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日蓮大聖人・池田大作

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ゴルバチョフに語られた寓話 チンギス・アイトマートフ

「大いなる魂の詩」チンギス・アイトマートフ(池田大作全集第15巻)

前後
1  「自由!! この受難の道を我は征く」
 昨今、ゴルバチョフに関する世評が、そう、まさに風のごとく風評が巷に吹き荒れている。それはいうまでもなく、鮮やかで、しかも矛盾に満ちた彼の時代が、人々の眼前で地平線のかなたに沈みゆこうとする時、現代人のことごとくが、その黄昏を気にかけずにはいられないからなのだ。
 その夕景を望み、ある人々は、以前、大統領であったその人に同情し、心配し、別れにさいして、固く彼の手を握っていく。彼らの目には、二十世紀の生んだこの類まれな人物が、宿命的とも言える敗北を喫して政界から去っていくというふうに映るのであろう。
 また他の人々は、自分たちの野卑なシニシズム(皮肉)をひけらかすように、去りゆく人の背中にやじを飛ばし、冷笑を浴びせ、足蹴にし、投石する。それは、近年の“ペレストロイカ民主主義”に寄生して群生しえた輩の悲しき習性でもある。それもいいだろう。むしろ、なるべくして、すべてがこうなったのだから……。
 またもう一方には、店の行列に並びながら、心底からゴルバチョフを恨み、非難している人々がいる。さらに、自分たちの国が宇宙をも揺るがす強大さと脅威をもっていることを最大の生きがいとしてきた人間たちは、かつての超大国の廃墟に目をやりながら、憎むべきラジカル(急進的)な改革者に脅迫を突きつけている。彼らは決して少数ではない。
 ただし、この崩壊を呼び起こした「張本人」自身、神に誓って言うが、もとよりそれを望んではいなかったのだ。そして今、彼自身が悲嘆にくれ、あっけにとられているのだ……。むろん、すべてはなるべくしてこうなったのかもしれないが……。
2  こう書く時、私は三年前(一九八九年)の小さなエピソードを思い起こさずにはいられない。
 その日、ゴルバチョフは私を呼び出した。この時の会話を、私はことのほか印象深く記憶している。彼が私を呼んだのは、今思うと何か具体的な用件があって、たぶん当時焦眉の問題となっていた中央アジア情勢、とりわけ民族問題か何かについて話し合おうと思ったからだったのだろう。
 しかし、この用件に即した実務的な会話は、この日、ついに交わされないまま終わることになる。それどころか、私たちの語らいは私の不用意な発言のせいか、まったく意図せぬ方向に発展してしまった。それというのも……。
 事の本質を理解するためには、あらかじめ読者は、この話が、ペレストロイカがまだ未曾有の民主的改革として脚光を浴び、もてはやされていたころの出来事だったことを念頭においていただきたい。ただし水面下では、右からも左からも、民主派からも、党官僚からも、見えざる不満と批判の声がしだいにあからさまになり、強まってきていた。それぞれの人間には、それなりの言い分も理由もあった。国の経済が慢性的な低落傾向にあったことも大きく影響していた。
 ゴルバチョフの心の内があまり穏やかでないことを、その時、私はすぐに感じ取った。彼はいつものように落ち着いて、にこやかに応対し、彼の瞳は“ゴルバチョフ光線”とでも言うべきあの輝きを時折放っていた。にもかかわらず、彼の顔には心痛の跡が刻まれていたのであった。
 私たちは、クレムリンの彼の執務室の一部屋で、机をはさんで向かい合って座った。
 話の本題に入る前に、ゴルバチョフが、私の仕事、つまり文学活動はうまくいっているかどうか尋ねてきたのは、いってみればごく自然のことだった。今、私が何を書いているのか、こんど出そうと思っているのは長編か、それとも中編物か、出版はもうすぐなのか、といったような質問だった。だが、これらの質問をすることで、彼はそうとは知らずに、私の最も痛い部分にふれていた。というのも、そのころの私は、文筆家としての本来の仕事をする時間がまったくもてずに苦しんでいたのだった。私は思わず心中を漏らしてしまった。
 「じつは、何とお答えすればいいものか。日に日にペンを持つのが困難になってきているのです。今こそ、完全に自由になって、何でも書けそうなものなのに、結果はちっともはかばかしくないのです。文筆活動のための時間が全然とれません。今は皆、ペレストロイカのために何でも引き受けなければといったところですからね。私たち皆が、一つの風、一つの課題にさらされているわけですから」
 「いや、一つどころか、七つの風ですよ」。驚いたように首を振って、彼は笑った。
 「実際、そのとおりですね」と、私は同意して言った。
 「ペレストロイカの嵐が私たちを翻弄しています。民主主義がこんなに時間を使ってしまうものだとは思いませんでした」
 「わかります。とてもよくわかります」。考え深げに、また同情するような笑みを浮かべて、ゴルバチョフは相槌を打ち、語った。
 「ええ、たしかに時間がありません。しかし同時に、別なもの――とても大事な心の発見があります。どんな思考も追いつけないような時代が突然開けたのですから。芸術家も、哲学者も、政治家も、そして、あらゆる人々が言うべきことをもっているのです」
3  一般的な話題につづいて、私は当時、とくによく考えをめぐらした問題にふれた。それは、社会主義という隠れ蓑の陰で、ソビエト社会に長年ひそんでいた問題――つまり権力がつねにはらんでいる矛盾と、それがもたらす不可避的な破局、といった権力者の宿命についてである。
 ある意味で、この運命的な問題は、全体主義のもとで受難の改革者の道を踏みだしたゴルバチョフ自身の運命ともつながっているのではないか、との予感を私はもっていた。要するに、ここで話題となったのは、権力者――一人が多数を支配する方途と代償というテーマである。
 しかし、こういったことをストレートに、あからさまに取り上げるのは適当でない気がした。そこで、私は回り道をすることにした。自分の作品の構想にふれながら、ある東洋の寓話をゴルバチョフに語ったのである。
 これは、今度、予定している作品で展開の要となるものだった。私は、思索しつつ物語り、物語りつつ思索するといった口ぶりで話していった。
 じつは、私が心の痛みとともによく思い出す、古い寓話がある。車中や会合で、また一人の時、だれかと一緒の時にもよく思い出すもので、次のような内容である。
 ――ある時、偉大な為政者のもとに、一人の予言者が訪れ、きわめて虚心坦懐に語り合った。そのさい、客の予言者は為政者にこう言った。
 「あなたの栄光はあまねく知れわたっており、王座はまったく不動です。ところが、奇妙な噂が私のもとに届きました。あなたは恒久的な民の幸福を願い、万人に通ずる“幸の道”を人々に開こうとしていると。つまり、民に完全な自由と平等を与えようとしていると――」
 そうだ、と為政者はうなずきながら、「それは長い間、いだきつづけてきた考えで、実際に自分の信念と決意のとおりに行動するつもりだ」と言った。
 その答えを聞き、聡明な客は短い沈黙の後、こう語りかけた。
 「為政者よ、幾多の人々を幸せにする、この偉大な賛嘆すべき行為は、あなたに不滅の栄誉をもたらすでしょう。あなたの御姿は、神のそれにも等しく高められていくでありましょう。私も心からあなたの味方です。
 しかし、私の使命は真実をすべて包み隠さずに語ることです。あなたは、そこから、ご自分の結論を出さなければなりません。
 為政者よ、あなたには二つの道、二つの運命、二つの可能性があります。どちらを選ぶかは、あなたの自由です。
4  一つの道は、代々の伝統にならって、圧政によって権力の座を固めることです。王権の継承者として、あなたには強大無比な権力が与えられています。今、あなたはその頂点におられるのです。
 この運命は、あなたに今後も同じ道を行くことを命じております。それに従えば、あなたは最後まで権力の座にとどまり、その恩恵のもとに安住することができるでしょう。そして、あなたの後継者もまた同じ道をたどっていくことでしょう」
 ゴルバチョフは終始黙って、この意図の明らかな、しかし、語り口ゆえに決して押しつけがましくはない私の寓話に、じっと耳をかたむけていた。
 つづけて私は、流浪の賢者の、二つ目の予言について語った。
5  二つ目の運命。それは受難の厳しい道である、と予言者は権力の極みにいる為政者に告げた。
 「なぜならば、為政者よ、あなたが贈った『自由』は、それを受け取った者たちのどす黒い、恩知らずの心となって、あなたに返ってくるからです。そういう成り行きになってしまうものなのです。
 では、どうして、なぜ、そうなるのか? なぜ、そんなばかげた不条理がまかり通るのか? 逆ではないのか? どこに正義や理性はあるのか? この問いに答えられる者はいません。これは、天国と地獄の不可思議な秘密なのです。これまでもずっとそうであったし、これからも変わらないのです。
 あなたも同じ運命に襲われるにちがいありません。自由を得た人間は隷属から脱却するや、過去に対する復讐をあなたに向けるでしょう。群衆を前に、あなたを非難し、嘲笑の声もかまびすしく、あなたと、あなたに近しい人々を愚弄することでしょう。忠実な同志だった多くの者が公然と暴言を吐き、あなたの命令に反抗することでしょう。人生の最期の日まで、あなたをこき下ろし、その名を踏みにじろうとする、周囲の野望から逃れることはできないでしょう。
 偉大な為政者よ、どちらの運命を選ぶかは、あなたの自由です」
6  為政者は、その時、流浪の人に答えた。
 「七日間、私を庭で待っていてくれ。私は熟考しよう。七日後に、もし私がお前を呼ぶことがなければ、行ってしまうがいい。自分の道を行くがいい……」
 このような古い寓話を、私はゴルバチョフに語ったのであった。彼は表情を変え、黙していた。私は早くも自分のやったことを後悔し、挨拶をして帰ろうとした。その時、彼は苦笑しながら、口を開いた。
 「言わんとすることはわかっています。出版予定の本の話だけではありませんね。しかし、七日間も私を待つ必要はありません。七分でも長すぎるくらいです。私はもう選択をしてしまったのです。どんな犠牲を払うことになろうとも、私の運命がどんな結末になろうとも、私はひとたび決めた道から外れることはありません。
 ただ民主主義を、ただ自由を、そして、恐ろしい過去やあらゆる独裁からの脱却を――私がめざしているのは、ただこれだけです。国民が私をどう評価するかは国民の自由です……。今いる人々の多くが理解しなくとも、私はこの道を行く覚悟です……」
 ここで、私はその場を辞した。

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