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日蓮大聖人・池田大作

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核物理学の医学への貢献  

「第三の虹の橋」アナトーリ・A・ログノフ(池田大作全集第7巻)

前後
1  池田 一九二九年、コッククロフトとウォルトンによって水素の原子核、陽子を五十万ボルトにまで加速する装置がつくられてから、巨大加速器が次々とつくりだされていますが、加速器を巨大化するだけでなく、エネルギーは六億ボルトから八億ボルトにとどめて、陽子の流れを普通の加速器より百倍から千倍も強いものにする加速器により、パイ中間子を発生させることが可能になっています。これらが私にとって興味深いのは、物理学の研究に欠かせないものであるだけでなく、電気的にマイナスのパイ中間子線を、ガン患者の局部に静止させることによってスター(星型核分裂)という反応を起こさせることができるということです。
 これは、ガン細胞だけに魚雷のような攻撃を与え、正常細胞には影響が少ないという点で、ガン撲滅に大きな力を発揮するのではないかといわれています。
 ガン細胞をつくっている原子核は、パイ中間子の質量を全部吸収して、アルファ粒子、重陽子、陽子、中性子などの破片に分裂し、周囲だいたい二ミリぐらいにエネルギーを分配します。すなわち破壊されるわけです。周囲二ミリということは、他に影響が少ないということで、しかも、この局部にいたるまでの途中では、エネルギーを分配せず、すなわち破壊せず、さらには局部の背後へも影響をおよぼさないといわれています。
 このように、線量を集中させることができること、正常細胞が副作用を受けないことなどの効果があるとされ、再発も起こりにくいとされています。アメリカではすでに治療実験が行われているそうですが、今までの光子治療に比べて、好ましい結果がみられると報告されています。
 ガン細胞の広がりを極微の単位で測定すること、ガン細胞だけに正確に線量を集中させることなど、核物理学は、医学の分野に大きな力を、今後発揮してくるであろうと思います。
 この分野はまだ始まったばかりであり、今後の発展にまたなければならないことはいうまでもありませんが、予期されざるマイナス面が生ずる危険性を忘れてはならないでしょう。また、このようにミクロ的な見方から生体を観察することは、生体をコマ切れに見るという、機械視につながるおそれもあります。
 またさらに、このような研究には、どうしても装置の充実が必要であり、そのためには国際協力が必要となるでしょう。こうした核物理学の成果の医学への応用について、総長はいかなる意見をおもちでしょうか。
2  ログノフ 現代医学の主な課題は、人間の平均寿命を縮める各種の疾病を予防し、診断し、治療するための有効手段を見いだすことです。
 今日のソ連で、人々をなによりもいちばん苦しめているのは卒中など血管・心臓の病気です。罹病率からいって第二位はガンです。この病気は患者や近親者、周囲の人々に多大の肉体的・精神的苦痛を与えています。
 現在ではガンは初期の段階、すなわち、前ガン症状の段階で処理するのが最も効果的であるというのが定説になっています。その時期には腫瘍の連鎖的な進行過程がまだ始まっていないので、各種の予防手段によって人体の免疫組織が初期の病状を食い止めることができます。
 対ガン研究はモスクワ大学も含めて世界中の研究機関で進められています。しかし、残念ながら、医学は今日なお理論と実践の両面で多くの重要問題を解決し得ないでいるのが実情です。現在は主として従来の診断法や治療法が用いられていますが、残念ながら、患者の大半が医師を訪れるのは、すでに悪質の新生物がかなり増殖してしまってからです。したがって、現在のところこの病気とたたかう主な手段は手術ないし各種のイオン化された放射線治療以外に手がありません。
3  ここで核物理学の医学への貢献という本題に移ることになります。
 イオン化された放射線を医学に応用するようになったのは前世紀末のことでした。最近まで腫瘍を破壊するのに使われたのは、レントゲン線、ガンマ線、そして高速電子でしたが、研究の結果、放射療法でいちばん効果的なのは重荷電粒子の使用であることがわかりました。その場合ですと、範囲を限定して患部にだけ集中的に作用させることができるのです。レントゲン線やガンマ線の放射は人体組織に広い範囲に拡散して必要な深さまで浸透しますので、こうした放射療法ですと、腫瘍の周辺の組織まで強く侵されてしまいます。
 それに対して重荷電粒子のほうは走行範囲がごく限られ、しかもその範囲は粒子のエネルギー次第なので、調整が容易です。さらに、重荷電粒子は運動の速度が遅ければ遅いだけ、失うエネルギーも少ないという事実が解明されました。だからこそ組織への粒子の浸透が深さに応じて初めは増大し、次にいわゆる「ブラッグ・ピーク」現象となって急速に減少するのです。こうしてビーム内の粒子線量を定めることによって深度ごとに照射量を正確に配分し、それを局部に集中して、腫瘍周辺組織の破壊を最小限度に抑えることができるわけです。
 陽子ビームの医学への適用は、現在多くの国で実践されており、世界全体としてはすでにおよそ数千人の患者が陽子ビームによる治療を受けています。
4  大事なことは、ガンの初期の段階、前ガン症状の段階での新診断法の開発の重視です。そうすれば人体組織におけるガンの患部の位置を確定することができるわけです。おそらくそれによって治療法の効果性を格段と高めることができるでしょう。
 私は核物理学の医学応用の方向の一つを簡単に述べました。それは、核物理学が医師と重病とのたたかいにおいて大きな助けとなっているというあなたのお考えを裏書きしています。
 ここで、現代医学の発展に寄与しているのは核物理学だけではないことを指摘したいと思います。すなわち、レーザー、超音波、核磁気反応といった他の物理学分野も広く応用されているのです。レーザー外科は事実上無血手術を可能にしています。超音波は、それを用いることによって、体内の状態、たとえば、妊娠時の胎児を傷つけずに検査・分析することができます。核磁場反応は質的に新しい断層撮影法の開発を可能にしました。この方法は臨床医学に広く活用されており、多くの国で大量NMR断層撮影法が実践されています。
 あなたがいだいておられるマイナス面についての危惧に関しては私も同感であり、さまざまな科学分野で今日までに達成された成果を生体治療に適用することはきわめて慎重であらねばならないというお考えに完全に同意します。ここでは、たとえ同じ現象であってもさまざまな生理過程の結果、その逆になりうることを忘れてはならないでしょう。各組織の結びつきにはいろいろの水準があり、それらを生体検査にさいして勝手に混同してはなりません。その場合、判断の基準になりうるのはただ経験だけです。
5  あなたは、生体観察が単純視、機械視されうることについての危惧を述べられていますが、そうしたあなたのお考えについても同調します。現在では多くの学者が生物学に関心をもつようになりました。専門的な生物学の教育を受けていない人までがです。そのような学者の間でも自分の研究分野では優れた専門家が数多くいますが、すでに自分の知識領域で開発され、テストされたものを生物学的な研究分野にそのまま移し替えてみたいという誘惑がかなり大きいのです。しかし、学者はだれでも、生体実験においては鋭敏さと慎重さこそいちばん大切な戒めだということを銘記しなければなりません。
 さらに、国際協力について申し上げれば、科学の諸分野における成果は全人類的な意義をもっており、それは国際的なものです。学者間の国際協力は技術進歩を速めます。粒子加速器といったユニークな装置を開発、導入する面でのこうした協力はとりわけ重要といえましょう。ここでも私は、そうした協力を広げなければならないというあなたのご意見に完全に同意します。世界中の学者の協力は、国民全体の相互理解と信頼を生むことでしょう。

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