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日蓮大聖人・池田大作

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公害  

「闇は暁を求めて」ルネ・ユイグ(池田大作全集第5巻)

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2  ユイグ 私たちの基本線をはずさないために、もしよろしければ、この二つの分野に関わっている神経系統を、その媒介として取り上げて物質的分野から精神的分野への道をたどりたいと思います。現代文明の有害な結果は、ここではもはや“汚染”としてでなく、“公害”と呼ばれるにふさわしいものとしてあらわれています。
3  神経系統に加えられている攻撃の第一としてあげなければならないのは、明らかに騒音です。ご存じのように、動物による実験で、デシベル数(音の強さなどを表す単位)を上げることによって、まず記憶を失わせることができ、つぎに気を狂わせ、さらには死にいたらしめることさえできることが観察されています。
 人間は、こうしたデシベルの増大にどのように立ち向かっているでしょうか? それについて、たとえば、壁を防音化するとか、二重窓にするとか、家の概念を変えるとかの技術的解決策がいわれています。家の前面を、危険になった道路側にさらにせりだすわけにはいきませんから、内側の空間、つまり、騒音から保護された、緑地帯へ伸ばすことになりましょう。
4  しかし、そこにあるのは騒音だけではありません。そのほかの、より微妙な攻撃があり、私たちは、その絶えまない犠牲になっています。私たちの感覚中枢を害するものは、音だけでなく光からもきます。都会では、現在のように発達した情報の一般的なやり方ですが、光と音がうるさすぎます。ラジオやテレビジョンは、その番組内容については別にして、視聴者大衆に働きかける幻惑によって、能動的な注意力の一種の損傷をもたらしています。
5  この点については、その“生徒”のうえにあらわれたたくさんの教訓によって証明されております。この小さなスクリーンの番組をつぎからつぎと絶えまなく見ている多くの若者の姿に、それは明らかです。彼らはだんだんにもっぱら受け入れるだけで、自分から対応しようとはしなくなっていきます。また、あなたもご存じでしょうが、最近の調査によると、今日生まれているアメリカ人一人ひとりは、その人生のうち十八年近くをテレビジョンの前で過ごすべく運命づけられているというのです。
 若者たちがそれに対して非常に強く反抗しているとすれば、それはたぶん、たしかな一つの本能によって、人間がそうした絶えまのない感覚器官からの侵入を受動的に受けるだけの存在におちいってしまうことをしだいに感じてきているからです。彼らをこうした叛乱状態にかりたてているのは、内的自律性を保持しようとする関心です。それは、その表明の仕方がいかに不条理であるにしても、直観的な知恵の一部分をおそらく含んでいるのです。
6  精神的受動性は、しだいに本物の奴隷状態へ導くでしょう。私は何年も前から“イメージの力”という問題に取り組んできました。広告が、もはや一種の家宅侵入でしかないことは明らかではありませんか。それはいまや独裁政治です。統計によると、ある製品の宣伝が、しつこく命令的に繰り返されると、ついには主婦は、いやでも買うようになってしまうといいます。ですから、なんでもいうままになり、心理的に隷属化していく第一歩がそこにあるわけです。このことは、その行き着く先の恐るべき結果と同様に、きわめて危険なものであると思えてなりません。
 広告の絶えまのない働きかけ、照明、ネオン、騒音、とくに自動車、交通の騒音は、神経系統を媒介にして、生理学上、さまざまな害をもたらします。心臓病、循環器系、そして心理面で、危険な緊張をもたらします。これについては精神身体医学の専門家が指摘しているとおりです。
7  それでは、どんな救済策があるでしょうか。これらは、比較的まだ可能性があります。道路を組織化し都市交通を新しく組み直すことが考えられ始めています。排ガス設備をととのえた地下トンネルに自動車を走らせる計画もあります。また、ある人びとは、交通手段を何段階かに分けることを考えています。
 ル=コルビュジエ(二十世紀フランスの建築家)は、未来の姿が過去の中に見いだされうるということを、ベニスの例に確認して驚いたということを、しばしば語っていました。彼には、ドージュ(ベニスの総督のこと)のあの都市こそ、いうなれば交通量を漸減させる理想的モデルとして映っていたのではないでしょうか。事実、近代都市では、まず大運河の役目を果たす主要幹線道路が必要です。そこは最も高速で騒々しい交通状況となりますが、出る排気ガス等もここが最大になります。この幹線道路は都市の周囲を取り巻くかたちになっていて、ちょうど循環自動車道のようになっています。それから、より緩和された交通網があります。ベニスの場合のリーにあたる枝分かれした道路網がその役目を果たしています。それから最後に、厳格に保護されている歩行者道路があります。ベニスでは、そうした歩行者道路は運河に渡された橋によって運河に対してほとんどつねに垂直方向になっており、それが有利な条件になっています。
8  神経系統と、それがこうむっている侵略ということから私たちは、より複雑な問題に進まなければなりません。ここでそれを私は道徳的侵略と呼びますが、それはもはや人間の肉体面を侵しているだけでもなければ、その精神身体医学的な面の侵害だけにとどまるものでもなく、問題になっているのは、その内面的存在だからです。
 その場合にも、事実だけに限り、原理と理論にまで広げることは慎まなければなりません。周知のように、現代の大都市の中では、あまりにも物質的なかたよった見方から、せっかちにつくられたため、神経衰弱が急増しており、精神病の患者が心臓病やガンの患者数を超えるほどになっています。年をとった人びとの場合、それは一種の厭世観をひきおこしており、自殺をさえもたらしています。若い人びとの場合、逆に反抗的行動、侵略性の反動を生じていますが、同じ現象なのです。年をとった人びとが押しつぶされていくのに対し、若い人びとは、生命力をもっているのでそれに反撃しているのです。これが、若い世代の人びとによる現代の非行と犯罪の基本的な原因の一つです。それを助長しているのが低所得者用の団地住宅です。
 そこから、新しい大都市の名前が使われている精神疾患の名前がいくつかつくられるにいたってさえいることはご存じのとおりです。
9  フランスではサルセル(パリ北方十一キロの所にある)という都市がつくられました。そうすると、精神科医は“サルセル病”という表現をするようになりました。そして、ブラジリアが建設されたときは、特異な一つの現象が生じました。それは建設工事のあいだ、労働者のために臨時の町がつくられたのですが、労働者を住まわせるための無秩序な、一種の貧民窟だったのです。そして、都市は完成されました。ところが、おかしなことに、この臨時の町の住民たちは、よそへ移ろうとしなかったのです。彼らは、自分たちのために提供された理論上は完璧な住居よりも、この貧民窟のほうを好んだのです。新しい住居は、彼らにとって、図式的で、生気も変化もないものだったのです。さらに「ブラジリア病」と呼ばれるものさえ顕著になって、専門家たちは、近代都市で進行している事態を観察し、その原因を比較し、治療法をさぐるために、ヨーロッパにまでやってきました。
10  現代人においては、神経系統およびその背後にある精神の働きは、非常に乱されています。それは、とくに、規模が大きくなり有害性を増しているこうした都市地域においてそうです。こうした前例のない、しかもますます重要度を増している事態を理解するためには、最近よくみられる科学的専門用語のような言葉を新語として使わなければならなくなったのです。
 その第一が“攻撃アグレツシヨン”という語で、これは私たちを取り巻いているものによって休みなく私たちに加えられる撹乱作用を一般的にさしていいます。第二は“ストレス”ということばで、これは、こうして私たちの器官が脅かされていることに対して防御のために起こる唐突な反抗をさしています。私たちの身体と、なかんずく神経系統が絶えまなく圧迫されているとき、それに対して起こる“不安の反動”を特徴的にあらわすのにこの語を一九三六年に使い出したのは、カナダの生理学者セリエでした。
 不安の反動によって、身体と、とくになによりも神経系統は絶えまなく支配されています。そのため自律神経系が乱され、動悸が早くなり、体温が上昇し、血圧が上がります。そしてまた、化学的不均衡によって、血液、尿、ぶどう糖や窒素有機物の濃度に影響があらわれるのです。……これらの絶えまない不安と、それに対応しようとする抑制の努力は、障害が働いているあいだますます高まっていき、さらには、器官の損傷と、いずれにしても、気性と心理現象の変化をもたらすのです。

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