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日蓮大聖人・池田大作

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2 さまざまな汚染物質  

「21世紀への人間と哲学」デルボラフ(池田大作全集第13巻)

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1  池田 未来のために、現在の私たちが解決していかなければならない問題として、汚染物質の問題があります。先に提起した“自然の保護”が、生命をささえるものをいかに残すかであるのに対し、ここで申し上げたいのは、生命を害するものをいかに残さないようにするか、ということです。
 この問題は、一九六〇年代から七〇年代前半にかけて、先進諸国の各地で深刻な被害をもたらし、はげしい論議を呼びました。
 とくに日本では、九州の不知火海一帯で工場からタレ流された廃液中の汚染物質が魚介類に蓄積し、それを食べた多数の漁民、沿岸住民たちが有機水銀中毒症をひきおこし、重大な心身の障害におちいりました。また、日本海側の神通川流域では、やはり工場の廃棄物質にふくまれたカドミウムによって飲料水が汚染され、長年使用しつづけた農民が全身を激痛にさいなまれる骨の障害をこうむり、多くの犠牲者を出してしまいました。これらは、それぞれ“水俣病”“イタイイタイ病”と名づけられ、環境汚染の恐ろしさに対する、広範な人々の意識を呼びおこしました。
 そして、被害者に対する補償をめぐって裁判がおこなわれ、工場の廃棄物と心身の障害との因果関係についての調査・研究、そして論議がくりかえされました。いずれも裁判の結果が出るには、長い年月と、多くの人々のたいへんな努力を要しましたが、水俣病に関しては現在も新たに訴訟が提起されております。
 この間に環境汚染に反対する国民的な世論も高まり、政府は法律を改正し、企業も改善に力をそそぐなど、まだまだ不十分とはいえ全体的に解決への取り組みがなされたことは事実です。
 しかしながら、環境汚染の問題は、まだ完全に解決したわけではありません。たとえば、排出される汚染物質の総量規制がなされていないために、日本の国内では解決されたように見えても、実際には、大量の水や大気で有害物質をうすめて拡散しているにすぎない場合が多いのです。たとえば廃液中の問題物質の濃度を定め、企業もそれを守ったとしても、長期的に見れば、環境のなかに排出された有害物質の総量に変わりはないわけです。
2  デルボラフ この関連で興味深いと思えるのは、ヘルベルト・グルールという西ドイツの連邦議会議員が『略奪された地球』(一九七五年刊)という題名の本のなかで、地球を救う唯一の可能性は経済成長を即時停止することである、と主張していることです。この救済策は、ほとんどの政党が強硬に反対したため、連邦議会の賛同を得ることが、まったくできませんでした。
 たしかに、そうした経済成長をさまたげるような対応策は、すでに深刻な問題となっている失業を世界的に増大させることになるでしょうし、今日までのところ、環境浄化よりも経済成長のほうが重要視されてきています。公害のおもな原因についてどう考えようと、先にあげた著者が正しく指摘しているように、現在の環境の汚染・破壊の要因は、疑いもなく経済的領域、つまり、拡大する競合経済とその利潤追求にあります。この商業主義にくらべれば、狩猟熱とかスポーツ熱等も、いちおう、要因としてあげる意味はありますが、その重要性においては問題になりません。
 ここでとくに指摘すべき点は、先に述べた人口膨張が家屋や食糧その他の消費傾向を増大させ、自然環境にますます負担をかけるようになることです。人口が増大すれば、より多くの木材や薪が必要となり、土壌はより徹底して利用され、消費財への需要を高め、世界経済の拡大欲とその悪影響を増長することになります。それと並行して、環境に弊害をもたらす廃棄物やゴミが多くなっていきます。
 ここで深刻な問題となるのが、工場や家庭から排出されるゴミの処理です。比較してみると、つぎのようになります。一九七〇年の西ドイツでは、二億立方㍍以上のゴミや汚水が出ています。それが七二年になると、二億六千万立方㍍になりました。この量は、たとえてみれば、ミュンヘン市全域を一㍍の高さのゴミの山でおおうのに、十分な量です。
 農業には国際的競争をめざす拡大欲と、増加する人口分の食糧を供給しなければならない責任との両面がありますが、現状では、需要をみたすことよりも利潤追求が優先されています。このことは、たとえば欧州共同体内で商業上の理由から農産物の剰余分を廃棄するという、恥ずべきことが何度も実施されていることからもわかります。その廃棄される農産物で、第三世界の国々の飢饉を救うことができるのです。
3  池田 同じ問題は日本でもしばしばおこっています。ある種の作物が換金性が高いということで、多くの農家が作る結果、供給過多となり、値がさがって輸送費が赤字になってしまうため、泣く泣くトラクターでつぶしてしまうということが、往々にしてあります。投資した分が、結局、各農家に負債として残っていくことになります。
4  デルボラフ 農業の生産性向上は、土壌の質を犠牲にするばかりか、動植物界にも負担をかけることになります。西ドイツでは一九三八年から六六年のあいだに農業生産は倍増し、六〇年から六九年までに、さらに五割増大しました。これは化学肥料と殺虫剤の投入の増大に負っています。
 ここに、生態系のうえに悪循環が生じます。つまり、経済性という理由から、輪作は極度に制限され、そのため土壌が急激に疲弊します。そこで、より多くの化学肥料が必要とされ、それが同時に、動植物の新陳代謝を低下させて、植物は害虫に対する抵抗力を失います。殺虫剤の投入は土壌をますます疲弊させ、肥料の効力を弱めることになります。
 こうして、土質の構造は破壊され、浸蝕にさらされるのです。そこでまた、新たな地域を開墾しなければならなくなり、林業の領分が減少することになります。
 広葉樹林の一㌶の土壌には、約二十五万匹のミミズが生息しており、その全重量は、そこに生きている全哺乳動物よりも重いのです。微生物の個体数は、一平方㍍あたり、数十億にのぼります。こうした背景から、森林地を農地化することが、生物学的にいかなる貧困をまねくか、また、広葉樹林や混合林を全面伐採し、かわりに、下生えが貧しく、虫に害されやすく、鳥が住まない用材林をつくることが何を意味するかは、明らかなことでしょう。
 さらに、西ドイツでは都市ばかりでなくアウトバーンや飛行場等のコンクリート施設拡大のために、毎日、百㌶の農場が、つぶされています。これにくわえて、工場から土壌に流れこむ窒素酸化物などの毒物による汚染もますますひどくなっています。こうした河川や湖や海の汚染と、最後に空気の汚染をもふくめて、自然とわれわれの生活の質そのものが侵害されているわけです。
 こうした事態をすべて考慮して、はじめて公害の一つの全体像が浮かびあがります。ヨーロッパ諸国の産業が廃棄物を土のなかに埋め、あるいは河川に流しこんでいますが、それらは、直接あるいは間接的に海に放出されます。河川はすでに有毒物の輸送経路となっており、海洋は、今日、地球上で最大のゴミ捨て場になっているのです。
5  池田 本来なら、広葉樹の落とす葉はやがて腐蝕し、ミミズや微生物の働きを通じて肥沃な大地を形成していきます。また、豊かな緑には種々の虫が繁殖し、それらの虫を餌とする鳥が生息します。こうして森はたがいにささえあう無数の生物の連鎖体となるわけです。
 この仕組みは、川や海も同じです。すべてが有機的に結びあった無数の生物の調和体なのです。そうした生命の調和世界こそ、人間の誕生した母体であり、人類存続の源泉ともいえるでしょう。
 ところが、この生命の連関のなかに有害物質をそそぎこんでいるのが、現代文明です。この有害物質は、めぐりめぐって人間自身の身体のなかに入ってきますし、本来の自然のもっている自己再生力を破壊し、人類生存の基盤を荒廃・崩壊させてしまうのです。
6  デルボラフ 海洋は、産業界の不当なゴミ捨て場であるばかりでなく、タンカーの災害や、多くの安物の輸送船が無制限に廃油を海に投棄していることも、海洋汚染をひどくしており、これらは海の自己回復力をすでに上まわっています。
 今日、イタリアの海水浴場の六〇%が、汚染地帯となっています。一九六一年のシーズンなかば、北海の海水浴場は、相当量の油で汚染されました。また、北海沿岸だけでも、毎年三十万羽の海鳥が死に絶えています。
 動物界を脅かしているのは、環境汚染だけではありません。むしろ商業面の人間の欲望のために、組織的に絶滅させられようとしています。ちなみに、西ドイツは、ヨーロッパのなかでも指おりの毛皮や皮革取引の中心地ですが、その裏では何百万匹ものアシカ、カワウソ、ヌートリア、ビーバー、ヤマネコ等の動物が殺されています。
 海洋の魚類も、生息総数が有限であるのに、虐待がくりかえされています。かつて北海にいた大量のニシンが、一九五〇年代には、ドーバー海峡では乱獲のため、一匹もとれなくなってしまいました。その後、捕獲方法が改良され、六五年には、百五十万㌧のニシンが水揚げされましたが、それ以後は年々漁獲量が減り、今日では三千㌧程度となっています。
 同様の運命に見舞われたのが、グリーンランドとノルウェーのあいだに生息するニシンで、やはり仮借ない捕獲の犠牲となりました。また、魚の豊富なフンボルト海流のペルー沿岸でも、乱獲がくりかえされた結果、一九六八年に千五百万㌧の小イワシがとれたのが、七三年には百四十万㌧に減っています。その漁をあてにしていた魚粉工場群は、今日では廃屋となっているのです。
 さらに、鯨も同様に絶滅に瀕していますが、これは、日本とソ連がつい最近まで捕鯨量の制限をしぶっていたことが、その原因の一つであることはたしかです。その裏には、何度も表明されているように、何千人という労働者の死活問題である、という理由があります。
7  池田 捕鯨の問題は、私もアウレリオ・ペッチェイ博士との対談などでも考えを表明してきましたが、種の保存のため、科学的な調査をおこない、それをもとにして早急に保護策を講ずる必要があります。
8  デルボラフ 動物の殺害は、特定の産業の需要のためばかりでなく、狩猟やスポーツ熱も、それに加担しています。たとえば、とくにイタリアに顕著な鳥や野兎の狩猟があげられますが、ベルギー、フランス、スペイン、ギリシャ等でも普及しています。イタリアだけで五億羽もの渡り鳥が、南方への往復期間中にハンターに殺されており、さらに二億羽が右にあげた諸国で殺されています。モズ、ジョウビタキ、ヨシキリ、ウタツグミ等は、今日、多かれ少なかれ、こうした狩猟狂の犠牲になっているのです。
 また、オーストラリア北東の海中にある自然の驚異、全長二千㌔におよぶ大礁脈グレート・バリヤー・リーフも、人間の干渉によって損傷をこうむっています。この場合、潜水スポーツが、その原因です。つまり、ダイバーがフグをとったため、それまでフグをその大敵としていた特殊なヒトデの数が増大し、この大礁脈の四分の一を食いつぶしてしまったのです。
 人間の無計画な干渉が誘発する連鎖反応は、時折、思いがけないかたちで、環境世界の均衡を破ることがあります。その例として、オーストラリアでおこった兎の被害を、あげることができます。
 オーストラリアに兎が持ちこまれたのは、一七八八年のことですが、その繁殖は、唯一の土着食肉獣のディンゴー犬によって抑制されていました。ディンゴー犬は、従来、エミューというダチョウに似た鳥を食べていましたが、新たに持ちこまれた羊をおそいはじめたので、農場主や羊飼いたちは、ディンゴー犬狩りをはじめたのです。
 そのため、唯一の敵がいなくなって、兎が無制限に繁殖し、今日にいたってもその状態がつづいています。
9  また、植物の場合でも、それが異質な環境に移されると、奇妙な現象をおこすことがあります。ドイツでは何の変哲もないオランダガラシが、ニュージーランドでは四㍍にも生長し、川の流れをふさぐほどになっています。
 主題にもどり、汚染された環境のさまざまな形態が、人間におよぼす障害を考えてみましょう。あなたは、日本の環境汚染の例として、カドミウムによって骨がおかされるイタイイタイ病と、工場廃液から無機水銀のまま排出され魚介類に蓄積して有機化し、この有機水銀が神経組織等をおかし心身障害をもたらす水俣病、の二つをあげられました。私たちの場合、ライン川の化学汚染の問題で、同じような悩みをかかえています。いまのところ、直接人命に危害をおよぼしてはいませんが、ライン川に生息する多量の魚が、絶滅してしまいました。
 しかし、それよりもっと悲惨な事態が、最近発生しております。それは、原子力発電所の事故による放射能汚染です。
 これについては、すでにアメリカなどで小範囲ながら確認されておりますが、ご存じのように、ヨーロッパ大陸では、ソビエトのチェルノブイリ原発事故が発生しました(一九八六年)。地面や大気はヨード一三一、セシウム一三七、ストロンチウム九〇等の同位元素によって汚染され、この事故によって大気中に放出された放射能のために、事故現場の近くばかりか、遠くはなれた地域の人間や動物の生命までが、いかに危機に瀕するか、という実態をまざまざと教えられたわけです。この事態が、全ヨーロッパを震撼させ、平和運動に似た広範囲な運動を呼びおこしたのは、記憶に新たなところです。
 もちろん、こうした事故への防止対策は、それが効果をもちうるためには、限定された国内だけでなく、国際的なレベルで実施する必要があります。ただし、現状では、その見込みがほとんどありません。
10  というのも、今日のヨーロッパ諸国はすでにかなり原子力発電に依存しており、これを停止すれば、経済の破綻をまねくことになるからです。反原発論者は、失業率の増大、エネルギー消費の減少など経済上の帰結に関して、なんらかの見とおしを示すことが求められます。まだ一般大衆の支持を得るにはいたっていないにしても、原子力を断念しようという心の準備は、かなりの人にできつつあります。
 原子力産業擁護論者も、どんなに安全対策を完全にしたところで、従業員の過失や工法上の不完全さゆえの、最後のリスク(危険)までは解決できないことを知っています。チェルノブイリ原発事故に関するソ連側の原因調査によれば、六つの人為的過失がかさなって、今回の事故がおきたとのことです。ウィーン専門家会議(=IAEA国際原子力機関。本部はウィーン)は、八六年八月の時点で、事故の原因となった原子炉に安全対策上の欠陥があった、と発表しています。
 そこで、こうした危険をなくすためには、一九三九年の核分裂の発見以前にもどるか、さもなければ、放射能の危機なしにエネルギーを供給できる核融合実験に、早く成功をおさめる以外にない、という議論になりました。しかし、発見というものは時間をかけて、効果のマイナス面を削除しながら、利用技術の確立にいたるまで、開発をすすめなければなりません。
11  また、こうした原発事故がもたらす放射能汚染による障害とは別に、空気の汚染は、さけがたい勢いで種々の病因となりつつあります。車の排気ガスは、健康上の障害をひきおこすばかりでなく、さまざまな環境破壊の、間接的な原因にもなっています。
 たとえば、太陽光線をさえぎることによって気温が低下したり、スモッグが都市上空に形成されて温室効果を生じたり、また、炭酸ガスによって気候が変化したり、生命にとって大切なオゾン層を破壊することになります。さらに、排気ガスは硫酸の雨を降らせ、芸術品を損傷し、その価値を低下させることもあります。
 人間や動物の健康にとって、少なからず危険なのは、大地のなかや水のなかに有毒物質が蓄積されていくことです。これらの有毒物質は、とうぜん、食物供給に深刻な影響をおよぼします。そこで、こうした食品市場の問題点をついて、公害への問題意識をもった婦人たちによる「自然食品運動」もおこってきています。
12  池田 汚染問題でさらに無視できないのは、先進諸国では法的規制がきびしく、世論の関心も高いために、改善されたとしても、開発途上国などに新設された工場では、そうした基準は無視されていることが少なくない、ということです。
 とくにベトナムでは、こうした工場からの汚染物質とはちがいますが、ベトナム戦争においてアメリカ軍が散布した、枯葉剤によると見られる深刻な影響が、幼児にあらわれています。あの戦争当時に妊娠中であった赤ん坊、戦後生まれた子どもに、奇形児が急増している、という事実があります。
 また、なかんずく核の放射能による汚染の問題があります。日本では、広島と長崎が第二次世界大戦で原子爆弾の投下を受け、一時に何十万人が死ぬとともに、死をまぬかれた人々も、放射能による障害に苦しんできました。被爆した人々から生まれた子どもたちにも、障害はさまざまなかたちで出ています。
 アメリカ、フランス等が核爆弾の実験をおこなった南太平洋の島々は、いまも人間の住めない世界になっています。アメリカ中西部の平原は、初期の核実験の場となりましたが、その後、そこでロケーションをおこなった映画の俳優、要員の多くが、ガンで亡くなっているという、恐るべき事実も伝えられています。
 このような、種々の有害物質が、自然環境のなかに残り、それが、飲料水や植物などを通じて人体に吸収されていったとき、はたして何世代までどんな影響をもたらすか、厳密にはわかっていません。しかし、いまも、工場は有毒物質を排出し、核兵器の保有量は膨大化し、原子力発電所は各地に増設・運転され、その廃棄物の捨て場が、問題になっています。汚染物質は、ますます増大しているのです。
 私たちの子どもや孫、さらにその子どもたちにとって、これは恐るべきことです。私たちは、未来の世代のために、この問題に真剣に取り組まなければならないと思います。
13  デルボラフ この環境汚染問題は、子孫に対する影響を考えると、身の毛がよだつような恐ろしさをもっています。
 あなたは、アメリカ軍がベトナムで使用した“エージェント・オレンジ”という枯葉剤が、胎児に奇形をもたらしたことを述べられました。もちろん、その危険な毒素は枯葉剤自体ではなく、そのなかにふくまれていた“ダイオキシン”という成分で、その恐ろしい効果については、一九七六年にイタリアのセベソでおこった大事故で、ヨーロッパではよく知られています。
 ホフマン・ラ・ロシュというスイスのコンツェルンのイタリア工場から、明らかに人為的過失が原因で、二キロ㌘のダイオキシンが漏出したのです。針先くらいの量で、ゾウほどの大きな動物を殺せることを考えてみれば、これは途方もない量であることがわかります。ダイオキシンがもたらす奇形は、頭や背骨の変形が特徴的です。脊椎が突きだすこともあれば、水頭症(ホロプロス)で、たとえば目が一つ、鼻はなく、額や口唇、顎や口蓋から長い鼻のようなかたちの肉が突きでることもあります。こうした幼児の多くは、産後まもなく死んでしまいます。
 とうぜんのことながら、ダイオキシン災害発覚後、セベソ地域は、恐怖におののいた住民が故郷を捨てたため、長いあいだ、無人地帯となりました。このセベソの悲劇のあと、そのスイスのコンツェルンは、残りのダイオキシンが入っている容器を、ヨーロッパのどこかに格納したのですが、その場所を明かそうとはしませんでした。そこで、探索がおこなわれ、最終的にフランスで発見され、処理されたのです。
14  池田 恐ろしいのは、この企業家に見られるような、責任回避という人間性の堕落です。現実に大勢の人々の生命が危機にさらされているのに、隠蔽することによってのがれようとすることは、嘆かわしいという以外ありません。人間ですから、ミスをおかすことはさけられません。しかし、そのミスのために多数の人命が脅かされているときには、正直に事態を公表し、被害を最小限に食いとめられるよう努力すべきです。それなのに、自分のミスを責められることを恐れて、隠しとおすことばかり考えているのは許しがたいことです。
 この人間的倫理観の確立こそ、これから生ずる危険性のある、あらゆる恐るべき事態に対応するために、もっとも大切な課題である、と私は考えます。
15  デルボラフ しかも、ダイオキシン災害はそれで終了したわけではなく、最近、ハンブルクでもボーリンガー社のゴミ焼却場でダイオキシンの漏出と、これに並行して、水頭症の続発が確認されています。とうぜん、困難な問題は――そしてここに、こうした危険に全力で対抗することをさまたげている要因があるのですが――その因果関係、つまり、ダイオキシン漏出と遺伝子障害の関係を、科学的に確定することなのです。
 本来ならば、特定の症候群の頻度を指摘し、推定される原因、つまり、蓋然論をもちだすことで十分なはずです。私が最近読んだところによれば、蓋然性の主張は、日本の法廷では、損害訴訟をおこすに十分な根拠とみなされるそうです。
 大きな災害の場合は、訴訟の状況がもっと単純で、見とおしがききます。たとえば、インドのボパールでの毒ガス流出事故などです。これは、殺虫剤の生産に使用されていた毒ガスの一種であるイソシアン酸メチルが、容器から漏出したため、何万というインド人が中毒にかかり、二千五百人が死んだ、という事件です。
16  池田 公害による被害問題について、法的裁きをつけるにあたって、根本的に問題になるのが、いま言われた因果関係です。新しい化学物質が、人間の健康や遺伝子の変異にどういう影響をおよぼすか、を科学的に割りだすには時間がかかりますし、相手が人間であるだけに、実験が不可能です。
 しかも、法的制裁には「疑わしきは罰せず」という伝統があり、原因物質を漏出・廃棄した当事者への措置が、ともすれば立ち遅れになりがちです。たしかに一般的な事件においては、人権を守るために「疑わしきは罰せず」の原則が守られなければなりませんが、多数の人命が危機にさらされる恐れがある場合は、「疑わしいものは停止する」処置をとる必要があるのではないか、と思います。
17  デルボラフ ところで、人口過剰が環境汚染の主要因である以上、この公害問題に対する解決策としては、産児制限についても、抜本的な取り組みがせまられます。生活水準が高くなると出生率が減少するということは、ヨーロッパ大陸全体で証明されています。
 とくに西ドイツは、世界でももっとも出生率の低い国となっています。そこで、一九七四年にブカレストで開かれた最初の世界人口会議は、発展途上国の生活水準を高めることにより、間接的に子どもの数を抑制すべきである、と提唱しました。
 ただ、とうぜんのことながら、こうした対策は、たとえそれがいつの日かほんとうに望むような繁栄をもたらすとしても、ものすごい速さで巨大に膨張する人口増加をまえに、いつも遅れをとることになるでしょう。
 事実、貧困と人口過剰とはなんらかの関連があり、このことは、「子どもは貧乏人のメシのタネ」とか「貧乏人のベッドは子だくさん」等のドイツのことわざに、明確に表現されています。したがって、今日、専門家の一致した意見は――人工中絶でなく、避妊の推進という意味ですが――「開発援助はかならず家族計画と人口調整政策と連結すべきである」というものです。
 徹底した人口調整政策が、どこまでできるかを示しているのが、恐ろしいほどの人口増加を停止することに成功した中国です。ただ、その手段というのはあまりにきびしく、民主主義国家にはほとんど適しませんし、実施できるものではありません。それでも、中国の徹底した人口政策のおかげもあって、一九七四年に予測された世界の出生率二%は、一・七%にとどまりました。これは驚異的な「成果」といえます。
 しかしまた、開発援助の撤回というおどしが「穏やかな権力」として、人口がふえつづける国々の方向を変えられるかどうかは、今後の動向を見るしかありません。これは、先に述べた貧困と多産性の連関からすれば、あまり期待できそうにありません。
18  池田 人口の爆発的増大が、環境に対する汚染と破壊の本源的要因であることは疑う余地がありません。しかし、人口増大の主役である開発途上国における人口増加率の抑制は、もっともむずかしい問題であることも事実です。結局は貧困の解消ということに国際社会全体が全力をそそぐとともに、民衆一人一人の自覚と、家族計画という考え方の定着が大事だと思います。
 これは、長期にわたることを覚悟しなければなりません。それに対し、先進工業国における企業家の倫理や民衆の自覚は、もっと短期に意識変革できるのではないでしょうか。
19  デルボラフ 環境汚染に関しては、あまり効果のないアピールのほかに、とくに、土壌や河川や大気中の有害物質の濃度を規制する、きびしい環境保護法が必要です。動物保護法も、それがまだ存在しないのであれば制定すべきですし、むずかしいかもしれませんが、勝手気ままな狩猟を規制すべきでしょう。
 われわれドイツ人は、この点で、一生懸命やっているのですが、ヨーロッパでは欧州共同体を形成しているとしても、さまざまな国民が共存していて、その経済的利害が一致しないため、共通の環境保護規制を実施することは、容易ではないのです。この点、日本とは事情がちがいます。
 かんたんな例をあげますと、ライン川沿岸には、水源から河口までに、四つの国の国民が生活しています。ライン川を汚染することも、また清浄にたもつことも、これら諸国民の、環境保護に対する責任感によるのです。
 となりの国々と共通の認識に達するということは、一般的に困難な問題ですが、似たようなむずかしさは、他の多くの環境問題にも見られます。このむずかしさは、排気ガスの少ない車の導入の問題に、顕著にあらわれています。また、環境保護法だけでは十分ではなく、精神的変革が必要だということは明らかです。環境保護運動は、ドイツでも賛同者がふえつづけていて、こうした目標に向かって活動していますが、多くは、現実的な手がかりを空想的希望と組みあわせたような、新たな生活様式をえがいています。今日の状況のなかでは、それも理解できることですし、無理のないことかもしれません。
 ここでとくに提案されているのが、オイゲン・ドレーヴァーマンが、彼の著書のなかで提起しているように、木や、石炭(最後には石油)等の化石燃料の消費をやめるということです。原子力エネルギーも、結局、ウランの埋蔵量にかぎりがあるので、いつまでも利用するわけにはいきません。必要なエネルギーを、すべてみたすことはできませんが、太陽エネルギーを頼りにしようというのが、その考えです。
20  池田 生命をささえているもっとも大切な基盤である大気中の酸素を保存するためには、薪や化石燃料に頼る生き方を、根本的にあらためる必要があります。原子力エネルギーは、ウランの埋蔵量の問題もとうぜんありますが、いったん事故が発生したときの危険性の大きさ、また、平常時においても廃棄物の処理問題など、難問が多すぎるといわざるをえません。やはり、廃棄物が出ても生命に無害であり、地球上の自然のリズムのなかで再生産されうるものを、根本にすべきでしょう。
21  デルボラフ なかば空想的だというきらいはありますが、蛋白質含有量五〇%の藻を培養し、日常の食事を植物性にするとか、高速道路をできるかぎり鉄道に代替し、通勤構造を電気自動車や電動式歩道とか通信システムによって改良し、より快適で、健康的で、人間的な都市計画を実施すべきである、という考えもあります。さらに、膨大な量の紙を使用していることは、森林の伐採の原因にもなっていますが、これなども、電子技術的に映像新聞やコンピューター・データにおきかえ、全図書館の蔵書をマイクロフィルム化することなどによって縮小化し、最小限のものにすることが可能かもしれません。
 いくつかのこうした提案は、今日では、まだ空想の域を出ず、そのうち取り上げられ、検討されたとしても、多くはおそらく、ふたたび忘れさられてしまうでしょう。まじめに受けいれられ、最後まで実行されうるのは、ほんとうに少数の提案だけでしょう。しかも、ここでもつねに商業上の利害がからんでおり、市場性があれば実施されますが、そうでなければ、無視されることになります。
 ただ、全体の繁栄に真剣に責任を負う民主主義政治だけが、ほんとうの変革をなしとげることができるでしょうが、その場合でも、積極的に推進するためには、世論による大きな圧力が必要だと思います。つまり、市民運動が大切になるのです。失敗しても、絶望することはありません。この困難な状況は、われわれ自身がまねいたものであって、それゆえにこそ、活路を見いだそうとする建設的想像力だけは、今後も、大切に維持すべきだと思います。
22  ヘルベルト・グルール
 (一九二一年―九三年)政治家。七八年に「緑の行動・未来」を結成。「緑の党」の全国組織の確立につくした。「緑の党」は八〇年に政党化し、反核、環境保護、女性解放、非暴力などをかかげて活動。
 アウレリオ・ペッチェイ
 (一九〇八年―八四年)イタリアの実業家。“人類の危機”を訴え、七〇年にローマ・クラブを創設し会長に。著書『人類の使命』『未来のための一〇〇ページ』など。池田SGI会長との対談『二十一世紀への警鐘』(八四年刊)は反響を呼んだ。

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