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心理療法と仏法  

「社会と宗教」ブライアン・ウィルソン(池田大作全集第6巻)

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1  心理療法と仏法
 池田 現在、精神医学や心療内科の領域で各種の心理療法が開発されていますが、そのなかに仏教医学の成果が取り入れられている例がいくつかあり、これは、きわめて興味深い現象です。
 たとえば、従来、心のコントロールは、自分自身ではなく他者(たとえば医師、心理療法士)によって行われてきました。催眠療法、パヴロフ(注1)の条件反射理論を(注2)活用した古典的条件付け、フロイト以来の精神分析療法等がそれです。ところが、最近ではしだいに他者によるコントロールから、自己コントロールを重視する方向に進んでいます。そして、このような心理療法・精神療法の変遷の中に、東洋の知恵を取り入れ、東西の療法を融合しようとする試みが見られるように思います。
2  その一つとして、ドイツの精神科医シュルツ(注3)は、インドで見聞したヨーガや瞑想法にヒントを得て、その自律訓練法を開発したといわれております。また、行動療法の一種であり、簡単な自己コントロール法であるバイオ・フィードバック法(注4)は、機械の力を借りて瞑想状態を作り出し、その医療効果を発揮しようとする療法ですが、この療法は、自らの体内に起きている器官の変化を精密な機械で捉えて、その知覚信号を自ら意識することによって、逆に器官の変化をコントロールしようとするものです。まさに身体と心の相互作用を生かした治療法といえましょう。
 この他、たとえば、ゲシュタルト療法(注5)を開発したフリッツ・パールズ(注6)は、日本にきて仏教を学んでおります。また、生体エネルギー療法は、精神科医ローウェン(注7)が生み出したものですが、彼によると、人間の筋肉は自らの心理的葛藤を防ぐ役割をしているから、種々の運動によってこの“筋肉のよろい”を解消すれば、心理的葛藤が顕現し、生体エネルギーが解放されるといい、この“筋肉のよろい”を解消する運動の中に、ヨーガの技法を組み入れているのです。
 東洋では、古くから身体と心のリズムをコントロールするさまざまな技法が考案されてきましたが、これを西洋医学が注目し取り入れているところに、東と西の融合の一つの試みを見ることができるように思います。
 私は、東洋仏法が西洋に提示できるものの一つとして、身体と心のコントロール法、特に無意識(潜在意識)のコントロール法があると考えております。
3  ウィルソン 西洋における科学的・医学的知識が発達した方向から、強力で整然と体系化された正統医学の形成がもたらされました。
 そこでは、精神療法も含めて、医学とはいったいいかなるものであるべきかについての、かなりはっきりとした概念が確立されています。そして、大多数の医師たちも、また彼らが研修生として実習を行う病院や診療所や医療制度全体も、さらには技術的には高度で経済的には費用のかかる彼らの管理下の組織等も、すべてがそうした概念に縛りつけられています。
 医学の理論構造も、実際の医療技術も、このように、累積的な過程によって発達してきたのです。このため、根本的に異なる手順や療法が現れて、たとえどんなに成功を収めたとしても、それが既存の正統的理論から生じたものでないかぎり、そこには容易に馴染まないわけですから、不審の眼で見られ、場合によっては敵視さえされることになるのです。
 こうした点から見ると、医学は諸々の自然科学に似ています。自然科学においても、科学者が、それまでのものとは違う一連の事実をもって既存の理論体系に挑戦することは――たとえ彼らが科学的方法に関する規準に従っていたとしても――ますます難しくなっています。
4  既存の理論は、広範囲にわたる関連現象を、多かれ少なかれ適切に説明しています。そこでは、どんなに些細な修正も、容易に受け入れられません。まして、既存の理論と食い違う新たなデータが現れるということは、その理論が脅かされることになるわけですから、そうしたデータは大きな難関に直面することになります。理論は制度化されたものになり、そこに強力な既得権が生じて、必ずしも悪意はなくとも、既存の理論構造を擁護し維持するために働くのです。
 ところが、医学の他の部門と比べて、特に精神療法においては、正統性というものがそれほどはっきりと確立していません。きわめて多岐にわたる治療法が、すべて、ある程度の成功を収めていると主張するかもしれないことは、広く認められているところです。精神の健康においては、信仰心、安心感、自覚できること、さらに場合によっては説明がつくこと、といった要素が、治療法の成功のために決定的なものになります。
5  このことは、正統派の医師も、自称信仰治療師たちも、ずっと以前から気付いていたところです。今日では、薬物療法、電気療法、その他の療法にあまりにも頼りすぎており、そのために、あなたが言われたような、まったく異なる肉体的・精神的なコントロールの仕方があるかもしれないという事実を、多くの医師が見落としてきたのではないでしょうか。しかし、従来の方法に代わる治療法を探求しようとして精神療法に好意を寄せる医師ですら突き当たる困難があります。というのは、彼らも、一定の医療手順を維持するために作られた制度の枠内で仕事をし、細かく定められた医師規約に拠らなければならないからです。彼らが多くの患者を診る場合、標準的な経験によるテストに基づいた、お決まりの技術に頼るようになるのは、目に見えています。
 西洋の精神療法、特に精神分析についても、いくつかの点で同様のジレンマが生じています。精神分析の手法に好意的な一部の医師たちは、より安価で、より容易で、より体系化された技術(特に麻薬を用いて行うもの)に頼っています。そうした技術はより手っ取り早く、しかも常習的に適用できますから、より多数の患者を扱うことができるわけです。患者の多くは、精神分析法が求めるような高度な知性を、おそらく持ち合わせていないでしょう。
 正統的な医療・精神療法に携わる医師たちも、他の治療体系に潜んでいる恩恵を、それでもしだいに認めるようになってきていますが、これにも一理あるのです。現代医学の既成の方法があまりにも硬直化していること、そうした方法が機械的に適用されていることに対する批判は、ますます高まっています。
 これと似たようなことは、まったく別の分野、つまり自衛手段の分野でも起こっています。東洋の肉体的・精神的コントロールの技法が、西洋で広く用いられるようになってきているのがそれです。柔道や空手に比べれば、伝統的な西洋の殴り合いは、粗野でぎごちないものです。同じことが精神療法についてもいえるのではないでしょうか。
6  自衛手段としての東洋の武技は、人々の自発的な熱意によって、制度の枠を超えて西洋に広まったものです。精神療法についても、同じような普及の仕方が適しているのではないでしょうか。もしそうした技法が広く適用できるとすれば、西洋医学が頼っている高価な設備や麻薬を使わなくてすむ可能性が出てきますし、そうなれば、それが魅力的な代替物と考えられるようになることは確かでしょう。医療費が急騰していますから、高度の訓練を受けた医師の治療を偏重することをやめて、自ら習得した知識を応用するようになれば、それは今日、推奨されるべきことでしょう。そうしたこと自体が病気の治療に役立つばかりでなく、そのために費やされるはずだった資源が、他の種類の病気のために使えるようになるからです。
 西洋(なかんずくアメリカ)の多くの人々は、日常、不健康な習慣に耽っていながら、それが医師の手当てによって容易に「矯正」できるという前提の下に生活しています。ここでいう不健康な習慣とは、過度の喫煙・飲酒、遊興・食事・性交渉への耽溺、さらには、運動や適当な休息の必要を無視することなどです。
 このように、医師の治療にばかり頼ることをやめ、病気の予防に重点を置くようになるならば、そのことは、医療の経済面においても、実際の治療法の発達のためにも、自ら規律正しい生活を培ううえでも、重要な役割を果たすに違いありません。
7  池田 近代西洋医学は、種々の病気治療や予防に、多大な貢献をしてきました。しかし、教授も指摘されているように、現代医学は、人間生命を解剖学・病理学の側面からのみ捉えがちであり、それが人間の機械視・物質視につながっているようです。
 人間生命は、身体的側面と精神的側面の両方が、相互に関連しながら活動を営んでいます。病気も、この両方の側面から治療していかなければ、治すことはできないとさえいえましょう。
 特に、現代社会においては、心の側面が原因になっている疾病が増加しております。治療と予防という点から捉えれば、現代医学の方向は、これまでの治療主体の医学から予防医学へと向かっていく傾向を示しています。こうした心の側面からの、病気の予防と治療において重要になってくるのが、私はセルフ・コントロールであると考えています。仏教をはじめとする東洋の宗教は、セルフ・コントロールの方法を確立するうえで、重要な知恵と技法を与えることができると思うのです。
8  (注1)パヴロフ(イヴァン・P)(一八四九年―一九三六年)
 ソ連の生理学者。条件反射説によって大脳生理学を学問分野として確立。一九〇四年ノーベル医学賞受賞。
 (注2)条件反射理論
 生物が環境に適応するために後天的に獲得する反射。犬にベルの音と食物を同時に与えることを繰り返すうちに、ベルを聞いただけで犬が涎を流すようになるように、刺激(条件刺激)だけで反射が起こるようになる現象。それに関する理論。
 (注3)シュルツ(ヨハネス・H)(一八八四年―一九七〇年)
 ドイツの神経・精神医学者。著書『患者の心理的治療』『自律訓練法』など。
 (注4)バイオ・フィードバック法
 動作や感覚をリラックスさせることによって頭痛などの症状を治療する心身療法。
 (注5)ゲシュタルト療法
 実存主義的・人間主義的な精神療法。精神分析を基礎に、現象学・実存主義哲学・形態心理学、さらには仏教などの影響を受けて形成された人格理論に立つ。
 (注6)フリッツ・パールズ(一八九三年―一九七〇年)
 心理学者・精神科医。ドイツに生まれアメリカへ移住。ゲシュタルト療法を開発・発展させた。
 (注7)ローウェン(アレクサンダー)
 アメリカの医学者。身体運動と精神衛生の相関性に立つバイオエナジェティックス
 (生体エネルギー)療法の開発者。カリフォルニアに研究所をもつ。

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