Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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音楽のよろこび  

「私はこう思う」「私の人生観」「私の提言」(池田大作全集第18巻)

前後
1  忙しい日常に追われている私は、残念ながら、あちこちの音楽会に足を運ぶ機会は、ほとんどないといってよい。それで、音楽といっても、私の場合は、もっぱらレコードによる音楽である。
 そのかわり烏の啼かぬ日はあっても、レコードを聴かぬ日はない。これが、ここ二十数年にわたる私の習性となってしまった。渇しては泉の水を飲むように、夜の静寂のひととき、私はじっとレコードに耳を傾ける。だれに聴かせるためでもない。私一人のためである。好きな曲がみつかると何回も何回も繰り返し聴くのが常だ。こうして盤の溝が、すっかり摩滅したレコードも相当たまってしまった。
 このような習性は、生涯変わることはないと思われるが、いったいいつごろから始まったか――それは二十歳前後の終戦直後のことである。――薄よごれた狭いアパートの一室に暮らして、戦後の殺伐たる風景は、私の心までも荒らしていた。日々の努力も、あらゆる善意も、すべて裏切られていくように思えた。精神の荒廃などと観念的に片づけることのできるような単純なものではなかった。青春の熱情は、いたずらな破滅への狂暴な発条としか思えなかった。このような時、一枚のレコードが、わが心を慰めていることを知ったのである。
 音楽を愉しむために、私はレコードを聴いたのではない。消すことのできない、わが心奥の琴線が、好きな曲の音波によって共鳴し、時に響きわたり、時にはつらつと蘇ったのである。わが心の底にも、妙なる楽器が存在し、共鳴によって、その琴線が顫えていることを確かめることができた。それは、当時の私にとって、得がたい密かなる喜びであった。人間が人間らしさを自覚しえた、喜びとでもいおうか。――言いがたい歓喜のひとときを、私はレコードの音楽によって知ったのである。
 ベートーベンの第五交響曲『運命』が、狭い一室の中いっぱいに響きわたったとき、その厚い音のまっただなかに包まれて、私は呆然として聴き入った感動を、今も忘れることはできない。第四楽章にいたって、私は感動をもてあました。聴き終わって、われに還ったとき、すがすがしい凛然とした勇気が、わが血行のなかをめぐっている心地よさを自覚した。いつか胸中は充ち足りていたのである。
2  以来、『運命』の盤の溝は、急速にすりへったが、そのころ、さらにすりへった曲に、シューマンの歌曲『流浪の民』がある。このジプシーの深夜の狂宴が終わって、夜の白々とあけるらしい森の中の推移は、疲れはてていた私の頭脳を、いつも洗いながし慰め、平静にして純粋な、生きる喜びを語りかけてくれるようであった。
 私は面倒な音楽理論や、もっともらしい音楽解説書には、まったく縁のない一音楽愛好者にすぎない。数々の曲の選択基準は、好きか、嫌いかという単純素朴な気持ちの判断にまかせている。嫌いな曲は顧みない。好きな曲は飽くことを知らない。勢い、私の選択はいささか偏向をまぬがれないだろう。人はこの偏向をふつごうだ、と言うかもしれないが、それは私の知ったことではない。生得の心情の稚拙さに由来するとするならば、それもやむをえぬことだ。なによりも私は、音楽に関しては、わが心情に正直で忠実でありたいのである。
 音楽というものは、直截に人間の心情に語りかけるものであって、音波という媒介以外に、理屈や理論や思索などを一切拒絶するものであるからだ。高級も低級もない。シンフォニーであろうと、コンチェルトであろうと、ポピュラー曲であろうと、民謡や歌謡曲であろうと、好きな曲は好きなのである。また洋の東西を問わない。私の生命にとって密かに共鳴するものはいいのである。
3  数年前から、私は宮城道雄の琴の音色にも心をひかれるようになった。処女作『水の変態』にはじまった道雄の琴の現代的創作は『瀬音』『春の海』『ロンドンの雨』『手まり歌』と、いずれも私にとって捨てがたい宝となっている。深夜、眠る前のひととき、二階の個室で横になりながら、時には一時間以上も聞いていることもある。わが心情の琴線は、さらに少年の日の耳に残った大正琴の調べさえ懐かしむことがある。音楽は、私の日常にとって、このようなものであるので、国内や海外の旅をする時は、テープレコーダーの携帯を忘れることがない。旅情というものは、ひとしお音楽を彩るものであるらしい。思いもかけぬ感慨にひたることもしばしばである。ともあれ、音楽ほど、人間の心情を語ることにかけては、これほど真正直なものはないであろう。嘘をつこうにも嘘のつきようはない。言語もいらない。論理を追う必要もない。理解しようなどと身構える愚かさを、さらさら必要としない。耳を澄ましていれば、わが心の中の楽器は、自然と共鳴するのだ。
 私はこの共鳴をこよなく珍重したいのだ。時代を超え、距離を超え、民族を超え、それぞれ互いに心から正直に語りかける。そこでは、人間がもっとも人間らしい姿で、対話するといっていいだろう。
 皮膚の色が異なろうと、話すことばが異なろうと、風俗習慣が異なろうと、文明の深度の差が、どれほど大きかろうと、互いの心情の共鳴は、音楽の力によって果たすことができるだろう。
 人間が互いにその心情において共鳴し、血なまぐさい地球の風景を抹殺することが、二十世紀から二十一世紀への人類の最大の課題であるならば、音楽こそ、それに耐えうる有効な手段の一つとして脚光を浴びなければならぬ宿命にあるものといってよい。

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