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日蓮大聖人・池田大作

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東洋と西洋  

「わたしの随想集」「私の人生随想」「きのう きょう」(池田大作全集第19…

前後
1  現代という時代を彩る際立った特色の一つは、地球上のほとんどすべてに、西洋文明が横溢していることであろう。そこには華やかさの反面、暗い翳りがあり、苦悩が影のように付きまとっていることも否定できない。
 仮に、世界史の流れを東洋と西洋との力のバランスとしてとらえるならば、近代以降の歴史は、明らかに西洋優位の時代である。そして今なお、西洋が優位に立っている流れは、決して止まったわけではない。
 そればかりか、西洋文明を土壌として育ってきた科学技術の発展は、地球上はおろか宇宙にまで進出し、とどまるところを知らないようだ。
 しかし、それにもかかわらず、近年、多くの学者によって西洋文明の没落が叫ばれ、世界史の潮流が、大きい転換期を迎えたことが指摘されつづけている。彼らの警告は、科学技術文明が進展していけばいくほど、それだけ鋭さと現実性を帯びてくるという事態を迎えているようだ。
 西洋文明の凋落が叫ばれる理由の第一は、国際政治や世界経済の場において、西洋諸国の地位が相対的に低下し、アジア、アフリカ等の、いわゆる非西欧世界の発言力が増大していることである。かつては七つの海に君臨した大英帝国も、各地の植民地を次々と手放し、国威の没落ぶりはいちじるしいものがある。
 第二は、より本源的に西洋文明そのものへの絶望感からきているといえよう。それは、言い換えると、西洋にその揺籃をもつ科学技術文明が、はなはだ非人間的であるということに対する反発ともいえまいか。科学技術の発展によってたしかに生活は便利にはなった。物質的な豊かさだけからいえば、現代の一庶民の生活環境は古代、中世の王侯貴族をすら凌いでいるにちがいない。だが、こうした物質的な豊かさの影に広がる精神的な空虚さは、現代人に深い失望と一種の焦燥を与えている。科学技術さえ発達していけば、そこにかならず理想社会が実現できると信じてきた幻想が、音をたてて崩れているようだ。
 第三は、西洋文明の一方的な模倣の段階から、それを手本としながらも、各国各民族の創造の段階に入りはじめたことである。それにともなって、各民族の祖先たちが、かつて栄えさせた独自の文化への、ある意味での回帰が試みられるようになってきている。今は開発途上国とされている国々で、はるか昔、ヨーロッパがまだ鬱蒼と茂った森林におおわれ、西洋民族が狩猟や牧畜による原始的な生活を営んでいたころ、強大な国家が栄え、絢爛たる文化の華を咲かせていた。そこでは、ヨーロッパ人が近代に入ってようやく到達したような、あるいはそれ以上の高度な水準の学問が、幾多の学者や哲人によって研究されているのである。
 最近、中国やインドでは、西洋的な医学に飽きたらず、民族固有の古来の医学を、現代的に生かす試みが、意欲的に進められていると聞く。わが国でも、かつての漢方薬の価値が見直され、需要が高まっているようであるが、本格的な学問としては、まだ誕生するにはいたっていないようである。
2  東洋と西洋との対比に関して、これまでしばしば引き合いにされたのが「東は東、西は西、東と西は永遠に逢うまじ」というキップリングの有名な詩であった。
 たしかに東洋と西洋との隔絶は、長い歴史の所産であるとともに、その根底の発想にみられる相違も決して小さくない。しかし私は、東洋といい、西洋といっても、いずこの民族であろうと、同じ人間であるとの次元に立ち戻るならば、理解しあえないことは絶対にありえないと思う。
 しかも、歴史をさかのぼって有史以前を考えれば、本来は東洋も西洋もなかったはずである。その意味では、東洋だの西洋だのという概念は、歴史的な所産にすぎぬともいえよう。
 インドからヨーロッパにかけて使われている言語が、同じ源から出たものであることが確認されたのは、ようやく十九世紀のことである。赤の他人同士と思い込んでいたのが、じつは遠い親戚であることがわかったわけだ。
 有史以来、絶え間ない治乱興亡のなかに文化の交流がさまざまな形で行われてきた。その流れの方向は単純に、一方的に規定することができないとしても、少なくとも最も深い次元においては、つねに東洋が母体となり、淵源となってきたということができる。とくに興味をそそるのは、ヨーロッパ文明の支柱の一つであるキリスト教の起源に関して、仏教の影響が、明瞭に認められるという問題である。
 このことについては、『インド古代史』(山崎利男訳、岩波書店)を書いたコーサンビーが「『死海の書』を書いた学者たちはまさしくユダヤ人であったが、本来仏教徒であったと思われるような特異性を示している」と明言している。
 また、パーキンソン教授もその著のなかで、キリスト教が仏教、ヒンズー教、ゾロアスター教など、東方宗教の影響下に成立したことを、かなりはっきりと認めている。もとよりこれは、さらに科学的な実証を要する議論ではあろうが、当時、インド、中央アジアを中心に栄えていた仏教の状況から推測しても、私は充分にうなずける説であると考えている。
 仏教の慈悲の理念が、キリスト教における愛の観念に形を変えて受け継がれ、それはそれなりに、民衆教化の役目を果たしていったのであろう。
 ただここで断っておきたいのは、キリスト教の愛と仏教の慈悲とは、観念的には似ていても、内容ははるかに異なるという点である。キリスト教は愛を強調しつつも、現実にはイエスを迫害し十字架にかけたユダヤ人に対する憎悪を解くことができなかったという。その世界観も、結局、いっさいを神と悪魔、善と悪との葛藤の歴史とする、対立と抗争の原理によって貫かれているようである。
 現代の世界を支配している対立と抗争の原理も、その源をたどると、ここに帰着するといっても過言ではないようである。キリスト教を阿片と断定したマルクスもまた、すべてを正と反との闘争ととらえるのであり、キリスト教的思考法から一歩も出ていないといえまいか。
 このキリスト教的発想の流れから身を救うには、仏教の慈悲に帰る以外にはないようだ。慈悲とは抜苦与楽という意味であり、善意を超えた絶対的なものである。生命の根底を開いて、慈悲を湧現せしめる仏教の思想と実践こそ、人類を破滅と混乱の流転の運命から脱却させる唯一の方途であろう。
3  昨今、欧米社会において、キリスト教に対する青年たちの無信仰化がいちじるしいという。知識階層の間でも、東洋の思想、宗教に、新しい指導理念を求めようとする人が目立ちはじめている。
 歴史の潮流は、西洋から東洋へ、大きく展開しはじめているようだ。しかし、そこに求められるべき東洋とは、たんなる精神主義や神秘主義に終始するものであってはならない。そうした極端な精神主義、神秘主義は現実逃避の気休め的な生き方をもたらすからである。
 現実から逃げ出したからといって、そこに幸福があるわけではない。要は、われわれを取り巻く、いっさいの環境をわれわれが支配していくか、逆に支配されるかである。人生の幸、不幸の分かれ目は、ここにある。
 科学文明に生きる現実の人生に、真の生命の息吹を蘇らせ、新たな文明の創造をもたらすものは、人間生命それ自体を解明した、本源的な思想への回帰でなければなるまい。

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