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人工中絶について  

「社会と宗教」ブライアン・ウィルソン(池田大作全集第6巻)

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1  人工中絶について
 池田 現在の日本の社会では、中絶の数が出生児数とほとんど同じだといわれるほど、中絶が盛んに行われています。日本以外の各国でも、現在は人工中絶が認められていないけれども、これを認めるようにすべきだという要求が高まり、社会問題になっている国があります。この場合、人口問題などの立場から、中絶はやむをえないとする立場と、中絶は生命尊厳の立場から、絶対に許されないとする立場があります。
 私自身は、生命はあくまで尊重しなければならないとの理念から、人工中絶には、基本的には反対です。中絶は、いかに早期であろうと、生まれ出ようとする生命を、人工的に葬り去ろうとする行為に他ならないと考えるからです。また同時に、人工中絶は母体を傷つける恐れがあります。中絶を繰り返したために、出産に困難をきたすようになったり、母親が精神的に傷つく恐れもあります。ただし、妊娠の継続や分娩が、母体に生命の危険を及ぼすことが判った場合は、中絶を認めることが妥当であろうと思います。
 しかし、あくまでも、中絶は医学的理由(母体の生命の危機)だけに限るべきであって、経済的な理由は、社会的背景の改善によって解決されるべきであり、またなによりも中絶でなく、確実な避妊の方法によるべきであると考えております。中絶については、カトリック教会が厳しく反対していますが、この問題について、教授はどのようにお考えでしょうか。
2  ウィルソン 私も、他の多くの西洋人と同じく、中絶という考えそのものを嫌悪すべきものと思っております。そして、あなたと同じく、私も、避妊技術の知識を世界中に広める運動を、強く支持したいと思います。
 さて、この問題は、いうまでもなく、妊婦が母親になりたくないと決意している場合や、母親としてのすべての役割を拒否するといった場合に、生じるものです。だいたいにおいては、私も、母親となった婦人が、たとえその後子供を手放して、孤児院に保護してもらうことになるとしても、女性が子供を産むことを奨励するような方針に、賛同したいと思います。
 実際問題として、西洋には、赤ん坊を養子に貰い受けたいという要望がまだありますし、しかも、そうした子供たちの多くが、素晴らしい家庭や育て親に恵まれる可能性があるのです。私は、中絶を、人口抑制のための方策としては、決して認めるべきではないと思います。
 人口抑制という目標は、あくまでも避妊法の普及を通じて追求されるべきでしょう。避妊のほうが費用も安く、より安全でより人道的であり、女性のためにもなるのです。ある人々がみなしているように、中絶が胎児の人間生命に対する罪悪であることは、いうまでもありません。
3  経済的貧困は、中絶を認める根拠としては、まったく不十分であると思われます。いかに貧しくとも幸せな家族はたくさんありますし、貧しい両親のもとに生まれても、活発で、健康で、充実した人生を生きる子供はたくさんいます。ただし、そのまま妊娠を続けたり、出産をすることによって、母親の生命が脅かされ、あるいはひどく傷つけられるという場合には、私もたしかに、中絶を正当なものとしてよいと思います。
 中絶は、本来望ましくないのですが、この他に、中絶手術に頼るのもやむをえないと思われるケースが、三つ挙げられます。ただし、私は、これらは、あらゆる方策を尽くしたうえでの、最後の手段と考えております。
 まず第一には、レイプ(強姦)行為の結果、女性が妊娠するケースがしばしばあります。レイプは、日本ではあまり一般的な犯罪でないと思いますが、悲しいことに、西洋では広くはびこっている侵害行為なのです。
4  じつにおぞましい話ですが、アメリカのいくつかの大都会ではレイプがあまりに頻発するため、警察はこの犯罪にほとんど関心を示さず、むしろしばしばその犠牲者に対して、(レイプの発生率が最も高い)多人種の混住地域を夜一人で出歩くのは、自らレイプされるのを望むようなものだといっているのです。これが現状であり、警察もそういう態度であるため、フィラデルフィアでは婦人団体が「もし貴女がたったいまレイプされたのなら……」で始まる、女性救護団体の電話番号を書いたステッカーを、あちこちの街灯柱に、もれなく貼り出したことがあります。私にはレイプの結果、妊娠した女性に中絶を許すのは、人道的なことだと思われます。
 第二に、近親相姦によって妊娠がもたらされることが、時としてあります。近親相姦は隠蔽されてはいるものの、国によっては決して特殊な現象ではありません。近親相姦によって宿された子供を産むよう強要することは、まぎれもなく、社会的に望ましくないことです(ここでは、私は特に社会的影響を強調します。なぜなら面倒な生物学上の結果が生じうるのは、近親相姦の当事者双方がもつ、遺伝子要因によるからです)。
5  最後に、理由はどうあれ、子供が肉体的にも精神的にも、重大な機能の欠陥をもって生まれてきそうなことが、医学的に事前に確認された場合です。そのような子供は、生まれてからずっと面倒をみてもらわなければならず、そのために、両親の生活に重大な支障をきたすことが考えられます。両親の人生のチャンスは閉ざされ、職業上の昇進や、享楽や、さらには創造性すらも奪われてしまうかもしれません。この場合、たしかに中絶によって極度に知恵遅れの胎児の生命を絶つことにはなるにしても、もう一度健康な子供をつくる機会が両親に与えられてよいでしょう。もし、彼ら両親が、一人の重症の障害児の面倒をみるために縛られてしまえば、その負担があまりにも大きいため、もはや、健康に生まれてくるかもしれない別の子供を持とうとはしなくなるでしょう。
6  池田 レイプは、日本でも徐々に増加してきているようです。私も、教授と同様に、レイプや近親相姦による妊娠の場合は、ほんとうに最後の手段としては、中絶もやむをえないと思います。そこでいうまでもなく大事なことは、このようなことが起きないように、社会的にも、道徳的・倫理的にも、最大の努力をすることです。
 次に、胎児の遺伝子に欠陥がある場合は、十分な検討が必要のように思われます。私は、軽症の場合は、中絶の対象にはならないと思いますが、重症の疾患のある場合には、それを発見した時点で、症状の程度を両親に説明して、両親の任意な意見を何よりも尊重するという方法をとるべきであると思います。
 しかし、私が最も強調したいことは、肉体的・精神的な障害を引き起こすような要因を、徹底して除く努力が必要だということです。これは個人のレベルでも、社会のレベルでもいえることです。わずかの注意で、障害を引き起こすか否かが、決まってくることも多いと思われます。特に、妊娠初期には、薬物や化学物質に注意し、またウイルス感染や放射線を避けることも必要ですし、遺伝についての医学的知識に基づいた対策も、大切でしょう。

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