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日蓮大聖人・池田大作

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第七章 生命の法理「蓮華」  

「生命と仏法を語る」(池田大作全集第11)

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1  古代インドの蓮華観
 ── この章では、ぜひとも「蓮華」について論じていただきたいと思います。
 そこで「蓮華の法」、すなわち「因果倶時の法」が仏法の根本課題となるようですが、そのまえに、蓮華の“花”について、まず、お話をつづけていただければと思いますが。
 池田 わかりました。
 仏法では経釈に、「易解の蓮華を以て難解の蓮華に喩う」とあるごとく、「難解」の「法蓮華」に対し、その譬えとしての一般的な草花の蓮華を、「譬喩蓮華」ともとらえております。
 屋嘉比 最初にうかがいたいのは、何年ぐらい前から蓮華があったか……。
 池田 発見されている最も古い化石は、白亜紀で、ま、一億数千万年ぐらい前のもののようです。
 屋嘉比 古いもんですね。どのへんから出土したのですか。
 池田 よくわかりませんが、欧州かカナダあたりのようです。
 日本においては、北海道で白亜紀後期のものがあったと、読んだことがある。
 さらに京都方面でも、一万年ないし二万年前のものが見つかったということも、記されているようです。しかもこれは、現在のハスと同種類ということなんですがね。
 屋嘉比 はあ、仏教発祥の地・インドではどうですか。
 池田 私は専門家ではないので、多少違ってもご了承願いたいのですが。(笑い)
 インダス文明(紀元前三〇〇〇年から一五〇〇年)の有名なモヘンジョダロ遺跡のなかに大浴場があって、これがプシュカラ、日本語では「蓮池」と呼ばれていたようです。そこで発掘された母神像が、頭にハスの花飾りをつけていたということは、よく知られております。
 ── それは、アメリカのボストン美術館に展示されているようですよ。
 池田 そう聞いています。
 当時は、大浴場といっても、人々の斎戒沐浴の神聖な場であったんでしょう。
 ── さきごろ、名誉会長は、インドの著名な思想家であるカラン・シン博士と会談されたようですが……。
 池田 三度目の会談をしました。ご夫妻とも、よく存じあげています。今回の来日の目的は、京都の国際会議に出席するためだったようで、お互いに忙しくて神戸で会いました。
 ── 蓮華の花についても、いろいろ、語り合われたようですが。
 池田 私は、インド全域にハスの花があると思っていたんですが、博士は、「そうではない」と答えていた。釈尊が活動したひとつの領域である、ネパールを含むヒマラヤ山脈のあたりにしかない、という話で、たいへん驚いたんです。
 屋嘉比 仏教国であった古代インドには、どこの地方にも、ハスの花が咲いていたと思ってましたが、そうではなかったのですね。
 池田 それで博士は、インドにおけるハスについての意義を、六種類に分けて言われていた。いろいろの角度から見たハスの見方とも思えるが、ある一つの見方として紹介したい。若干、理解しがたい点もありましたが……。
 一つには、「生産」「繁栄」「長生き」という意義がある。
 二つには、蓮華から「梵」、宇宙の創造者が生まれる。
 三つには、哲学、思想的な意味となるが、蓮華の花は泥のなかから生じる。美しくないものでも、美しいものを生むことができる。
 四つには、蓮華は水のなかにあって、常に乾いている。これは人生のさまざまな輪廻に、影響されないことをあらわす。
 五つには、サンスクリット語の誉め言葉として、女性の美しい眼を、蓮華のような目という。
 六つには、蓮華の花は夜にはしぼむ、朝、太陽を迎えて咲く。
 これは神聖にして崇高な思想に、人の心は開くということをあらわす、と言っていました。
 屋嘉比 日本人からみた蓮華観と、インドという国土に根ざした考え方とは、とらえ方に相違があったとしても、なんら不思議はないと思います。
 池田 私もそう思います。インド最古の宗教文献といわれる『リグ・ヴェーダ』には、すでに蓮華のことが出ておりますし、博士の言う蓮華の広範にわたるとらえ方も、古代インドの蓮華観にもとづいたものといってよいでしょう。
2  世界的にも尊ばれた蓮華の花
 屋嘉比 中国はどうでしょうか。
 池田 昔から、黄河の流域には、数多く蓮華が繁茂していたようです。
 宋の周茂叔の名文「愛蓮の説」のなかにもみられるように、古来、その高貴にして崇高な花の姿から、「君子の花」といわれてきたのはご存じのとおりです。
 ── それは有名です。
 池田 ですから、ハスの実を人にあたえるのは、「君子の交わり」を意味しています。
 さらに中国では長く、ハスはめでたい花として慶事に用いられたり、尊貴な子供たちが誕生する象徴とされた、ということですね。
 ── 素晴らしい女性を「芙蓉の人」と言いますが、中国では芙蓉とは、これまた蓮華の花のことを言っていたようですね。
 屋嘉比 インド、中国以外ではどうですか。
 池田 詳しく調べたわけではありませんが、歴史的にみても、世界の文明発祥の地では、昔から、人々が蓮華を尊重したという記録が残っているようです。
 屋嘉比 やはり、なにか素朴な、宗教的なものがあったのでしょうか。
 池田 そのようです。そのひとつの例として、エジプトでは、ピラミッドのなかから、壁画やパピルスに記された、蓮華の象形文字が、数多く発見されている。
 そのなかには、蓮華を、無量の寿命をあたえる神の象徴としているくだりもあると、なにかで読んだ記憶がありますが。
 屋嘉比 ほかにも、なにかありますか。
 池田 いろいろあるようですが、エジプト文明では、「蓮花柱頭」という蓮華をのせた柱が、神殿遺跡から発見されているのは有名ですね。
 また、建築、美術などにも、ロータス(睡蓮)が描かれている。
 朝日とともに、母なるナイルに群れなすロータスが、いっせいに花開く。
 古代エジプト人には、その神秘的な姿を、生命の“再生の象徴”とみる思考性が、深く根づいていたんではないでしょうか。
 屋嘉比 昔の人々は、電気やコンピューターはなかったが(笑い)、草花などの自然に対する鋭く豊かな情感が、私には伝わってくるようです。
 ── この古代エジプト文明は、つまりギリシャ文明へと受け継がれてくる。
 池田 そうですね。その影響でしょうか、古代ギリシャのオリュンポスの神殿などでも、唐草模様に蓮華を配した文様が飾られていますね。
 ── アレキサンダー大王のインド遠征を端緒として、仏教文化とギリシャ文明が融合し、有名なガンダーラ美術が成立したことは、歴史的事実です。
 池田 そのとおりです。このガンダーラ美術が、シルクロードを通り、中国大陸、朝鮮半島を経由して、日本の飛鳥、白鳳、天平文化の開花となったわけです。
 ガンダーラの美術にも、中国にも、当時の日本の美術にも、「蓮華文」が数多く見られるのはよく知られている。
 二、三年前でしたか、中国の敦煌研究所から莫高窟の天井の模写絵をいただいた。
 そこにも「蓮華模様」が出ていて、私はたいへん興味ぶかく見ました。
 ── アレキサンダーのインド遠征から少したった時代の、ギリシャの「王」と「仏教者」の対話である有名な「ミリンダ王の問い」にも、蓮華が登場していますが。
 池田 この対話では、「蓮華」が「法」の偉大さを譬えるものとして論じられている。
 この仏僧ナーガ・セーナとの対話をとおし、ギリシャのミリンダ王が仏教に帰依したのは、歴史上よく知られておりますね。
 屋嘉比 日本では、なにか文献はありますか。
 池田 よくわからないのですが、蓮華の花が開いた模様を上から見たのを、「蓮華文」といいます。これが非常に似ていることから、「菊花紋」に影響をあたえたのではないか、とハスの研究で有名な大賀博士は推測されている。
 文献的には『万葉集』などにも、蓮華を称えたものが数多くみられます。
 また清少納言の『枕草子』のなかで、「蓮はよろずの草よりもすぐれてめでたし」とあるのは、よく知られた言葉です。
 ── 奈良時代の『風土記』などにも出てくるようですが。
 池田 そうそう。江戸時代の、漢詩や庶民の俳句にも、多く見られますね。
 屋嘉比 たしかにわれわれ日本人にも、桜や梅などとはひと味違って、蓮華は清浄なる花、法の花というイメージがあります。
 同じように蓮華は、各国共通に、なにかしら尊び、慈しまれてきた花であったわけですね。
 池田 そう思います。
 ── すると、世界の国々のなかで、ハスの花が多いところは、どの辺ですか。
 いや、そのまえに、どういう種類の花があるんですか。
 池田 ハスには、東洋産種とアメリカ産種の二種類がある、といわれてきているようです。
 そこで、東洋産種は、白と赤(淡紅色)の花の色をもっています。また、まれに青の花色をもったものもあるようです。
 その分布は、事典などによると、オーストラリア北部、インドネシア、インド、パキスタン、イラン(カスピ海南岸)、トルキスタン、中国、台湾、日本のようです。
 屋嘉比 アメリカ産種は……。
 池田 黄色い花をしていて、アメリカ大陸のミシシッピ川の流域とか、赤道付近などに分布している、と出ています。
 屋嘉比 すると、世界全体というわけではないのですね。
 池田 どうもそのようです。ただ、テレビで、ソ連の大きい沼にハスが絢爛と咲いているのを見たことがあります。定かではありませんが、私は、今日ではまだ広がっている気がします。
 また、化石はヨーロッパ、カナダ方面などから出土した記録もありますから、世界的な広がりが、一時はあったような気がするんです。
 私は専門家でないので、これはなんとも言えません。
3  少年時代のハスの思い出
 ── ハスの研究で有名なのは、やはり大賀一郎博士ですが、博士は、明治十六年の生まれで、八十一歳という長寿の方でした。
 屋嘉比 大賀博士が、ハスの研究に夢中になったのは、なにが動機だったのでしょうか。
 池田 よくわかりませんが、ただ一般的にいわれるのは、東京帝大の学生だったころ、担当教授からハスについて研究してみてはどうか、と言われたのがキッカケだったと、読んだことがあります。そのときは、アサガオについての卒業論文に取り組んでいたようです。
 屋嘉比 どこの出身の方ですか。以前から、ハスに興味があったんでしょうかね。
 池田 そう思います。郷里は岡山で、なにか、小学校に通っているころ、城の大きな外堀一面に、白蓮華が咲いていた。そこにまじって、紅蓮華が咲いているのを見て、心を魅かれた、というくだりを読んだことがあります。
 ── そういえば、フランス印象派のモネは、十九世紀を代表する画家として、あまりにも有名ですが、彼の晩年の傑作に、「睡蓮」の絵がありますね。
 池田 有名な絵です。
 その中の一点は、もう十数年前でしたか、倉敷の大原美術館で見て感動しました。
 屋嘉比 たしか、先生がその絵について、フランス・アカデミーの会員のルネ・ユイグ氏と意見を交わされた本を読んだことがありますが……。
 ── 対談集『闇は暁を求めて』のなかに載っていたと思います。
 池田 ユイグ氏とは、日本でもフランスでも何回となくお会いしています。現代フランス屈指の美術史家です。
 氏の話では、モネの家には、セーヌ川の支流が流れていたそうです。その川を利用し、モネは小さな池をつくり、そこにいっぱい睡蓮を植えた。また、池には橋がかかっていて、それがひと目で、日本の庭園をモデルにしたとわかるものだったようです。
 ── 美しい話ですね。
 池田 ユイグ氏の表現をお借りすれば(笑い)、晩年のモネは、その水辺にかがみこみ、睡蓮が一面に浮かぶ水の表面が空であるかのように見えるまで、すべてが一つになる瞬間まで、鏡のような水面をじっと凝視しつづけた、ということです。
 ── すぐれた芸術家の、とぎすまされた感性が、睡蓮をとおし、見事な「美」の結晶を描きあげたともいえますね。
 池田 そうなんでしょう。ユイグ氏は、このモネの一枚の絵が、東洋の最も伝統的な絵画にみられる世界観と、見事に一つに結びつく、とも言っておりました。
 つまり、「文化や文明によってつくられた相違点の背後に、一つの基体が見いだされ、その深層部のなかに同一性が認められるのは当然のことなのです」と、ユイグ氏は力説している。
 この話は、私は仏法者として、ことさら印象的であった……。
 屋嘉比 先生とハスの花との出合いはありますか。(笑い)
 池田 いや、私のは平凡なもんで、あまり素晴らしい出合いなんかありませんが(笑い)、ただ、少年時代に、強烈に印象に残っていることがあります。
 屋嘉比 おいくつぐらいのときですか。
 池田 小学校五年のときです。当時は日中戦争が勃発し、昔流でいえば、蒲田区糀谷三丁目に長く住んでいた私の一家は、その家を軍需工場に売却し、糀谷二丁目に移りました。
 その家も、やがて強制疎開させられましたが……その家の隣に、ハスの池があったのです。その池に数百本は優にあったでしょう。ハスの花が見事に開いたときの光景は、一生涯、私の脳裏から消えないでしょう。それからというもの、毎年咲くのが待ち遠しかった。
 その土地も、やがて、時代の流れでしょう。新しい家屋が建って、そのときは本当に寂しかった。
 ── 蒲田という名称は、昔は多摩川の下流で、「蒲の穂」が繁茂していた湿地帯であったことに、由来していたようですが。
 池田 そのとおりです。いまの信濃町に越してくるまえ、十数年間住んでいた、大田区小林町の家の近くに、池上線の蓮沼という駅があります。
 ここらへんも、太古に多摩川の水路が通り、ハスが浮かぶ沼地であったようです。
 昭和十年ごろまで、その面影が残っていたと、近くに長く住んでいる義母が言っていたことがありますが、私が住んだころは、もう池も沼もありませんでしたね。
 ── ハスの花は咲くときに、「ポン」という音がすると、よくいいますが。
 池田 私も子供心に、音がするかどうか、朝早く起きて聞こうとしたが、聞くことはできなかった。ですから「ポン」というかどうか、私はわからない。
 ただ想像するに、あの見事な花ビラをもつ蓮華の花が、瞬間、開くときに「ポン」という音がする感じは、ないとはいえませんからね。
 大賀博士の、ある実験の記録に、ハスが開花するとき、「カッカッ」「トットッ」「コッコッ」という、花弁のかすかな摩擦音を断続的に捕捉したと書いてあった。俗にいう「ポン」という音ではなかったようですね。
 ── 一本の茎で、いくつぐらいの花と実がなるのですか。
 池田 これは、いわゆる一茎に一花となるわけです。
 屋嘉比 どんな、どれくらいの大きさですか。
 池田 直径十センチから二十五センチぐらいの花といわれていますが。また双頭蓮、多頭蓮といった、一つの茎から二つの花をつけたり、多くの花をつけるのもあります。
 これらは妙蓮ともいわれ、古来からとくに尊重されてきているようです。
 屋嘉比 実の数はどうですか。
 池田 文献には、花托の穴は多数あって、一花について二十個から三十五個ぐらいの果実がとれるといわれてます。私も、ハスの実をとった思い出がありますが、そう記憶しています。
 ── いつごろ、花がいちばん開くのですか。
 池田 多少の違いはあると思いますが、大賀博士の研究によれば、わが国では、六月下旬から九月上旬ごろのようです。また開花期間は、だいたい四日間ではないかといわれています。
 屋嘉比 すると、朝方、何時ごろ咲くのですか。
 池田 定説的にいわれるのは、朝日をうけて開き、午後には閉じる。三日目まで花の生長があるが、四日目の午後には散ってしまう、というふうに記憶しています。
4  「千葉」という地名の由来
 ── 蓮華にちなんだ地名も多いですね。
 池田 そのようです。ちょっと調べてもらったのでも、蓮沼以外にも蓮根(板橋)、蓮田(埼玉、北九州)、蓮台野(京都)、蓮太郎温泉(宮崎)、蓮池(佐賀)、蓮見(鳥取)、蓮原(鳥取)、蓮華山(山口)、蓮(三重)、大蓮(大阪)、蓮川(三重)、蓮華温泉(新潟)等々、いろいろありますね。まだこれ以外にもあるかもしれませんが。
 屋嘉比 よく調べられましたね。みな、ハスがあったのでしょう。
 ── 千葉県の「千葉」という名称の由来も諸説あるようですが、「千葉の蓮華」からきているという説が、有力のようですが。
 屋嘉比 「千葉」というのは、私は草木の葉が繁茂したさまを形容したものと思ってましたが……。
 ── それもありますが、千葉という土地柄もご承知のとおり、検見川遺跡から、大賀ハスの種が発掘されたり、古代から、ハスの多いところだったようです。
 これは、まえの対談(『「仏法と宇宙」を語る』)の司会者であった志村さんが調べたのですが、古書(『甲寅紀行』)には、「千葉」という名称の由来が、「此地は千葉の蓮花生出」という伝説による、とあるそうです。
 また別の古文書(『妙見実録千集記』)には、「池田の池とて清浄の池あり。此の池に蓮の花千葉に咲けり」とも記されています。
 本当かどうか、私も見せてもらいました。(笑い)
 池田
 池田
 いまの千葉県庁舎は、取材によると、この池の跡に建てられた、ということです。
 屋嘉比
 池田 富士山も、正式の名称は「大日蓮華山」といいます。古文書には「形、蓮華に似たり。絶頂に八葉あり」とあり、古詩にも「嶺は八葉に分れて雪華重なる」とあります。
 屋嘉比 なるほど不思議ですね。「千葉の蓮華」について、仏法ではなにかありますか。
 池田 いくつかありますが、法華経の「提婆達多品第十二」に、「千葉の蓮華の、大いさ車輪の如くなる」とあります。
 この大きな車輪のごとき「千葉の蓮華」とは、簡単に言えば、広大無辺な仏の悟りの境界、世界をあらわしていると、私はとっております。
 屋嘉比 なるほど、やはり仏法では、深い次元からのとらえ方へと、入っていくわけですね。
 池田 ともあれ、いままで話し合ったように、どこの国でも、いずこのいずれの時代でも、蓮華を珍重していたことだけは事実のようです。
 ── 他の花は、国や時代によって、意味合いが変わる場合もあるようですが。
 池田 そう思います。二十年ほど前、初めてポルトガルに行ったとき、こんなことがありました。菊の花をお客にさしあげようと思い、花屋に行ったら、日本人の大使館員の方だったか、駐在員の方だったか、いけないと言うんです。
 菊は、日本では御紋章とかに使われ、めでたい花だが、ポルトガルでは葬式のときに用いる花で、悲しさとか寂しさを託してるんです、と言われビックリしたことがあります。
 屋嘉比
 池田 ですから仏法が、この「譬喩蓮華」をとおし、「法蓮華」を説かんとする意義も、私にはよくうなずける気がします。
5  鳩摩羅什の見事な翻訳
 ── そこで、いわゆる仏法の真髄である「法蓮華」すなわち「因果倶時」の法についてですが……。
 屋嘉比 法華経には、この「法蓮華」について、どういう経文がありますか。
 池田 それは、有名なのは「従地涌出品第十五」に説かれている。
 「蓮華の水に在るが如し」いわゆる「如蓮華在水」という経文です。
 この意味を簡単に申しあげますと、混濁した現実社会にあっても、「蓮華の法」を持った人は、あたかも、泥水のなかに咲く清浄な蓮華のごとく、尊貴にして力強い生命をもちながら、清らかな人生を開花させ、高貴な香りをたたえながら生きぬいていける、ということです。
 この「蓮華の法」とは、すなわち妙法ということです。
 屋嘉比 現実社会に生きゆき、変革をめざすのは、絶対に正しき人生のあり方と、私も思います。
 池田 これは「淤泥不染」の徳ともいわれております。
 屋嘉比 すると蓮華そのものについて、法華経に何か説かれているんですか。
 池田 いや、蓮華そのものについては、詳しくは説いておりません。
 ただ大事なのは、「妙法蓮華経」という題号に一切の諸法が含まれてくるわけです。
 屋嘉比 どのような……。
 池田 いわゆる法華経の原典であるサンスクリット語では、「妙法蓮華経」は、「サッダルマ・プンダリーカ・スートラ」となっております。
 屋嘉比 その意味は……。
 池田 これを直訳しますと、「白蓮のごとく正しい教え」ということです。
 ところが、法華経を漢訳した有名な中国の鳩摩羅什が、この直訳を、ご存じのように、「妙法蓮華経」と、見事に訳し遂げたのです。いまから一千五百年以上も前のことと思いますが。
 屋嘉比 「白蓮のごとく正しい教え」という直訳の意味は、どういうことでしょうか。
 池田 まあ、わかりやすく言えば、「白蓮」とは、清らかさ、尊さを象徴しています。
 ですから「正しい教え」とは、仏法真実の教えは、類なく清らかで尊貴さを含んでいるということです。
 ── 二祖日興上人は、「白蓮阿闍梨」といいますが。
 池田 そのとおりです。一般的に「阿闍梨」とは、「アーチャールヤ」という梵語で、聖者、尊者、教授、正行という意味になります。弟子を教え導く、高徳の僧ということです。
 屋嘉比 梵語の音訳なわけですね。
 池田 ですから、日蓮大聖人の大白法を、そのまま受け継がれた二祖日興上人のお名前は、たいへん深い意義をもっていると思います。
 私は、この信仰を始めたとき、このことにたいへん感銘したことを、よく覚えています。
 屋嘉比 鳩摩羅什の訳はなぜ、名訳といえるんですか。
 池田 法華経の訳には、古来「六訳」といって、六種の訳本があったようです。これは一般的にも研究されています。そのなかでもこの羅什の訳は、最もすぐれているとされている。
 その理由のひとつは、その訳自体が、法華経は「八万法蔵」のなかで、完全に王座を占めているという位置を、明確にしたからです。
 屋嘉比 すると、ほかの訳とどこが違っていたんですか。
 池田 この鳩摩羅什については、東洋哲学研究所の本のなかで、研究員の松本和夫君と縷々語り合いましたので、略させていただきますが、もしかのときは、それを読んでください。(笑い)
 羅什は、いわゆる法華経の正統派ともいうべき竜樹菩薩らが、大乗仏教の極理を体系化した思想、法理を、深く深く信じ、研究しきったからでしょう。
 そこには、まったく安易な我見とか、感情論などは、微塵もなかったといってよい。
 屋嘉比 すると、鳩摩羅什がもしいなかったら、真実の法華経が完璧に伝えられなかった、とみることができるわけですね。
 池田 そう思います。不思議な因縁というか仏縁というか、やはりその時代、時代に、不思議な人物が必ず出るものです。
 ── それこそ、不可思議なる法ですね。(笑い)
 池田 ひとつの例として、竜樹菩薩は、よく仏像に蓮台がある姿について、彼の有名な『大智度論』のなかで、「蓮華は……妙法の座を荘厳するをもっての故なり」という考え方に立っている。
 羅什三蔵は、こうした大乗経の正統派のうえに立脚し、「白蓮のごとく正しい教え」を思索し、体得していったのでしょう。
 彼は法華経がいわんとした“生命の真実相・究極の実在”というものを、一言にして「妙法蓮華経」ととらえきったと、私は考えているのですが。
 屋嘉比 すると、法華経の原典の題号である「白蓮のごとく正しい教え」が何を意味するか、法華経の経文を読んでも、わからないんですか。
 池田 文の上からも、それなりのものはわかるかもしれない。しかし、法華経の文の底に秘沈された根本の「大法」はわからないでしょう。そこに深い意義が、じつはあるんです。
 ただ当時、羅什の翻訳で、法華経を初めて知った中国の人々は、こんなにすごい理論体系の仏典があったのかと、たいへんに驚いたようです。
 そして法華経を、「万善同帰教」と名づけたと伝えられております。
 屋嘉比 たいへんに理路整然としている。しかし、それだけではわからない極理が、さらに含まれている、というわけですか。
 池田 じつはそうなんです。私も信仰し研究してわかったことなんです。
 一般の人々が、長年のあいだ教えこまれ、とらわれてきた、いわゆる表面的な仏教観、法華経観というものがあることは、否定しえない事実です。ですから、さまざまな疑問をいだいたり、反発したりする理由も、私はよくわかるんです。(笑い)──すると、真実の仏教観、法華経観とは……。
 池田 日蓮大聖人が、仏法哲理の奥義、真髄を、第二祖日興上人に相伝された「御義口伝」において、初めて、その深義が明らかにされています。
 ── その「御義口伝」は、もう二十数年前になりますが、池田先生が初めて、まだ若い学生たちに講義されたもので、私も受講したメンバーの一人でした。
 池田
 池田 まことに恐懼のかぎりです。ご承知のとおり、「御義口伝」は、日蓮大聖人の仏法の極説中の極説である。
 ── この講義録が発刊されて、ちょうど、今年(昭和六十年)の四月二日で二十年になりました。
 池田 早いもんですね。
 屋嘉比 二十年前だと、私はまだ中学生でした。(笑い)
 いまでは、この講義を受けた人は、ほとんどが四十代となり、それぞれの分野で、リーダーとなって活躍しているんでしょうね。
 池田 そうです。たいへんうれしいことです。
 ── ま、なかには一人か二人、増上慢で教学を身につけたと錯覚し、堕落していった人もいますが、信心なき教学は恐ろしいことを、みんながよくわかりました。
 池田 「信」なき教学は、「論語読みの論語知らず」と同じだね。
 屋嘉比 学者の世界もまた同じです。
 そこでもう少し、「蓮華」についてうかがいたいのですが。
 池田 結論して申しあげれば、法華経二十八品は「南無妙法蓮華経」の「一法」の説明書となるんです。この「南無妙法蓮華経」こそ、末法万年尽未来際にわたる、「第三の法門」の法則なのです。
 この「一法」こそ、真実の「蓮華の法」であり、「因果倶時・不思議の一法」であり、「総在一念」の「法」となるわけです。
 屋嘉比 この根本の「一法」から、「万法」は生ずる、というのですね。
 池田 くどいようですが、そのとおりです。
 ただ、その「南無妙法蓮華経」の「法」の実態は、私ども凡夫にはつかめないし、わからないし、どうしようもない(笑い)。そこで、大聖人が、この「大法則」をば、一幅の御本尊として御図顕してくださったわけであります。
6  「無明法性一体」は生命の実態
 池田 まず、「御義口伝」には、「南無とは梵語なり此には帰命と云う」とある。「南無」とは、梵語、つまりサンスクリット語の「ナム」の音訳です。
 これを漢語に意訳すると、「帰命」ということになります。
 屋嘉比 何に、帰命するのでしょうか。
 池田 「人法之れ有り」と説かれています。
 つまり、その帰命する対境、対象には「人」と「法」とがあるというのです。
 屋嘉比 まず、その「人」とは……。
 池田 またちょっとむずかしくなってすみませんが(笑い)、「久遠元初」の「自受用報身如来」即日蓮大聖人になるのです。
 ── 仏法上、久遠元初とは「久遠即末法」で、末法をも意味するのですね。
 池田 そのとおりです。
 屋嘉比 すると「法」とは……。
 池田 法本尊である「南無妙法蓮華経」です。
 この「人」と「法」とが、一箇になった御本尊に帰命するということです。
 ここで、さらに詳しく言えば、「迹門不変真如の理」とか「本門随縁真如の智」とか「色心不二」という展開もなされているが、あまりにも専門的になりますので、今回は略させていただきます。
 屋嘉比 本当にむずかしいですね。医学もむずかしいけれども、さらに深淵さを感じます。
 すると「妙」とは、どういう意味になりますか。
 池田 簡潔に言えば、「妙」とは、万法の根源の当体です。
 「世界」という二字には、全人類百六十数カ国のすべての国々の人々が含まれている。次元は違うが、ありとあらゆる万法、万象が、この「妙」という一字に収まる、というのです。
 仏法用語では、これを「法性」といい、さらに「仏界」をあらわします。
 屋嘉比 すると「法」とは。
 池田 万法、万象のことです。この万法、そして万象をなさしめていく根源が「妙」であるがゆえに、「妙」が意味する「悟り」と対照して「法」を「無明」という。また「迷い」ともいいます。
 ですから「仏界」に対し、「九界」をさすわけである。
 この「妙」も「法」も、この両者があって初めて、すべての生命の実相となっているわけです。ですから、「御義口伝」には、「無明法性一体なるを妙法と云うなり」と説かれております。
 屋嘉比 医学の次元でもたしかに、まったく反対の働きが一体性として存在する多くの例が考えられると思います。
 たとえば、血液中の白血球も、悪性化すると異常に増えだし、恐ろしい白血病、血液ガンとなります。しかし、正常な白血球は細菌を殺したり、ケガをすぐ治してくれる。
 これも、「無明」と「法性」が一体のひとつ、といってよろしいのでしょうか。
 池田 現象面からみれば、そういえるでしょう。
 たしかに、万象はプラスとマイナスの両者を、あわせもっておりますからね。
 ただ、仏法の「無明法性一体」というのは、そうした現象の段階の論議ではなく、生命という究極の、あるがままの実態というものをいっている、ということはご理解願いたいのです。
7  時代を開く「因果倶時」の大法
 池田 次に「蓮華」について、「御義口伝」では、「蓮華とは因果の二法なり是又因果一体なり」と説かれている。
 もうおわかりのように、この「蓮華」とは因果の理法です。
 屋嘉比 すると、いわゆる花と実が同時になる蓮華の花は、その理法の譬えであるわけですね。
 池田 そのとおりです。しかも「是又因果一体なり」つまり一切の生命、ありとあらゆる有情・非情の当体というものは、「因果一体」「因果倶時」が究極の実相であるというのです。
 屋嘉比 これは科学においても、本質的な課題ですね。
 池田 そう思います。たとえばの話ですが、いわゆるこの壮大なる宇宙が誕生した淵源は、ビッグバンという、いまから約百億年とも二百億年ともいう、はるかな過去の大爆発といわれ、いまなお、この宇宙が膨張しているのは、ご存じのとおりです。
 しかし、一千億個ともいわれる銀河系星雲や、それに比較しようもない数の太陽のような恒星、また地球のような無数の惑星や星々の誕生、さらには、人間のような高等生物の発生をなさしめた「因」は、いったい何であったのか。
 屋嘉比 この宇宙の始まりの極限に近づく次元の論議となると、いわゆる凡下の頭ではその原因はわからない。(笑い)
 池田 そういうことですね。ただ、ビッグバンのおこった究極の瞬間それ自体が、この宇宙をつくる「因」であり、しかも宇宙そのものであったわけです。
 つまり、「因」と「果」が同時の存在であったとしか、とらえようがないわけです。
 おおざっぱに言えば、それがさまざまな要素や条件との関連から、現在の宇宙にいたったとも考えられるわけです。
 私も専門家ではないので、多少の表現の間違いはあるかもしれませんが、言わんとすることはわかってください。(笑い)
 ── いや、おもしろいですね。私は、そういう話が大好きなんです。(爆笑)そこで、ほかにもなにかございますか。(笑い)
 池田 いや、困ったね(笑い)。これは屋嘉比さんの分野ですが、精子、卵子の受精卵それ自体も、因果の一体性が考えられますね。
 屋嘉比 そう思います。〇・一ミリほどの受精卵のなかに、われわれの心身を形成する遺伝情報が、すでに内在しています。
 ── 植物の種なんかどうですか。
 池田 ひとつの譬えとして、考えられないこともないで  しょう。春、種をまき、秋になると実がなる……。  ですが、種それ自体に、実を結びゆく「因」と「果」の倶時性の内在はある。
 そこで、生命それ自体の法理も、深く哲学的思索をすすめていけば、同じ原理となる。この「因」と「果」も一体となり、「因」が先で「果」が後というのでもない。
 時間、空間もないというか、超越したというか、その妙なる世界が「因果倶時」といってよいかもしれない。
 屋嘉比 われわれの頭脳では、外面に現れた現象の因果はわかりやすいが、仏法の因果倶時論は、さらにその奥の内面の因果の追究で、たいへんに鋭いとらえ方と思います。
 池田 ですから、医学や科学は現象世界における因果関係の追究である。
 それに対し、仏法は、生命という絶対性の因果の法則といえると思います。
 いわゆる科学などの因果の理法も、たしかに正しいし、実際的なものである。
 だが、もう一歩深くみるならば、「因」には即「果」が含まれる。またその「果」は即、次の「因」をはらんでいる。これもまた、事実である。
 屋嘉比 いわゆる、一般の因果論を打ち破る、画期的な法理と思います。まことに人生の幸、不幸をもたらしていく原因、結果への徹底した仏法の眼を感じます。
 池田 そこで、この点はいつか勉強していただきたいのですが、大切なことは、この日蓮大聖人の「因果倶時」の法門は、いわゆる業因、業果にとらわれ、ともすればその束縛を重視しすぎる釈尊の仏法に対し、「一心」「一念」という、真髄中の真髄である生命の「核」を解明することにより、その「核」のなかに過去の業因業果を止揚し、最高、最善の因果の方向へと変えうる「法」を開示した、ということなのです。これは仏法の大革命といわねばならないと思います。
 ── そうですね。
 池田 ですからその違いを言えば、こういうたとえはどうでしょうか。「因果倶時」の大仏法は、現在から未来へ、あたかもジェット機が目的地に向かって、全速力で上昇しゆく姿にも似ているような気がする。
 それに対し、過去の原因、結果にとらわれゆく、釈尊の仏法は、縁する限られた衆生を乗せて、すでに着陸した、役目が終わった仏法といえる。
 したがって、その飛行機のエンジンの噴射力の相違は、天地雲泥の差があるといわねばならないのです。
8  大聖人の「一法」のみが悟りの法門
 池田 「蓮華」が少々長くなってしまいましたが、「南無妙法蓮華経」の「経」ということについて、同じく「御義口伝」には、「一切衆生の言語音声を経と云うなり」と説かれております。
 さらに経釈には、「声仏事を為す之を称して経と為す」(『法華玄義』)とある。つまり「南無妙法蓮華経」こそ、一切の人々の最高の言語音声であり、「経」になるわけです。
 また、大聖人は、「三世常恒なるを経と云うなり」と。この「経」とは、生死生死と、過去、現在、未来の三世にわたってめぐりゆく、生命の永遠性をあらわすという甚深の義がある、ともおっしゃっておられるわけです。
 屋嘉比 たいへんな法理です。いわゆる日本人一般の印象として、こんなに深い哲学があるとは思いもしなかった。
 池田 そうですね。(笑い)
 屋嘉比 インテリなんか見向きもしない、低級な非科学的宗派と思われてきましたが(笑い)。なんでも無認識に批判するのは、どうかと思いますね。
 ── 仏法では、「因果倶時」の大法というのは、日蓮大聖人以外まったく説かれなかったのですか。
 池田 そのとおりです。この「大法」すなわち「因果倶時・不思議の一法」は、日蓮大聖人しか説かれていないのです。
 ── 日蓮大聖人の御書を拝しますと、仏法には釈尊、天台、伝教とか、ほかにもいろいろな仏がでてきますが。
 池田 そこで大事なことは、大聖人はまず、釈尊の膨大な経典から、たくさんの法門が乱立していることに対し、釈尊の教義全般がどういうものか、また仏の本意は何にあったのか、さらに、それぞれの経典の本意はどこにあるかを明かされた。
 重複しますが、この「五時八教」という釈尊の法門が、究極的に何を示さんとしたかを、鋭く追究し、分析していかれた。そして、最終的に釈尊の元意を明確に示され、多くの誤れる宗派と、その教義を打ち破っていったのです。そのうえに立脚し、御自身の法門を展開されたわけです。
 その厳密なる論理的立てわけ、分別のうえから、この末法という時代においては、釈尊が「南無妙法蓮華経」を本意としたことを、明快に示されたわけです。
 ── すると、「南無妙法蓮華経」の一法が、まだ説かれていないのに、釈尊の時代にも仏になったというのは、不自然と思いますが。
 池田 そういうことですね。「等覚一転名字妙覚」といって、釈尊の悟りの内証は、やはり「南無妙法蓮華経」に通じていたのです。
 たとえば天台大師は「内鑑冷然」といって、みずからの時代の仏法を論じながらも、「南無妙法蓮華経」について知っておられたのです。これは文献上にもはっきりしています。
 屋嘉比 天台は、なぜ知っていながら、説かなかったのでしょうか。
 池田 詳しくは四つの理由がありますが、ま、自分の法ではないので、説く資格がなかったのです。これは、釈尊の場合も同じです。
 いずれにせよ、インドの釈尊にしても、中国の天台大師や日本の伝教大師にしろ、根本はこの「因果倶時・不思議の一法」によって仏の悟りを得ている。また、この「法」を、最大に大切にしておられる。このことは少々、勉強すればすぐわかることです。
 要するに、世界的に名著といわれる万巻の書は、「悟り」の書ではない。
 日蓮大聖人の「一法」のみが、三世にわたる仏の悟りの法門であるところに、なにものにもかえがたい万鈞の重みがあると、私は思っております。
9  無限の価値を生み出す「信」の人生
 ── するとこの「因果倶時・不思議の一法」とは、仏の悟りの法門であり、凡夫には思議しがたい次元の論議ともなるわけですね。
 池田 そういうことですね。そこで凡夫はわからないから、信ずる以外ないわけです。
 どうしても「信」という領域に、入らなければならなくなってくる。
 ── 「信」というと、現代人はすぐに盲信と、短絡的に考えてしまいがちですが。
 池田 仏法では、「大法」に対して「疑わざるを信という」といいます。
 電車に乗るにも、いつも安全かどうか疑っていては、怖くて乗れない。(笑い)
 これもやはり、ひとつの「信」の姿でしょう。
 また「以信代慧」といいます。正しき「法」への「信」は、最大に「智慧」を発揮できる。なにかにごまかされて、なにか生命の自由な発露が閉ざされたり、固定的なものの見方になるわけでは決してない。
 狭小な境涯から、より広き境涯へと無限に広げゆく、生命のひとつの所作といってよい。
 屋嘉比 たしかに、「信」という意義について、もっと私どもは、素直な気持ちで光をあてていく必要がある……。
 「邪」を信じるのは愚かです。しかし「正」や「善」を信ずることは、最も本来的な人間のあり方であり、人間の精神活動のなかでも崇高な働きであると思います。
 池田 現代ほど、宗教というものの存在意義が、見失われた時代はない。
 しかし、人類英知の最高の財産である宗教を、その高低浅深も探究せずして、軽々しく断定することは、あまりにも早計といわざるをえないと、私は思っています。
 ── 「人は何かを信じることによって生きている」と言った哲学者がいましたが、病気になると、病院に行くのも、同じ心理でしょう。やはり、「信」が根本にある……。(笑い)
 われわれの生活は、大部分が経験上得た「信」で成り立っています。ご飯を食べるにも、毒が入っているかもしれないと疑えば、生きていけない。(笑い)
 屋嘉比 よくなると思わなければ、医者にも来ない……、  まあ、そういうことになると、根本的に「信」という考え方が、日常性の大事な要素になりますね。
 池田 そういうことになりますね。
 屋嘉比 物理や化学の法則も、すべて経験上の「信」のうえに成り立っています。
 池田 「信仰は人生の力である」という、トルストイの有名な言葉がある。
 仏法への信仰とは、一切の森羅三千の法則の、究極中の究極の法則への「信」から、人生に無限の価値を生み出しゆくことと、いえるかもしれない。
10  光彩を放ちつつ昇る太陽の「法」
 池田 ですから、ここで整理させていただくと、私の浅薄な見方になってしまうかもしれませんが、釈尊の八万法蔵の法門は、そのプロセスのうえに、原因・結果の因果論を説いてきたといえる。
 そして最高峰といわれる法華経にいたっては、「空仮中の三諦」「法報応の三身」ならびに「十界互具」「一念三千」等々という多重な次元から、生命というものの実相を明かしきっている。
 ── なるほど、そうですね。
 池田 今度は、釈尊の仏法は、「大集経」という経文でいわれているのですが、正法年間、像法年間の約二千年でまったく効力を失い、末法の衆生とはまったく縁なき「法」となる。末法の時代に入ってからは、その末法の仏が説く「法」によって結縁され、成仏していく以外ないということになるのです。
 そして、ご存じのとおり、末法に入って日蓮大聖人の御出現があり、末法万年を志向されて、多くの宗派との法論のうえからも証明された「大法」を樹立されたわけです。
 その法こそが、久遠元初より無始無終であり、永遠にわたる真理である「南無妙法蓮華経」という、仏法の極説中の極説の「法」となり、即一幅の御本尊となるわけです。
 屋嘉比 その御本尊に、仏法のすべてが凝結されているわけですね。
 池田 そのとおりです。ですから、過去も、現在も、未来も、また一切の因果も超克し、かつ一切を強力に発現しゆく本源の大法則こそ、「南無妙法蓮華経」といえるのではないでしょうか。
 この御本尊に帰命しゆくときのみ、私どもの生命も、久遠元初の若々しい生命として輝き、広がりゆく。ゆえに、私どもの過去遠遠劫からの罪業を、一生のうちに転換せしめゆく方程式がここにあるわけです。
 屋嘉比 なるほど。
 池田 こうして釈尊の仏法は、すでに使命が終わった。そのようないくつもの理由から、「本果妙」の仏法となるわけです。
 それに対し、第六章でも少々論じさせていただきましたが、日蓮大聖人の仏法を「本因妙」とたてます。その本因妙の仏法である、御本尊に帰命しゆくときに、初めて天上界、菩薩界をも突き抜け、ついには仏界へと、自分自身の内なる根源力を、無限に発現しゆくことができるわけです。
 これは、現世だけではなく、三世永遠に連なる生命を躍動させ、強靭にして崩れざる仏の「我」を、強めていくことができるわけです。
 屋嘉比 素晴らしいことです。
 池田 ですから、大聖人の仏法における「本因本果」とは、この根本的善の原因であり、根本的善の結果ということができます。
 言うなれば、「本因妙」の仏法は、太陽が無限の光彩を放ちながら昇りゆく姿といえるかもしれない。
 それに対し、インド応誕の釈尊の仏法は、夕日の沈みゆくがごときものである。
 ── つまり……。
 池田 「本因妙」の仏法は、生きとし生けるものすべてをして、ありとあらゆる煩悩、そしてまた生死の闇を赫々と照らしながら転換させ、さらに超克せしめゆく、「現当二世」の「大法」であるわけです。
 これに対し釈尊の仏法は、過去遠遠劫より調機調養されてきた有縁の衆生を救済する役割が、すでに終わった仏法となるのです。
 ── この「現当二世」という意義について、池田先生は本年(一九八五年)三月、東京の町田の会合で詳しく語っておられましたね。
 池田 いたしました。その話も、この「対談」に通ずるのです。新聞にも出てますので、参考のためにいっぺん読んでみてください。
11  よき根本原因を作るための信仰
 池田 要するに、人は幸福になりたいものだ。つまり、幸福は人生の目的である。
 しかし、相対的な範疇での幸福は感じても、絶対性の幸福というものはわからないものです。
 屋嘉比 ええ。たとえば、病気が治る。これはひとつの幸福である。しかし、またいつ病気になるかもしれない……。
 池田 また、自分は幸福になりたくても、どうしても幸福になれないものがある。
 それを仏法では、「悪業」とも「罪業」ともいっております。
 人間には、どうしようもない、流転の傾向性があるといえるでしょう。
 その宿命というか、宿業というものを乗り越えて、自分自身の本来的な無限の自由性への発現をなしゆく。そしてまた、無量の福運を積みゆく方向へと、志向していくのが、仏法の信仰なのです。
 屋嘉比 因果とか宿業というと、なにか暗いイメージがありましたが、本来の仏法は、今日を、そして明日へ、さらには未来へという、まことにダイナミックなものであることがよくわかりました。
 池田 私も、信仰してそれがわかりました。つまり、一切の不幸の宿命や罪業を、根本的次元から転換しゆくのが、「本因妙」のこの仏法なのです。
 屋嘉比 “本因の法”という意味は素晴らしいと思います。
 池田 ただし、信心の厚薄によるということが、大前提となる。
 「叶ひ叶はぬは御信心により候べし」とあるとおりです。
 ── 当然ですね。
 池田 頭が疲れてきたもので、いい例ではありませんが(爆笑)、その宿命転換しゆく法の力は、億万ボルトの電流が、生命の「一心」に伝わるようなものといえるでしょう。
 ── すると、われわれの努力とか向上への力は、せいぜい千ボルトか二千ボルトぐらいの働きしかない。
 (笑い)
 池田 いや、仏法はその進歩と向上への努力を、最大限に価値あらしめる根源の法則なんです。生活を離れての仏法の信仰はありえないし、また絶対にあってもならない。
 屋嘉比 同じ医学の講義でも、超一流の力をもつ教授の講義を受けた場合と、仲間うちの場合とでは、やはり、ボルテージが全然違うんです。(笑い)
 池田 同じような意味になりますが、「本因妙」の仏法の力は、清らかな大河の流れのようなものである。幸福という「一念」の大海に、間違いなく入っていくことができる。
 たしかに、われわれにはそれぞれ、大小さまざまな宿命があるかもしれない。また、罪障もあるかもしれない。しかし、どれだけあるか計算することはできない。(笑い)
 だが、この「本因妙」の仏法という大河の流れに、ひとたび「一念」が入った場合は、ありとあらゆるものを浄化させながら、滔々たる奔流となる。
 屋嘉比 人間の身体も、絶えずものすごいスピードで変化していきます。私の専門の「胃」でも、毎日毎日、細胞はすさまじい分裂をし、傷を修理し、悪いものを流していきます。驚くことに、胃の粘膜の表面は三日間で全部変わるんです。
 ── はあ。人間は、身体も生命もまったく素晴らしい。(笑い)
 池田 ですから、私どもは、仏の境涯に到達したい。また、その過程において、現実の生活に勝利したい。
 つまり、この根本法則である「本因妙」の仏法にのっとって、壮大なる境涯の人生と、確かなる過ちなき幸福への生活とを歩みたいがゆえに、日々、精進しているわけです。
 屋嘉比 その確かなる法則にのっとりながら、すべての人が、自分らしく人生を歩んでいけるということは、素晴らしいことですね。
 池田 つまり、よき根本的原因をつくりゆくための信仰であり、仏法なのです。
 朝な夕な、「本因妙」の仏法によって宿命転換への、つまり原因をつくることができる。
 その繰りかえしの人生のなかに、「一生成仏」の意義がある。
 ── なるほど。
 池田 ともあれ、だれびとたりとも今日が大切である。
 また日々、宿命を打開し、栄光への原因をつくりゆくことは素晴らしい。
 釈迦仏法は「歴劫修行」と説きますが、大聖人の仏法は、どこまでも現実の生活を大事にしながらの「即身成仏」であり、「一生成仏」である。
 まあ、平たく言えば、瞬間瞬間を生きていく人生が、楽しみで横溢している境涯ということになるでしょうか。その「仏力」「法力」があるのです。
 その前提となるのが、私どもの「信力」「行力」であることは、言うまでもない。
 ですから、この「自受法楽」というか「常楽我浄」というか、人生の最高最善の価値を、自身の内なる生命に証明しゆく毎日でありたいと願うがゆえに、私どもは信仰しているわけです。

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