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日蓮大聖人・池田大作

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文化が息づく「場」の継承  

「大いなる魂の詩」チンギス・アイトマートフ(池田大作全集第15巻)

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8  池田 そのとおりです。あなたのご意見にまったく賛成です。およそ伝統的でない文化などはありません。
 西欧精神を深く学び、伝統と近代化について悩み、思索を重ねた近代日本の文学者たち、たとえば森鴎外は、日本の近代化について「何千年という間満足に発展してきた日本人が、そんなに反理性的生活をしていよう筈はない。初めから知れ切った事である」(「妄想」『鴎外全集 第八巻』所収、岩波書店)と、自国の文化的伝統をはっきりと認識しております。
 また、島崎藤村が「何か斯う僕等の国には欧羅巴の方に無いものが残って居て――意気とか、イナセとかいうものがあって――美と清潔とを愛するような天性があって、それが貧乏人と左様でない人達との間を調和して来たような気もするね」(「海へ」『島崎藤村全集 第七巻』所収、筑摩書房)と述べるとき、やはり一つの民族の中に長い間に成熟しきった文化的な伝統に注目しているわけです。
 ここでは、文化の一種の相互作用が見られます。漱石、鴎外らは、日本の伝統文化を深く理解していたがゆえに、西洋文化をより深く理解したと言えます。そして西洋的な教養が深かったがゆえに、より深い伝統的な味わいのある日本文学を形成しえたと言えましょう。
 こうした民族文化間の相互作用を、さらに「世界文化」へと広げゆくことが、現代においては重要な課題だと思います。「世界文化」という概念は、ゲーテが導入したものです。この点、文化は伝統として受け継がれるものであると同時に、新たに創造し獲得しうるべきものであるとも言えましょう。
 ゲーテは、「国民的憎悪というものは、特種なものである。──文化の最も低い段階にあって、最も強烈に現われるのがつねである。しかしながら、こうしたものが全然姿を消し、いわば国民的なるものを超絶し、隣国の幸不幸も自分の事のように感ずる境地がある。この文化段階が私の性質に適わしい」(エッカーマン『ゲーテとの対話』神保光太郎訳、角川文庫)とエッカーマンに語っております。
 その世界文化が、相互理解と一致団結に向かわざるをえない人類の精神生活において、今や欠くことのできない現実となっています。ついでに言えば、ゲーテは、オマル・ハイヤームの『東洋の長椅子』を訳して、彼をヨーロッパ文化に初めて紹介しました。
 アイトマートフ そうです。文化の問題、ことに現代のロシアの思想家バフチンが憧れていた「文化の対話」の問題は、現在最重要な問題となっています。
 私たちはこの対談でこの問題を十分に話し合うことはできませんが、文化についての新しい国際的行動プログラムを創るということは考えてみたいですね。そのプログラムの具体的内容や、全世界的な共同体に対する実際の影響などについて。重要な課題と思われます。
 マナス
 キルギス族で口承されてきた英雄叙事詩。
 コルホーズ
 協同組合組織によって社会主義的経営を行う旧ソ連の集団農場。国営農場はソホーズ。
 メイエルホリド
 一八七四年―一九四〇年。旧ソ連の演出家、俳優。
 オフロプコフ
 一九〇〇年―六七年。旧ソ連の演出家。
 歌舞伎
 江戸時代初めの阿国歌舞伎より発達し、舞踊劇、音楽劇の要素をもつ、日本の代表的演劇。
 ピョートル
 一六七二年―一七二五年。ピョートル大帝。ロシアの近代化に努めた。
 デカブリスト
 十二月党員。デカブリは十二月の意。農奴制の廃止とツァーリズムの打破をめざして武装蜂起したロシアの貴族出身の者たち。
 カンツォーネ
 イタリアで盛んになった叙情詩。
 ブルクハルト
 一八一八年―九七年。スイスの文化史家。
 タッソ
 一五四四年―九五年。
 森有正
 一九一一年―七六年。
 あるフランス人学者
 コレージュ・ド・フランスの教授、ポール・ミュス。
 フリードリヒ・ニーチェ
 一八四四年―一九〇〇年。ドイツの哲学者。キリスト教的道徳を弱者の道徳として批判。永劫回帰し、権力への意志を根本的性格とする世界で、人間を超克する超人として生きるべきことを強調。
 T・S・エリオット
 一八八八年―一九六五年。イギリスの詩人、批評家。ノーベル文学賞受賞。
 芭蕉
 一六四四年―九四年。江戸前期の俳人。俳諧を文芸にまで高めた。
 オマル・ハイヤーム
 十一世紀―十二世紀。ペルシャの詩人、科学者。
 フィルダウスィー
 十世紀―十一世紀。イランの詩人。
 ニザーミー
 十二世紀。イランの詩人。
 フィズーリー
 十六世紀。トルコの詩人。
 森鴎外
 一八六二年―一九二二年。小説家、翻訳家、軍医。夏目漱石とともに日本近代文学の巨匠。
 島崎藤村
 一八七二年―一九四三年。詩人、小説家。ロマン主義の詩を書き、自然主義の小説を発表した。
 バフチン
 一八九五年―一九七五年。

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