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日蓮大聖人・池田大作

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環境破壊と依正不二の哲理  

「大いなる魂の詩」チンギス・アイトマートフ(池田大作全集第15巻)

前後
1  池田 ゴルバチョフ大統領(当時)は、国連での演説で環境保護対策を強調され、また、あなたも作品の中で、環境破壊の問題を鋭く告発されておりました。ことに『処刑台』に描かれた、州当局の肉の生産計画が思うにまかせぬ状況になるや、科学技術を駆使して大がかりなサイガク狩りを断行するくだりは、勝手気ままな人間の傲慢さに対する、怒りと哀切の告発として、鮮烈に私の脳裏に焼き付いております。
 創価学会の牧口常三郎初代会長は、偉大なる教育思想家であり、著名な地理学者でもありましたが、著作に『人生地理学』という書があります。それは、自然と人間との一体性に着目し、自然が人間の精神、人生におよぼす影響について論及したもので、独創的な優れた地理学研究として、識者の間では高く評価されております。
 そこでは、自然と精神の形成について論を進め、たとえば、人間は植物と接触することによって、美情を養うことができるし、殺気をしずめて、豊潤な心情を培うことができる。また、動物や、山や川などの自然との交渉を通じて、美に感動する心や、親愛、勇敢さなどの高尚な心を啓発していくとも述べています。さらに人間は、大自然の妙なる営みにいだかれて、芸術的心情や真理への情熱を燃やし、“心の眼”を開き、信仰心を育てゆくものであるとも語っております。
 考えてみれば、自然は、生態系という壮大な生命のリングを構成しており、人間もその中の一つの生物にすぎません。しかも、その生命のリングは精巧にして複雑微妙な中に、見事な調和を保っております。
 ところが、科学という巨大な武器を持った人間は、人間こそが自然の支配者であると錯覚し、みずからの手で、この生命のリングを破壊し始めました。それは天に向かって唾するに等しく、かえってみずからの生存の危機を招く結果となったわけです。
 環境破壊の深刻さは、それが一部の先進国や一地域の問題にとどまらず、地球規模に波及し、事態が進行していくことにあり、また、ひとたび破壊された自然は、決して短日月のうちには復元されないことにありましょう。
 それだけに、地球レベルでの環境保護対策が緊急の課題であり、ゆえに私は、人類が生き延びるための方策を、各国の英知を結集して研究し討議し、具体的な解決策を見いだしていく場として「環境国連」ともいうべきものを創設する提案をしてまいりました。
2  ところで、この環境破壊の問題を考える上で大切なことは、たんに、当面する環境の破壊、汚染を防ぐことだけに終始するのではなく、未来にふたたび同じ過ちを繰り返さないために、人間のいかなる考えが、今日の結果をもたらしたのかを解明していくことであると思います。
 私は、環境・自然破壊を生んだ近代文明の発達の背後には、自然は征服されるものであり、いかに破壊されてもふたたび修復されるものであろうという安易な楽観論があり、さらに、万物の霊長たる人間こそ、宇宙の一切に君臨すべき支配者であるとの、人間中心主義があったことを指摘したいと思います。
 こうした考え方の根本に、キリスト教的人間観、自然観があることはいうまでもありませんが、それとは対照的に、東洋的発想は、人間が自然といかに調和し共存していくかとの志向を基調としてきました。そして、この東洋の調和の発想の淵源の一つは、仏法に発していると言えます。
 仏法では「依正不二」といって、「依報」すなわち環境世界と、「正報」すなわち生命活動を営む主体である自身とは、分離することのできない一体不二の関係にあると説いています。それは、いわば生態系の概念をも内包した環境・自然との共和と調和の哲理にほかなりません。さらにこの「依正不二」の原理は、主体である自己自身の内なる一念の変革が、全自然環境に連動していくことを教えています。
 環境・自然破壊をなしてきたものは、人間中心主義の考えですが、その根源には、人間の限りない欲望があります。ヨーロッパの近代文明が「欲望と意志の大きさ」(P・ヴァレリー)を旗印に、空前の富を生みだしてきたという側面は当然、評価されるべきです。
 しかし、その反面の事実、つまり、人間の内なる心の世界が、欲望というマグマの噴出によって破壊され、さらに、それが外なる環境という世界に噴き出していった結果が、環境・自然破壊であったという冷厳な事実に直面せざるをえないのが、現代文明の現実です。その最も極端な例は核戦争でありましょう。
 したがって、環境の保護といっても、欲望に翻弄される自身の心を律し、内なる生命の環境を整えることが最重要であり、人間の一念の変革こそ、何にもまして最大の課題であると思います。ゲーテの格言に「おまえの内部をさがせ、すると、おまえはすべてを見出すことができる」(前掲「ゲーテ格言集」)とありますが、まさに、人間の心にこそ、環境を決していくすべてがあります。
 こうした仏法の発想を根底にし、人間自身の生命の変革がなされていくならば、これまで支配、征服という一方通行であった人間と自然の回路は、調和と共存という相互交信の回路となり、環境・自然破壊を防ぐことはもとより、豊かな感受性に満ちた文化と精神を創り出すことも可能であると思いますが、ご意見をお聞かせ願えればと思います。
 サイガク
 サイガ。オオハナカモシカ。
3  アイトマートフ 複雑なテーマ展開になりましたが、その背後には、またもや世界的規模の「存在」という問題がそそり立っています。それは、乱暴な言い方をすれば、地球という「物体」は、人類という、あらゆる生物の中で最も大食いで、最も有害な種の「消費」に耐えうるのだろうか、それとも、人間的生活様式の完全な破産と、全地球的規模の大惨事の中での破滅が迫っているのだろうか、という問題です。
 私は、トルキスタンのアラル海が塩を含む灰色の砂漠に変わってしまったことの目撃者です。この海は私の幼年時代の海でした。初めて見たのは、一九三五年の四月で、七歳の時です。家族とともに汽車で、モスクワの、当時学校へ通っていた父のもとへ行く途中、アラル海のほとりを通ったのです。
 初めて見るアラル海がどんなに素晴らしい景色であったかは、今も忘れられません。海は線路のすぐそばで水音を立てていました。それは大草原そのものと同じように果てしないものでしたが、活気があって、帆かけ舟や小さな汽船が岸から遠く離れたところを行き来していました。駅では乗客に金色をした燻製の魚を束ねて売っていました。
 その後も、青年時代にも、大人になってからも、私は何回もアラル海のほとりを通りましたが、それは私にとっていつも感動的な出来事でした。果てしなく広がる乾いた大草原の中の大いなる海、それはまさに大自然の奇跡です。その当時の印象を私は最近『チンギス・ハンの白い雲』という中編の中で、次のように再現しました。
 「夕暮れが近づいていた。雪におおわれた低地を帯状の林に囲まれたシルダリア流れ《天山山脈に発しアラル海に注ぐソ連領中央アジアの大河》がゆるやかに弧を描きながら輝き、まもなく、すでに夕陽を浴びて草原のかなたにアラル海《中央アジアのカザフ共和国内の塩水湖》が見えてきた。初めは葦の茂みや、遠くに見える清らかな水の一部や、小さな島によって、そこに海のあることが推測できたが、まもなく、鉄道線路のすぐそばの湿った砂浜に打ち寄せる波が見えた。雪と、砂浜と、岸辺の石ころと、風に波立つ青い海と、石だらけの半島にたむろする茶色のラクダの群れを、一瞬にして一度に眺めるのはすばらしいことであった。しかも頭上には白い千切れ雲の浮かぶ高い空が広がっていた」(飯田規和・亀山郁夫訳、潮出版社)
 私の得た情報によりますと、かつて宇宙飛行計画が準備され始めたばかりのころ、事故による宇宙飛行士の緊急脱出の地点としてアラル海への着水が予定されていました。緊急脱出の場所が現在のアラル海だったら、どんなに恐ろしいことになるかは容易に想像できます。それは木一本ない裸の荒野へ放り出されるのと同じです。衝撃を和らげる深い水など、もはやその面影もありません。
 当然ながら疑問が生まれます。アラル海に何が起こったのでしょう? アラル海はどこへ消えてしまったのでしょう? どうして海の舟は、かつて海であった所の干あがった底にとり残されてしまったのでしょう? まるで砂漠が砂丘を吹き寄せながら、舟をつかまえてしまったかのようです。これはいったいどういうことなのでしょう? アラル海のこの惨事は今後どのような結果を招くのでしょう?
 この不幸は遠い昔から始まっていました。シルダリア、アムダリアという中央アジアの二つの大河は、多数のダムや貯水池で完全にせき止められ、世界最大の綿花栽培農園――数百万へクタールの綿花という単一作物の畑――の潅漑に回されていました。自然と人間の労働とを無慈悲に利用した金もうけの度はずれの渇望が、結果として、この地方を不毛にし、アムダリアとシルダリアの流入によってそれまで数千年存続していた大きな海全体を枯渇させてしまったのです。
 夏には空と太陽を遮る干あがった海底から吹き上げる塩の嵐、伝染病、いっこうに低下しない中央アジア住民の幼児の死亡率、文化と伝統の破壊、飢餓と貧困、――それがユートピア的目的の名においての略奪的人間活動の結果なのです。
 しかし、アラル海の挽歌は、地球の歴史の中の一つのエピソードにすぎません。その種の人間の手による悪は、この地上にいったいいくつあることでしょう!……。
4  池田 たしかに、アラル海という広さ世界第四位の塩水湖の消滅の問題は、環境破壊の規模といい程度といい、チェルノブイリにも匹敵する難題であり、私もひそかに胸を痛めている一人です。
 しかし、ここで留意すべきは、アラル海は、人間のむきだしの本能による荒々しい攻撃によって死に瀕しているのではないということです。それは、きわめて意志的で計画的な人間の作業によって、論理的にそのような状態に追い込まれているということです。人間の善意のエゴイズムというものが、いかに決定的な破局を招くか――その象徴的事例が、アラル海の危機なのです。
 意志的に、計画的に……と申しましたが、アラル海に流入する二つの大河から取水して一大綿花地帯を作り上げようという計画が、マルクス経済学にもとづいて進められたことは、いうまでもないことでしょう。
 周知のように、この経済学の価値観は、労働価値説を基盤にしております。それは、人間の労働――それも質的に千差万別である具体的な労働ではなく、きわめて抽象化され、数量化された人間の労働を絶対的価値として聖化するあまり、多くの歪みを生んできました。
 ロシアの識者が自嘲気味に語っているように、それを、アラル海の問題に即して言えば、労働価値の聖化は、必然的に土地や天然資源など、他の経済的価値を第二義的なものとして軽視するにいたりました。社会主義体制の崩壊したあと、それらの国々の環境破壊が、大方の予想を上回る惨状を呈しているのも、理由のないことではありません。
 しかも、致命的であったことは、傲慢で無知な権力者が、労働価値を労働時間という計測可能な形で客観化しうると錯覚し、その結果、社会のどの分野にどのくらいの労働価値が投入されるべきかを、計画経済の中に組み込むことが可能だと思い込んだことです。思い込んだばかりか、それを強引に実行に移していったことです。
 そうした観点からは、綿花の生産量の増大に血眼になることはあっても、アラル海をめぐる環境破壊などは、すっぽりと抜け落ちてしまうでしょう。なにしろ、それは当局からも社会からも、なんら評価に値しない“無価値”なことなのですから。
 私が強調したいのは、労働価値説の背後に横たわっている、誤った人間中心主義の考え方です。そこにあっては、自然は人間によって客体化、対象化され、人間によって働きかけられる――収奪される、とまでは言わないにしても――存在でしかなく、働きかけが一方通行です。そこには“共生”という観点は、少なくとも希薄です。
 そうした誤った人間中心主義が、現代において、重大な岐路に立たされていることは、あなたの言うように、「地球という『物体』は、人類という、あらゆる生物の中で最も大食いで、最も有害な種の『消費』に耐えうるのだろうか」と問いかけるだけで十分でしょう。
 アラル海の危機をもたらした背景に、労働価値説に象徴される人間中心主義の思考がある――だからこそ、人間の思考の変革、人間の内面世界を整えることが不可欠となってくるのです。
 なぜなら、理論的に正当化されたエゴイズムは、時に、むきだしの本能的エゴイズムよりも、凶暴な働きをするからです。ガンジーも言っています。「合理主義者はあっぱれである。しかし、合理主義が全能を主張するときには、ぞっとする化け物となる」(前掲『《ガンジー語録》抵抗するな・屈服するな』)と。
 労働価値説
 生産に投入された労働量によって商品の価値が決まるとする説。
 ロシアの識者が……
 S・ブラギンスキー/V・シュヴィドコー共著『ソ連経済の歴史的転換はなるか』講談社。
5  アイトマートフ なるほど。ついでに言えば、人間がこの問題について考え始めたのは、昨日のことでも、一昨日のことでもありません。
 キルギスの叙事詩の中に、後世への教訓として今も生きているものに、若い猟師コジョータシュについての有名な物語があります。遠い昔からの物語です。語り手が聞き手の前で口ずさむ、この歌うような調子の叙事詩の内容をかいつまんで話せば、次のようになります。
 コジョータシュは若くて幸運な猟師で、いつも山から草食動物や毛皮獣の獲物をたくさんかついで帰っていました。この若者は一族の稼ぎ手で養い手でした。この男にはいつも幸運がついて回っていました。彼は気前の良い若者でしたが、しかし、野獣の猟になると無慈悲でした。しかし、良からぬ運命が彼をつけねらっていました。
 さて、彼は峠を越えて、農民たちの住む村へ、花嫁をもらいに出かけて行きます。花婿たちの求婚競争です。若者にはキツネや、イタチや、クロテンや、ヒョウなどの毛皮の贈り物をたくさん持った同族の人々が同行しています。
 贈り物は媒酌人たちの前に並べられ、歌い手は花婿候補の長所を歌に託して褒めちぎります。力持ちで、目は確かで、足は速く、野生のヤギにも追いつけば、山のヒョウをも組み倒す、とにかく幸運の星のもとに生まれついた若者である、といった調子です。
 コジョータシュは相撲でも花婿候補の競争相手をすべて倒して、優勝者になりました。媒酌人たちはコジョータシュに娘を嫁にやることに完全に同意し、結婚式は次の年の秋の収穫後と決められました。
 コジョータシュは意気揚々と郷里の山里へ帰って行きました。ところが、途中、茂みの中から一羽のカササギが飛び出してきて、しつこく頭上を舞いながら、しきりに鳴きたて、コジョータシュに警告するのです――不幸が待っているぞ、浮かれるのはまだ早い、婚礼は挙げられないよ、花嫁の顔は見られまい、と。
 コジョータシュはその知らせを無視しました。おしゃベりのカササギに何がわかるものか、ただ妬み深い連中にそそのかされて、ありもしないことを言いふらしているだけではないか、とせせら笑っていました。
 コジョータシュはふたたび山へ入り、今までどおりの力と幸運に恵まれていました。冬の間はずっと野生のヤギを追い、一族を養い、新たな贈り物のための毛皮を準備していました。それは近づいてきた婚礼のためです。もう春です。もうすぐ夏になり、秋が来ます。婚礼の準備はますます差し迫った仕事になってきました。
 あるときコジョータシュは、テンの婚礼を目撃しました。静かな月夜にテンの群れが小川のほとりの草原に出てきました。花嫁を嫁入りさせるためです。――山に棲むこの小動物は、猟師の話によると、発情期には人間と似たような行動をとります。花嫁行列をともなう婚礼を行うのです。そしてこの時が猟に最も適した時です。テンが持ち前の敏感さと警戒心を失うからです――。
 花嫁のテンは最高にきれいで、きらきら輝く目を持ち、その周りを他のテンたちが歌って、踊っています。すると向こうから同じようなテンの行列がやってきます。花婿側です。両方の行列が出会うと、輪になって歌います。
 若い猟師のコジョータシュはテンの婚礼を眺め、花嫁のテンの美しさにみとれ、テンの群れが警戒心をすっかりなくしていたことに驚いていましたが、すぐ、自分には婚礼のための高価な贈り物がたくさん必要であることを思い出しました。コジョータシュはためらうことなく毛皮の外套をテンの行列にかぶせ、花嫁の見送りに熱中しているテンを捕らえ、絞め殺しました……。
 物語のクライマックスは野生のヤギの猟にかかわる事件の中でやってきます。冬の間にコジョータシュは山の中で一つの大きな群れに相当するほどのヤギを仕留めました。近辺でヤギの頭数がしだいに少なくなってきました。
 ある日、コジョータシュはヤギの集団の始祖にあたる灰色の雌ヤギのスル・エチキを追跡していました。スル・エチキはやはり灰色の雄ヤギのスル・テケと行動をともにしていました。コジョータシュは二匹のヤギを山頂に追いつめ、弓に矢をつがえました。すると灰色の雌ヤギのスル・エチキはコジョータシュに向かって、子孫を残すために雄ヤギのスル・テケを殺さないでくれと哀願しました。
 しかし、コジョータシュは雌ヤギの懇願に耳を貸しませんでした。正確な狙いで発射された矢が、大きな灰色の雄ヤギに命中しました。雄ヤギはスル・エチキの足もとに倒れて動かなくなりました。すると灰色の雌ヤギのスル・エチキは猟師を呪い、ヤギの一族を絶滅させてしまったことで猟師を非難し、山の上から叫びました。
 「おまえはわが一族の父親を殺し、わが一族を根絶やしにしてしまった。今後おまえには呪いがくだるだろう。おまえはこれからは獣を一匹も捕ることができない。悔しかったらこの私を射てごらん。独りになってしまった、寄る辺のない、この雌ヤギの私を。私はこの場を一歩も動かない。おまえなんかに撃てるものか」
 コジョータシュは山の岩が崩れ落ちるほどの大声で笑いました。哀れな灰色の雌ヤギの言葉をあざ笑ったのです。コジョータシュは狙いを定めました。
 しかし矢は目標をそれて飛び去りました。二回目の狙いをつけましたが、またもや失敗でした。三回目も同様でした。「さあ、こんどは追いついてごらん」と灰色のスル・エチキは猟師に挑戦すると、足が悪いことを装って、片足をひきずりながら走り出しました。
 コジョータシュはひとっ跳びでそのあつかましい灰色のヤギに追いつくものと思って、後から駆けだしました。ところが、追いついたと思った瞬間、スル・エチキは跳びのいて、逃げてしまうのでした。
 追跡は日暮れまでつづきました。山道を追跡するのに夢中になるあまり、コジョータシュは、灰色の雌ヤギが彼をしだいに険しい山におびき寄せつつあることに気づきませんでした。ただ目の前に近寄りがたい岩の絶壁がそそり立つのを見たとき、彼は自分が登ることも降りることも、進むことも戻ることもできない切り立った断崖の上にいることに気づきました。深い谷の上に突き出した岩棚の上に立っていたのです。
 その時、灰色の雌ヤギのスル・エチキは人間の声で話し始めました。その声はホルンのように山々に響き渡りました。
 「これはおまえが野の獣たちに加えた残酷さに対する罰である。おまえは呪いを受け、最後の息を引き取る瞬間まで、私が殺されたわが子たちの上に涙をこぼしているように、おまえはみずからの運命を嘆き悲しむがよい!」
 物語のこの先は、若い猟師コジョータシュが、下の谷底にいる自分の同族の人々に訴えかける哀歌がつづきます。コジョータシュは野生動物に対してあまりに残酷であったことを嘆き、自分の運命を悲しみ、婚礼がついに挙げられなくなってしまった許嫁を思って泣きます。
 許嫁は、灰色の雌ヤギのスル・エチキの足もとにひれ伏して、自分の夫となるべき男の呪いを解いてくれるように頼みに山へ出かけて行きます。しかし数百年の年月が流れても、許嫁は雌ヤギのスル・エチキを探し出すことができません。彼女は山をさまよいながら、テンの婚礼に出会います。テンの群れは月夜にダイヤのように輝く目をした花嫁のテンを見送って行きます。許嫁はひざまずいて、さめざめと泣き、自分がテンの花嫁のような幸せを得られないことを悲しみます。
6  池田 そのコジョータシュの物語を、昨年(一九九一年)の五月、風さわやかな春の日の昼下がり、緑豊かなルクセンブルクのソ連大使館の一室で、あなたから聞いた時の心洗われるような感動は、あたかも昨日のことのように胸によみがえってきます。
 民衆の間に長く語り継がれたフォークロア(民間伝承)というものは、じつに豊富な教訓性を秘めているものですね。あなたの文学には、そうしたフォークロアが数多くちりばめられていますが、私は、そこに、いわゆる“都会ずれ”していない若々しさと、瑞々しさを感じます。
 私も、ここで日本のフォークロアの一つである「鶴女房」の話を紹介してみたいと思います。(以下、関敬吾編『こぶとり爺さん・かちかち山』岩波文庫を参照)
 ――ある村に、嘉六という男がいました。七十歳ほどの母親と山の中で炭焼きをして暮らしていました。冬のころ、蒲団を買いに町へ行く途中、一羽の鶴がわなにかかって苦しんでいるのを見つけました。嘉六は、蒲団を買う金で、猟師から鶴を買い、空へ飛ばしてあげました。
 今夜は寒くてもしかたがない――嘉六は、そう言って家へ帰りました。お母さんも、事情を知ると、「おまえのすることだから良いだろう」――と言いました。
 そのあくる晩の宵の口に、素晴らしく美しい女性が、嘉六の家へやって来ました。今夜泊めてください――と。こんな粗末な家だから、と断ると、いや、ぜひに、と言うので泊めてやりました。その女性が「相談があるので聞いてください。どうか私を、あなたの妻にしてください」と言います。今日は何を食べようか、明日は何を食べようか、という生活をしている自分が、あなたのような立派な女性を妻にすることはできない、と断るが、「そう言わないで、ぜひ」というので、母親のすすめもあり、妻にすることにしました。
 しばらくたったころ、その女房は、「わたしを三日ばかり戸棚の中に入れてください。決して戸を開けて見ないでください」と言いました。すると四日目に女房は出てきました。「苦しかったろう、早くご飯を食べて」と言うと、女房は、ご飯を食べたあと「嘉六どん、嘉六どん、わたしが戸棚の中で織った反物を二千両で売ってきてください」と言って、反物を出してきました。嘉六は、それを持って殿様の館へ行きました。すると殿様は、これは立派な品物だ、二千両ででも三千両ででも買ってやるが、もう一反できないか、と言いました。女房に聞いてみないとわかりません。聞かなくても、おまえが承知ならいいだろう、金はいま出してやる、と。
 嘉六は、家へ帰って、女房にそのことを話すと、「ひまさえくだされば、もう一反織りましょう。こんどは一週間戸棚の中に入れてください。決して中をのぞいてはなりませんよ」と言って、また戸棚に入りました。
 一週間目に、嘉六は、心配なのと好奇心にかられ、戸棚を開けてしまいました。
 ところが一羽の鶴が、自分の細い羽根を抜いて反物を織って、ちょうど織り上げたところでした。そして鶴は「反物はできました。けれども、こうして体を見られた上は、愛想もつきたでしょうから、わたしはもうおいとまします。じつは、わたしはあなたに助けてもらった鶴です。どうかこの反物は、約束どおり、殿様に持っていってください」と言って、黙って西のほうを向いていました。すると、千羽ばかりの鶴がやってきて、裸の鶴を連れて飛んでいきました。
 金を手にして、欲の出た嘉六は、金持ちにはなったが、そのあげく、美しい妻を失ってしまった、というのです。
 キルギスのフォークロアに比べると、いささかおとなしい感もありますが、その豊かな寓意性は、文学者の想像力を刺激するものであるらしく、優れた現代的戯曲に仕上げた作家もおります。ともあれ、コジョータシュの悲劇も、嘉六の悲劇も、人間の欲望のおもむくままに行動するところ、痛烈な自然のしっぺ返しが待っているという点では、通底していると言えましょう。
 こうしたフォークロアからリアリティーを感じ取り、想像力を働かせるには、現代人の感性はあまりにも貧しく、摩滅してしまっているのは、悲しいかぎりです。
7  アイトマートフ そこで、話を現代に戻しますと、私にはすぐにゴーギャンがタヒチで描いた素晴らしい絵が思い浮かんできます。
 オレンジ色の女性たちの美しい優雅な姿。それは一つ一つの線が、内省と空想の表現であり、問いかけと、それから、「我々は何者であるか、我々はどこから来たのか、そしてどこへ行こうとしているのか?」という無言の問いに対する答えは、シュロの葉ずれの音と寄せては返す波のつぶやきである、と理解していることの表現なのです。
 耳をかたむけて、推し量って、理解せよ――そこに絵全体をつつむ透明な愁いがあります。それは、決して憂鬱にはならない愁いです。
 「アスファルトの子ども」である現代の都会人で、この自然人たちの穏やかな安らぎや、無窮で永遠の自然界との調和をうらやましく思わない人はいないでしょう。この人々は人工的な努力を少しも加えてなくても、自分を「幸福」と感ずることができるのです。
 もっとも、この「幸福」という言葉の響きには、それほど単純でもなければ平板でもない、何かがあると思います。宗教家ワシーリー・ロザノフの言う、究極的に悪が存在しない永遠の自己へと沈潜する至福――そのような状態を私たちは知らないのではないでしょうか。
 時折このような「楽園」島で暮らすことを夢見たくなるものですが、おそらく、それはもうこのフランスの巨匠の手になる見事な絵にしか残っていないのでしょう。ゴーギャンがいた当時でさえ、すでに文明が容赦なくタヒチに「幸福の押し売り」をしてきていた、と悲しみをこめてゴーギャンは書いています。
 残念ながら、私たちは、たとえば、ルクレティウスの時代の世界とは、まったく異なった世界に生きています。ここで私はアインシュタインがルクレティウスの『物の本質について』のドイツ語版に寄せた序文の一節を引用しようと思います。
 「ルクレティウスの本は、まだ現代に完全には毒されていない人、現代を客観的に眺めて現代人の精神的境涯を見極められると思う人ならば、魅了されることだろう。自然科学に関心をいだいた思索人、現代科学の成果は何も知らずとも、生き生きとした感性と才能で思索のできる一人の人間がどのように世界を見ていたのかを、我々は知ることだろう。一方、我々はといえば、現代科学の成果をその値打ちもわからなければ、反論することもできない子どものときにすでに聞かされてしまうのである」
 もう一つ、ニュートンの『実験』へのアインシュタインの序文に、次のような一節があります。
 「幸せなニュートン、幸せな科学の幼年時代! 暇と心の穏やかさをもつ人は、この本を読むことによって、偉大なニュートンが若き日に味わった、かの素晴らしい出来事を体験することができるであろう。自然界は彼にとって難なく読むことのできる開かれた書物であった。彼が実験データを整理するために用いた概念は、実験そのものから、彼が多数の細部とともに丹念に書き取り、玩具にも似た秩序にもとづいて配列した素晴らしい実験から、独りでに派生してきているように思える。彼は実験家と、理論家と、熟達した職人と、そしてそれに劣らぬ文章の芸術家を一人で体現していた……」
 ここで指摘しておきたいことは、最初の引用においても、二番目の引用においても、アインシュタインが自然界のありのままの姿を知覚することの喜びの条件として挙げているのは、幼児的な率直さと暇と心の穏やかさであり、同時に、私たちの多くにとって、それが入手不能な贅沢であると、いみじくも認めていることです。
 ゴーギャン
 一八四八年―一九〇三年。フランスの後期印象派の画家。
 ワシーリー・ロザノフ
 一八五六年―一九一九年。ロシア。
 ルクレティウス
 前一世紀のローマの詩人、哲学者。
8  池田 近代科学が、もっぱら人間の欲望の奴隷となり手段となって自然界を切り裂いていく中、多くの科学者は、科学の論理の無邪気な信奉者であるか、やむをえざる追随者であるかでした。そんな中で、アインシュタインは、人間の世界観の全体像における科学の位置づけを根底から問いつづけた、まことに稀有な人物でした。そうした彼の世界感覚や宇宙感覚は、次のような宗教観からも、はっきりとうかがい知ることができます。
 「科学の領域において、立派な進歩をなしとげた強烈な経験をもつすべての人々は(中略)個人的願望や欲求の足かせから、遠く自らを解放し、またそうすることによって、存在の中に具現している合理性の荘厳さ――もっとも深遠な深みにおいては、人間には近づくことのできない荘厳さ――にたいして、謙虚な態度をとるにいたるのです。しかしこの態度は、私にとって、もっとも高い意味における宗教的なものに思えます」(『晩年に想う』中村誠太郎・南部陽一郎・市井三郎訳、講談社)
 そして、おっしゃるように、こうした世界感覚、宇宙感覚は、世慣れた大人よりもむしろ天真な幼児のほうに近いし、親しいものです。以前、スピルバーグの撮った、「E・T・」(エクストラ・テレストリアル。地球外生物)という宇宙からの来訪者を扱った映画が話題になりましたが、大人たちの感覚では不気味で薄気味の悪い宇宙人を、子どもたちは、まるで可愛い友人のように遇していたのが印象的でした。「幸せな科学の幼年時代!」というアインシュタインの言葉の意味するところもそこに通じているでしょう。ニュートンは、彼の科学的発見が、神の摂理の証明になるであろうことを、つゆ疑わなかったのですからね。
 それにしても、核兵器という悪魔的産物まで生み落としてしまった現代科学は、そうした幸福な幼年時代からは、遠く隔たったところに位置しているようです。
 晩年のアインシュタインは、ある新聞の質問に答えて「もし、わたしが若くて、こん後の生計のたて方を決定することができるとしたら(中略)大工か行商人になるほうをずっと好むであろう」(ゼーリッヒ『アインシュタインの生涯』広重徹訳、東京図書)と語っていますが、そこに色濃くただようペシミスティックな心情は、あのおおらかな、ユーモアを絶やしたことのない、天成の世界市民であった彼にして、なお免れることのできなかった科学の老齢期、衰退期をはっきりと物語っているものです。彼の熱烈な平和主義やコスモポリタニズムは、そうした深いペシミズムから反転して生まれ、主張されつづけたものなのでしょう。
9  アイトマートフ 私がいつも気になっていることは、自然界は「人間の帝国主義」にこれから先、いつまで耐えることができるだろうかということです。
 私たちはよく言われているように、本当に自然の子どもなのでしょうか? あるいは、私たちの手で悪魔的な実験をするために地球に連れてこられた身元不明の存在なのでしょうか? それとも、私たちの内部に組み込まれている常軌を逸した残酷さがどの程度のものであるかを、明らかにする必要があるのでしょうか? 限界はあるのでしょうか? とどのつまりはそれは何をはらんでいるのでしょうか? それは自滅以外の何物でもありません。
 私は別にヒロシマやチェルノブイリのことを言っているのではありません。また、この大惨事の結果、突然現れ始めた二つの首をもつ子牛や、その他の突然変異のことを言っているのでもありません。
 しかし、これらの限界を超えた悪夢は、どのような言葉で言い表すことができるのでしょうか? おそらく、それは数百年後に――私たちがいずれにしろ人類を絶滅させなかった場合の話ですが――、私たちの子孫が人類に降りかかったこの恐るべき事件を会得するときに、神話の言葉によって表現されることになるでしょう。
 その類似は旧約聖書時代に大地を水浸しにしたノアの大洪水です。聖書によれば、それは人間の重大な罪に対する神の罰でした。ところで仏教はそのことをどのように見ていますか?
10  池田 仏教徒には、創造主の愛あるいは怒りといったような「他力」あるいは「他からの働きかけ」を想定するような考え方はありません。仏教では、人間界にあっても自然界にあっても先にふれた「縁起」という考え方を根本にしております。
 「縁起」とは、縁りて起こると読むように、たとえばAとBがあった場合、A、Bという単独の存在はありえず、AはBあってのA、BはAあってのBというふうに、互いに縁り合って存在していると説きます。
 したがって、個別性よりも、関係性を重視するのであって、この考え方は、人間同士にかぎらず自然界にまで拡大されます。一言にして言えば、「共生」という概念に結実する思考方法です。
 ゆえに、愛であれ怒りであれ、創造主のほうからの一方的な働きかけ――たとえ、そのきっかけを作ったのが人間であっても――など考えられません。その創造主――「創世記」に見られるような神による天地創造――という“最初の一撃”的な思考そのものを否定しているからです。人間に何が起こっても、それはすべて私たちの考えと行為の結果なのです。したがって、自分以外にとがむべき相手はいないのです。
 ちなみに、先のアインシュタインも、きわめて深い宗教的人格を体現していた人ですが、その宗教観は、むしろ仏教的でした。それは「私はすべての存在の調和に顕現するスピノザの神を信じ、人間の運命や行為に関与する神を信じない」(金子務『アインシュタイン・ショック』河出書房新社)という言葉からも推察できます。
 アインシュタインが、みずから共感する宗教的人格として、仏陀とスピノザを挙げていたことは、よく知られています。
 スピルバーグ
 一九四七年―。アメリカの映画監督、製作者。
 ノアの大洪水
 旧約聖書の「創世記」に、人間の悪を憂えた神がすべてを滅ぼすために大洪水を起こしたが、義人ノアは神の命によって箱船を造り、妻子等と他の生物とともに乗って助かったとある。
 スピノザ
 一六三二年―七七年。オランダのユダヤ系哲学者。神即自然の汎神論を展開。
11  アイトマートフ とすると、仏教徒にとっては、たとえば、「科学は犠牲を要求する」というような弁解は通用しないわけですね?
 池田 不可能です。そんなことは考えられないからです。なぜならば、この場合は何かを神のせいにしているからです。もっとも、ここでは神の役割を演じているのは科学ですが。それに、「犠牲」も「共生」を根本にする仏教にとっては認められない概念です。
 そもそも「不殺生」ということは――この言葉をどのように、またどの程度まで厳格に解釈するかは論議の分かれるところですが――生命の尊厳を第一義とする仏教にとって、文字どおりの生命線です。
 「殺すなかれ」という精神は、仏教史の全体を強く貫いており、宗教戦争や宗教裁判などによる流血の歴史に彩られているキリスト教などと、いちじるしいコントラストを示していることは、あえて指摘するまでもないことです。
 何かのために、だれかの命を絶つなどということがどうして可能なのでしょう? そんな目的はまったく存在しません。もしも、たとえ偶然にでもそのようなことが起こったとしたら、その人間は自分を拭いがたい屈辱へ、赦されがたい苦悩へ、すなわち“死”へと運命づけることになります。
 それゆえに、仏教は、人間や自然に対して慎重な態度をとり、慎重な扱いをし、この世の整然たる調和を、たとえ偶然にでも破壊しないことを前提としている、というよりは、命じています。その破壊の結果は予測がつかないからです。
12  アイトマートフ レイ・ブラッドベリーの小説を読んで文字どおり衝撃を受けたことを思い出します。題名は覚えていませんが、人間が草花の小さな虫をうっかり踏みつぶしてしまったために自然界――全宇宙――に取り返しのつかない変化が起こるという話です。
 本当にショックでした。というのは、私たちは、「自然界から恩恵を期待してはならない、自然界から恩恵を奪い取るのが我々の任務である」とつねに叩き込まれていたからです。
 ところが、そこで問題になっているのはたった一匹の虫なのです。私はもはや生命に対して――そうなのです。生物全体に対してです――今までのような態度がとれなくなりました。自分の中に、ある種の別の人間が生まれつつあるのを感じました。
 しかし私に何が起こりつつあったのかを当時だれが説明できたでしょう? しかし、いずれにしろブラッドベリーは私に多くのことを教えてくれました。少なくも私の心に疑いを喚び起こしたのは彼でした。
 私はロシアの詩人チュッチェフの詩を新しい気分で読み直しました。彼は自然に対する根本的に新しい視点を私に開いて見せてくれました。
 あなたが思っているものとは違う
 自然は盲目でもなければ 生気なき顔でもない
 自然には心があり 自然には自由があり
 自然には愛があり 自然には言葉がある
 私は生き返ったような気がしました。恥ずかしさが私を目覚めさせました。平然として他の生命を考慮に入れず、石すらも痛みをおぼえるということを考えてもみなかった偏見のかたまりから、私を引き出してくれました。
 レイ・ブラッドベリー
 一九二〇年―。アメリカの作家。
13  池田 遅かれ早かれ、それはあなたに起こるはずのものでした。
 アイトマートフ どうしてそう思いますか?
 池田 まず第一に、それがあなたの血だからです。というのは、あなたは本性においても、出身においても、「山と草原」の子であり、あなたの作風に濃厚に反映されているように、つねに動物や自然を友とし、彼らと対話しなければ生きてこられなかったし、彼らの死はあなたの魂の死を意味していたわけですから。
 第二に、無意識に心の支えを探求している芸術家なら、周囲の世界と自分とはある種の絆で、ある種の共通の謎で結ばれていることにかならず気づくはずです――芸術の論理は最高の人間性です――。そうではありませんか?
 アイトマートフ そうかもしれません。チュッチェフにならって言えば、自然と一体化している言語を見いだせないという不幸を私たちが感じているのは、そのせいかもしれませんね。
 彼等は何も見えず 何も聞こえず
 暗闇に生きるごとくにこの世に生き
 彼等にとっては太陽も息づくことなく
 海の波にも生命はない
 光は彼等の心に届かず
 春は彼等の胸に花を咲かせることなく
 彼等の前では森は語らず
 星空もただ沈黙するのみ
14  美しさを感受する遺伝子が死滅していないなら、たとえば、どうして自然との精神的一体性を求めないのでしょうか? 多分、そのほうが「都合がいい」からでしょう。最後の審判を前にして、「善意の迷える者」という条項にもとづく情 状酌 量を当てにできるからです。
 知らずに悪を行うのと、知っていて行うのとでは大違いです。ところが、残念ながら、現在そのような行動パターンが少なくありません。しかも、それが、内政、外交を問わず、国政のレベルにまでおよんでいることを私たちは知っています。それは、自然への態度をはじめ、あらゆる分野に現れています。
 あなたが正しく指摘されたように、一部の者の考えによれば、自然は人間のために創られているのであり、人間を満足させるかぎりにおいて、自然界には何も起こりはしないのです。だとすれば、自然界との共通の言語を探し求めることなど、ばかげたことになります。
 その上、もし探し求め始めたとして、ひょっとして自然が語っているのは、じつは「私たちが自殺者である」ということを知るはめになるかもしれないのです。
 承知して悪を行っている者たちは、人口の圧倒的多数を占める、事情を知らぬ人々が、そのことを理解するのを、何よりも恐れています。「創造者」たち自身が、すなわち「世紀の大計画」の立案者や、あるいはたんに有害物質を川に垂れ流しているにすぎない化学工場の工場長らみずからが罪を犯していることを、だれよりもよく知っているのです。彼らの秘密の原則は、「今世紀いっぱいは大丈夫だ」、「後は野となれ山となれ」です。彼らは未来を殺そうとしています。彼ら自身には子どもはいないのでしょうか。まったく不思議なことです。
 私たちは現在、ある種の悲劇的な現象と、あえて言えば、病的現象とぶつかっているのではないでしょうか?
 もしかしたら、自然征服の多幸感がしだいに、少しずつ私たちを冷酷にしてしまったために、私たちはそれがどのようにして起こったかに気づかず、それを当たり前と勘違いしているのかもしれません。そして、その結果、人間の種の存続の感覚が退化してしまったのです。
 あるいは、私たちはあまりに疲れすぎ、「勝利」に食傷したために、生きることへの関心を失って、もはや、すべてがどうでもよくなった、とでも言うのでしょうか?
 しかし「私たち」とはいったい何者なのでしょう? これはだれもがすっかり慣れっこになっている代名詞です。だれが人類に代わって決定を下し、自身とともに人類を墓場へ引きずり込む権利をもっていると思っているのでしょう? その連中の考えによれば、人類は喜んで墓場へ赴くというのです。
15  さてそこで、「私たち」は――というのは、私たち全部のことですが、つい最近まで、私たちに便利さやサービス等々の生活の豊かさを提供してくれている技術的進歩が、いかなる代償によって達成されたかについて思いわずらうことをしませんでした。
 そのことによって私たちは、何を犠牲にして現代文明の成果を享受しているかという未来に対する責任を背負ったままでいます。野蛮な自然破壊とか、地下資源の略奪が思い浮かびます。
 さらに悪いことは、そのような浮かれた大騒ぎが、すなわち、自然に対する権力の乱用がどのような結果に終わるかを命がけで警告した人々を破滅させ、貧窮にとどめおいたことです。
 以上の事柄にどのような打開策がありうるのでしょう? 仏陀の言葉で言えば、「汝のものでないものを取るな、それは滅びてしまうからである」ということになるのでしょうが、すぐにだれかから「きっとあなたは、何が自分のもので何が自分のものでないかを教えてくれるのでしょうね?」という皮肉たっぷりの質問が返ってくることはわかっています。
 もちろん、私は教えません。だれも、だれに対しても、そんなことは教えることができません。
 一人一人が、そして人類全体が、生きている自然界の言語を理解したいという欲求を感ずるようになることがまず必要です。それを感じ取れば、私たちに要求されていることが、みずからの欲望を抑えることだ、ということを理解するでしょう。
 私たちは大食らいです。私たちは何にも満足しません。つねに不足を感じています。しかし、だからといって、すべてを食い尽くすことは許されません。他の者のために何かを残しておかなければなりません。
 自然界では野獣でさえそうしています。狼は殺した獲物を完全には食い尽くしません。しかし、いずれにしても私たちは人間です。数十万年にわたって存在する人間の掟を守って生きましょう。周囲の世界がいかに美しいかを見、お互いに対して思いやりをもちましょう。
 そのためには、キリスト教徒なりイスラム教徒なりがどうしても仏教に改宗しなければならないのでしょうか? そうだと言いたい気持ちはありますが、かならずしもその必要はないとあえて言います。
 世界のすべての宗教は、それらを正しく理解するならば、すべて愛と美と人間性の土台の上に成り立っています。そしてすべての宗教が「環境国連」で出会うことができます。私はそういう機関を創設されるという考えを心から支持します。
16  池田 (笑いながら)敬愛するアイトマートフ大兄、他のところでも感じたことですが、私がそれに一言もふれていないのに、あなたは「改宗」ということにずいぶんとこだわっているようですね。
 それも、わからないではありません。あらゆる宗教は、それぞれに教義をもっていますが、とりわけキリスト教やイスラム教のような厳格な一神教の世界にあっては、この問題は、しばしば“改宗か死か”という、のっぴきならぬ選択を人々に迫ってきました。
 前に挙げた、ブルガリアの作家アントン・ドンチェフの『別れの時』は、十七世紀のオスマン帝国の支配下で、キリスト教からイスラム教への改宗を迫られたブルガリア人たちが、いかに過酷で、非道で、狡智にたけた弾圧にさらされていたかを描き出したものです。
 それはごく一部のものでしかありませんが、一部の宗教史を鮮血淋漓に染め上げている、「改宗」をめぐる悲劇を考えるとき、また共産主義イデオロギーという、非寛容な擬似宗教への「改宗」をめぐる途方もない悲劇に思いをいたすとき、あなたの「改宗」へのこだわりは、当然とも言えるのです。宗教的ドグマの名のもとに、人間――彼を取り巻く自然を含めて――の尊厳が踏みにじられるようなことを、決して許してはならないからです。
 それはそれとして、あなたのこだわりをほぐす意味からも、この種の問題に関する私の基本的な態度、考え方を、簡単に述べておきましょう。
 それは、核兵器や環境破壊などの地球的問題群にあっては、宗教的教義にもとづく「改宗」うんぬんは、第二義的な問題にすぎないということです。第一義的に重要な問題は、その教義にのっとって、宗教が核兵器や環境破壊などの諸悪に対してどう判断し、どのような態度で臨むのかという、人間観、自然観、宇宙観なのです。
 私が、人間と自然との共存・共生・共栄を機軸にする仏教の“依正不二論”に言及したのも、その意味からなのです。
 そうした観点に立つならば、「魂」の存在を人間のみに限定したキリスト教の人間中心主義と、動物はもちろんのこと、草や木、石にいたるまで「生命」の存在を認め、その上に成り立っている仏教の人間主義とを、同じ人間という言葉が冠されているからといって、同列に論ずることはできないはずです。
17  たとえば、有名な「創世記」の一節には、こうあります。
 「神は(中略)言われた。
 『産めよ、増えよ、地に満ちよ。地のすべての獣と空のすべての鳥は、地を這うすべてのものと海のすべての魚と共に、あなたたちの前に恐れおののき、あなたたちの手にゆだねられる。動いている命あるものは、すべてあなたたちの食糧とするがよい』」(前掲『聖書』新共同訳)
 これに対し、妙楽の著作(『止観輔行伝弘決』)では、たとえば鼻の息の出入りは山の沢や渓谷の中の風に擬せられ、口の息の出入りは虚空の風に擬せられています。また、両眼は日月に、その開閉は昼夜に、髪の毛は星辰に、眉は北斗星に、脈は江河に、骨は玉や石に、皮や肉は土地に、毛は叢や林に……と、それぞれ、人間が自然界に擬せられ、関係づけられていくのです。
 これを受けて私どもの宗祖は「このように我が身と天地とが一体不二であることをもって、天が崩れ、地が裂けるならば、我が身も裂け、地水火風が滅亡するならば我が身も滅亡すると知るべきであろう」(「三世諸仏総勘文教相廃立」御書五六八㌻)と述べておられるのです。
 キリスト教的自然観にあっては、動物を初めとする自然界は、人間の支配の対象である、いわば「部下」であるのに対し、仏教にあっては、自然は共生しゆく「友」であることは明らかです。
 その相違は、決して無視されて良いものではありません。もとより、そのことは、比較的仏教が浸透しているとされている日本で、環境破壊が少ないなどという結果に短絡するものではありません。第一、現代の日本の在り方が、どれだけ仏教の精神にかなっているかは、はなはだ疑問ですし、第二に、地球問題群のような“複合汚染”には、相応の多角的アプローチが必要とされるからです。
 それゆえ、私は、あなたの大らかな善意と願望には、十分に敬意を払いつつも「世界のすべての宗教は、それらを正しく理解するならば、すべて愛と美と人間性の土台の上に成り立っています」との認識は、一面において宗教のめざしたものを把握しているとはいえ、ややナイーブにすぎると言わざるをえません。
 宗教の善悪両面を、ともに厳しく吟味――もちろん、ソクラテス的意味での吟味、です――していく宗教批判の眼を養っていかないと、たとえば、イスラム原理主義の台頭といった現象に直面して、途方に暮れるといった事態を招きかねません。
 先に挙げた労働価値説にしても、擬似宗教としての共産主義イデオロギーを誤って理解したから、アラル海の危機といった惨状を招いたのではなく、正しく理解したからこそ、そうなったのです。問題は、理解のしかたではなく、労働価値説そのものにあったのです。
 そして、この次元で言えば、擬似宗教も宗教も、ほとんど五十歩百歩と言ってよいのです。断るまでもなく、以上申し述べてきたことは、「環境国連」のような場に、諸団体とならんで異なる宗教同士が参加し、それぞれの立場から協力し合うことを排除するものでは、決してないのです。
 むしろ人類の基本的問題については、仏法の寛容の精神を根本に、他の宗教を尊重して、対話をし、その解決のために協力していきます。自然保護・環境保護の推進は、仏法の「共生」の思想から、当然のことです。
 妙楽
 七一一年―八二年。中国の天台宗の第六祖。中興の祖と言われる。

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