Nichiren・Ikeda
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日蓮大聖人・池田大作
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「口承文学」の遺産
「大いなる魂の詩」チンギス・アイトマートフ(池田大作全集第15巻)
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アイトマートフ
海外生活を経験した人の多くは、おそらく異国の地にあって、同郷の人に会って母国語で話したい、思いの丈を分かち合いたいとの郷愁に突然かられたことがあるのではないでしょうか。
芸術、文学、創作にたずさわる人間も、同様の郷愁と渇きを覚えることがあるのです。忘却のかなたに押しやられてはいるものの、たしかに記憶の底に眠っている遙かな祖先たちからの言葉――キルギスのマナス語り、古代ギリシャのラプソド、ブイリーナ語り、アシュク、ウクライナのコブザリ等々の吟遊詩人たちは、かつて民族の心と世界観を美しく感動的に歌い聞かせてくれたことでしょう。自然のハーモニー、一体感を、そして人間の内なる小宇宙を高らかに謳いあげたことでしょう。人々はそのような芸術がもたらしてくれる喜びに心身ともに支えられて、厳しい自然の力、環境に屈することなく生きていったのだと思われます。
時は流れ、現代人の私たちはいつの間にか帰るべき大地を失った、心のさまよい人になりつつあります。私たちの心は、見知らぬ空間に投げ出され、騒然とした雑音に囲まれて右往左往するばかりです。私たちは、いにしえ人の生気にあふれた語りと、疲れきった魂をいやす言葉を聞かずには、もうこれから先を生きることができないように思われます。
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池田
歴史の大地を支えとして、未来に飛翔する力にしていくということですね。
アイトマートフ
そうかもしれません。じつは私は、時折、奇妙な思いにかられるのです。自分の遠い先祖が何を考え何を感じて生きていたかをわかることができたら、と。
池田
それは、あなたが『チンギス・ハンの白い雲』を書かれた時の心境であり、試みだったように思われますが。
アイトマートフ
ええ。チンギス・ハンのような人物は時が経つにつれて伝説になります。しかし、彼らにしても実生活ではただの人間でした。もちろん、傑出した人物にはちがいありませんが、しかし生きた人間につきもののあらゆる特質を備えていて、欠点も病気ももっていました。私は彼が実際にどういう人間であったか、また、どういう人間でありえたかを考えてみたかったのです。そのためには、この人物のもつ伝説的な虚飾、約束事、比喩的な象徴性などをすべて取り除かねばなりませんでした。
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池田
そして彼を最も日常的な状況の中で普通の人間と衝突させたというわけですね?
アイトマートフ
そうです。人生の最も深い哲学は、最も単純な状況の中で、人々がもったいぶらずに素直に行動するときに現れます。人間は愛するときにのみ真の英雄になります。なぜならば、人間はその大いなる感情のためならば、不自然な規制を押し付けてくるいかなる圧政に対しても、戦いを挑むからです。過去においても、現在においても、未来においてもそれは変わりません。それは法則です。そのことを私は『チンギス・ハンの白い雲』で語りたかったのです。
神話的な物語の中で何よりも高く賛美されているのもつねに愛です。私はダビデ王の歌に述べられている「けだし愛は死のごとく強し」という言葉以上の文句を知りません。この不滅の言葉以上に鋭く芸術家の想像力をかきたてるものがあるでしょうか?
私たちは、疑いもなく、聖書の物語に鼓舞されて、一時的に不死を獲得します。
死すべき運命をもつ人間である私たちにとって、その上、何を望むことがあるでしょうか?
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池田
「死すべき運命をもつ」ということを仏教では「諸行無常」と説きます。「諸行」すなわち一切の事物は、「無常」すなわち常=不変なるものは何もなく、いずれは滅していく運命にある、とするわけです。ダイヤモンドのようにいかに堅牢な物であろうと、少しも同じ状態にとどまってはいず、刻々と変化し、いずれは壊滅していくことを免れない。人間の世界にあって、永遠の愛を誓った、どんなに仲むつまじい夫婦であっても、いつの日か、どちらかが死別していく定めにある。常なるものは何もない。
しかし、だからこそ、一切が無常であるからこそ、人々は、その中に常なるものを希求しゆく、やみがたい衝動を抑制することができなかったわけです。「死すべき運命をもつ」からこそ、不死なるもの、常なるものの永遠性の世界を憧憬し、「限りある存在」であるからこそ、宇宙と一体化した全一なるものを求め、求めつづけてきたのです。
それは、パスカルが言うところの「考える葦」――自然の“一突き”によって死んでしまうようなか弱い存在でありながら、なおかつ思考や想像力によって宇宙を包む――である人間が、真実、人間であろう、人間になろうとすることの証でありました。
その意味では、「無常」の世界から「永遠性」「全一性」の世界への橋渡しをするという働きにおいては、芸術は、人間にとって、まことに本源的な意味をもっております。
先に、エリオットの文化観にふれましたが、もう一つ美術史家のハリソン女史も「その初めにおいては同じ一つの衝動が人を教会に向わせ劇場に向わせるのである」(『古代芸術と祭式』佐々木理訳、筑摩書房)と述べております。洋の東西を問わず、宗教にかかわる事物に、建築、絵画、音楽、文学など、その当時の芸術の粋が尽くされてきたのも、それゆえであります。ヨーロッパにおける宗教芸術の数々も「愛」と「不死」まで昇華させようとする人間のやむにやまれぬ願望が生んだものでした。
平曲
『平家物語』に曲節をつけて琵琶の伴奏で語るもの。
説経節
近世初頭からの民衆芸能。仏教の説教を音曲化。
ブイリーナ語り
ロシアの口承された英雄叙事詩ブイリーナの語り手。
アシュク
カフカス地方の吟遊詩人。
コブザリ
楽器コブザを弾きつつ語る吟遊詩人。
チンギス・ハン
一一六七年―一二二七年。モンゴル帝国の創始者。ジンギス汗。
ダビデ王
前十世紀ころイスラエルを統一した王。
パスカル
一六二三年―六二年。フランスの哲学者、数学者、物理学者。主著に『パンセ』。
ハリソン
一八五〇年―一九二八年。イギリス。
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