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日蓮大聖人・池田大作

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科学の成果の医学への応用  

「第三の虹の橋」アナトーリ・A・ログノフ(池田大作全集第7巻)

前後
1  池田 現代の医学技術は、他の諸科学と相まって急速な進歩を遂げています。とくに臓器移植は格段の進展を見せているようです。それは、角膜、腎臓をはじめ、かつては不可侵の神聖な領域とされていた心臓や大脳にまでおよびつつあります。
 そこで、博士にお聞きしたいのですが、現在、ソ連では臓器移植の技術はどこまで進んでいるのでしょうか。
 臓器移植は、医学的にも倫理的にもさまざまな難問をかかえております。とくに移植をしなければ死にいたるような場合、その手術の適用においてどこに一線を引くかというむずかしい判断が要求されます。
 第一に拒絶反応に対する対応、第二に死の基準、第三に提供する側とされる側の人権の尊重、第四に人間それ自体の人格の保持、といった問題点があると思います。
 第一点については、最近では免疫抑制剤などが進歩し拒絶反応をある程度抑えていくことができるようになっていますが、まだまだその克服のための手段が確立されたとはいえません。
 また、第二点については、角膜の移植や腎臓移植は、死の判定の問題を含まず、すでに欧米でも日本でも多数の移植例が報告されています。しかし「二つの死」か「一つの生」か、といった選択をともなう心臓移植や肝臓移植については、技術的に可能であるとの理由が先行してしまうことには慎重でなければならないと思います。死の判定の基準にしても、医学上は当然として、倫理、哲学、法律、宗教上の十分な検討が必要と思われます。
 第三点については、医学は本来、人間およびその生命を尊び、守るところに原点を置くものです。その医の倫理が見失われた瞬間から医学は生命破壊への鋭い刃と化していくことになるでしょう。医学技術は、医学者の知的欲望の貢物になってはなりませんし、私どもはその危険性を直視しつつ「人間の尊厳な生」を守っていかねばならないと思います。
 このような人間改造の医学に対して、ログノフ総長はどのような見通しをもっておられるか、また、そこで求められる倫理観について、ご意見をおうかがいしたいと思います。
2  ログノフ 周知のように、人体への心臓移植を最初に行ったのはN・バーナード博士でした。その後、同種の手術がアメリカとフランスで行われています。最大の成功を収めた手術は、術後に患者がさらに十年以上生きた例です。それでも心臓移植は広い医学的実用化には進みませんでした。それはまず第一に移植される心臓の“摘出”という特殊性と関連しています。というのはその心臓は対をなさない器官であり、加えて人体の生命活動にとって決定的なものだからです。なんといっても心臓移植手術の成否はまず第一に、移植される心臓が生きており、鼓動していなければならないということによって決まります。池田先生、あなたが述べておられる道徳倫理上の問題もここにあると思います。
 さて、たとえば、ソ連では死体の解剖は、死が確認されたのち初めて許可されます。器官の“摘出”が許されるのは死んだ身体からだけです。ですから、今日までソ連の医師が行った心臓移植はわずか二例にすぎず、しかも、この二例とも不成功に終わりました。失敗の原因は、心臓を移植された患者――供受者――はすでに望みのない瀕死の状態にあったことに加えて、移植されたのは事実上“鼓動していない心臓”だったことにあります。“生きた心臓”の移植は、私どもの見解では、倫理的問題です。完全なる保障なしにそれを実行するのは容認できないことです。
 しかし、同時にまた、ソ連の医学は臓器移植の分野で経験を蓄えています。実験は動物――子牛――を使って行われ、手術は良好な成果を上げています。
 この面での調査、研究はソ連保健省移植人工臓器研究所(ソ連医学アカデミー準会員V・I・シュマコフ所長)で行われています。研究作業はソ米共同プログラムに従って進められています。同じような研究がチェコスロバキア、ドイツ民主共和国(東ドイツ)その他の国でも実施されています。
3  心臓移植手術においてより大きな効果を上げるため、移植前に心臓を移植に慣れさせるための補助手段の一つである心臓マッサージ法が開発されました。心臓マッサージは供与者の病死後の血液循環を回復させるため行われるものです。つまり、心臓マッサージによって“蘇生した”心臓が実験移植に用いられるのです。心臓移植問題を研究するさい、大きな注意が払われるのは臓器をいかに貯蔵するか、また供受者たる人体の異物に対する免疫性をいかに抑制するかという問題です。それは異体臓器として移植された器官の拒絶反応を予防する見地からしてもきわめて重要です。
 この分野ではすでに一定の成果が収められました。モスクワで開かれた心臓学会でアメリカの代表シャムウェイ氏は心臓だけでなく心肺コンプレクスすなわち心肺同時移植を提案しました。これは心臓だけの移植より効果が大きいのです。心肺同時移植の場合、移植された心臓と供与者、供受者の呼吸器官の違いによる後遺症が発生する可能性が小さくなります。移植研究所で行われた実験では、心肺同時移植の場合、心臓は、それを単独で移植した場合よりも保存および機能が良いことが立証されました。
 患者が非常に危険な状態に置かれた時、全面的な梗塞あるいは心臓手術の場合、一時的に本人の生きた心臓に代替させ、心臓に中休みをさせるため“人工心臓”が用いられます。私の考えでは、人工心臓を適用する方法と器械の改善こそ、この分野での研究作業の基本方向であるべきだと思います。人工心臓の使用法の改善は、他人の鼓動している心臓を移植するさい生じるモラルの問題を解消することができるでしょう。あるいは今日それはまだ夢と思われるかもしれませんが、すでにそれほど遠くない将来、医学は心臓血管疾患の複雑な問題を成功裏に解決することができると信じたいものです。
 腎臓移植の分野では世界の多くの国で大きな成果が上げられています。ソ連では五百件を上まわる手術が成功裏に行われました。わが国にはこの種の手術を専門とする研究所が十九カ所あります。腎臓移植の手術を受けた多くの患者がその後長く生きています。しかしこの分野にも複雑な、今のところまだ未解決の問題が存在しています。たとえば、移植された器官の活動が悪化した場合、再手術を実施するさいの諸困難が起きています。移植された腎臓の再取り替えを三度、まれに四度も繰り返した患者がいます。
4  ソ連では精系脈管移植の問題が研究されています。動物の場合、こうした手術は好結果を上げています。たとえば、ねずみの場合、精系脈管移植後、子孫を得ることに成功しました。
 以上指摘した実例以外に、ソ連では四肢、膵臓、骨髄、組織の移植分野での方法論の研究調査が進められており、微生物の文化過程に対する微生物環境の影響が研究されています。
 多分、私は臓器移植の分野でソ連が行っていることのすべてを列挙したと思います。
 ここで私は臓器移植のテーマのうち別して特殊な問題にやや詳しくふれてみたいと思います。臓器を供与者から患者へ移植する場合、ソ連医学がまず第一にめざすのは“人間の改造”でもなく、移植された器官への患者の“適応性”でもありません。それは患者に対する被移植器官の“異種性”を減少させる方法を研究することなのです。このようにしてまず第一に、人間が健康体になるような状態を実現することをめざしているのです。
 また現代医学に対しては、移植のために使われる器官の生活力の判断基準といった複雑な問題も提起されており、近年、世界の多くの国の医学者がこれらの問題に取り組んでいます。
 現在、セフ(経済相互援助会議)機構内に移植問題特別国際組織が設置されました。ソ連はこの国際研究連合体に加入し、一連のプログラムについて学術研究作業を行っています。
 あなたはご自分の問題提起のなかでもう一つのテーマにふれられました。それは死を判定する問題です。新しい判断基準によりますと、死が確定されるのは息を引きとった時でもなく、また心臓の鼓動が止まった時でもありません。それは、脳波が平坦になったことによって確定されるのです。これがすなわち生物学的死の到来を立証するわけです。

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