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日蓮大聖人・池田大作

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幸福の追求  

「第三の虹の橋」アナトーリ・A・ログノフ(池田大作全集第7巻)

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3  ログノフ 人間にとって重要なのは、何かを知り、何かを会得することです。それは、その人間以前に多くの人が努力し、その問題について考えたような領域においてさえありうることです。
 さらに、たとえばある人が一つの分野で長い間働き、その人がそのことに通暁し、すべてがずっと以前から明らかだと思われ始めたとします。しかし突然その人は古いもののなかに新しい側面を発見し、事物がより明らかとなり、その事物に関するその人の理解がより深くなります。新たな問題が生まれ、新たな転向が明るみに出てきます。トルストイの作品を読みかえす時、私自身そのことをよく経験します。一定期間を経て私はふたたび彼の作品に立ち戻るのですが、そのつど自分にとって何か新しいものを発見します。そうすると、人生がより興味深く、より意義深く、より含蓄あるものになります。
 もしも人がなんらかの仕事に真剣に取り組み、それに多くの労力を捧げるならば、その結果としてなにがしかのものを受け取ることができるでしょう。いや、たとえ受け取らないとしても、どっちみち、その人はある新しい知的段階を乗り越えたのです。その知的段階が新しい理念と方向をつくりだす可能性をその人に与えるのです。
 総じて学問においては、研究しているもののすべてが使い物になるとはかぎりません。何かについて考え始める時、往々にしてその考えがどのような方向に進むかわからないことさえあります。最初は見たこともない道が次第に輪郭をくっきり現し始めます。したがって私の考えでは、科学にせよ、また他のどの労働にせよ、必要なのはなによりもまず労働能力です。これが大前提です。ちなみに、私は、この素質を両親、とりわけ母親から受け継いでいると思います。母は驚くべき労働能力を備えていました。
 適性、いうなれば才能が重要なことはいうまでもありません。適性があれば、人は仕事をもてあますことはなく、彼を仕事へ押しやったり、方向づけしたり、また強制する必要はありません。彼は自然な形で労働の状態に入り、労働のない自分の存在など考えられなくなります。しかし、ここで重要になるのは、人生における正しい選択です。どこで、どのような分野ないし領域で働くべきか、何のために力を尽くすか、自分の一生、自分のすべてを何に捧げるべきかといった選択です。おそらく、これは個々の人間の問題でもあり、また人類全体の問題でもあります。もし人類がこの問題を解決したとすれば、人類は太古からめざしていた調和そのものへ近づいたことになるでしょう。
 しかし、重ねて言いますが、何事においても多くの労働と粘り強さが要求されます。どんなに大きな才能があっても労働なしには成果を収めることはできません。張りつめた労働なしには。労働のなかに、まずなによりも人間の力のなかに、彼の熱意と失意のなかに、勝利と敗北のなかに人間の最高の幸福があり、最高の苦しみがあるのです。ですから、人は好きな仕事に打ち込んでいる時、そして、家庭もすべて順調で安泰である時を幸福だということを重ねて強調したいのです。

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