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日蓮大聖人・池田大作

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後記  

「平和提言」「記念講演」(池田大作全集第2巻)

前後
1  本巻は、「論文編」の第一巻に続く、第二巻である。ここ十年に発表された「平和提言」「記念講演」が収められている。
 「平和提言」では、第三回の国連軍縮特別総会の折に出された軍縮と核廃絶を訴える提言とともに、第十四回から第二十回までの1・26「SGIの日」(一九七五年の一月二十六日にグアム島で、創価学会インタナショナルが発足したことを記念する日)に発表された世界平和への提言を収録した。
 また「記念講演」では、ハーバード大学(アメリカ)で行われた二回の講演をはじめとして、モスクワ大学(ロシア)での二度目の講演や北京大学(中国)での三度目の講演、ブエノスアイレス大学(アルゼンチン、代読)、フィリピン大学(フィリピン)、アンカラ大学(トルコ)、ボローニャ大学(イタリア)など、世界諸大学での講演が機軸となっている。いずれも各国を代表する学問の府であり、講演は名誉教授や名誉博士の学位記授与などの記念式典で行われたものである。その他、ハワイの東西センター(アメリカ)、中国社会科学院、ガンジー記念館(インド)、ブラジル文学アカデミーなどの学術機関における講演も収めてある。
 いずれも、理念性、具体性、民衆運動への連動性、そして現代文明の病理の根源にメスを入れる哲学的知見に満ちみちており、二十一世紀に始まる「第三の千年」の地平を照らし出す光明ともいうべき内容となっている。
 著者は、仏法を基調とした「人間主義」を掲げ、文字どおり″地球的規模″で平和行動を展開してきた。徹して民衆の中へ、そして、ある時は各国の首脳、世界の識者と「開かれた対話」を重ねながら、「友情」と「信頼」のネットワークを幾重にも広げてきた。
 一九八三年以来、毎年1・26「SGIの日」を記念して「平和提言」を発表するなど、民衆レベルでの平和・文化・教育運動を提唱するとともに、みずから率先の行動を続け、寸暇を惜しんでの″人間外交″は、すでに世界五十力国以上におよんでいる。また、そうしたなかで著者は、世界の諸大学や学術機関から招聘ど受け、折々に講演を行ってきた。
 著者に贈られた名誉博士、名誉教授等の英知の称号は、じつに六十を数えようとしている。
2  東西冷戦構造の終焉という″大いなる転換期″にあって、著者は人類史の流転をとどめる方途を真摯に模索し、事あるごとに世に問うてきた。その内容は、軍縮・平和の分野のみならず、環境問題、開発問題、人権問題、民族問題、そして教育問題等々、きわめて多岐にわたっている。しかも、そこではたんなる事象分析の域を超える、きわめて大きなスケールでの考察――巨視的なスパン(間隔)と文明論的な見地からの洞察に基づいて、未来への確固たるビジョンが全人類的視野から展望されているのである。
 「池田氏が毎年、新鮮で示唆に富んだ提言を発表し続けていることを高く評価します。地球的なスケールで、これほど持続的に取り組んでいる人はいません」――これは、ノーベル平和賞を受賞した「核戦争防止国際医師の会(IPPNWとの創設者の一人、バーナード・ラウン博士が語った言葉である。
 内外に大きな反響を呼んできた著者の1・26「SGIの日」記念提言は、本年で十六回を数えるにいたっている。ラウン博士の言を待つまでもなく、一民間人として、これだけ毎年、世界の現状と未来を深く持続的に分析し、仏法思想を根幹に平和への指標を一貫して提示してきた例はまれといえよう。
3  一読すればわかるように、「平和提言」はいわゆる″机上の空論″では決してない。その先駆的思想はすべて著者の現実の実践に裏打ちされたものであり、地球的問題群の解決のための具体的プランも、長年の思索と行動のなかで著者が築き上げてきた尊い″結晶″にほかならない。事実、紛争防止センターの設置や、対人地雷全面禁止条約の締結など、そのなかで打ち出されてきた諸構想はすでに実現をみたものも少なくなく、「不戦と希望の世紀」への潮流を大きく形づくってきたのである。
 こうした行動を支える、著者の信念とは何か――。かつて著者は、こう訴えたことがある。
 「座して地球の危機を看過するのではなく、志を同じくする人々が連帯の輪を広げ、私たちが生きている時代に、人間の『勇気』と『英知』はなにものにも屈伏しないことを示したい。それが私どもが、次の世代に贈ることのできる最高の『財産』ではないか」(八九年十月、ニューヨークの国連本部で開催したSGI主催の「戦争と平和展」へのメッセージ)――と。
 まさしくこの言葉のとおり、毎年発表される「平和提言」には、″道なき道″を不屈の行動で切り開いてきた著者の情熱と、人間精神の力への限りない信頼感に立脚した「楽観主義」が、力強く脈打っているといえよう。
4  また「記念講演」では、文学や思想、哲学など、その国その民族がはぐくんできた優れた精神伝統にスポットが当てられている。著者は、変化の激しい時代のなかで埋もれ去り、忘れ去られようとしている精神伝統の遺産に焦点を当て、そのエートスを汲み上げながら、仏法哲理を縦横に展開しつつ、現代文明が直面している諸問題の核心に迫り、解決への道筋を浮かび上がらせているのである。
 そこでは、歴史上の偉人や優れた知識人の言説など、その国々の精神水脈のもっとも良質な部分と仏法哲理とが、見事なまでに美しい共鳴音を奏でている。こうした著者の講演に対し、「すべてを生き生きと蘇生させる風」と称える声や、「学問的作業というよりは、人類的責務に対する作業」との賛辞九などが寄せられていることは、故なきことではない。
 「講演は、あらゆる価値観を『人間主義』へと再構築するものです。二十一世紀の思想的な展望が説得力をもって鱚やかに示されています。『哲学なき時代』の暗雲を撹い、人間と普遍的価値に光を当てた新しい地平が開かれました」(スペイン、アテネ文化・学術協会での代読講演に対し、カンタプリア大学のブラス教授)等々、その示唆深い内容に対し、数多くの識者が共感と称賛の念を語っているが、講演の内容以上に人々の心を揺り動かしたのは、著者の「人格の力」そのものであった。
 このことは、クレアモント・マッケナ大学での講演に対し、同大学のバリツアー教授が語った次の言葉に象徴されていよう。
 「池田氏は、『分断の力』に病む西洋世界を、仏教の『総体性の知恵』の光で照らしてくれました。何よりも心に残ったのは、その思想が『全人性』を備えられた氏その人によって語られたことです」
 講演で展開される鋭い洞察と卓越したビジョンが、著者みずからの実践の姿、行動の軌跡――それは、コロンビア大学での講演(九六年六月)で著者が仏法の説く「菩薩」の姿をとおし「地球市民」の要件として提示したモデル、つまり、(1)生命の平等を知る「智慧の人」(2)差異を尊重できる「勇気の人」(3)人々と同苦できる「慈愛の人」――と重なり合って、稀有の説得力と共感を生む源泉となっているのである。
 ガンジー記念館での講演終了後、ある来賓の一人が「池田氏の講演に、私は″もう一人のガンジー″を見いだした」といみじくも語ったが、この「もう一人のガンジー」との言葉には、たんなるガンジー″論者″や″研究者″ではなく、まさにマハトマをほうふつさせる人格と理想の息吹にふれた驚きと感動の念がこめられているといえよう。詩人ホイットマンは、自著『草の葉』について、こう述べた。「友よ、これは本なんてものじゃない。これに触れるものは人間に触れるのだ」(富田碎花訳、第三文明社)――と。これと同じく、著者が行ってきた一連の記念講演にも、その人格と精神が力強く脈打っているのである。
5  「未来世紀を指呼の間に望み、カオスをコスモスに転じゆく主役、機軸となるのが、『人間』であります。宗教も哲学も、文化や政治、経済も、その一点へと、収敏されていかねばならない」(九四年五月のモスクワ大学講演)と、訴える著者。本巻に収められている「平和提言」「記念講演」には、次なる千年の機軸となるべき新しき「人間主義」の思想が、そして人類がめざすべき希望と共生の「地球文明」建設の確かな指標が、旭日のごとく輝いている。
 平成十年十一月十八日

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