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日蓮大聖人・池田大作

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人間劇のおおらかさ  

「古典を語る」根本誠(池田大作全集第16巻)

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1  池田 そもそも、成立事情にも、多くの問題が秘められているようですね。「邦家の経緯、王化の鴻基こうき」(大系1)を定めるために、撰録されたというような――。
 根本 天武天皇によって編纂が命じられたのが、最初ですね。それまで伝承されてきた『帝紀』『本辞』を蒐集しゅうしゅうし、「偽りを削りまことを定めて」(大系1)後世に残そうとした――と「序」に書かれている。天武天皇は、壬申じんしんの乱という厳しい皇位継承の争いを経て、即位したわけで、そこには、自己の王権の正統性を立証しようとする、政治的な意図があったことは、明白です。
 池田 壬申の乱といえば、万葉では、額田王とか有馬皇子などによって代表される初期にあたる時代の、最大の事件ですからね。
 根本 ええ、そうです。さらに、律令制統一国家の外交上の考慮からも、建国の由来を明らかにする必要があったとも、指摘されています。そのための歴史の編纂だったわけですね。特に『日本書記』のほうは、イデオロギーの色彩がより濃厚です。
 池田 私はしばしば考えるのですが……日本の神話というものが、ギリシャ神話などとくらべて、きわめて政治色の濃いものであることは否定できないと思う。また、例えば司馬遷の『史記』のように、政治的人間の行動の苛烈な記述をとおして人間と歴史の運命を描いた、スケールの大きい史書が日本にはなかったということも、残念ですね。
 しかし、『古事記』などには、政治的範疇よりも人間劇のおおらかさのあることも、見逃してはならないと思うのです。
 根本 それは文学の古典としての『古事記』を評価するうえで、重要な視点ですね。
 池田 たしかに政治的意図は明らかですが、その意図を表現するという観点からすると、『古事記』はずいぶん不満足な作品ではないかとも考えられる。意図をはみ出した部分が、多いとも言えませんか……。
 根本 逆説的に言えば、はみ出した部分にかえって文学的な興味や魅力がありますね。
 池田 そのとおりですね。『古事記』には、ずいぶん多く歌謡が取り入れられている。たとえば――
  この御酒みきみけむ人は そのつづみ うすに立てて 歌ひつつ みけれかも 舞ひつつ 醸みけれかも この御酒の 御酒の あやにうただのし ささ(大系1)
 これは、酒楽さかくらの――酒宴ですね。ほんの一例にすぎないが、お神楽かぐらのようなおもしろみがよく出ている。これなどは、本来の政治的意図の実現ということからいったら、あるいは逸脱というべきものであるかもしれません
 根本 実際、政治的配慮からは、必要性はないでしようね。
 池田 意識してはみ出したのでなく、素材の興味に惹かされてしまったのかもしれないとも考えられます。
 しかし、私はあえて、こんな想像をたくましくしてみたい。――『古事記』の撰述者、それは稗田阿礼ひえだのあれ誦習しょうしゅうを、太安万侶おおのやすまろが筆録したとされているが、おそらく彼一人ではなく、何人もの共同の作業であったのでしょう。
 だが、いずれにしろ、この撰述者には、さまざまな伝承を、たんに政治的な動機づけで羅列するだけでは飽き足りないものがあったのではないか、と思う。
 これは憶測になるが、そこにはすでに、人間の織りなす劇に共感をおぼえ、関心を寄せる一個の文学的精神の誕生があった――と考えたいのです。
 根本 なるほど。そういうふうに見ると、『古事記』の文学性というものが、鮮明に浮かび上がってきますね。
 池田 事実、『古事記』には、政治性の乏しいエピソードが多い。たとえば「因幡の白兎」の話。――
 これなどは、私は、小学生の時に、学芸会で出たものです。(笑い)
 あいにく私は、主役の大国主オオクニヌシノミコトではなく、兎に欺される{鰐鮫{(わにざめ)の役でしたがね……。(笑い)
 根本 それは懐かしいですね。しかし、大国主命になれなかったのは、残念でしたね。(笑い)

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