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文化の相対性  

「社会と宗教」ブライアン・ウィルソン(池田大作全集第6巻)

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1  文化の相対性
 池田 教授は、現代の社会が過去のいかなる社会制度よりも合法性に欠けるとし、その理由の一つとして、超越的なものによる秩序という、共有の概念が崩壊したことを挙げておられます。このような共有の概念は、社会に統一性を、人々に確信を与えるものです。
 マス・メディア社会は、洪水のような情報を提供しますが、これは、教授もご指摘の通り、無秩序と混乱をもたらしています。ただし、自分たちの超越的な基準を、他文化の超越的な基準と比較する機会をもつことは、意味あることでしょう。人は、自分の文化のうち、そうした比較によって優位が証明された側面に対しては、信念をもち続けることができます。もし自分の文化が、すべての面で他文化よりも劣っていることが判明した場合、人間は、どのように信念をもち続けるべきでしょうか。
2  ウィルソン 文化の相対性についての主張は、一九四〇年代から五〇年代にかけて、人類学者や社会学者によって、熱心に支持されました。彼らは、学生たちに自らの文化、宗教、道徳について考えさせる一つの方法として、他の文化や、他の宗教・道徳体系の細部に触れさせることが特に有効であると考えたのです。
 そこで範例とされたのは、主として部族社会でした。学生たちは、ひとたび“カルチャー・ショック”の要因を克服すると、たとえば、競争が禁じられている社会や、働くのは女性で、男性は踊ったり着飾ったりして何もせずに過ごすような社会で生活することも、あるいは、若者が年長者の意志に従い、自分の結婚相手さえも選んでもらうような文化圏に生きることも、別に不都合ではないのではないか、と考えるようになりました。
 この教授法の意図は、当時のエスノセントリック(自民族中心主義的)な時代に安易に形成された、自分たちの社会こそ“本来”の道徳秩序を享受しているのであって、他のすべての民族は程度の差こそあれ暗愚なのだという思い上がりから、学生たちを脱皮させ、自由な思考に立たせることにありました。この種の教授法によって、学生たちは、世の中にはさまざまな社会構造がありうるのであり、しかも、人間の個性や心理というのは、その生まれ育った社会に勢力をもつ社会的・道徳的様式に応じて、きわめて適応性に富んだものであるということを知ったのです。
3  こうして、文化の相対論は、文化の多様性や変移を明らかにしました。しかし、そこに欠けていたものは、評価を下すための基準でした。当時の社会科学者たちは、そうした判断の必要をまったく感じなかったか、あるいは、そのような判断が確立される基準などというものが存在するという考えを拒否していたかの、いずれかだったのです。
 そうした中でも、もちろん、たとえばナチスの社会的・文化的方向づけが他の社会のそれに比べて好ましくなかったことを“証明”する証拠を、社会科学はなぜ生み出せなかったのか――といった、さまざまな疑問は依然として残っていました。文化の相対論だけでは、不十分だったのです。もし、さまざまな文化を評価するための条件を見出そうとすれば、どこかで、それとは別の、おそらくは普通の経験の範囲を超えた価値観に頼らなければなりませんでした。
 社会科学は、独自の価値観をもちにくいものです。事実に即した研究は、特定の価値への支持を排除するからです。社会科学者は、倫理的中立を旨としています。もしそうでなければ、ナチス社会学や心理学、ソビエト社会学、資本主義人類学といったものが存在しうることになってしまい、それは科学的たることを旨とし、いかなるイデオロギー的偏向をも避けるべきだとする学問分野にとって、許容しがたいものとなってしまいます。
4  社会学者は、異なったさまざまな社会の、超越的な価値体系の比較を引き受けようとするため、事情はますます複雑化します。他の人にとっては価値観であるものが、社会学者にとっては事実となり、彼の分析のためのデータとなります。といって、彼の研究が、相対的な優劣の判断にまでいたると期待してはなりません。社会学者は、人々にとって自国の文化と他の文化のどちらが優れ、どちらが劣るかに関して決定することは、他者の手に委ねるのです。
 一般に、人々は、意識すると否とにかかわらず、日ごろ慣れ親しんだものを好む強い性癖をもっており、これは、食物の好みとか、風土的条件にどこまで耐えられるかといった平凡な事柄や、不慣れな言葉を話せない(あるいは正確に聞き取ることさえできない)といった事柄にまで、広く及んでいます。
5  ギリシャ人や中国人、日本人にとって、自民族以外のすべての民族は、伝統的に“野蛮人”とみなされていました。イギリス人は、よく日常会話の中で「アラビアはカレー(注1)に始まる」と言ったものです。そうしたゼノフォービア(外国人嫌い)の例を挙げると山ほどあり、それはまたどの社会にも見出されたものです。どの民族にとっても、自分たちの文化が劣るという結論に到達することは、至難のことなのです。それは、自分たち自身が劣ると思うことになるからであり、また、そうした評価は痛烈に感じられるものであって、厄介な結果をもたらしかねません。
 私たちは、西洋文化の歴然たる優越性に直面したメラネシア(注2)部族民の反応から、なかには自分たちの文化的価値を無邪気に捨て去り、しかも西洋社会の価値体系やその産物を有効に摂り入れることができないため、自らを“くだらない人間”と称して、しばしば生きる希望も勇気も失くしてしまったという例を知っています。
6  現代の西洋社会にあっては、過去の比較的首尾一貫した価値体系が、新しい文化的多元性(多民族の共存社会や多様な宗教の並存社会)や、テクノロジー化の影響に出合って、崩壊してしまいました。そこから生じた一つの結果が、今日、自分自身を“パンクス(チンピラ)”と呼ぶ若者たちの、文化的独自性の意識の喪失です(取るに足らないことを意味する、まったく嘲笑的な言葉なのに、彼らは、それを自分自身に当てはめて使っているのです)。
 こうした考えに勢いをつけているのが、馬鹿さ加減や目的観のなさを表す衣服を、意識的に身にまとうことです。また、刺青や珍奇な髪のスタイルや色彩は、自分たちの身体を尊重する心を、まったく放棄していることを意味します。自分たち自身にも、自分たちの文化にも、自分たちの同胞にも、すべての確信を失ったメラネシアの“くだらない人間”と同様に、この“パンクス”たちは、人間の尊厳に対する誇りを喪失していることを主張し、自らがくだらない人間であることを効果的に宣言しているわけです。これらは、おそらく、自らの社会や文化に対して、否定的な考え方に達したことから生じた結果だといえましょう。
7  文化の相対論と文化の崩壊の双方によって浮き彫りにされた疑問は、はたして諸文化は、どのような客観的な基準によって判断されうるのか、ということです。しかも、われわれは言語にしても、思考過程や習慣にしても、程度の差こそあれすべて“文化に縛られて”いるため、このことは一つの問題を提起します。諸々の文化を真剣に比較検討することは、われわれすべてにとって重要なことです。しかし、社会科学的な探究法は、究極的な価値判断のための基礎については、何ら確実なものを提示しません。他方、文化的主体性の意識の喪失は、深刻な社会問題の前兆であるように思われます。
8  (注1)カレー
 英仏海峡に臨むフランスの都市。一三四七年イギリスの領地となったが一五五八年フランスに帰属。イギリスとの連絡港である。この語句は「カレーから先は色の浅黒いアラビア人のような異人種である」の意。
 (注2)メラネシア
 太平洋南西部、オーストラリア北方、赤道以南に散在する島々の総称。イギリス、フランスなどの植民地としてキリスト教化が進み、島によると全島民が改宗した例もある。

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