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日蓮大聖人・池田大作

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人間文明の希望の朝を ブラジル文学アカデミー記念講演

1993.2.12 「平和提言」「記念講演」(池田大作全集第2巻)

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2  さて、ブラジル近代文学の栄光の父である初代アシス総裁が述べているように、十九世紀の末、貴アカデミーは、フランス学士院に範をとりつつ、青年たちが集い、新しい理想を掲げて誕生されました。
 実は、私は四年前そのフランス学士院に招かれて、「東西における芸術と精神性」と題して講演したことがあります。その末尾を次のような自作の一節で結びました。
 「今 芸術は/その手もて 魂をいざなう/心なごむ 癒しの森へ/天かける 想像力の花園へ/いと高き 英知の台へ/そして/地球文明の はるかなる地平へ――」と。
 科学技術の発達によって、否応なく地球が一つになりつつある現在、それに対する精神面からの対応、すなわち地球文明ともいうべきものを志向しなければ、二十一世紀の希望の朝はあり得ない、との私の信念からであります。
 とはいえ、イデオロギー崩壊後の世界はよくいえば多様化、悪くいえばエントロピー増大の法則さながらにカオス化の様相を一段と強めつつあります。
 そうした流れにあって、多様性のなかに調和、統一を求め、地球文明の地平を切り拓いていくために、ブラジル文明のもっている重みは、計り知れないものがある、と私は思う一人であります。
3  世界に冠たる人種デモクラシーにしても、近年のアメリカのロサンゼルス暴動、ヨーロッパにおけるネオ・ナチスの台頭などを考えれば、どれほどかけがえのない人類史的財産であるかは、あまりにも明らかであります。
 そうしたブラジル人の国民性を作家オランダの古典的著作は、「率直な態度、親切、手厚くもてなそうとする気持ち、寛大な心など(中略)ブラジルを訪れる外国人がこぞってほめそやすこれらの美徳はブラジル人の国民性としてこれからも消えることのない特徴となろう」(S・B・デ・オランダ『ブラジル人とは何か』マウリシオ・クレスポ訳、新世界社)としております。確かにブラジル日系人の知己たちが、異口同音に口にする言葉は、ブラジルは住みやすい国だ、ということであります。
4  人間と生命の全領域を蘇生
 私は数年前、ブラジル移住八十年の歴史をもつ日系一世の児玉良一氏と対談集(『太陽と大地 開拓の曲』第三文明社)を編みましたが、氏はその中で、「ブラジルの自然はなんでも好きです。本当にブラジルが好きなので、今度どこの国に生まれたいかといえば、ブラジルです」(趣意)と、にこやかに語っておりました。
 多くの人を、否、万人を魅了してやまぬ、そのようなブラジルの国民性、精神的土壌の奥底に横たわっているものは何か――貴国の生んだ偉大な作家であり、誉れある貴アカデミーの会員であったローザの名作、『大いなる奥地』(中川敏訳、『筑摩世界文学大系』83所収、筑摩書房)に擬して、私はそれを「大いなる普遍」と申し上げておきたいと思います。
5  近代史の数百年を通じて、ある種の普遍主義を標榜しながら世界を席巻してきたのは、いうまでもなくヨーロッパの科学技術文明であります。それは、効率主義と拡大主義という有無を言わせぬ駆動力によって、強引に世界をその影響下においてきました。
 二十年前に私と対談したトインビー博士が、優れた小冊子を『世界と西欧』と名付けたように、世界の他の地域は、科学技術を軸にした西欧文明をどう受け入れ、どのようなスタンスをとるかで、それぞれ自国の進路を模索せざるを得ませんでした。
 それは貴国の鋭敏な知性たちが、一九二〇年代以降、「近代主義」あるいは「地方主義」といった形で、熱烈に問い続けたテーマでもあるはずです。
6  ところで、こうした科学技術文明の標榜する普遍主義が真に普遍の名に値するかといえば、明らかに否、であります。
 確かに、価値や意味の世界から切り離され、抽象化された自己完結的世界にあっては、普遍的な広がりや整合性をもつかもしれないが、それは例えば、果物の表皮のようなものであります。果物それ自体、すなわち人間生活の全領域から見れば、ごく限られた一部でしかない。普遍というよりも、むしろ個別・特殊的な一領域にすぎないのであります。
 その点、イギリス・ケンブリッジ大学の天文学の権威、ホイル博士は「閉じた箱」「開いた箱」というユニークな問題提起をしております。これは、博士の愛弟子であるスリランカ出身のウィックラマシンゲ博士と私が、昨年秋に上梓した対談集(『「宇宙」と「人間」のロマンを語る』毎日新聞社)に寄せてくださった序文で述べておられたものです。博士によれば、近代科学は、西暦五〇〇年ごろに形成された地球中心主義のドグマ、つまり「閉じた箱」的発想に立っている。
 すなわち、「何事もこの地球上で起こることは、地球の外側の宇宙で起こる出来事といかなる関係もありえない。ただし、あのありがたい太陽熱だけはもちろん別である」という見解であります。
 しかし、「閉じた箱」の中で解決できる問題はごくわずかであり、特に宇宙や生命へのアプローチは、もっと「開いた箱」的発想に立たなければならない。その点、ともにアジア人であり、仏教という文化土壌を共有している、私とウィックラマシンゲ博士との対話に、大きな期待を寄せてくださっているのであります。
7  それはさておき、心すべきは「閉じた箱」的発想は、それが人間の習性に基づくものであるかぎり、科学にとどまらず世界観全般に及んでくるということであります。
 「閉じた箱」とは、平易に言えば、外部に目をふさぎ、自らを独りよしとするドグマや偏見といえましょう。
 それゆえ、近代科学がそれと意識せずに陥っていた地球中心主義は、近代文明総体に色濃く影を落としている、人間中心主義、自民族中心主義等と通底しており、同じ「閉じた箱」から生まれた、一卵性双生児といっても過言ではありません。
 本論の文脈に即して言えば、アジアやラテン・アメリカ、アフリカ等に猛威を振るった植民地主義も、その淵源をたどれば、その「閉じた箱」的発想に行き当たると思います。それがいかに強く近代文明を呪縛し続けてきたかは、皆さま方に申し上げるまでもないことでしょう。
 しかも、多くの科学者が善意の人であったように、植民地政策を推進した自民族中心主義が罪の意識や後ろめたさをともなうことなく、むしろある種の使命感にさえ支えられ、まかり通ってきたことに、問題の根の深さがあります。それを典型的に浮き彫りにしているのが、ポーランド生まれの英国作家コンラッドの中編『闇の奥』(中野好夫訳、岩波文庫)であります。
8  彼自身も象牙採集船の船員として、コンゴ川をさかのぼり、白人の黒人に対する搾取をつぶさに実見してきているだけに、描写の迫真性は、おそらく類を見ないと思われます。
 その中に、「この地上の征服とは何か」について語られる一節があります。
 すなわち征服について、「単に皮膚の色の異った人間」たちから、無理やり勝利を奪い取ることにほかならないとしつつ、次のように記されております。
 「よく見れば汚いことに決っている。だが、それを償ってあまりあるものは、ただ観念だけだ。征服の背後にある一つの観念。感傷的な見栄、いいや、そんなもんじゃない、一つの観念なんだ。己れを滅して、観念を信じこむことなんだ、――われわれがそれを仰ぎ、その前に平伏し、進んで犠牲を棒げる、そうしたある観念なんだ」
9  植民地主義の野蛮な情熱と表裏をなしている、一種の透明で非人称的な普遍主義の響きをコンラッドの文章はよく伝えております。彼の言う「観念」とは、まぎれもなく「閉じた箱」の産物であります。こうした「観念」は、確かに「閉じた箱」の中では独りゆく″気概″たり得ても、ひとたび「開いた箱」に移されるや鼻もちならぬ″臭気″を発し始めます。それは、コイラッドの作品の「観念」の使徒を待ち受けていた、恐るべき人間性の荒廃をあげれば十分でありましょう。
 植民地主義に限らず、近代文明は、総じて「閉じた箱」の内部で展開されてきました。そこから締め出されてきたのは、他人の痛みへの感受性や思いやりであり、異文化・異民族への理解や寛容であります。また理性と感性とのバランス、自然や宇宙との共感であり、偉大なるものに対する敬虔さ等であります。そして、すべてとはいわないまでも、それらの多くが、先ほど申し上げた作家のオランダが簡潔に要約しているブラジル人の美徳に符合しているのではないでしょうか。
10  いたずらに貴国を美化するつもりはありません。確かに詩人のアンドラーデが、嘆息まじりに「かくも堂々たる、かくも果てしなき、かくも途方もなき彼女」と形容したように、ブラジルの精神性における光と闇の目くるめく交錯は、安易な要約などを拒絶しているかもしれません。
 しかし、私は、たとえ地中に埋もれた磨かれざる原石のような状態であったにしても、その精神性の土壌に、近代文明の表層的な普遍主義にとって代わる「大いなる普遍」への可能性の回路を見たいのであります。
11  新たなる「開かれたコスモス調和の世界」の形成ヘ
 昨年五月、貴国での「地球サミット」の一環として皆さま方の多大など尽力を賜り、私どもSGI(創価学会インタナショナル)が「環境と開発展」を開催させていただいた折、シンポジウムの席上、尊敬するアタイデ総裁は次のように語られました。ここ文学アカデミー新館講堂のこの席でのスピーチであります。私は再びこの言葉を繰り返したいのであります。すなわち「ブラジル国民は偉大な国民であり、希望の源泉である。新世紀の幾多の困難を克服していくためには、この『希望のブラジル国民』こそ頼みとするべきでありましょう」と――。
 芸術の世界にしても、かつてイギリスのエリオットが「荒地」と言い、フランスのヴァレリーが「枯渇の泉」と言ったごとく、先進諸国の芸術がおしなべて生命力を衰退させていくなかで、ブラジルに限らずラテン・アメリカの文学が、際立ってコスミックな危機意識を体現し、新たなコスモス形成への強烈なバイタリテイーを放射しているのも、決してゆえなきことではないと思うのであります。
12  その意味からも近代ヨーロッパの序幕と終幕を激しく生き、普遍的な精神性の価値を模索し続けた、代表的なコスモポリタンであるモンテーニュとツヴァイクが、ともにブラジルの天地に熱い思いを寄せているのは、興味深い。
 もとより、モンテーニュが十年余りの現地体験をもつ使用人から聴取したのは、いまだブラジルの名さえなかったインデイオ社会の風習ですし、ナチスに追われたツヴァイクが亡命の地としたのは、人種デモクラシーの著しく進んだ二十世紀中葉のブラジルであり、同列に論じることはできないでありましょう。
 しかし、死を間近にしたツヴァイクが、ブラジルの地でモンテーニュを読みふけっていた事実に象徴されるように、稀有なコスモポリタン的資質の持ち主であった二人のこのゆくりなき符合は、私には何か示唆的な出来事のように思えてならないのであります。
13  モンテーニュの『エセー』は、私の若いころからの愛読書でありますが、人間学の宝庫ともいうべきこの大冊の中でも、ブラジルの風習について語られた部分は、ひときわ異彩を放っております。
 「新大陸の国民について私が聞いたところによると、そこには野蛮なものは何もないように思う。もっとも、誰でも自分の習慣にないものを野蛮と呼ぶなら話は別である。まったく、われわれは自分たちが住んでいる国の考え方や習慣の実例と観念以外には真理と理性の尺度をもたないように思われる」(「モンテーニュ」I、原二郎訳、『世界古典文学全集』37所収、筑摩書房)
 こう静かに開始される考察は、インディオ社会の風習に対する、当時の常識からみて驚くほど大胆で勇気ある評価であります。その曇りなき眼、平衡感覚は、″野蛮の発見″といわれる二十世紀の文化人類学の成果である文化相対主義を、四百年前にして、優に先取りしております。
 モンテーニュが濃密に体現していたように、自己本位の「閉じた箱」的発想でなく、常に相手の立場に立って物事を見ようとする複眼の視座こそ、コスモポリタンの不可欠の要件であり、一方的、画一的なものの見方は、普遍主義の名に値しないのであります。
14  故郷を追われ、「私がほとんど半世紀を通じて、コスモポリタン的に『世界の市民』として鼓動するように私の心臓をしつけたことも、その甲斐はなかった」(『昨日の世界』2、原田義人訳、『ツヴアイク全集』20、みすず書房)と、失意と傷心の淵に沈むツヴァイクの魂を温かく包み、癒したのもブラジルの天地でありました。
 回想録『昨日の世界』に付せられた彼の「遺書」の一節ほど″ブラジル的なるもの″の包容性を語っているものも少ないと思います。
 「――日一日といやますおもいで、私はこの国を愛するようになった。私自身のことばを話す世界が、私にとっては消滅したも同然となり、私の精神的な故郷であるヨーロッパが、みずからを否定し去ったあとで、私の人生を根本から新しく建てなおすのに、この国ほどに好ましい所はなかったとおもうのである」(同前)
15  両度にわたる世界大戦、なかんずくナチスの暴虐は、近代文明の自殺行為にほかならなかった。文明の高みから野蛮を見下してきた彼らこそ、実は野蛮以上に野蛮な本性をもつことが自日の下にさらされてしまった。
 私は、モンテーニュがインデイオを評して、「われわれのほうこそあらゆる野蛮さにおいて彼らを越えている」(屋一郎訳、前掲書)と語るのを、ツヴァイクは深く深く首肯していたであろうと想像されてなりません。
16  ところで私は貴国についてイギリスのラテン・アメリカ学の草分けであるジーン・フランコ女史の『ラテン・アメリカ――文化と文学』(吉田秀太郎訳、新世界社)から多くのことを学びました。
 女史は、その中で、二十一世紀のブラジル文化の特徴を、「根源を求めようとする動きと近代性を求めようとする動きとの間の緊張」、更に「地方的または地域的な特徴を強調しようとする人々と、ブラジルを世界文化の先端に位置づけようとする人々との間」の「緊張」としております。
 まことに簡潔にして要を得た指摘と言ってよく、「大いなる普遍」の実り多き果実もまた、そうした「緊張」関係のなかでしか得られないと、私は信じております。「個別」と切り離された「普遍」はコンラッドの「観念」のように独り歩きする危険性をはらんでおります。
 これは民族や階級といった「観念」が猛威を振るった二十世紀が、多大な代償を払って手にすることのできたかけがえのない教訓であります。そうではなく、真実の「普遍」は「個別」に即して求められねばならず、両者の絶えざる緊張関係のなかで、個別的なものに普遍的な意義づけを与えていくものこそ、芸術の有する真骨頂ともいうべき想像力の働きであると思うのであります。
17  ちなみに、こうしたアプローチの仕方は、大乗仏教にも極めて親しいものであります。
 「八万四千の法蔵は我身一人の日記文書なり
 ――釈尊一代の説法は、我が身一人の日記の文書である――
 「一人を手本として一切衆生平等」と。
 ――この法門は、一人を手本にすることによって一切衆生に皆平等にあてはまる――
 すなわち、普遍的な理論や理念は、それ自体として意味をもつものではない。あくまでも具体的な一個の人間に即して展開されているのであります。
18  さて、国民性の美質を探るには、優れた作家の手腕を借りるのが一番早いと思います。
 貴国の文学の日本語への翻訳は、残念ながら、まだまだ緒についたばかりでありますが、そのなかで土俗性と近代性、個別性と普遍性の問題を、最も鋭く提起しているのは、ローザの『大いなる奥地』ではないかと私は思います。実際、ブラジル北東部の奥地で熾烈な戦いを繰り広げる若き野盗リオバルドの口から、やや唐突に「私は宗教に基いた都市を作りたいと思う」(中川敏訳、前掲書)という骨太の、コスミックな響きを帯びたセリフを聞いたときの不思議な感動が私は忘れられません。
 今の世界のどこで、宗教がこのようにみずみずしい生命力をたたえて語られているでしょうか。
19  世紀末の今の宗教事情といえば、限りない世俗化の流れに洗われて形骸化するか、個人の内面的私事としてみすぼらしく逼塞させられるか、オカルトまがいの淫祠邪教が、つかのまの盛衰を繰り返すか、あるいは、間欠泉のようにエネルギーを沸騰させ流血抗争の引き金を引くかが、ほとんどといってよいでしょう。
 いずれにしてもマイナス・イメージばかりであり、宗教が期待を込めて肯定的に語られるケースは稀であります。確かに、リオバルドの資質は、宗教を語るに足るものであった。
 一見野性的で荒々しく見える彼の情熱は、その実、神や悪魔との契約についていつも思い悩み、愛とは何か、信頼とは、自由とは、勇気とは……と人生を問い続ける類まれな繊細さに裏打ちされていた。
20  「内なる奥地」に眠る「聖なるもの」
 だからこそ、奥地をめぐる覇権は、単なる覇権争いではなく、目指すは正義の実現であり、彼らなりの使命感に基づく覚醒への一撃であった。
 転戦のおもむくところ、戦いが「内なる戦い」の様相を強めてくるのも当然の帰結でしょう。
 「わたしたちは奥地を目覚めさせなくてはならない! ただし、奥地を目覚めさせる方法はただひとつ内部から目覚めさせるのでなくてはならない」
 「奥地――それは人の心の中にある」(同前)
 「奥地」という個別性から「内なる奥地」という普遍性への深化、昇華であり、「宗教に基づく都市」とは、そうした内面化を経ながら日常性を脱し、宗教学で言う″聖なるもの″の現れとして彫琢ちょうたくされているシンボルなのであります。そこに遠望されているのは近代の退化した宗教ではもとよりありません。それは、「人間」と「自然」と「宇宙」とを包み込んで、その有機的結合の要となり、コスモロジー再興へのエネルギー源たりうる、優れて統合の力を有する宗教といってよい。
21  リオバルドの言葉が「大いなる普遍」と呼ぶにふさわしい内実、リアリティーをもつゆえんであります。
 しかも、そのリアリティーは、個別へのあくなき執念によって保証されている。野盗という原始的世界に素材をとっている点といい、博物学や地理学にも精通した著者ならではの微細を極めた奥地の自然描写といい、ふんだんにちりばめられた民間伝承といい、私はそれらが『モナ・リザ』の″ジョコンダの微笑″をひきたたせているそのバック――すなわち、空気遠近法を駆使して描かれた峨々たる岩山と、同様の効果を演じているように思えてなりません。留意すべきは、その宗教観であります。
 「私が固く信じ、断言し、説明しようとしているのは、全世界が狂っているということである。そう、お客人、あなたも、私も、私たちが、万人が、狂っている。そこで、狂気から脱して正気を取り戻すためには宗教が必要となる。いつも、狂気を治すのは祈りなのだ。祈りは魂を救済する」(同前)
22  時代の病を癒すために、宗教的祈りを必須としつつ、しかも、その宗教観からは、宗教的ドグマが慎重に斥けられ、普遍的なるものが強く志向されている点に注目したい。ドグマは癒しどころか、むしろ狂気・狂信を増進させるものでしかないからであります。そうではなく宗教は、人間の精神性を陶冶し、善きものヘと高めながら、新たなるコスモス形成の基盤となっていかなくてはならない。
 ローザの超望していたそうした宗教的世界こそ、「大いなる普遍」の理念型であり、二十一世紀の地球文明のバックポーンとなっていくであろうことを、私は信じてやみません。
 私も微力ながら、そのような普遍的な精神性の土壌の開拓にいやまして挺身してまいる決意であります。
23  最後にブラジルの限りない未来に思いをはせながら、偉大なる自由の詩人アルベスの詩を皆さまと分かち合い、私の講演とさせていただきます。
 「然リ!/指の隙間から/時の砂がこぼれ/やがてひとつの世紀が/尽きんとするとき/ある国に/偉大なる人物の名が/数多見出される/掌には収まらぬほどに/おお! 英雄たちよ!/荘厳なる杉の大樹が/幾世紀を超えてなお/崩れざる堅固さをもって/そびえ立つが如く/貴方たちこそが歴史の大樹である/そして/その栄光のもたらす木陰に/ブラジルが憩いゆく」(Ode ao Devs de Julho; Castro Alves)
 ムイト オブリガード(どうも ありがとうございました)。
 (平成5年2月12日 ブラジル文学アカデミー)

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