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日蓮大聖人・池田大作

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言葉の「明示性」と「含意性」  

「大いなる魂の詩」チンギス・アイトマートフ(池田大作全集第15巻)

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8  池田 さすが、ゴルバチョフ元大統領のもとで、新思考外交の一翼を担ってこられたあなたの言葉は、清新な理想主義的な響きをたたえており、いわゆるメッテルニヒ流の良く言えば老練、悪く言えば老獪な政治家の発言とは一味違った、温かなヒューマニズムを感じさせます。
 その清新さは、ゴルバチョフ氏やJ・F・ケネディ元米大統領の登場時に、共通して見られたものであり、それゆえ、政治は、国民にとって好ましい関心事となっていったわけです。
 とはいえ、ケネディの場合もゴルバチョフ氏の場合も、その理想主義の路線は順調であったわけではなく、ある意味では、ともに挫折です。その難行苦行ぶりは、他ならぬ渦中にあるあなたが、最も身にしみて感じておられるはずです。
 願わくは、権謀術数をこととする政治の世界でどんなに泥まみれになろうとも、理想と現実を近づけよう、一致させようとする初一念だけは、絶対に手放さないでください。「万人に理解できる自由と真実の言語で自分を表現する」という遠大な理想を、決して摩滅させてはなりません。
 私が、何よりも心配しているのは、ここ数年来の激動の波間にあって、あなたが少々疲れ気味でいらっしゃるのではないかということです。先ほどあなたがおっしゃったように、「言葉の価値が極度に低下している」現代社会の状況下にあっては、疲れから言葉への失望、不信へは数歩をあますのみです。どうか、かけがえのない友人として、疲れを知らぬ、人類のための闘士でありつづけてください。
 ところで、たしかにドストエフスキーの言うように、真実は一語で表現されます。その「一語」があればこそ、疲れを知らぬ闘士でありつづけることができるのです。また、その「一語」を欠いているがゆえに、現代社会は、おびただしい言葉が符丁として飛び交っている反面、その言葉の内実は、恐ろしく空疎なものとなってしまいました。こうした状況――言葉を換えれば、言語の「明示性」も「含意性」も、二つながら毀たれているような状況ほど、繊細にして鋭敏な、そして傷つきやすい精神を疲れさすものはないのです。
 そこで肝要なのは「一語」です。日蓮大聖人は、中国の法華経の正師である天台大師の『法華玄義』の言葉を解釈して「至理は名無し聖人理を観じて万物に名を付くる時・因果倶時・不思議の一法之れ有り之を名けて妙法蓮華と為す」(「当体義抄」)。「妙法の至理には、もともと名はなかったが、聖人がその理を観じて万物に名をつくるとき、因果倶時の不思議な一法があり、これを名づけて妙法蓮華と称したのである」)とされています。
 「至理は名無し」とは、言語化される以前の混沌として豊饒なる世界をさします。前にふれたように、東洋思想とりわけ大乗仏教は、言語による物事の固定化を強く警戒しましたから、この混沌・豊饒なる世界、つまり「含意性」の世界の伝統的アプローチの多彩さは、類を見ません。
 とはいえ、その混沌・豊饒なる世界を統べ、というより貫いている「一語」がないわけでは決してない。それが「妙法蓮華」なわけです。この「一語」によって、「明示性」の世界の“画竜点睛”(物事の眼目となるところ)がなされ、「含意性」の世界との絶妙な調和、バランスが可能となってくるのです。
 やや、図式的な説明になってしまいましたが、ものすごい勢いで回転する独楽があたかも静止しているように見えるように、精神と情熱の諸活動が一点に集中し、緊迫した白熱状態の中から選り抜かれて発せられる「一語」が、いかに重い意味をもつかは、あなたならおわかりいただけるでしょう。
 その「一語」あるがゆえに、私は――人間は、と敷衍したくなります――、疲れを知らぬ闘士たらんと、日々を戦っているのです。
 次元は違いますが、また唐突なようですが、デカルトにとっての「コギト・エルゴ・スム」とは、まさに、そのような「一語」だったのではないでしょうか。
 大デュマ
 一八〇二年―七〇年。フランスの小説家、劇作家。作品に『三銃士』『モンテ=クリスト伯』など。その子を小デュマという。
 メッテルニヒ
 一七七三年―一八五九年。オーストリアの政治家。フランス革命、ナポレオン戦争後のヨーロッパの秩序の回復のために開かれたウィーン会議を主導し、巧妙な外交手腕でヨーロッパの新秩序を形成。
 J・F・ケネディ
 一九一七年―六三年。アメリカの第三十五代大統領。遊説中に暗殺された。
 デカルト
 一五九六年―一六五〇年。フランスの哲学者、数学者。近代哲学の祖。
 「コギト・エルゴ・スム」
 「我思う、故に我在り」。デカルトが確実なるものを求めてすべてを懐疑した末に得た、認識の起点。

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