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日蓮大聖人・池田大作

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ロサンゼルス市長 ブラッドリー  

「私の人物観」(池田大作全集第21巻)

前後
1  カリフォルニア州の南部に位置するロサンゼルス市には幾度か訪れたが、まず雨に見舞われた記憶はない。空は常に光をみなぎらせ、空気にはオレンジの香気がある。
2  このアメリカ第三の大都市の市長、トーマス・ブラッドリー氏に初めて会った一九七五年の一月も、光の束が降り注ぐような晴ればれとした一日だった。
 市庁舎は、ダウン・タウンのビル群の一角にある。旧知の市議会議員に案内され、旧館三階の市長執務室へ入った。ブラッドリー市長は、身長二メートルを超える、偉丈夫である。
 「ようとそ、市庁舎へ」
 市長は、背をかがめて手を差し出した。ともかく背が高い。並ぶと私の目の前にネクタイがあり、見上げると、健康そのものの笑顔があった。
 私たちのアメリカにおける本部が市郊外のサンタモニカにあり、なにかと市当局のお世話にもなるだろう。ぜひ市長にお会いしておきたかった。
 わずかな時間ながら歓談した。すぐに人柄が伝わってきて、引き込まれるようなふところの深さがあった。それは、決して豊かな体躯からのものだけではなく、その人間的な雰囲気によることは明らかだった。口数は少なくて悠揚たる物腰だが、ひとたび、ダッシュしたら誰も制止しえない野牛のような精悍さを包んでいる。市長は学生時代、州内ではフットボールとトラック競技のスター的存在だったという。ダッシュの瞬発力は、やはり相当なものであろう。
 このときの出会いは三十分ばかりのものであり、互いの健闘を祈りつつ、再会を約した。
3  二度目の出会いは昨年九月、市長が休暇で来日された折である。この間、再選を果たされ、私も祝電を送っていた。
 再選の模様はロサンゼルスの友人から聞いたが、地元「ロサンゼルス・タイムズ」紙など、ブラッドリー市長支持のキャンペーンを張ったという。
 「ブラッドリー市長のもと二年になるロス市内で、黒人市長のことを不思議に思う人は、もういなくなっている。市長を、市民は有能在政治家とみている。また、ある世論調査によれば、カリフォルニアで彼は最も人気の高い政治家となっている」といった論調が紙面をにぎわせたというのである。
 市長は黒人である。再選の高い得票率が、人気を裏書きした。
 このことは、私の初対面の印象から考えて毫も不思議はなかった。
 市長は大学卒業後、ロサンゼルス市警察に入り、二十年間勤めあげた。そのポリス時代に大学の夜間部に通って法律を修め、警察を引退してからは弁護士となって事務所を開設している。スポーツで鍛えられた頑強な体力、向学の目的を貫いた強い努力と意志、警察官から叩きあげた、地についた庶民性と正義感。それらに弁護士業の磨きが加わった。
 こうした経歴を通り抜けるうちに、大衆政治家の資質が育っていったのだろう。やがて市議会議員を経て、市長選に打って出たわけである。
 困難な市財政問題に敏腕を振るって、実績を上げているという話も聞いていた。二期目の職務にダッシュを加速しているようである。そんな市長に再会し、昼食をともにしながらの打ち解けた交歓となった。
 「この半年間というものは、一日十五時間、働きつづけています」
 市長の旺盛な仕事ぶりを伺うのは、頼もしいかぎりであった。
 都市問題についてはカーター大統領の有力在相談相手ともいわれているだけに、東京の車公害などに関心を示して、私に意見を求められた。
 三年半前にロサンゼルス市庁舎を訪れたさい、名誉市民の称号を市長からいただいていたので、市長は「あなたは私の市民です」と言うのだった。そこで私が「その市民が背が高いと頼もしいでしょうが、低くて大変申し訳ない。これも戦争中に苦労し、イモばかり食べていたものですから」と言うと、市長も大笑いしていた。
 しぜん、話は私の戦争に関する原体験に、および、仏法の平和運動についても、いささかの説明を加えた。
 また、注目を集めていた一九八四年ロサンゼルス五輪のことも話題にのぼったが、ブラッドリー市長は、開催への決意を語った。しかし、現在、財政的な負担が未解決で成り行きが注目されている。
4  市長との出会いは、あのカリフォルニアの空のようにきわやかなものだった。
 黒人市長は、アメリカで増えつつあるという。白人社会にあって常にマイノリティ(少数派)であった黒人が、しだいに人口比を増やし、選挙という民主主義のルールのなかで黒人市長を生み出したという見方もある。
 しかし、ブラッドリー市長の場合は、幅広く支持を集めるに足る人格、識見を備えている。
 気さくな庶民政治家にも思えた。こんな話を聞きおよんでいる。オイル・ショックでエネルギー危機に見舞われたとき、市長は見事なエネルギー削減計画をつくって、他都市のモデルになった。同時に、自ら家庭内にあっては、シャワーの湯になる前の水をバケツにとっておいて、トイレを流すのに使ったという。
 市長は「オープン・ハウスデー」なるものを設けているという。その日は、誰でもアポイントメントなしで市長に会えるのである。市長は一日中、執務室にいて、気軽に市民と対話する。粘り強く耳を傾け、応援できるものには、すぐ手を打つのだという。発想はできても、なかなか実行できないことである。
 まことに俊敏豪快な市長さんである。寡黙だが、妙な気取りや、世故に長けた老獪さなどとは程遠い、フランクなアメリカ紳士であった。中央政界に呼び出されるようなことがあっても、見事に手腕を発揮することだろう。
 精惇な、ダッシュに、さらに拍車のかかる時がくるかもしれない。

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