぎ希望の光を見いだす。そして、香港の都市部の運営にあたる市政局議員である。そのほか、香港婦人会委員、児童擁護委員会委員、行政や司法の委員会の各委員など、公益のための役割は十指を超える。その一つ一つを誠実に務められているということだった。
4  香港のテレビで、エリオットさんが市街のごみごみした路地裏の一軒一軒にまで足を運び、人びとの意見に真剣に耳を傾けている光景が放映されることがある。そのとき、中国の人びとは、いつも変わらぬ心で人に尽くすエリオットさんの姿に感謝し、親しみを感ずる、という。
 香港は、いうまでもなく英国の植民地である。しかし、九十九年間という長期租借も今世紀末には消え、香港在住の中国人以外の″外国人″にとっては、香港の生活はいわば「借りものの場所、借りものの時間」とも言われるわけである。この中国人社会で、英国人が限りなく純粋に一生を捧げるということは困難なことであり、尊いことである。
 英国人は植民地の運営者側であり、香港という中国人社会にあっては上流階級である。どうしても、多くの香港在住の中国の人びとにとっては、一種の垣根といったものを感ずるようだ。しかし、このエリオットさんには、垣根はない。
 「エリオットは、貧しいものの代弁者」「エリオットは、私たちの心の理解者」――こういった声を、私は、香港のいろいろな友人から聞いた。
 私は、この声は真実の声、と心から納得できた。一人の英国婦人が、香港に渡って四半世紀以上、その地の人びとのために献身的に尽くしてきた事実の振る舞いを、無数の庶民の鋭い目がじっと見つづけ、完全に″垣根″を取り払ってしまったのだと思う。
5  ユーモアの国イギリスの喜劇に、四人の男が登場してうそつきの大会を開き、「私は、いまだかつて癇癪を起こした女性を見たことがない」と言った男が第一位になる話がある。しかし、慎みと品位のなかに情熱と勇気と粘りを満々とたたえたエリオットさんを見たならば、この優勝者は、別の男になっていたにちがいない。
 エリオットさんと同じ名の英国の詩人T・S・エリオットが、今日の世界を「荒地」の世界と名づけたが、わがE・エリオットさんは「荒地」を「緑地」にするために、きょうも笑顔で人に尽くされていることであろう。エリオットさんは、人を大切にする人である。

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