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日蓮大聖人・池田大作

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自律の喪失  

「闇は暁を求めて」ルネ・ユイグ(池田大作全集第5巻)

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2  ユイグ あなたが指摘されていることは、新しい文明に加担した場合に当然生ずる危険性の一つです。日本は、一種の狂信によって工業社会に改宗しようとして、その平衡を乱している最中であり、諸外国に依存的になっているのです。
 一つの国というのは、大きい規模ではありますが、人間の身体の場合と同じように、その各部分が相互的な働きをとおして補い合わなければならない有機体です。その総体の中で助け合う部分部分の、この緊密に結び合った生物学的な機能なしでは、なにものも存続しえません。このことは、私たちの身体についても真実ですし、同様に、家族や、もっと大きい集団、とくに国家についても真実です。
 国際政治においては、必要欠くべからざる資源について、他の国に依存することは、なんとしても避けるべきでしょう。石油のほとんど独占的産出国であるアラブ諸国がもっている途方もない力は、その最近の、際立った一例です。それに恵まれない国ぐには、もてる国ぐにの要求に屈するか、あるいはその力にすがる以外にありません。彼らが夢中になって新しいエネルギー源をさぐっている姿は、彼らが先見の明のない軽率さに対して支払っている代償がいかなるものであるかを示してあまりあります。農業を奪われては、日本は潜在的にその自治を失うことになります。
3  現在の欲求を満たすには、組織機構は単独の国よりももっと大きい広がりをもたなければならないでしょう。ヨーロッパを相互連帯の結合した共同体として構築しようとする現に行われている努力は、ヨーロッパにとって、この必要性がいかに急を要するかを示しています。ヨーロッパは、団結すれば、力においても資源の点でも、アメリカ合衆国とソ連邦という二つの超大国と対等にやっていけます。しかし、分割され、引き離されたなら、これらのどちらかの後見のもとにおかれるようになる危険があります。
 貿易と交通・通信の拡大によって現代世界の規模は、かつてとは変化しており、その伝統的な均衡は破れています。現代の危機は、新しい均衡への苦悩に満ちた模索の中にあるのです。このことは、社会的観点から確証されます。
 かつては、それぞれの国の中で、社会のさまざまな分野のあいだの仕事の、均衡のとれた配分が実現されていました。ところが、それに代わって階級的憎悪が組織化され教育され、しかもそれは国際的連帯性を基盤とすることによって、国家的な細胞壁を破裂させ、その存在を危うくさせているのです。
 かつて各国の存在は、個々の異なった機能の、均衡のとれた調和のうえに立っていました。十九世紀に発達した政治理念の理論的変形というものを別にして過去をみるとき、かつてのほうが資源をうるための戦いはより困難でしたから、生活の心地よさは少なかったとしても、少なくとも調和はよりよく保たれていたことに気づきます。
4  たとえば中世について、なんという間違った考え方がされていることでしょう。その社会的細胞は、まだ、ずっと限られていて、一人の領主の土地の広さと一致していました。そこには農民の耕作する農地が含まれており、それから領主の居城に近づくと、城のふもとに町がつくられており、そこでは市民社会が形成されていました。町では、まだ手職人的ですが、工業が行われており、たとえば農民に彼がもってくる農産物と引き換えに織物などを供給していました。
 町は、近隣の村むらと結びついて商業の中心になり、それはやがて、だんだん遠いところとも結びついていきました。その頂上には領主がいました。彼は狂っている場合は別として、しばしば想像されてきたような暴君ではありませんでした(二十世紀の文学や、教えられている歴史は、ふつう考えられるようには必ずしも客観的ではありません)。領主は責任者であり、自分の任務を果たしていたのです。
 その任務の一つに狩猟があります。領主たちが狩りをするのは、後世のような、たんに楽しみのためではなかったのです。通り道の耕作地を荒らさないようにして、彼は、田園や家畜、産物を荒らす恐れのある有害な獣を、道理にかなった数だけ定期的に狩ることによって、一つの不可欠の役目を果たしていたのです。伝説は例外的な場合について生じたものです(そんなことをすると自分の利益に反することになったでしょう)。狩りは、遠い太古の昔から、一つの深い意味をもっていました。
5  同様に保護者としての領主の別の役目は、他国からの侵入と略奪を斥けるために戦うことでした。この本来有機的な体系は、通常はすべての体系のように、変形され誤用の対象になりがちであったにしても、完璧に構築されていました。このように、まだ非常に限定された小さな社会の中で、各人は、生きた組織体の中の器官のように専門化していましたが、仕事の分担によって、全体の生活に貢献していたのです。
 税金や租税の圧迫ということがよくいわれます。しかし、今日の近代国家の加える税はそれよりも軽いでしょうか? 私はそれは疑問だと思います。十九世紀になって、市民階級は、過去の貴族階級の暴虐を真似て、社会の均衡を乱してしまいました。社会の中で経済が指導者となり、社会はもはや経済によってしか生きず、経済のためにのみ生きるようになりました。それは、工業の貪欲な拡張によって、自然からの搾取とともに労働者からの搾取を推し進めました。その運命的反動として、階級闘争が生じたのです。
 しかし、一つの組織体の中で、それぞれの器官が互いに争いあってばかりいるときには、より豊かな総体がそれに取って代わらないかぎり、その全体は死滅する恐れがあります。このために二十世紀は、経済と資本主義に国際主義が要求されたのと並行して、全体的に国際主義化の傾向を示してきたのです。
 しかし、この種の推移は、つねに危険な企てであることを示しています。ここでもまた、あらゆる生きた組織体にとって、調和の破壊は死の危険を意味するという法則が証明されているのです。
6  池田 食糧の自給と同様、一つの組織体の中で、本能的手段と理性的能力が正しく働き、調和ある均衡が維持される必要があるという点は、私も同感です。
 ある意味で、今日にいたる社会の近代化とは、小単位の社会の自立を奪い、あるいは縮小し、より大きい単位の社会構成の中に部品として組み込むことであったといえます。あなたも指摘されているように、中世においては狭い限定された地域に成り立った社会が、その中でいっさいの物資を生産し自給していました。そこで生産できない物は日常生活とは関係のないものでした。つまり、遠い土地からもたらされたのは、ごく珍しい奢侈品が主でした。
7  このような自立的社会は、いいかえれば閉鎖的で停滞した社会ということになります。おそらく、奢侈的な物資をより多く得ようとする衝動が、閉鎖されていた社会の壁を破り、交通、運輸の手段を発達させたのでしょう。それに権力増大への野望が加わって、より大きい社会単位の創設が実現され、発達した交通、運輸手段は、大量の物資の流通を可能にしました。そこに分業化が加わり、動く物資は、かつてのように奢侈品ばかりでなく、日常生活に欠かすことのできない食品や衣料等にまで及んできたわけです。
 たしかに、物の生産は、小さい単位、規模で、いろんなものを同じ人がつくるよりも、一つの物を大規模につくったほうが効率がよくなり品質も向上します。いわゆる専門化して、それを互いに交換しあって必要を満たしたほうが便利です。小単位社会の大単位社会への併合と吸収は、こうした物質的欲求への対応からなされていったということも、一面の真理であると思われます。
8  しかし、その半面、人びとは、自らのよって立つ社会の自立性の喪失という代償を払わなければなりませんでした。これはまた、基盤とする自立的社会の大規模化ともいえます。自らが基盤としている社会が、自らの認識の限度を超える大きさになってしまうと、人間は自己の矮小化を感ずるとともに、その社会への愛情や、社会を運営し、その運命に関わっていく責任感をしだいにうすれさせてしまうものです。私は、かつてアリストテレスが都市の理想的な規模として表現した「その中心の広場に立って大声で叫んだとき、声の達する範囲」という意味のことばは、人間と社会との調和のとれた均衡というものを考えるうえで、まことに鋭い示唆を含んでいると思います。
 今日、電波にのせた声は、たいへん広い範囲の人びとに達しますが、それは一方通行で終わりますから、それに答え、あるいは反論する声は中心で叫ぶ人の耳に達せず、一方的な意志の押しつけになってしまう危険性を秘めています。
9  自己の認識し理解しうる範囲、その中のすべての人の声が自分に達する範囲の社会であってこそ、人はその社会に対して、真実の愛着をもち、一人の成員として、その運営に責任をもって関係していけるのです。このことは、あなたが本能的手段と呼ばれるものに深いつながりがあると私は考えます。そして、小規模社会から大規模社会への移行、また、小規模社会の自立性の喪失と部品化の現象は、物質的な豊かさや便利さの向上と引き換えに、社会と深く一体化したところに得られる、人間の精神的な充実や安定感を消失させていったのです。これはまた、人間をたんに受益者としての消極的・受け身的な立場におき、社会を運営していくべき存在としての積極的・自発的な姿勢を奪い取ってしまいました。
10  もとより、これも、単純に過去の状態に戻せばよいというものではありません。すでに国家という大規模社会の壁さえも打ち破って全地球的規模での経済的流通、文化の交流が日常化しているのが現状です。毎日の食卓にのぼっている物自体、遠く世界の彼方から運ばれてきた果物や魚、肉等です。今こうして私が書いている紙も、おそらくカナダ等から輸入された原木からつくられたものでしょう。
 私は、まずなによりも、この点に関していえば、私たちは世界全体をわが生の基盤として深く認識し、そこに愛着をもち、責任感をいだいていけるようにならなければならないと思います。と同時に、ただ便利さや効率だけを追い、極端に分業化していく、近代以後、現在もつづいている文化の流れに対して、そのために失われたものを鋭く認識し、これを主体的にとらえなおしていく姿勢が大事だと思うのです。
 現在、欧米や日本のような先進諸国で起こっている、若者たちのコミュニティー運動は、こうした志向性の一つのあらわれとして認められます。ただ、これらは、あまりにも現実社会から逃避的です。むしろ、そうした発想、考え方を、現代社会そのものの中に具体化し反映させていくことこそ、なによりも求められる点ではないでしょうか。
11  ユイグ そうした若者たちは、現代において一つの反動が必要になっていることを表明しているのです。しかし、彼らはあまりにも初歩的な段階にとどまっています。今日の全般的危機の時代にあっては、その実現をめざさなければならない社会のさまざまな部面で必要な調和のとれた均衡は、もっともっと大きな規模の問題です。そうした調和ある均衡を達成することは、人間の精神的変革によってでなければ、期待できません。
 この変革において第一に求められることは、人間が自らの身体組織(心理現象をも含んでの)に均衡を再建することです。人間は、その本能的な手段と理性的能力とを、あらためて協力して働かせなければなりません。
 本能的手段は、私たちの感受性と身体組織との深い直観から生ずるものであるとともに、伝承によって少しずつ、非常に古い経験として伝えられたこれらの直観から生じます。他方、理性的能力は、合理的な尺度を創り出すまでになることによって古い経験を明確化しながら、行動をより迅速に起こすことを可能にします。人は、ただ盲目的な伝統によっているだけでも、または反対に、管理的な合理主義によるだけでも、社会生活を樹立することはできません。そのどちらも極端化すると、組織体の死をまねく以外にないのです。
12  私が恐れるのは、不幸なことに、現代の文明は、これらの部分的で偏った解決法の後者のほうに没入しているため、その平衡を取り戻して、逆戻りしないで補整しながら進むということが困難になっていくのではないかということです。現代文明のように進んでしまっている場合は、これまでやってきたことを元へ戻すことは不可能で、その行きつくところまで、ということはたぶん、破局に到達するまで行かざるをえないのではないかということです。
 人類が危機を前にして、必要なことに気づき、これまでの行き過ぎを修正しながら、新しい型の文明を再発足させるためには、ときとして、こうした破局も必要です。この恐れは無視できません。なぜなら、現代の文明は、自らを修正しようとするどころか、冷酷にも全世界に拡大しようとしていることがはっきりしているからです。そこでは、道がみつからないうちは一つの本能的で暴力的な危機が、たくさんの苦悩をひきおこしているのですが、だからこそ、ただ一つの出口がこの危機の中に見いだされるということが可能です。

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