Nichiren・Ikeda
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第八章 全体(健康)と安楽の欠如(病気…
「生命と仏法を語る」(池田大作全集第11)
前後
2 これから多くなる食中毒
池田 そこで、この章では屋嘉比さんに、病気という問題について、いくつかおたずねしたいと思っております。当然、専門医の見解もあるでしょうし、また専門書にも、さまざまな次元からの解釈があることを知っておりますが、きょうは、町の“赤ヒゲ医者”という立場からお願いします。(笑い)
―― たしかに、現代の生活にスポットをあてながら、うかがいたいことがたくさんありますね。
屋嘉比 私個人の見解として、思ったまま、感じたままを、述べさせていただきます。
じつは、この対談をはじめるにあたって、いつかは論ずるであろうと思って用意した資料もありますので、それも使わせていただきます。(笑い)
池田 いよいよ暑い夏に入りますが、屋嘉比さん、どういう病気が多くなるのですか。
屋嘉比 いや、統計的には、いわゆる脳卒中、心臓病、腎臓炎などによる死亡数は、夏がいちばん少ないというデータが出ています。
池田 すると、昔は、夏に亡くなる人が多いといわれていたが、いまは冬のほうが多い……。
屋嘉比 そのとおりですね。抗生物質などの出現により、夏多かった結核や肺炎、腸炎などの疾病死が戦後、急激に減少したことも大きな要因です。
池田 しかし、食中毒なんかは初夏からおこる可能性が高い。
屋嘉比 そのとおりです。初夏から秋口にかけてと思います。
―― 先生は食中毒の経験がありますか。
池田 あります。小学生のころ、一、二回激痛をともなったことを覚えている。
また戦後、外食券食堂でサバの煮つけを食べて、全身ジンマシンになって、苦しんだことをよく覚えています。屋嘉比さんはどうですか。
屋嘉比 たびたびあります(笑い)。二、三年前の夏に、病院の当直をしてて、夜中にシュークリームを食べて、脱水症状をおこし、足腰が立たなくなったこともありました。(笑い)
池田 ああ、そうですか。医者たりともあるんですね(爆笑)。どうして治したのですか。
屋嘉比 脱水症状がひどいので、一日入院し、水分を補うため六本の点滴を打ちました。
池田 食中毒には、どういう菌があるのですか。
屋嘉比 腸炎ビブリオ、サルモネラ、ボツリヌス菌、病原性大腸菌、ブドウ球菌などがあります。
たとえば、魚介類などの腸炎ビブリオという、食中毒の半数以上を占める細菌は、温度が二十度以上だと盛んに増殖します。
これが発病するときは、一億ほどの菌が口から入っているといわれます。
―― 九州の辛子蓮根の中毒は、痛ましかったですね。
屋嘉比 あれは初夏でしたが、このボツリヌス菌はたいへん危険です。この中毒による死亡率は、報告によれば約三〇から五〇パーセントにものぼります。
また、赤痢やチフスなどの伝染病は、十か二十の細菌が口から入るだけでも発病します。
池田 テレビなんかで見ますが、予防はやはり、「清潔」「低温保存」「加熱」の三原則となりますか。
屋嘉比 そのとおりです。さらにボツリヌス菌などは、発生しやすい特有の食品がありますので、注意してください。
―― こうした病因についても、仏法ではなにか説かれていますか。
池田 いくつかあります。そのひとつの例として、御書には、われわれの生命の「三十六物」に入りこみ、その機能を狂わし、蝕む働きについて説かれている。
―― その三十六種とは……。
池田 それは、「糞と尿と唾と肉と血と皮と骨と五蔵と六腑と髪と毛と気と命等」であるとあります。
屋嘉比 科学的ですね。
―― つまり、伝染経路ということにもなりますね。
池田 そこで仏法は、この三十六種類を要約して、三つの次元からとらえている。
一つは、「糞」や「尿」や「唾」などからくる赤痢菌やチフス菌のような外からの働き。
屋嘉比 いま流行の、B型あるいは非A・非B型ウイルス性肝炎も血液感染です。
池田 また仏法で説く「気」というのは、ひとつには呼吸のことでしょう。
ですから、「気」は呼吸器感染のカゼのようなものをさしていると私は思います。
二つは、人体の「肉」や「骨」や「皮膚」、また「五蔵」や「六腑」などの機能を狂わすもの。これはガンや心臓病なども含まれるわけです。つまり、身体の内部から生じるもの。
三つには、精神という意味の「気」、そして「命等」、つまり生命をも蝕む働きがある、とも仏法では説かれています。
屋嘉比 医学的にも、この三つの次元からとらえることは適切です。まことに鋭い把握です。
池田 食中毒になったら、ヒマシ油などを飲ませ、下せとよくいいますが。
屋嘉比 そのとおりです。とにかく吐いたり下したりして、食べた物を体外へ出すことです。そして点滴や解毒剤、場合によっては強心剤などを必要とすることもあるので、すぐ医者に診せることが大事です。
また感染しないよう、触れたもの、使ったものをアルコールや消毒剤などで消毒することも大切な心がけです。
池田 薬で治りますか。
屋嘉比 ボツリヌス菌による場合は、抗血清療法が必要であり、早期に行えば有効です。
しかし食中毒の場合、脱水症になることが多いので、点滴などで水分やミネラルを補給することが大切です。
池田 屋嘉比さん、夏にケガをした場合、膿みやすいが、どうでしょうか。
屋嘉比 気温が上がると、細菌が繁殖しやすくなります。さらに季節的にみると、病原菌に対する身体の抵抗力は、夏に最も低下しているようです。
たとえば、血液中の白血球の数が減少したり、貪食能(白血球が菌を食べる働き)も低下するといわれます。
―― では、どういう応急手当がいいですか。よくツバがいいといいますが。(笑い)
屋嘉比 ええ。たしかに唾液には免疫抗体があり、傷口の粘膜の再生をうながすホルモンもあります。しかし口の中の細菌もまじっています。
普通は傷ができたら、すぐ水洗いし、家庭常備の消毒薬を塗ってください。
3 科学性に富んだ「先人の知恵」
池田 夏バテはどうですか。
屋嘉比 夏は食欲低下のため、カロリー不足となり、栄養のバランスがくずれがちになります。
たとえばビタミンAが不足すると、目がたいへん疲れやすくなります。また粘膜が弱くなり、カゼに対する抵抗力が衰えてしまうのです。
またビタミンBはスタミナをつけます。Cはバテ気味の体力を回復させ、とくにストレスの多い人や運動をする人に不足がちになるので、補給すべきです。
池田 すると、何を食べたらいいのですか。よく“土用のウナギ”とかいわれますが。(笑い)
屋嘉比 ビタミンAはウナギとかレバー、ニンジン、ホウレン草、ニラ、マーガリン、バター、抹茶などに多いようです。
池田 ビタミンBやCはどうですか。
屋嘉比 Bの豊富なのは、胚芽米や豚肉、ノリ、落花生、枝豆、エンドウ豆などですね。
Cは、パセリやピーマン、キャベツ、サツマイモ、夏ミカン、キウイなどに多く含まれています。
池田 夏は、豆腐やコンニャクなども食べやすく、身体にいいといわれますが。
屋嘉比 豆腐は植物性タンパク質の塊で、脳卒中や動脈硬化を防ぐ効果があります。
コンニャクはアルカリ性食品で、やはり動脈硬化を防ぎ、便秘を治し、腸内の有害物を除きます。
―― 仏法では法門を牛乳の“五味”(乳味・酪味・生蘇味・熟蘇味・醍醐味)に譬えられていますが、牛乳はどうですか。
屋嘉比 牛乳は、最もバランスのとれた飲み物で、ビタミンも豊富です。
また胃を保護し、さらに最近のアメリカ医学会の研究では、大腸ガンの発病を防ぐ効果があるといわれています。
―― 夏バテといえば、たしか『万葉集』でも大伴家持のユーモアあふれる歌がありましたね。やせている友人に対して、
「夏やせに よしというものぞ 鰻とりめせ」(笑い)
同じ「う」のつくもので「梅干し」「梅酢」。これはどうですか。(笑い)
屋嘉比 民間療法ですが、腹痛や下痢、また病気の予防に効くといわれています。
ただし、梅干しは、塩分が高いので、食べすぎは、血圧の高い人、心臓病、腎臓の悪い人には、あまりよくないようです。
―― “梅干しと友だちは古いほどよい”ということわざがありますが。(笑い)
屋嘉比 いや、それは理にかなっているんですよ。(笑い)
五年ぐらいたった古い梅干しは、ナトリウム(塩分)が少なくなるようです。しかも、梅自体の効用はそのまま残っており、安心して食べられます。
池田 私はいつも感心するんですが、洋の東西を問わず“昔の人の知恵”は、科学性に富んでいる。梅干しが疲労回復によいとか、キンカンがノドにいいとか、ゴマが疲れ眼によいとか、ジャスミン茶が脂肪を溶かすとか、ショウガやワサビは毒消しとか、ともかくいろいろありますね。(笑い)
屋嘉比 そう思います。
池田 アメリカのビタミン研究の先駆者、マッカラムの母親の有名なエピソードをなにかで読んだことがある。
屋嘉比 マッカラムは生化学史上に残る著名な研究者です。
池田 彼が一歳のころ、ビタミンC不足による壊血病で死にかかった。
むずかる彼を、なんとか鎮めようとした母親は、たまたまむいていたリンゴの皮を食べさせた。すると、彼はそれを喜んで食べた。
そこで彼女は、“食べたがるのは身体が必要としているからだ”という、昔からの言い伝えを思い出すわけです。そしてリンゴ以外にも、生野菜や野イチゴのジュースなども食卓に出すようにして、病気を治したというのです。
この話は、まだビタミンが発見されない、十九世紀後半のころのことのようですが。
屋嘉比 たいへん示唆に富んだ話ですね。
池田 ボタ餅も、昔の人はよく考えてつくったようですが。
屋嘉比 アズキのなかにはビタミンBが多く含まれているからです。これは脚気にいいんです。ただしボタ餅は炭水化物も多いので食べすぎはいけません。(笑い)
池田 そうそう、江戸時代には、
「江戸わづらひ(脚気)を治すには、あづきめし」
ともいわれた。(笑い)
屋嘉比 ところが最近、独身生活者や単身赴任のサラリーマンのなかに、インスタント食品などの偏食で、潜在的脚気ともいえるビタミンB欠乏症がひろがっている、と心配する学者もいます。こうした人たちには、慢性疲労や不定愁訴の傾向があるようです。
―― 野菜はビタミンが豊富なんですね。
屋嘉比 ええ。新鮮なものほどいいのです。これはビタミンを、壊れないうちに多く体内に吸収できるからですね。
たとえば、ビタミンCは、トマトを二個食べると、一日の必要量は満たされるんです。
池田 まあ、トマトは、昔は赤ナスといって軽蔑されていたようだ。(笑い)
屋嘉比さんなんかご存じないでしょうね。
―― いや、私たちは知っています。(笑い)
池田 昔は、国によっては、トマトのほかにも柿、キュウリ、カボチャ、ニンジン、オレンジ、レモンなども、一時期、毒物扱いされたこともあったようですね。
しかし、時代というものは、さまざまなものを変化させていく。食べ物の評価の変化も、そのひとつのあらわれでしょう。
―― あまり変わるので、困ってしまう場合もありますね。
イワシなんか、最近は見直されていますが……。
屋嘉比 イワシは、動脈硬化によいといわれます。ビタミンDも豊富です。
それに北海道などでとれるサンマ、サバ、サケ、また秋田で有名なハタハタなどもいいようです。
池田 昔、イワシはバケツ一杯で十銭ぐらいだった(大笑い)。食べ物は、生活の基本だから影響が大きい。私どもは、あまり医学的には考えていないが、年齢とともに、たいへんに影響があることはわかりますね。
4 「利他」の実践がストレスを解消
池田 こんな話もある。
十九世紀の初めごろになりますが、ナポレオンの海軍とイギリス海軍とが戦争していた。
そこで一時、イギリス軍がフランスの全港湾を封鎖することに成功した。
その封鎖は、たいへんに長期間にわたったようである。当時は、そのような場合、船上の兵士は壊血病になっていく場合が多かったようだ。
屋嘉比 ええ、そのとおりです。
池田 ところが、それを防いだのが、兵士の飲みつづけていたレモンジュースだった。
つまり、長い海上封鎖が成功したのは、弾薬の力ばかりではなく、病気を防ぐジュースの力だったといわれている。
―― ところで、昔から「夏は熱いものが腹の薬」といわれますが。
屋嘉比 あまり冷たいものを飲みすぎると、胃腸の蠕動運動に刺激をおよぼし、消化不良をおこします。
また発汗の繰りかえしの度がすぎると、体力を消耗します。
ともかく、食事内容と体調とは密接な関係にあることを、もっと認識することが健康の第一歩と思います。
池田 そうでしょうね。当然の道理と思います。
ある著名な評論家との対談で出た話に、第二次世界大戦のなかで、ポーランドかチェコかの兵隊が、まことに強かった。その原因を調べてみると、毎日、ゴマを食べていたということでした。
屋嘉比 たしかにゴマは、植物性脂肪やタンパク質がたいへん豊富です。またビタミンBも多く含まれています。
池田 ともかく、日常生活にあって、食事をはじめ規則正しいリズムが、健康の大事な要素となることは間違いない。
屋嘉比 それとともに、これは病気全般にいえるんですが、とくに現代人に多いストレス病について、カナダの著名な医学者であるセリエ博士は、解決法としては、人から感謝されるような自分になるのが大切である、と言っています。
―― よくいうストレス解消法というのは、仲間と酒を飲んだり、マージャンやったり(笑い)、旅行とかいろいろありますが、やはり、これは刹那的ですね。終わったあとは、またストレスがたまったり。(大笑い)
池田 さきほどのセリエ博士の見解は、要するに、自分自身の「一念」または「我」の拡大の重要性をさしていると思いますが。具体的には、どう書いてありますか。
屋嘉比 「利己的衝動を利他主義に変形させる」。また「他人に感謝の気持ちを起こさせることが、われわれの安全を的確に保障することになりそうだ」と言っています。
池田 そうでしょうね。私はよくわかります。
仏法では「利他」とは菩薩の「一念」、菩薩の「我」をさしている。
そのセリエ博士の言わんとする真髄は、大乗仏教のなかにあると、私は結論したい。
私どもがこの規範にのっとり、日夜主張し、行動しているのはご存じのとおりです。
ともかく一流の人の見識は、みな仏法に近い。
―― 「利己的衝動を利他主義に」とは、抽象的にはわかるが、具体的にはなかなかむずかしい。
そこに、確かなる法と、それにのっとった行動とが、必要不可欠と思いますね。
池田 仏法では、「喜とは自他共に喜ぶ事なり」と説いている。
また「慈悲」を、行動の最大の視点としてとらえている。
ともあれ、宇宙の森羅万象ことごとく、単独の現象はありえない。なんらかの連関性があるものだ。
また、人間の細胞も単独では存在しえないし、活動しない。と同様に、人間の社会もまた同じ方程式となる。そうした意義からも、私どもが信奉する「法」とその「行動」はまったく正しいと、私は断言せざるをえない。
5 クーラーによる冷房病は文明病
池田 話は変わりますが、夏カゼは、どう注意したらよいんですか。
屋嘉比 じつはカゼ・ウイルスは、人間の生活環境内の暑さ寒さとはあまり関係ないのです。
実験では、部屋の湿度が低いと、インフルエンザ・ウイルスの感染力が長時間つづくことが証明されています。
池田 すると冬にカゼが多いのは……。
屋嘉比 まず空気も乾燥しますし、部屋の暖房によって室内の湿度も低下するからです。
―― やはり、うがいが大事ですね。(笑い)
屋嘉比 簡単なことのようですが、いちばん理にかなっています。
―― カゼは万病のもととよくいいますが。
屋嘉比 こじれると肺炎、さらにリューマチ熱、腎炎などを併発する場合があります。
夏カゼの主な原因は、高湿度に強いエンテロウイルス、アデノウイルスなどです。
とくに子供たちが寝冷えしたりしないよう、細かい心くばりが大切と思います。
池田 たしかに、人生万般にわたって小事が大事ですね。
そこで私はいつも思うのです。私たち大人は、未来に生きゆく大切な青少年に対して、もっと細かいところまで注意を払ってあげねばならないと……。
いまは商業主義などの氾濫で、健全なる成長への正しき軌道を、忘れがちになっていく傾向が強いからです。
もう三十年以上も前になるでしょうか。青年たちの会合が、屋外で行われたことがあった。雨が激しく降ってきたとき、戸田第二代会長は即座に、「新聞紙をいっぱい集めて、カゼをひかないよう服の中に入れろ」と言われたことがある。ささいなことのようでしたが、われわれはそれでずいぶん助かった記憶が、鮮明に残っています。
屋嘉比 それは保温作用ですね。だれも気がつかない細かい配慮が、多くの人を守ってますね。まことに立派な先生と思います。
―― 池田先生もまったく同じと思います。
会合のまえ、疲れていないか、おなかがすいていないか、いつも気をくばっておられる。
屋嘉比 本当の指導者は、このようにまことに細かい視点で、人々を見守っていくものでしょうね。
池田 いや、私は平凡な人間で、もっともっと修行しなければならないと思っております。
ただ大事なことは、皆が安心感をもち、心から納得し、次の行動をとっていけるように願っていくことではないでしょうか。
―― 頭が下がります。できることのようで、できないことです。
池田 ところで、クーラーによる“冷房病”はどうなんですか。
屋嘉比 これは問題です。いわゆる温度の急激な変化がストレスとなって、人間の気温適応能力をくずす、肉体的ストレスと考える学者もいます。
池田 いったい、何度ぐらいにすればいいのですか。
屋嘉比 外気との温度差は五度以内が理想的といわれます。症状としては、ご存じのように、頭痛、だるさ、イライラ、胃腸の不調、さらに神経痛、リューマチなどになる率が高い。
池田 すると冷房病は、完全に現代病となってしまった。また文明病といえるかもしれない……。
屋嘉比 別の面でいえば、クーラーが外に出す排気熱が、都会から“夕涼み”を奪ってしまった、と言う人もいますからね。
池田 冷房病は、若い人と年配者では、影響は違うでしょうね。
屋嘉比 とくにお年寄りは厚めの靴下をはくとか、薄着しないことが大事です。
池田 子供の場合、将来に影響がありますか。
屋嘉比 あると思います。たとえば、人間の汗腺の数は、幼児期に育った場所の気候条件に左右されます。
ですから、冷房のなかだけで育てると、自然の影響を受けにくくなり、汗腺の数が減ることも考えられます。
また女性は、ビル勤務者の七〇パーセントが、なんらかの症状を訴えているという調査結果もありますから、要注意です。
池田 そういえば、京都は盆地である。暑さがひどい。不快指数八十五以上の日数もとくに多い。ですから昔もいまも、風通しがよくなるよう“風の通り道”をつくっている家が多いと聞いて、私はうらやましいと思った。
生活の知恵を、それなりに生かしていくことは大切でしょう。
そこで暑いと睡眠不足になる。いったい睡眠時間は、どれくらいとればいいか。
屋嘉比 個人差もあるでしょうが……、一般的に成人で、七、八時間、赤ちゃんは十六時間から二十時間、小学生ですと、九、十時間と思います。
池田 十二世紀のある学者が「人は二十四時間の三分の一を眠るべきだ」と提唱したのは有名ですが、医学的にみてどうですか。
屋嘉比 はっきり断定できる根拠はありません。しかし、最低でも五時間は必要と思います。
池田 当然、熟睡が大事でしょうね。
屋嘉比 そうです。また、不眠症に対して過眠症というのがあります。これは寝ているわりには元気がなく、肩が凝ったり、疲れがとれないなどと訴えます。
私の患者さんにも「よく寝てるんですが」と聞いてくる人がいます。ところがその人の場合は、寝すぎも体調が不調になる原因のひとつになっていたのです。
ですから、いくら寝ても寝足りないのは、身体のどこかに異常があることが多いので、病気の有無をチェックする必要があります。
時間の長短より、疲れをとり、活力を補充する睡眠がどうしたらできるか、眠りの質を工夫することが大切と思います。
池田 では、どうすれば安眠できますか。
屋嘉比 いろいろあるようですが、一般的には、室温が、夏で二十二、三度、冬で十二、三度が基準になっています。
池田 そうでしょうね。二十五度以上になると熱帯夜ですが、扇風機やクーラーのつけっぱなしは、絶対にいけない。
屋嘉比 そのとおりです。かえって疲れたり、体調をくずします。
池田 寝具はどんなものがいいですか。
屋嘉比 ほどよい硬さと、大きめのサイズ。
枕は肩幅ぐらいの大きさで、通気性のあるのが、快眠の条件といわれています。
池田 すると、枕の高さはどのくらい……。
屋嘉比 昔から「寿命三寸、楽四寸」といわれています。
これは長生きしたかったら、枕を楽な状態から一寸(約三センチ)低くするのがよいということですね。
「枕を高くして寝る」というのは、身体にはよくないようです。(笑い)
池田 その理由は……。
屋嘉比 肩や首の筋肉に負担がかかりますし、また脳波も落ち着かないようです。このことは医学的にも実験されています。
6 心がけたい子供の健康管理
池田 夏休みは、親子の生活時間が多くなる。少し身近なことをおうかがいしたい。ムシ歯の原因は、わかっていますか。
屋嘉比 じつは、医学的にはまだ完全に解明されてはいないのです。
ただ、歯垢(歯の汚れ)のなかの細菌が原因になるようだといわれています。
池田 そうですか。甘い物とムシ歯の関係は、よく指摘されますが……。
屋嘉比 それは、原因のひとつになります。敗戦後、甘い物が不足したとき、ムシ歯が激減しました。ところがその後、激増し、日本の子供のムシ歯はおそらく世界一ひどいといわれています。
それをみても、糖分のとりすぎがムシ歯の発生に最も都合のよい条件になっていることは、事実のようです。
池田 ムシ歯は、エジプトのミイラや古代ギリシャ人の骨にも残っているという文献もありますが(笑い)。甘い物が好きな人は、みんなムシ歯になりますか。
屋嘉比 いや、そうとは限りません。その人の歯の質と歯垢が問題になります。ですから、食後の歯みがきの励行が大事です。
池田 歯の質は、先天的なものですか。
屋嘉比 多少は、それもありますが、胎児のときから十歳ぐらいで決まってしまうという説があります。
池田 そうすると、母親の心がけが大事ですね。
屋嘉比 ええ、歯も身体の他の器官と関連していますから、丈夫な身体をつくるためのバランスのとれた食事が、また丈夫な歯をつくることになります。
池田 それでは最近、眼鏡をかけているお子さんが多いが、その原因はどうですか。
屋嘉比 たしかに小学生や中学生に増えています。これは、“学校近視”ともいわれ、卒業すると、あまりすすみません。
この点をみても、眼を酷使する生活環境が原因ともいえます。
池田 それはやはり受験勉強やテレビ、漫画の見すぎですか。
屋嘉比 それもありますが、現代っ子は、屋外の広々としたところで運動したり、遊んだりする機会が少なくなっていることも、影響があるようです。
それに、緊張感や不安感も眼に影響するという、アメリカの眼科医もいます。
池田 近視は予防できるんですか。
屋嘉比 遺伝的な要因もありますが、あまり眼を疲労させたり、緊張させないことが大事です。
池田 たとえば……。
屋嘉比 長時間テレビなどを見つづけないこと、姿勢をよくすること、照明に気をつける、努めて戸外で運動する、といった細かい点に気をくばることです。
池田 テレビを見るのは、一日何時間ぐらいが適当ですか。
屋嘉比 これはなんとも言えませんが、眼のためには少ないにこしたことはないと思います。
また、あまり近くで見ないこと。カラーの調整を正しくすること。それから三十分ないし一時間の間に、十分ほどテレビから目を離し、遠くを見たりすることですね。
池田 それと、年配になると、どうしても眼が疲れやすくなるが……。
屋嘉比 これは、眼の負担をできるだけ減らすことしかないようです。
眼の機能も、年齢とともに低下してくることを、自覚しなければいけませんね。(笑い)
ただ、糖尿病や高血圧などの病気から、眼の病気を併発している場合もありますから、医者の診断も大事です。
―― 仏法では、医者にかかるとか、輸血とか、手術とか、どうとらえますか。
池田 結論して申しあげれば、全部自由です。
なぜならば、「三千大千世界にみてて候財も・いのちには・かへぬ事に候なり」という生命を、どのように維持するかが、仏法の目的である。その目的を助けるための手段として用いるのは、当然のことです。生命蘇生への最大の力をあたえ、またすべてをその方向へ動かしゆくのが、仏法の信仰だからです。
屋嘉比 おうおうにして宗教は、なにか制限したり、非科学的、反社会的になる場合がありますが、仏法は根本的に納得できますね。
池田 これから夏休みは、家族で旅行する機会も多い。そんなとき、幼児が急に「ひきつけ」をおこした場合、どうしたらいいか。
屋嘉比 ひきつけをおこす子供はわりと多く、十人に一人は経験しているようです。まず、うろたえないことです。部屋を暗くして静かに寝かせておけば、普通は数分で回復します。
池田 舌を噛み切らないよう、ハンカチやガーゼなどを前歯で噛ませろといいますが。
屋嘉比 歯をガクガクさせて、舌を噛み切る危険性のある場合は、なにかを噛ませたほうがいいと思います。そうでない場合は、ムリにこじあけてまでする必要はありません。
私も、子供が四十度ちかい高熱を出して、ひきつけをおこし、あわてたことがありました。
そのときに、本当に自分のこととなると、医者とはいえども、やはり心細くなるものと、しみじみ思いました。(笑い)
ともかく、熱が出てきたら、ひきつけをおこすまえに、小児用の解熱剤をあたえ、頭を冷やすなどして、熱を下げることが大事です。
池田 なぜこんなことを聞くか、じつは理由があるんです。とくに若いお母さんに知っていただきたいからなのです。
それは、もう十数年前になりましょうか。大阪へ向かう車中だったと記憶していますが、私の五つくらい前の座席で、子供がひきつけをおこしたらしいのです。若い母親が突然、「子供がたいへんなんです。だれかきてください。お医者さんいませんか」と動転して、大きな声で叫びだした。すぐに連絡をうけた車掌さんも、大声で「どなたかお医者さんはいませんか」と呼びかけながら、車内を走っていく。周りにいた人も、どうしようもない。やっと二、三十分して、応急手当てをしておさまったことを、まざまざと覚えています。
屋嘉比 そんなことがあったのですか。
―― ぜんそくの発作の場合はどうですか。
屋嘉比 ぜんそくは、夏がいちばん少ないようです。ぜんそくの場合、座った姿勢のほうが、呼吸が楽になります。ふとんを積み重ねて、うつぶせに寄りかかれるようにしてあげ、背中をなでると楽なようです。
池田 法華経では、ぜんそくを「短気」、また御書には「せひせひ」ともいっていますが、私の父親もぜんそくでした。また私も、軽いぜんそくなんです。ときどき、胸をさすったり、背中をさすってもらう理由も、それなんです。
屋嘉比 ふつう、よくゼエゼエするんですが、先生の場合、いつお会いしても、わかりませんね。
池田 ところで子供が火傷した場合、家庭でできる手当てはどんなことがありますか。
屋嘉比 まず、ただちに患部を冷たい水につけ、冷やすことです。これはどんな火傷にも共通した処置です。
池田 それは、私がよく知っている夫婦がいる。これも十数年前でしたか、女の子がつまずいてヤカンをひっくり返してしまい、熱湯を浴びた。それを聞いて、本当に私は痛ましい思いをした。
屋嘉比 ああ、そうですか、気の毒ですね。
池田 若い母親はどうしていいかわからない。そこにお婆ちゃんがいて、応急手当てをしたそうだ。その手当てがあったので、ほとんどよくなったようです。ともかく母親は賢明でなければならない。
―― 男は外に出ていることが多いし、母親に任せる以外ないし……。
池田 先日、イギリスのサッカー場で、痛ましい火災事故がありましたね。
火だるまになって、芝生の上に逃げだしていった人が、テレビに映しだされていたが、こんな場合の応急処置はどうですか。
屋嘉比 あわてて脱衣させますと、皮膚がはがれたりして、かえって悪化します。服の上からどんどん水をかけ、そのあとで衣服をはさみで切り開くのが賢明な方法です。
池田 どれくらい、冷やす必要がありますか。
屋嘉比 症状にもよりますが、三十分から二、三時間ぐらい、冷やしたほうがよいといわれています。
また子供の場合、全体表面積の七分の一火傷しても、生命に危険があります。
広範囲に火傷した場合は、至急に医師の治療を受けねばなりません。
池田 夏休みは、海などでお子さんが溺れる場合もある。そんなときの応急手当ては……。
屋嘉比 まず、“気道”つまり口、鼻から肺までの空気の通路の確保が、大事な処置になります。片方の手で、首の後ろを持ち上げながら、もう一方の手で頭を後ろにそらす。これが基本的な形です。
呼吸停止の場合は、一分でも早く人工呼吸を行います。また心臓停止があれば、心臓マッサージを加えます。しかし、とくに水を吐かせる必要はありません。
池田 子供のころかかる病気にハシカがあるが、これは何歳ぐらいまでにかかるものですか。
屋嘉比 一歳から五歳にかけてかかるのが、最も多いようです。
一度かかると免疫を獲得しますから、二回以上かかることはまれです。
池田 なぜ子供のころかかる病気なんですか。
屋嘉比 それだけ、伝染力が強いといえます。
新生児の場合は、母体から免疫体を受けているので生後三カ月ぐらいまでは罹患しません。
その後、四カ月から六カ月ごろまでは、かかっても軽くすみます。
しかし、それ以後は免疫体もなくなりますから、ほとんどの人が幼児のころかかりますね。またハシカの流行は二年から四年ごとにあります。
池田 有名な「立正安国論」にもふれられている鎌倉時代の疫病のひとつに、このハシカがあったと研究した医学博士がいます。
それによると、ハシカの古名は「のけくさ」とも「のけほろし」ともいっていたが、鎌倉時代はすでに「はしか」と呼んでいた、とある。当然のことでしょうが、現在のような医学もないので、多くの生命が失われていったと記録されています。
屋嘉比 昔は、ハシカは肺炎なども併発したようです。この病気は「冷やしてはいけない」とよく言われてきました。
池田 いまは、ハシカは少ないようですが。
屋嘉比 ええ。ワクチンの普及によるものです。
―― いわゆる小児結核や、日本脳炎、ポリオ(脊髄性小児麻痺)なども少なくなりましたね。
屋嘉比 しかし現代は、新しい“弱い子”が増えてきています。関東地方のある県での調査でも、小学生の九・六パーセントは、こうした傾向があることがわかりました。
池田 特徴的な症状は……。
屋嘉比 カゼをひきやすい。ぜんそくや湿疹などのアレルギー。
また、腹痛、頭痛、食欲不振などの小児神経症的な症状。
さらに、寝起きが悪い、顔色が悪いといった自律神経失調症的な症状などです。
池田 最近よく聞きますね。原因は……。
屋嘉比 これは、都市化がすすみ、子供の遊び場がなくなってきていること、また心身ともにストレスが多くなっていることなどが指摘されています。
池田 具体的な解決方法はありますか。
屋嘉比 これはさまざまな要因がからみ合い、むずかしい問題です。ただ、こうした問題に取り組んできたある小児科医は、“丈夫な子を育てるためには、放任は別として、戸外で元気に遊ばせることが大事だ”と言っております。
7 自殺や事故の根本的内因
池田 この(一九八五年)五月二十九日の新聞に、厚生省の調査では、日本人は国民の約八〇パーセントが、健康や病気に関心をもっている。
また自分の健康状態が、よくないと思っている人が一六パーセントにものぼる、と出ておりましたが、実際どうなんですか。
屋嘉比 そうなんです。しかし、私は現実にはもっと多い気がします。
―― われわれサラリーマンも、とくに中高年層は、将来に対する不安を意識する人が増加しているというデータも出ています。
池田 屋嘉比さん、最近の大企業の診療所には、精神科医も担当するところが少なくない、と聞きましたが本当ですか。
屋嘉比 そのとおりです。これは以前にはなかったことです。
―― そういえば、この八年間ぐらい、自殺は年間二万人以上がつづき、戦後のワースト記録をつづけていますが、とくに昨年は管理職が多かった。また、お医者さんに多い……。
屋嘉比 医師もやはり責任が重いし、ストレスのたまる職業です。
池田 そこで医療を論ずる場合、忘れてならないのは、看護婦さんの存在です。
ある人いわく「看護婦さんはお医者以上に大切な存在である」と――。
しかし、看護婦さんも、どうも過重労働の傾向が強まっているようですが。
―― ええ。あるアンケート調査では、九六パーセントの看護婦さんが、「起床後も疲れが残る」「いつも疲れている」といった慢性疲労感を訴えています。
これは根本的には、政治の問題にもつながると思います。
屋嘉比 われわれだけではどうしようもない。世論の盛りあがりを期待します。
ともかく、健康という問題が、ますますクローズアップされる時代と思います。
池田 そこで現代病に関連して、もう少したずねたいことがあるんです。
現代社会の大きい問題に、交通事故がある。
そのなかで自動車事故の原因には酒酔いとか、技術の未熟とか、わき見運転とかいろいろあると思うが、その根本的傾向性を医学的にどうみますか。
屋嘉比 たいへんむずかしい問題です。医学の問題を通り越して心の問題になってくるのではないでしょうか。
池田 そうですね。屋嘉比さんは車に乗れるんですか。
屋嘉比 よく乗ります。先生はどうですか。
池田 いや、まったく運転できません。
―― 最近の交通安全白書によると、スピード違反、不注意、酒酔い、過労などの運転者の違反が、事故死の約九割を超えているようです。
それで、二十年間無事故で、警察からも表彰されたドライバーにも聞いてみましたが、彼は長年の経験から、もちろん不可抗力もあるが、事故は注意すればほとんど防げる、と強調していました。
屋嘉比 そうでしょうね。
池田 それとともに、交通事故の問題は、政治、経済、また科学や医学、心理学、法律等々のあらゆる角度から、総合的な解決の方途を探り出さなければならない現代病の一種といってもよいでしょう。
昨年も自動車事故で九千二百六十二人もの方が亡くなっている。まことに痛ましい。
私は専門家でないので詳しくはわかりませんが、ただひとつ言えることは、交通事故は、当然、根本的には「生命軽視」の風潮のひとつのあらわれであるにちがいない。
だがもう一歩深くみれば、そうした受動的な見方だけでは問題はいっこうに解決しない。
要するに私が言いたいのは、高度な技術進歩の時代というものは、裏を返せば、人間が「生命の尊厳性」を根本的に自覚していくことが、最も要請されると申しあげたい。
つまり、科学の進歩が人間を手段化するようなことがあってはならない。
社会の進歩とあいまって、過去のいかなる時代よりも、人間が生命という至上の価値を能動的に知悉し、行動していかねばならない。それなくしてなんの進歩か。ここにも「依正不二」という、仏法の重大な規範の必要性があるわけです。
―― 覚醒剤も大きな社会問題ですが、これはどんなものですか。
屋嘉比 本来、神経症や抑うつ症の治療に使います。これは薬理学的には、中枢神経系興奮薬といいます。
眠気や疲労感をとったり、多幸感、気分昂揚、活動性を増すといわれます。私は使ったことがないのでよくわかりませんが。(笑い)
池田 第二次大戦でドイツ空軍が用いたということを聞いたことがあるが。
屋嘉比 ええ、パイロットにベンゼドリンというのを用いたようです。
―― 最近でも、オリンピックなどでもスポーツ選手の覚醒剤使用が問題になりますね。
屋嘉比 これは一時的に効きますが、その後は、強い疲労倦怠感、無気力などが生じます。それで、また使いたくなり、中毒性精神病症状をおこします。これは恐ろしいもので、幻覚妄想による殺人、放火などの犯罪を生むこともあるのはよく知られているとおりです。
池田 法的規制は、どうなっていますか。
屋嘉比 厚生大臣または都道府県知事から指定を受けた者しか、扱うのは認められません。
しかし、この問題は、とくに青少年間でますます深刻化しており、重大な社会問題になっていますね。
池田 まったくそのとおりと思う。これは大人の責任です。絶対に覚醒剤は阻止しなければならない。個人の滅亡、国家の滅亡、人類の滅亡に通ずるからです。
そこで、もうひとつおうかがいしたいのですが、一九八三年の統計によれば、自殺が交通事故死の二倍にもなっている。自殺の、医学的な、また本質的な原因をどのようにみますか。
屋嘉比 これはむずかしい問題です。
精神医学的には、自殺する人には直接の動機とは別に、自殺傾向があるといわれます。
この自殺傾向を形成する要因は、大別して、社会的・環境的要因、また個人の性格や生活、既往歴などの要因、また自殺を企てる心理的要因などが考えられます。
池田 そうでしょうね。現代社会にこうした自殺傾向を助長する要因が増えていることは事実でしょう。ただ私は、もっと深い要因を考えなくてはならないと思いますが。
屋嘉比 そうですね。数年前、同じ医学を志す私の知人が自殺した。ふだんは、まったくそんな気配もなかったのですが……、ショックでした。
これは医学的次元では、どうしてもとらえきれない問題があると思います。
池田 つまり潜在する内因に対して、なんらかの外縁があったとき、自殺という行為があらわれてくるということもいえるのでしょうね。
―― 自殺の予防策はあるのでしょうか。
屋嘉比 先進国では、道徳論のうえから自殺防止を訴えたり、法律をつくったり、福祉を増進させたりしていますが、いっこうに予防できないのが現状です。
―― WHO(世界保健機構)の発表では、世界中で毎日一千人が自殺し、未遂は一万人を上回るとあったのですが、多いですね。
池田 ですから、制度や社会的側面からの努力も当然大切である。とともに、人間に不幸をもたらす根本的内因を変革しゆくことが、ここでも重要な課題と、私は思いますね。
ともかく、人間の「死」の姿というものも、これまたさまざまである。
先日も南大夕張炭砿の痛ましい事故があった。私は仏法者ですから、こうした事故などで亡くなった方々に、いつも唱題させていただいています。
仏法は、さまざまな姿で亡くなったとしても、追善という深き方軌により、すべての人がまた次の新しき蘇生への道を歩みゆくことができる法理を、提示しております。
これはまことに意義があると、私は思っている。
8 現代病を最大限に防ぐ法
池田 日本人の三大死因は、ガン、脳卒中、心臓病ですが、これを最大限に防ぐ方法はどうですか。
屋嘉比 予防となれば、やはり食事がポイントになりますね。三年前、アメリカの国立ガン研究所も食事内容がガンになる因子を排除する基本であると、報告しています。
池田 他の二つの病気はどうですか。
屋嘉比 脳血管疾患と心疾患の原因となる高血圧症や動脈硬化症を防ぐのも、食生活の配慮が第一歩になってきます。
池田 すると具体的には、どのように気をつければいいのか。
屋嘉比 第一に、肉食を少なくして野菜を多くとる。第二に塩分はひかえめにする。第三に過度の飲酒、喫煙など刺激物を避けて、睡眠を十分にとるよう心がけること。これが基本になります。
池田 でしょうね。私は目下のところ、全部落第ですね。(大笑い)
よく生野菜を食べるように、女房から言われますが。
屋嘉比 ビタミンAやCやEは発ガンを抑制すると言われています。とくに緑黄色野菜は、ガンの予防にいいようです。
また動物性脂肪を多量にとる人は、ガンの発生、また血管、血圧の疾病にかかりやすいといえます。
池田 ほかにも注意することはありますか。
屋嘉比 やはり、精神的要因も重要になってくると思います。
ストレスと病気という問題も、現代医学の大きなテーマです。
池田 たまに、友人などが心筋梗塞になったことを聞いたりする。
この発作の場合は、どう対応したらよいか。
屋嘉比 心筋梗塞は、発病初期の危機を乗り越えることができれば、多くは助かります。ですから、一刻も早く救急車の手配をし、CCUという特別な設備のある病院に運ぶことです。
池田 なにか注意することは……。
屋嘉比 この病気は発作をおこすまえに、なにか前兆があるはずです。
たとえば、スポーツや階段を駆けのぼったりしたときに、前胸部の痛みや圧迫感などを感じたら、ムリをせず、医師に診てもらうことが大事を防ぐことになります。
池田 現代人はあまり歩かない。足の退化は健康によくない。(笑い)
一日、何歩ぐらい歩けばいいのか。
屋嘉比 その人の健康状態にもよりますが、最低一万歩とする意見があります。
池田 なるほど。これもまったく落第だ(爆笑)。どのくらいの時間、歩けばいいのか。
屋嘉比 散歩ていどですと、百五十分ぐらいかかるようです。
ただ、だれもが毎日そんなに散歩の時間をとることはできません。主婦の場合は台所や買い物、またサラリーマンは社内や通勤などで、身体を動かしている時間が百五十分を超えると、一万歩ぐらいになるようです。
池田 一万歩というのは、医学的になにか裏づけがあるのですか。
屋嘉比 信頼できる統計によりますと、一日一万歩歩いている人は、循環器系の成人病が抑えられていることが明らかです。
もちろん、心臓の負担には個人差があります。その人の体調や年齢の差もありますから、いきなり一日一万歩を歩いても、逆効果になる場合があります。
池田 でしょうね。私も万歩計を持って、努力するか……。(笑い)
屋嘉比 ただ同じ歩くのでも、速足のほうが効果があるようです。また歩幅をとる歩き方のほうが、新陳代謝や心臓の働きの強化になると、同僚の専門医も強調しています。
池田 では足の話のついでに、水虫の人が意外と多いが(笑い)、治療はどうしたらよいか。
屋嘉比 水虫は、カビの一種である白癬菌が原因となる皮膚病です。治療法は、カビですからまず乾燥させること。そして塗り薬を根気よく塗ることが大切となります。
―― 市販の薬をつけて、かえって、悪くなったという人もいますが。
屋嘉比 それは薬の使い方が適切でなかったため、かぶれたり、余計に刺激したりして、二次感染をおこしたためでしょう。
足の指の間が割れて、ジクジクしている場合は、専門医に診てもらうべきです。
池田 もう少し身近なことをうかがいますが、当然、これも個人差があるでしょうが、お風呂は何度ぐらいが適温なんですか。
屋嘉比 ふつうは、四十~四十二度ぐらいが適温とされます。
ただ、体調によって適温も変わるようです。
池田 よく、“一番湯”はよくないといわれますが。
屋嘉比 まだだれも入ってないお湯は、熱の伝わり方が強いので、心臓に負担をかけることになるからです。
―― “江戸っ子は熱湯が好きだ”なんていうんですが。(笑い)
屋嘉比 お年寄りや病気の人は、避けたほうがよいでしょう。同じ意味で、高血圧や心臓病の気のある人などは、ぬるい湯のほうがよいようです。また、不眠症の人は、寝るまえにお風呂に入って身体を温めると、寝やすくなります。これは筋肉をほぐすことによって、自律神経のバランスが変わるからです。
―― では、老化の問題で多少ふれましたが、よく政治家は七十歳を過ぎても元気だといわれる。これはどうなんですか。(笑い)
池田 いや、そういう人もいるが、むしろ政治そのものが高齢者の仕事となってしまってきた。ですから、激しい生存競争に勝ちぬいた人が残ったと、私はみたい。
どこの世界でも全員がまったくの健康というわけにはいかないでしょう。どうでしょうか。
屋嘉比 そう思います。ただ、人よりも頭を使い、大きい仕事をしているという精神的側面が、その人の健康を支えていることはあると思います。
―― 俗に“悪人は長生きする”などといいますが(笑い)、私はどうも、善人よりも悪人のほうが丈夫なような感じをもちますが。(笑い)
池田 そうかもしれない(笑い)。文化が発達する以前は、人間性よりも武力、いわば獣性を強くもっていた人間のほうが勝ち残っていったのは事実だ。
ですから高度な教養性、精神性、また文化的なものが従になっているあいだは、真実の意味の進歩的社会とはいえない。
また、もうひとつの側面としては、現代のような文化・文明の進歩が、逆に人間のなかの攻撃性を誘発し、獣性に対する歯止めがきかなくなってきているということも、鋭く見ていかねばならないでしょう。
9 より深き人生を志向する健康観
―― ところで、家庭常備の医学書がよくある。うちにもあります。こういうハウツーものはたいへん便利です。ただそれだけの素人判断では、むずかしい場合があると思いますが。
屋嘉比 そのとおりだと思います。
ひとつの病にもさまざまな複合的な問題があるわけです。
たとえばタンに血がまじっているだけで、本に出ているからと、すぐ肺ガンと勘違いする人もいます。やはり医師の診断が大事でしょう。
池田 そのへんの賢明な使いわけが、大切となってくるわけですね。
ま、一事が万事で、これは人生万般にも通ずることでしょう。
―― 健康書がよく読まれるのも、裏返せば、それだけ健康に対する不安感が増大している証左でしょうね。
池田 これは現代と未来の重大な課題でしょう。
いわゆる「身体的健康」「心の健康」「社会的健康」。
この三つの問題は、社会が複雑になればなるほど、むずかしくなる。
―― まったく「健康とはいったいなんなのか」ということが、問われる時代に入ってきた。この点、仏法者である池田先生はどうみられますか。
池田 いや、これはもう屋嘉比さんの専門分野でしょう。(笑い)
要約していえば、法華経では「命濁」(生命自体の濁り)、「見濁」(思想の濁り)、「煩悩濁」(本能的な迷い)、「衆生濁」(人間社会の濁り)、「劫濁」(時代の濁り)の「五濁」という、多重なる次元の連関性と全体観のうえから、人間の「病」ということもとらえているわけです。
屋嘉比 よくわかります。
池田 そこで、一般論的にも「健康」、つまりhealthという英語の語源には「全体」、また「完全」という意味もあるようだ。ですから、まず「色心」ともに、つまり「身体」と「心」がともに健康でなければならない。
屋嘉比 たんに検査で異常がないというだけでなく、生きいきと社会のなかで活躍していく姿に、本来の健康の意義があると思います。
―― では「病気」という言葉はどうでしょうか。
池田 いや、これも屋嘉比さんの分野ですが、また専門的にはいろいろな定義があると思いますが、「病気」(disease)とは「安楽の欠如」という、古代フランス語に由来していることから考えていただきたい。
屋嘉比 医学者としても、両方ともなにかしら深い人間生命への思索と、直観が込められているように、私は強く感じられてなりません。
池田 この「安楽」という言葉は、法華経の「安楽行品」という経典にあります。
これには甚深の義がありますが、人生、生活の一次元でいえば、「安楽」とは苦難を避けていくことではない。その苦難の連続をも悠々と乗り越えゆくなかにこそ、じつは真実の人生の「安楽」があるという、達観した境涯のことと思います。
屋嘉比 仏法は、一つひとつの言葉のなかに、じつに深い意義が込められていますね。
池田 ともかく屋嘉比さん、生命の「生」と「老」と「病」と「死」という問題は、いつになっても永遠の課題であり、最も重大な問題ですね。
屋嘉比 私は、その「病」の問題解決に、一生を賭けようと思って医者になりました。
しかし、探究すればするほど、医学の限界を感じてならないんです。
池田 謙虚な言葉です。
屋嘉比 人間なにをするにも、行動の根本は健康でなくてはならない。
池田 まったく同感です。
べルクソンの言葉ではないけれども、健康とは「行動への意欲をもち、社会生活に柔軟に適合しながらさらに歴史創造への理想をもつ」ということになりますからね。
このベルクソンの言葉は、私が青春時代から大好きな言葉でした。
そこで入信当初、仏法の奥義のひとつに「上行」「無辺行」「浄行」「安立行」という法華経の経文がありますが、この意義について、たいへんに感動したことをよく覚えております。
つまりこれは、別しては、仏の「常楽我浄」の「四徳」。総じては、一切の生命がもつ徳用をあらわしている。
屋嘉比 たしかに、文字だけを見ても、なにか生命自体の素晴らしい躍動感を感じますね。
ぜひ、この「上行」「無辺行」「浄行」「安立行」ということについても、生命論のうえから、なにかの機会に論じていただければ、ありがたいと思いますが。
池田 よくわかりました。またいつかいたしましょう。たしかに、これを解釈するには、重々の論議が必要となってきます。
ただ、ベルクソンの思索が、この奥義の一端に近づいていることだけはいえると思うのです。
また、仏法の、「浅きを去つて深きに就くは丈夫の心なり」という言葉も、私が感銘した一節です。
「浅き」とは浅き教えである。「深き」とは法華経である。末法においては「妙法」である。
またこの大法を、世界に流布しゆく行動の意義も含まれている。
ですから、次元を変えてみれば、浅き人生観からより深き人生観へと、常に志向しゆくことが大切なことともとらえることができる。
そこに、自身の人生の確かなる充実感と向上があるということにもなるでしょう。