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日蓮大聖人・池田大作

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不安な時代を生きるあなたに  

「婦人抄」「創造家族」「生活の花束」(池田大作全集第20巻)

前後
1  日本列島を覆う黒い雲は厚く……
 情報社会とはよくいったもので、日本のどこの家庭でも、日本列島を襲うであろう経済不況に対する防備におさおさ怠りないのが昨今です。このような不安の状況は、戦後はじめてのことといってよいでしょう。戦中、戦後の窮乏生活を私どもの年代は経てきましたが、若い皆さんは、おそらくそれを知らない年代に属しているでしょう。ここ十数年の経済成長に慣れて、世の中はこんな調子で、年々、生活が向上していくものとばかり思っていたにちがいありません。航海は、まことに平穏で太平でありました。
 ところが、ここ数カ月、ふと気がついてみると、いつのまにか暴風雨圏に突入していることを悟らなければならなくなりました。誰かが舵を誤ったのです。黒い雲は厚く、前方には白い波頭が歯をむいて迫っています。舵手に文句を言う暇すらない情勢に逼迫してしまいました。これが今日の日本列島といったら、少しは事実に近いものと私は考えます。
2  私の青少年時代、そして今……
 私は青少年時代を戦中、戦後に送ったものですが、そのころの窮乏生活はおそらく生涯忘れることはないでしょう。国民があのような窮乏生活に耐えたのは、戦時中は、食うか食われるかの戦争という緊張状態にあったためであり、戦後は、敗戦という、どうにもならない冷厳な宿命を背負わされていたからであります。
 今は戦時中でもなく、敗戦は昔の話と遠く去りましたが、なお私たちの生活の前に、いきなり立ちふさがったものは妖怪にも似た黒い厚い壁です。これに面と向かってしまいました。戦後最大の容易ならぬ難局といわれるゆえんです。しかも、それに立ち向かう準備は欠けており、戦中、戦後の窮乏時代とはちがって、精神的支柱とするに足るものは、まったく見当たりません。
 先日、昭和初年代に学生生活を送った、ある一人の老インテリと話をする機会がありました。彼はそのころの経済不況の深刻さを追想しながら、世相のさまざまな様相について語りました。昭和三年生まれの私にとっては、何も知らぬ幼年時代のことです。彼は、あんな陰鬱な、いやな時代はなかったと顔を曇らせました。 ──働きたくても、思う存分働く場所はなかなか恵まれない。一度失業したら容易なことでは就職できない。若者たちの希望という希望は志を得ず、誰と話しても不景気の話ばかりが、挨拶がわりであった。世相は険しく、刹那的な享楽に身を溺らして、破滅するものも多かった。真面目に、十の努力をしても、結果はよくてもせいぜい七か八しか得られない。
 窒息状態のなかで政治的不満は、いくつかのクーデターとなって爆発し、そのたびに世を騒がせた。施す術のないままに、武力で外地を侵略することがますます激化した。ついに満州国というきわめて人工的な国家が誕生し、日本の国のあらゆる矛盾をそのなかに投げいれた。失業インテリは大挙して玄界灘を渡り、不況に喘いでいた各種の企業は雪崩をうって満州へ進出した。軍事侵略に呼応した経済侵略です。
 昭和十年代は、そのおかげで内地は潤うはずだったが、莫大な軍事予算が増大して、それらを吸収した。軍需景気が起こり、その系列にある国民だけが、やっと不況から脱することができた。深刻な経済不況の時代というのは、どんなに能力があっても、人格がよくても、人間としての力を十分に発揮することができず、人間がまったく萎縮してしまう傾向がはなはだ強い。じつにいやな窒息するような時代でした……。
3  苦難のなかの経験がいつかは……
 私はこの話を老インテリから聞いて、私自身、こういう時代にならないよう心から願っている一人ですが、今、思い浮かんだのは、これからの世の中がまことに住みにくいことになるのではないかということです。若い人びとにとっては、じつに思いがけぬ衝撃が襲うことにもなりかねませんが、満州国はもはや二度と私たちの前には現れないでしょう。国の経営が輸出産業に依存しているだけに、資源のないわが国は、前途多難といわなければなりません。
 資源といえば、誰でも石油を考えざるをえなくなっています。太平洋戦争直前の日米交渉は、実のところ石油交渉でした。アメリカが日本の侵略を抑えるために、日本への石油輸出を途絶したことから、日本の死活の問題となりました。交渉は決裂し、日本は東南アジアの石油資源を手に入れるために、開戦に踏み切ったのです。
 ここで私は考えるのですが、アラブの石油制限は、ひと昔前だったら、第三次大戦勃発の十分な火種となったにちがいありません。アラビアの海には大艦隊がずらりと並び、砲門をアラブの国々へ向けたことでしょう。石油獲得の威嚇のための一触即発です。
 今、世の中は変わって、そのような事態が現出せずにいることを非常な幸せと感じております。ともかく、世界は狭くなり、経済的な利害は互いに緊密に錯綜し、戦争という悲惨な愚挙は敵味方もろとも破滅することを知った人類の知恵が、やっとここまできたかと、私は嬉しいのです。世界の人びとの心に宿る恒久平和祈願の精神が、目には見えない平和的努力として、強く根をおろしはじめた一事実として、一つの光明として、祈りたい気持ちを禁じえません。
 天災はどうしようもありませんが、人災は人間の究極の知恵でいつかは克服することができます。人類数千年の間に繰り返されてきた残酷な戦争さえもやがて遠い昔話となることもあるでしょう。
 皆さんは、戦争を知らずに、戦後も遠くなりつつあります。
 これから初めて経験するであろう深刻な経済不況も、石油飢饉もすべて人災に属します。
 人災を克服するには、何が必須な条件かといえば、それはただ一つ、人間の心の奥に巣くうエゴイズムを克服すれば足りるのです。容易ならぬ克服であるとしても、一人また一人と、己のエゴイズムの醜さを自覚することが、これからの人類の最大の課題になっていくにちがいありません。
 人の一生を具にみれば、波乱に富んでいて、見当もつかないことにも遭遇しますが、社会もまたそのとおりで、思いがけない緊急事態に陥り、やがて血路を発見し、新しい展開をもたらすものです。しかし、人間の英知が真に芽生えるのもこのような時です。皆さんは、いつまでもぬるま湯につかってはいられません。これからは世界のさまざまな新事態を経験し鍛えられ、苦難のうちに多くのものを体得するに至るでしょう。その体得したところのものは、未来の人類の知恵の種になり、やがて輝く時のあることを私は信じております。

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