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日蓮大聖人・池田大作

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6 「ストレス」への対処  

「21世紀への人間と哲学」デルボラフ(池田大作全集第13巻)

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2  デルボラフ たしかに近代化のマイナス面として、市民の健康におよぼす悪影響が見られます。ある国民を年齢構成別に見た場合、そこには三つから四つの世代が存在しており、その比率はとうぜん、同じではありません。世代差というのは、おのおのの経験や体験の広さの差にほかなりません。
 ドイツの場合ですと、戦前世代はもう少数の老人グループでしかなく、戦争体験者や戦後の経済復興の担い手となった世代は、年金を受ける年齢に近づいています。終戦直前に徴兵された若者も、いまでは五十代なかばになっています。今日ではすでに、戦争や戦後の復興のことを伝え聞いているだけの世代が、働きざかりの年齢に達しており、たとえばドイツ連邦共和国の首相であるコール氏のように、最高に責任ある政治的職務についています。
 ここにあげた世代は皆、全力を傾注しておのおのに課せられた任務を遂行してきましたし、あなたが「ストレス」と呼ばれた現象も十分、体験してきているはずです。彼らは、まず経済復興の時期、それにつづく高度経済成長の時代、そして最後に、はじめての経済危機やそれに刺激された力ある近隣諸国が、経済的競争を挑んできた時代を生きてきました。
 今日ではすでに第五世代コンピューターが出現するほどまでに技術革新がすすみ、競争に勝つための努力は、全勤労者がともに担っていかねばならなくなっており、とうぜんのことながら、そこではいちじるしく神経をすり減らします。
3  池田 日本で、とくに最近、重大な社会的関心を呼んでいるのは、中年期の人々のノイローゼとうつ病、ならびに自殺の増加です。こうした中年期の人々の、心身の異常現象をひきおこす要因として、第一に職場、第二に家庭、第三に世代的特徴があげられます。
 第一の職場については、従来、日本の企業では、終身雇用制、年功序列制が基本とされてきました。また、家族主義的な人間関係が、人々の仕事への意欲をささえてきました。
 ところが、最近では、これらがすべて崩れていこうとしています。職場では、しだいに実力主義が重んじられ、若者と年配者との世代の断絶と対立が目立ちはじめています。中間管理職の中年の人々が、両者のあいだに立って葛藤のしわ寄せを受けているのです。
 第二に、現代の日本の家庭は、憩いの場ではなくなろうとしています。とくに中年層の離婚率が上昇し、親子関係も種々の問題をはらみ、家庭内での暴力事件や殺人まで頻発するようになりました。家庭までもストレスの充満するところとなってきているのです。
 第三の世代的な特徴ですが、現在の中年層は、日本のもっともきびしい激動の時代を生きてきた人々で、少年期には軍国主義と戦争の悲惨さを味わい、青年期に入るころに戦争直後の飢餓にさらされました。それ以後、高度経済成長の担い手となり、日本の復興をささえてきたのですが、いま、急激な技術革新のために、見捨てられる危機感にさらされています。
 また、それぞれの段階で、古い価値観と新しい価値観との対立に直面し、葛藤をくりかえしてきた体験をもっており、このような体験が、心身症や成人病への抵抗力を弱めている、と医師や心理学者は主張しています。
4  デルボラフ 極度な緊張をしいる状況に対してひんぱんに用いられる「ストレス」という言葉は、医学者からはかならずしも否定的にのみ受け取られているわけではありません。自己実現をめざそうとすれば、ある程度の努力と挑戦が必要です。
 ストレスとは本来何なのか、その生物学的根源は何かを理解すれば、その弊害にいかに対応すべきか、といったことが明らかになります。
 ストレスは、まず、アドレナリン分泌により活性衝撃を準備させる神経生理学的メカニズムにほかなりません。これは人間の動物的・原始的な生命の次元では、攻撃的行動とか逃避、あるいはまた抑うつ状態というかたちの活力の鈍化としてあらわれます。ストレスは、いわゆる内因性と外因性のストレッサー(=ストレスをひきおこす刺激)により誘発されます。骨のおれる仕事を頼まれたとか、思いがけない出来事に遭遇したとか、外的事情により強制的に追いまわされたとか、さらには、どうしてもみたしたい欲求などがストレッサーとなります。
 ストレスのメカニズムは、使い果たされるべき生命エネルギーがのちのちの行動のなかで異化されたり、たまっていくということにあります。ですから、その過程は、エネルギーがたまっていく緊張状態の側面と、逆に解消または緩和されていく側面をもっており、これらは一体のもので、切り離すことができません。
 ここから、ストレスの悪影響もよく理解できるかと思います。現代の勤労生活のなかでは、ますますストレスを誘引する状況が頻発する傾向にあります。そして、そこには、社会的タブーとか「外的事情による強制」がつきまとっています。
 そこで、ストレッサーがあらわれると、たいていは積極的に放出されずにいたエネルギーが、ふたたび噴出してきます。人間はたまっていた潜在エネルギーをおさえきれず、怒ったり、攻撃的行動にでたり、あるいはまた現実から逃避したりすることによって、捨てさろうとします。そうでなければ、そのエネルギーは身体的・心理的障害系統へ転換されてしまうことになります。
 日常われわれが使う言葉のなかには、こうした事情を端的に表現しているものがあります。たとえば、「胸が塞がる」「肝をつぶす」「腸が煮えくりかえる」といった表現です。
 とくに長くつづく過度のストレスは、必然的に心臓、血液循環、消化器官に対して一方的な負担をかけたり、神経過敏症、攻撃性、抑うつ症をもたらします。
 そうでなくても苛酷な日常勤務の他に、増大する失業率や中高年層の失職に対する不安、求職者同士のきびしい競争、その競争で敗北した者の欲求不満といった、数々の増大するやっかいな社会事情も考慮すると、現代のストレスによる弊害をかんたんに克服できる特効薬は見つかりそうもありません。ただ、無理な仕事量を拒否したり、抑圧されたエネルギーをうまく解消する鉄のような自制心と、また自分で情緒のバランスをとる試みといったことだけが、実用的な打開策としてあげられるのではないでしょうか。
 実際問題として、各人が、孤独に耐え、自分自身と有意義につきあっていくことを学ぶことが、私はとくに大切だと思います。そのための方策はいくつかありますが、ここでは二つの関連した方法として、日本でよく知られている禅定の実践と、ドイツでおこなわれている自己暗示式訓練をあげておきたいと思います。
5  池田 禅定や自己暗示も、それなりにある程度の精神安定の効果をもっているとは思います。しかし、現実の仕事や人生からすれば一種の逃避にすぎず、そこには限界があります。
 仏法では、仏界や菩薩界の生命を湧現することによって、優れた英知と人々に対する慈悲が力強く開発され、ストレスをかえって自己の成長の糧にし、希望と喜びに変えていくことができると教えています。そのための実践として仏教では六波羅蜜といって布施(他への慈しみ)、持戒(自律)、忍辱(自制)、精進(努力)、禅定(静慮)、智慧を立てています。
 あなたが指摘された、禅定はこの六つのなかの一つにあたるわけです。真実の生命の充実感は、この六つの条件がととのっていったときにあらわれてくるのです。
6  ドイツ連邦共和国
 本文中では一九九〇年に統一ドイツの実現によって解消した旧・西ドイツをさしている。
 コール
 (一九三〇年―)キリスト教民主同盟代表。連邦議会議員等をへて八二年から連邦首相をつとめ東西ドイツの統一を推進。九〇年の統一ドイツ誕生後の総選挙にも勝ち、首相を継続。

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