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日蓮大聖人・池田大作

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言葉への信は人間への信  

「大いなる魂の詩」チンギス・アイトマートフ(池田大作全集第15巻)

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7  池田 その「全体主義体制」の根底にあるものとして、G・マルセルは「抽象化の精神」ということを、戦争の最大の要因として告発しつづけました。すなわち、人間は戦争を始めようとするやいなや、隣人――あなたが、全体主義社会でもっとも受け入れられてこなかったとするタイプの人間です――その隣人の抽象化を行うというのです。
 「わたくしが、これらの存在者(=隣人)を絶滅する用意をせねばならなくなるその瞬間から、まったく必然的にわたくしは、亡ぼさねばならないかもしれないその存在者の個人的実在についての意識を、失ってしまう。かかる人格的存在を蜉蝣のごとき姿に変えるためには、是非ともその存在を抽象概念に変換してしまうことが必要である。すなわち、コミュニストだとか、反ファシストだとか、ファシストだとか等々のものに変えてしまわねばならぬ」(『人間‐それ自らに背くもの‐』小島威彦・信太正三訳、創文社)と。
 こうした抽象概念のとりこになった狂信的人間ほど、抽象的スローガンのみを声高に言いつのり、あなたのおっしゃる「真実の言葉に対する嫌悪」を露にするか、聞く耳もたぬとばかりに無視するものです。
 そうした“人情不感症”とも言うべき社会にあっては、G・オーウェルが戯画化して描いたように、公式的決まり文句や空疎なスローガンが飛び交うだけで、人間が人間であることの証ともいうべき対話やコミュニケーションなど、望みうべくもありません。
 言葉が本来の意思疎通の機能を失った相互不信の社会が、文字どおり“問答無用”のテロや暴力、戦争の餌食になってしまうであろうことは、見やすい道理であります。
 マルセルは、たんに共産主義やファシズムにかぎらず、現代文明それ自体が、この「抽象化の精神」に深く毒されていることを憂慮していました。そして、そのことを間断なく告発しつづけることが、哲学の最大の課題であるとしたのです。
 アイトマートフ わが国の優れた外科医であるフョードロフは、眼の手術の後、病人の眼帯を急に外してはいけない、と私に話したことがあります。昼の強い光で眼が見えなくなってしまうことがあるのだそうです。おそらく、人間が世界と自分についての真実を急に知る場合にも、似たようなことが起こっているのです。
 池田 昨年(一九九〇年)お会いしたさい、ゴルバチョフ大統領のおっしゃったことが思い出されますね。「ペレストロイカの第一は『自由』を与えたことです。しかし、その自由をどう使うかは、これからの課題です。
 たとえば、長い間、牢の中、井戸の中にいた人間が、突然、外に出たなら、太陽に目がくらんでしまうでしょう」(「聖教新聞」一九九〇年七月二十八日付)と。
 私はすぐさま、プラトンの“洞窟の比喩”を思い出し、哲人政治家としての見識の一端を垣間見る思いでした。
 ワイマール共和国
 帝政に対する一九一八年十一月のドイツ革命によって誕生した共和国。
 第三帝国
 ナチス・ドイツの称。神聖ローマ帝国を第一帝国、普仏戦争後の帝国を第二帝国とする。
 蒋介石
 一八八七年―一九七五年。中国の政治家。国民党政府の指導者として対日抗戦を遂行。戦後は中共との内戦に敗れ台湾へ渡った。
 毛沢東
 一八九三年―一九七六年。中国の政治家。中国共産党の創立に参加し、後に対日抗戦を指導。国民党政府との内戦に勝利し、中華人民共和国を建国。国家主席、党主席を歴任。
 カフカス
 黒海とカスピ海の間にあり、カフカス山脈を中心にした地域。
 アンドレイ・サハロフ
 一九二一年―八九年。旧ソ連の核物理学者。ソ連の“水爆の父”。反体制運動のシンボル的存在となり活動の自由を奪われる弾圧を受けた。ノーベル平和賞受賞。
 G・マルセル
 一八八九年―一九七三年。フランスの哲学者。
 G・オーウェル
 一九〇三年―五〇年。イギリスの作家。

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