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日蓮大聖人・池田大作

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人生問答 日本の進路

「人生問答」松下幸之助(池田大作全集第8巻)

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2  国家目標の設定
 池田 核時代といわれる現代にあっては、日本一国だけの生存と安全は保障されません。かりに日本が経済的に繁栄しても、中東やアジアに戦争の火種が消えないかぎり、いつなんどき世界大戦に発展するかしれない危険性があります。
 私は、その意味で、日本の国家目標を設定する場合でも、まず全地球的な規模の安全保障を最優先させるべきであると考えます。日本の平和と繁栄が、そのまま全世界の平和と安全につながっていく道をこそ模索すべきではないでしょうか。その点、幅広い経済活動を通じて、世界の人びとの手に製品を送り届けられてきた立場からのご見解を、おうかがいしたいと存じます。
 松下 おっしゃるとおり、今日以後の世界の人びと、とくに日本人は、自分の国だけでは生きていけないということについて、徹底した考えをもつ必要があると思います。
 先般来の石油危機による経済的、社会的諸問題も、そのもとは中東の一部における紛争です。その影響が日本におよんだわけです。そして今や、震源地のアラブ諸国が収入をふやして涼しい顔をしているのに反し、日本では、ややもすれば互いに血まなこになって日本人同士が争ったこともありました。こういう姿ではいけないと思います。私はどうも日本人が井の中の蛙になっているというか、日本人の世界観が非常に狭いように感じます。
 日本の平和と繁栄は、世界の在り方、動きに左右され、同時に日本の平和と繁栄は世界に影響を与えるということを、お互い日本人が十分に認識し、世界は一つの共同体であるという意識を強めていく必要があるのではないかと思います。
 すなわち、われわれは、常に日本人であると同時に世界人であるという立場にたっていなければならないと思うのです。政治もそういう立場を前提とした政治であることが必要ですし、また、お互い国民としても、そういう前提にたって海外に対処していくことが必要です。そして社会の各面で指導的立場にたつ人は、よりいっそうそういう点について先見性をもつことが肝要だと思うのです。
 明治天皇の御製に「よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ」というのがあります。こういう思想が日本にあるのです。すでに百年ちかくも前に、日本の最高指導者がいわれているのです。にもかかわらず、そういう思想がいまだに十分理解され実現されていないというのは、お互い日本人としてよく考えてみなければならないものがあるのではないでしょうか。
 とくに今日では、遠いヨーロッパの出来事でも、いわば瞬時にわが国まで伝えられてきます。したがって、ヨーロッパはもちろん、世界中の動きというものを軽視していては、何事もなしえないといえましょう。
 もはや世界は一体であり、いわば有機的に結びついているわけです。それだけに、「よもの海みなはらからと思ふ」という、いわば伝統の思想にたって日本が実際に歩んでいくことが、非常に大切ではないかと思います。
 そういう意味から、全世界とのつながりを重視されるお考えに、私も心から共鳴をおぼえるものです。
3  国としての命運
 松下 過去の世界の歴史において、国家の興亡は定まりなきものがあり、栄枯盛衰は世の習いという感じもいたします。その興亡の歴史には、それぞれにそれぞれなりの理由があったと思いますが、根本的にはそれぞれの国の国運というものが大きく働いていたようにも思います。この国運というものについて、いかがお考えでしょうか。また日本の国運というものについてのお考えはいかがでしょうか。
 池田 ご指摘のとおり、一つの国家の興亡、盛衰には、必ずその直接的な原因、ないし契機となるような事柄があると同時に、より巨視的に歴史をみた場合には、国家の命運といったものをみることができるように思います。たとえば太平洋戦争などを例にとっても、その敗戦への道の直接的契機は、ミッドウェー海戦における作戦の配齢にあったとか、講和の時期の選択を誤ったことによるとかと、その原因をあげることはできるでしょう。しかし、より大きな視野からみれば、愚かな軍国主義の指導者に導かれた結果として、滅びるべくして国は滅びたといえます。
 したがって、国運という考え方を私も認めますが、それは、けっして神秘的、天から与えられた国家の運命といったようなものではなく、その国土に住する人間自身によって培われた生命力、あるいは思想なり行動なりの集積としてあらわれた、国家社会の基本的動向という意味でです。国家や社会といっても、その特別な実体があるわけではなく、したがって、その国家社会の運命といっても、抽象的に存在するわけではないはずです。すべてそこに住する人間自身の生命力、心理状況、思想、行動によって、国家・社会の基本的動向が決まることを、確認しておきたいと思います。
 また、日本の国運についてどう考えるかとのご質問ですが、今や、政治的にも、経済的にも、文化的にも、全世界が、一つの運命共同体になっているというのが現状であります。このようななかにあって、一国だけの命運を論ずることは必ずしも妥当ではないように私には思われます。
 そこで、全世界の運命はどうかということになりますと、今や、破壊と混乱と衰亡の一途をたどるか、それとも、世界が一つに結ばれ、調和と創造と栄光への道をたどるかの分岐点にあると考えます。どちらの道へ人類の運命を向けるかは、現代に生きる私たちの手にゆだねられております。
4  世界に対して担う役割
 松下 先年、アメリカのハーマン・カーン博士は「二十一世紀は日本の世紀になるだろう」と予言されましたが、昨今の石油危機のさなかで、日本は資源小国などともいわれ、国民のなかにも日本の将来を悲観するむきもあるようです。はたして、日本は二十一世紀において、いい意味での世界のリーダーの一人になることができるでしょうか。また、そうなるために必要な条件はどういうものでしょうか。
 池田 ハーマン・カーン博士が日本の未来、世界の未来を予測して日本が経済的に優位にたつであろうとした推測の基礎には、日本が資源をもたない国であることの十分な認識は、当然あったと考えます。
 博士の未来への推測は、現在、世界は多くの問題についての不安――核戦争、開発諸国と低開発諸国間の関係、その後者における飢饉の可能性、新興諸国をめぐるさまざまな紛争の原因等――をかかえていることを認めつつも、世界は安定期に入りつつあり、全体的には″平穏な状態″が、今後永続するであろうとの見通しにたっています。そして、その安定の基礎のうえに、世界貿易が活発に展開されることを条件として、資源的に小国である日本が、それにもかかわらず新しい世紀の舵をとるであろうことを予測しております。それはまた日本が戦後、驚異的な経済発展を遂げたことへの評価と、それをささえてきたものへの分析にもとづいたものでありましよう。
 したがって、資源をもたないことが、そのまま日本の経済発展を阻害すると即断するのは、いささか早計というべきではないでしょうか。
 しかしながら、門外漢である私にとって、日本経済、世界経済の動向をうんぬんすることはいささか任が重いようです。むしろ、この点については、経済人であられる貴方のご意見をうかがいたいところです。
 ただ、私は、経済的に日本が大国となるか否かは別として、今後、日本は、世界に対していかなる役割を担っていくべきかについて、若千のべてみたいと思います。
 現在の日本が世界のなかで占めている位置は、非常に特異であると思います。それはどういう点かといいますと、わが国は、明治維新以後、ひたすら西欧化への道を歩み、ある意味では、東洋の陣営というより、西欧陣営の一員としての色彩を強めております。
 一方、日本の文化的伝統は、東洋史数千年の文化も摂取し、見事に消化し、血肉としてきております。すなわち、世界中の文明がほとんど日本に流れ込んでおり、融合しているということです。
 このような特色をもった日本が、国際社会の平和へ果たしうる役割は、非常に大きいと思います。日本は、東洋と西洋の懸け橋となり、欧米諸国と、アジア・アフリカ諸国とを結びつける立場にあります。
 すなわち、今日までの世界をリードしてきた西欧文明と、悠久として変わらない東洋の文明を融合し、新たな総合的な文明を創りあげるための、最も重要な位置に日本がたっているということです。この立場をしっかり自覚したときに、日本は、世界の平和な未来に対して、一つの偉大な貢献の道を見いだすことができるでしょう。
 私は、この第三の道を進むにあたって、日本は政治的には、完全中立の立場にたち、基本の理念としては″中道主義″をおくことが、絶対の要件であると思います。
 この中道主義とは、けっして折衷主義や日和見主義ということではなく、人間という原点、生命という本来中道なる原点を、常に踏まえつつ、力強い主体性と指導性をもって進んでいく行き方です。
 新しい世界にあって最も必要な思潮は、体制と人間、自然と人間、物質と精神、科学とヒューマニズム、ナショナリズムとインターナショナリズム等の統合、融和の思想であり、イデオロギーの対立を乗り越えて、人間の復権を可能ならしめる思想です。
 日本が、この中道の理念をもち、そこに心を一つにして進むならば、必ずや世界の平和と人類の繁栄に、大きな貢献をなすことができると思うのです。
5  日本民族の特質
 松下 どの国民、民族にもそれぞれ特有の国民性、民族性というものがあると思いますが、日本人にも、この国土と長い歴史にはぐくまれた、他にみられない特質があると考えられます。個々にあげればいろいろありましょうが、そのなかでも、とくに大切だとお考えなのはどういうものでしょうか。ご高局見を賜わらば幸いです。
 池田 日本民族の特質の一つとして、私は異文明に対する寛容性をあげることができると思います。日本人は往古より外来文化を積極的に受け入れ、それをよく消化し、そして自分のものとしてきました。
 むろん、このような外来文化の摂取の仕方が、必ずしも全面的に好ましいものとはかぎらないかもしれません。たとえば、日本民族には、独自の文化を創造する才がない。すべて受け身の模倣に終始している。このような批判が当然に予想されますし、現にそのような見方をする人もいることは事実です。
 しかし私は、日本人の異文明に対する受け身の姿勢を認めながらも、なおかつ、それをプラスに転化する才を高く評価したいと思うのです。とくに最近の国際化時代にあっては、世界の各民族の文化をよく理解し、その特質を尊重しあっていく姿勢がなくてはならないでしょう。
 およそ、すべて物事にはプラスとマイナスの両面があるものです。歴史を振り返ってみると、日本が他国の文化や文明に接するにあたっても、それを積極的に取り入れてきた半面、その反動として、日本独自の文化を築こうとする面もありました。それが排外的なナショナリズムに短絡すると、徳川時代の鎖国政策となり、キリシタンや仏教徒に対する弾圧となる、いわゆる閉鎖的な″島国根性″が頭をもたげてくるわけです。
 したがって、日本民族の特性といっても、その独自性ばかりを強調するのは好ましくないと思います。とくに戦時中、わが国はアジアの近隣諸国に対して日本的な生活様式を押しつけ、多くの人命を犠牲にし、そして敗戦を迎えました。私は、三度と再び、このような愚行を繰り返してはならないと思います。事実、敗戦直後の日本人は、戦後の再建にあたって、そのように固く心に彗弓たのではないでしょうか。
 ところが最近、再び日本は国際社会の孤児になりかねない状況にあるようです。ハフキリ、カミカゼ・ジャック、エコノミック・アニマル、ミナマタ……といった現在の日本につけられる代名詞には、世界の各民族の鋭い批判の意味が込められているようです。とくに韓国やアジア諸国の、反日感情の高まりはいちじるしいものがあります。このような状況に危惧の念をいだくのは、けっして私一人ではないと思います。
 そこで私は、日本は再び戦後の原点に立ち返り、世界のなかの日本という認識と、平和への希求を、あらためて想起すべきであると訴えたいのです。地球の反対側で起きた事件が、ただちに国民の生活に密接な影響をおよぼす現代にあっては、日本は世界の各国といっそうの協調を深め、平和的な友好関係を強固にしていかなければなりません。しかも日本は、食糧やエネルギー資源の大半を世界の各国から輸入しているのです。また、工業製品の多くを世界各国に買ってもらって生活を営んでいるわけです。したがって、わが国は、″島国根性″を克服し、広く開かれた大らかな精神をもって、世界の各国各民族と協調していくことが大切であると思います。
6  伝統の根底にあるもの
 池田 日本固有の民族的伝統精神というものに、大変注目されていらっしゃるようですが、日本民族の特性をどのようにとらえておられますか。またその特性をもたらしたものは何であるとお考えでしょうか。
 松下 おっしゃるとおり、私は、日本人の特性、日本の伝統の精神というものについて、これを非常に大事なものと考えております。
 その伝統の精神のなかで、私がとくに大切だと考えているのは、主座を保つということです。言い換えれば、常に日本人としての自主性、主体性をもちつづけてきたということが、日本人の大きな特性ではないかと思うのです。昔から、日本人は海外から思想や宗教、知識や技術などさまざまの文物を積極的に取り入れてきました。しかし、そのさいに、けっして日本人としての主座を失っていないと思います。海外から取り入れたものによって左右されるのでなく、それらを日本人としての自主性、主体性をもって取り入れ、国家の運営なり国民生活の向上に役立つように消化し、活用してきたわけです。
 そういう点に、私は日本の伝統精神の根底があるのではないかと考えております。個人の場合でも、自己没却といいますか、自分の主体性を失ってはいけませんが、国家でも同様だと思います。国としての主体性をもたず、右往左往していたのでは、けっして好ましい発展はありえないでしょう。したがって、常に主座を保ってきたという日本の伝統精神は、きわめて高く評価すべきものがあると考えるのです。
 そうした伝統の精神をはぐくんだものは、一言にしていえば、日本特有の気候風土と建国以来二千年におよぶ独自の歴史でしょう。豊かな自然と彩り豊かな四季の変化というもの、天皇家を精神的な中心として一貫して発展の歩みをつづけてきた日本の歴史、そういうものが、しだいしだいに、この好ましい日本の伝統精神をはぐくんできたのだと思います。
 ところが、そうした好ましい伝統の精神が今日の日本人によって十分認識されているかといいますと、残念ながらそうではありません。むしろ、とかくそういう伝統とか歴史とかを好ましくないものと考えたり、教えたりする傾向があるように思われます。そういったことで、日本のよき発展が可能でしょうか。私はそこに非常に大きな危惧をいだくものです。
 日本の歴史、伝統のなかには、もちろんよくない面もあるでしょう。そういうことを一つの反省というか戒めの資としていくことはこれは大切だと思います。しかし、そういう面ばかりみて、なにか自分の国を非常に悪い国のように考えてしまったのではこれは大きなマイナスです。よくない面は反省しつつも、やはりそれ以上に歴史のいい点、好ましい伝統というものに目を向け、そこに日本人としての誇りをもって、そうした歴史、伝統を受け継ぎつつ、よりよき日本を創造していくのでなくてはならないでしょう。そのことが、今の日本にとってきわめて大切だと私は考えます。
7  「恥」の意識の評価
 池田 ルース・ベネディクトは『菊と刀』(長谷川松治訳、社会思想社)で、日本人の物の考え方、文化の根本には「恥」という発想があり、行為の是非を「罪」ではなく、他人の評価を基調にして決定する性向があるむねを主張していますが、この考え方に対し、どのような評価を与えられますか。また、そうだとして、どうすれば転換できるとお考えですか。
 松下 『菊と刀』という本については私は読んでおりませんので論評はいたしかねますが、日本人は昔から「恥を知らなくてはならない、恥を知らないようではいけない」と考えてきたことは事実だと思います。
 恥というのは、他人に対して恥じるわけですから、これはみんなに笑われるようなことはしてはいけないということでもあるわけです。つまり、よくないことをすれば他人が笑う、正しいことであれば他人は笑わない、そういうことを前提として恥というものを考えてきたのが日本の一つの伝統だと思います。西洋であれば、神の教えに背いてはいけない、神の教えのごとくしようということがあるわけでしょうが、それと基本的には同じではないかと思うのです。
 というのは、人に笑われないようにしよう、他人に対して恥ずかしいことはしてはいけない、という考えの根底には、世間は正しいものである、全体としてみれば神のごときものであるという見方があると思います。かりに非常識な人がたくさん集まっていて、その人たちに笑われたとしても、それは恥にはならないわけです。世間は正しい、すべからざることをしたら人に笑われる、だからそういうことは恥であり、しないようにしておこうということだと思います。恥を知るということは、正しいことに従うというのと同じ意味だといえましょう。
 ご質問に「行為の是非を他人の評価を基調にして決定する性向がある」とありますが、日本の恥という意識の本質は、ただたんに他人の思惑を気にするといった外面的なものではなく、神のごとく正しい世間の評価によって自分の行動の是非を判定するといった深いものであることを忘れてはならないと思います。
 他人に対して恥じないということは、言い換えれば、正義に恥じない、良識に恥じない、天地に恥じないということに通じるものであるという認識をもつことが大切でしょう。したがって、自分の良識というか正しいと思うことが、絶えず一般世間の常識と合致する必要があると思います。
 ただ、時代の変わり目といいますか、一つの混乱期には、世間が誤った傾向に陥ることもあります。そういう場合には笑われることが非常識でなく、笑うほうが非常識だといえましょう。ですから、国民としても、常に正しい常識の涵養に努めることが大切です。そういう特別な時期はありますが、一般にはやはり世間は正しいのであって、私は、正しい意味での恥の意識には転換の必要はないのではないかと考えるのです。
8  憲法改正の基準は
 松下 憲法というものは、人間がつくりだしたものであり、したがって、これは時代とともに変えていかねばならないものだと思いますが、そのなかにあっても、変えるべきものと、変えてはならないものとがあるように思います。もしそうであるとするならば、変えるべきものと、変えてはならないものとの判定の基準はどこにおけばよいのでしょうか。とくに日本国憲法の場合はいかがでしょうか。
 池田 憲法の精神を、より社会の実情に即して徹底していくために、社会情勢の推移等に応じて、改正を行なっていくことも当然必要となる場合がありましょう。憲法を永久的な絶対のものとして、その修正を拒絶するのは、頑迷固陋ころうにすぎるし、かえって社会の発展を阻害していくでしょう。
 ところで、ご質問は、憲法改正にあたって変えてよいものと、変えるべきでないものとの判定の基準はどこにおくかということですが、憲法一般論としてのべることは、憲法学者でもない私の領域をはるかに超えるところです。なぜなら一口に憲法といっても、それは、それぞれの国の歴史的背景と現在の国情を踏まえて制定されたものであり、その理念とすることもさまざまであると考えられるからです。もちろん、現行憲法の″改正″という言葉の意味からするならば、いかなる憲法にあっても、その基本理念を逸脱しない範囲においての変更だけが許されることになるのでしょうが、それではあまりにも抽象的であり、言葉の論理にすぎなくなるでしょう。
 そこで、これを、日本国憲法に限って私見をのベさせていただきます。といっても専門的にわたることは避けて、原理的な次元で考えてみたいと思います。
 現行憲法をみると、その基本原理に、国民主権の原則、基本的人権の尊重、徹底した非武装平和主義をおいていることは、周知のとおりです。
 国民主権主義は、明治憲法が天皇を唯一の主権者であるとし、国民を支配の対象とみなした考え方から、百八十度の転換がなされています。この主権の所在をどこに求めるかということは、憲法典の最も基本的な部分をなすものといえましょう。人民主権の原理は、近代諸国家の民衆が、長い苦闘のすえに戦いとったものであり、さまざまな試行錯誤を経て、これこそが人民の幸福を保障する不可欠の原則であると確定されたものです。日本国憲法も、この諸国民の歴史的体験の成果を引き継いで、「人民主権」を「人類普遍の原理」であるとして採択したわけです。
 また、基本的人権の尊重は、国民主権の原理と不可分のものであり、それを制度的に確保するために、権力分立、司法権の独立、違憲立法審査権などの諸制度を憲法が規定していることは、諸憲法学者が指摘しているとおりです。これによって、政治権力は、国民の生存の権利を守り、それに奉仕するところに、その正当性を認められることとなったわけです。
 さらに「平和主義」は、民主主義、人権の尊重という基本原則から論理上必然的に導かれるものとして、日本国憲法の根本原則として定められたものといえます。国民の基本的人権、生存の権利をないがしろにし、国家の論理が優先するところに戦争が起こることは、近代の歴史が示す事実です。現代社会にあっては、国家の論理が優先する戦争が、いずれの当事者の国民にとっても、なんら利益をもたらさないことは、自明の理です。その意味からも日本国憲法の掲げた平和主義は、今日、すべての国の指導原理とならねばならないと信ずるものです。
 以上、日本国憲法の基本原理をみてきましたが、私は、これらは日本国憲法の骨格をなし、基本精神となっているものであるゆえに、いかなる改正にあってもこれを曲げるようなことがあってはならないと考えます。また、そのような法律的観点からだけでなく、日本国憲法のこれらの原理は、人間生命の尊厳を守るという視点にたったときに、まことに普遍妥当な原則であると信じます。ゆえに、これらは、いかなる理由をもってしても変えてはならないことであると考えます。
 これら、憲法を支配する原理に対して、その原理を具体化するための、個々の憲法律とくに制度・機構について定めたものに関しては、時代、社会の状況に応じて、変更すべき余地は多いといえましょう。といっても、制度・機構等のなかにも、権力分立、議会制、違憲立法審査権等、立憲秩序の最も大事な部分も含まれており、また、その他の部分についても、民主主義の運営においては手続きがその死命を制するほどに重要になりますので、その改正には慎重な検討が要請されましょう。
 具体的には、首相公選制の問題、参議院の改革、最高裁の制度、地方自治制の改革案等々があがっているようですが、その一つ一つが重要な問題であり、即断は避けなければならないでしょう。
 以上は原則的に一般論としてのべたものですが、現行の日本国憲法を、いま現在改正をする必要があるかどうかという点に関しては、私は否定的に考えます。それは、技術的・制度的な面から出されている改正の要請も、それほど修正を急がねばならぬものとは考えられないことが、第一の理由です。そして第二の理由は、今日の改憲論が、技術的・制度的側面を超えて、憲法の掲げる基本原理までをも、根本からくつがえそうとしているからです。主権者たる国民の意思からかけ離れたところで憲法改正がうんぬんされ、憲法違反の既成事実を積み上げて横車を押し通そうとするような今日の政治状況のもとにあっては、われわれ国民は、あくまでも憲法擁護の姿勢を貫いて、少しでも邪悪な勢力の横暴を許すようなことがあってはならないでしょう。
9  改憲論の背後にあるもの
 松下 現行の日本国憲法は、非常に高邁な人類普遍の原理に立脚した立派なものだと思いますが、ただ制定当時の国情などもあってか、日本人の特質といいますか、日本の歴史伝統といったものが必ずしも十分配慮されていないという指摘もあるようです。その点についていかがお考えでしょうか。ご高見を賜わらば幸いです。
 池田 憲法といっても、それが歴史的産物である以上、その国の歴史伝統を考慮して制定されることは当然です。ただし、現在の憲法論議においていわれる″日本の歴史的伝統″という言葉が意味しているものは、まことに、復古的・封建的色彩の強いものであることに注目しなければならないでしょう。それは第一に、天皇・皇室を中心とした民族国家という明治憲法下の体制を志向しており、第二に、(第一と密接に関連していますが)家族制度を日本民族の美徳として、憲法に盛り込み、旧体制の構造を再現しようとする意図をはらんでいます。さらに「公徳心のなさや非道徳的言動が目にあまる」ことを嘆いて、日本国民としての義務を、さまざまに憲法典に規定しようとしているようです。
 現行の日本国憲法の制定にあたって、当時の政治的指導層は、民主的憲法をつくる意思も、能力さえももっていませんでした。それゆえに現行の日本国憲法はマッカーサーの草案をもとに制定されることとなりました。この事実から、今日でもなおかつ、現行憲法は「押しつけ憲法」であり、国民の意思にもとづかずして制定されたものである等の論議がまかりとおっているわけです。しかしながら、このマッカーサーの草案が、当時、国民の幅広い支持を受けていたという事実に照らして考えるならば、「押しつけ憲法」論議の根拠は、まことに薄弱であるといわざるをえません。当時の「国体の護持」にばかり気を奪われた政治的指導層にとってはともかく、″国民″の立場からするならば、けつして押しつけられたものではなく、それまで抑圧され統制されていた″真実の声″を代弁したものであったとさえいえるでしょう。
 現憲法の制定は、政治的体制という面では、国民にとって、日本の歴史的伝統との決別を告げる契機であったといえます。しかもそれは、政治的指導者階層の拒絶と形骸化への働きかけにもかかわらず、国民が守り、育ててきた道であり、今日の国民の大多数が支持している方向でもあります。
 日本国民は、現憲法の制定と同時に新しい歴史を刻んできたといえるでしょう。それは、天皇主権から国民主権への一大転換にもみられるとおり、政治体制そのものの抜本的変革でした。この歴史的事実の認識にたつならば、われわれは、現憲法を守り、それを実質的ならしめることにこそ意を注ぐべきであり、そこに新たな歴史的伝統を築いていくことこそ最も大事なことではないでしょうか。
 繰り返していうならば、「日本の歴史的伝統」という美名のもとに、戦後、日本国民が営々と築き上げてきた、新たな「歴史的伝統」をくつがえし、敗戦という最大の犠牲を経て振り捨てた、旧体制の亡霊を再びよみがえらせるようなことは、断じてしてはならないと考えるものです。
10  安全と生存を守る道
 松下 日本国憲法では、その前文に「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した……」とあります。しかし、戦争で国中が焼土と化した終戦直後はともかく、今日、経済大国といわれるまでに成長した日本が、一国にとって最も大切な安全とか生存を、基本的に他国まかせにしておくことが、日本自身にとって、また世界諸国との共存共栄という観点からみて、真に好ましいことなのでしょうか。理想はともかくとして、現実に即して考えた場合どうお考えでしょうか。
 池田 日本の安全とか生存を他国まかせにしておくことが好ましいかどうか、というご質問には、日本が日米安全保障条約にもとづいてアメリカの軍事力によって国を守られていることへの是非の問題が含まれていると思います。そしてもし、経済大国になったのだから、それに見合う自衛力をもつべきだというご意見ならば、それに賛同しかねます。
 自国の″安全・生存″を確保するために武力をたくわえるという思考は、国際政治の勢力関係をパワー・ポリテイクスに即して判断したもので、これは一見、現実的であるかのようにみえますが、けっして現代という時代の動向を見据えた最善の策とはいえないと思います。「他国まかせ」ということについていえば、憲法が謳っていることのなかには、アメリカの軍事力に守ってもらうという意味は全くありません。あえてここで他国まかせといえば「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」するということになりましょう。
 たしかに、第二次大戦直後の各国にみられた「平和を愛する」真摯な気持ちから比べると、今日の世界の諸国民は、そうした純粋な「平和を愛する」心を失っているといえるかもしれません。しかし、核兵器の開発によって、逆に戦争はもはや自他ともの破滅しかもたらさないことが認識され、戦争ができなくなってきていることも事実です。したがって「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」することはできないにしても、戦争は避けなければならないという気持ちは、いずれの国民にも共通のものとして信頼できるのではないでしょうか。
 とくに日本は、過去に侵略戦争にまつわる暗い思い出を傷跡深く残しているとともに、世界で唯一の原爆をこうむったという忘れられない痛恨事をもっています。この二つの歴史的体験は、世界中の人びとの知るところであり、それゆえにこそ、憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して……」という崇高なる精神が蘇り、第九条の戦争放棄の明文が重みを増すのではないでしょうか。
 私は、時代の趨勢からかんがみても、また平和憲法の趣旨からいっても防衛力を増強することは″安全・生存″を保障することにならない、否、むしろマイナス効果になることを強調しておきたいと思います。
 ″安全・生存″を他国まかせにしておいていいかどうかという点をさらに掘り下げて、現実に即していえば「ノー」ということになります。
 ただし、それは、だから自分で自分の国を守る武力をもつべきだというのでなく、いっさいの武力による防衛という考え方を捨てるべきだということです。
 また、国の防衛は他国の軍事力に頼って、自分は経済的繁栄を追求していくというエゴは当然、捨てなければなりません。みずから得た経済力は、発展途上国への援助に振り当て、それら諸国の経済的安定、自立を助けることが、根本的な意味で、平和ヘの推進力となっていくでしょう。
11  憲法をどうみるか
 池田 憲法というのは、一国の最高法規であり、簡単に変えられるものではありません。国家の基本的な骨格が変われば、社会全体の仕組みも大変革を余儀なくされるからです。その結果、法規範に対する国民の不信が醸成され、法治主義の精神も失われることが考えられます。
 およそ憲法というものは、その時代の人間がつくりだしたものであっても、そこには普遍的な理念が盛り込まれているものであります。それは、時代の最高の英知を結集してつくられたものといってよいと思います。したがって私は、時代によって変化する面があることは当然ですが、人類に普遍的な、崇高な理念は、時代が変わっても変えてはならないものと考えますが、いかがでしょうか。
 松下 私は、憲法というものには、三つの基本的な条件が必要だと考えています。すなわちそれは、普遍性、国民性、時代性の三つです。
 普遍性とは、人間の本質というか、人類共通の普遍性に立脚するということです。たとえば、平和を願い、自由、平等に生きたいと欲するのは、いわばすべての人間に共通する願望だと思いますが、憲法はこのような普遍性を十分考慮に入れて制定される必要があると思うのです。
 国民性とは、その国の歴史伝統、気候風土といったものによって培われた、その国民に特有の個性です。人それぞれがもっている個性を生かし伸ばしていくことが、その人の働きを高め、その人自身の幸せにつながるのと同じように、国もまた、その国の在り方を決定し、国民の幸せをもたらすための憲法において、その国民の個性がよりよく生かされるように配慮されていることが大切だと思うのです。
 第三の時代性とは、時々刻々に移り変わっていく社会情勢に相応じた、いわゆる時代性をもつということです。憲法に盛られた内容がいかに立派にみえるとしても、それが現実に合わない時代のズレたものであってはいけないと思います。さらにまた次にくる時代を予見して、時代をつくりだすような内容をもっていることが大切だと思うのです。こういうことが、私のいう時代性なのです。
 憲法にはこの三つの条件、原則というものがそなわっていなければならないと思うのですが、このうち普遍性とか国民性といったものは、本質的には変わらないものだと思います。時代性のみ変わっていくわけです。こうした三つの原則を芯として、国民の自由なる意思によってつくられた憲法こそ、その国にふさわしい真の憲法だと思うのです。
 以上のような観点から、わが国の憲法というものを考えてみると、私はこれを時代性に照らして適宜検討することが大切ではないかと思うのです。検討してよければそれでよし、改めるべき点があれば改める、ということにすればよいわけです。検討した結果がどう出るかは別にして、検討すること自体は、二十年なら二十年ごとに、徹底的に行なうことが大切だと思います。
 明治憲法のもとに日本が失敗を招いたというのも、憲法を不磨の大典としてこれに対する検討を行なわなかったことが、一つの原因ではなかったでしょうか。私は、憲法というものは、やはり定期的に繰り返し検討すべきものであると考えます。
12  自衛隊強化は必要か
 松下 現在わが国の自衛隊では、慢性的な隊員不足という現象がみられ、隊員の募集が非常に困難なようです。こうした状態は、隊員の質の低下につながるということも指摘されており、一部では、これはわが国の治安、防衛上きわめて憂慮すべきことではないかともいわれています。
 心身ともに健全な多くの青年が自衛隊入隊を希望するようにすることが、自衛隊強化のうえからは好ましいといえましょうが、そうしたことの是非について、いかがお考えでしょうか。
 池田 自衛隊については、今日、その存在が憲法に違反するかどうかで大いに論議の的になっています。これは憲法学者の諸先生方に明確にしていただく問題なので、合憲・違憲の論は、このさいカットさせていただきたいと思います。当然、こうした根本的疑惑が解けないかぎり、自衛隊を強化するかどうかについて、にわかにお答えするわけにもいかなくなるのですが、ただ、自衛隊が現に存在するという事実にたって考えてみるにしても、私としては、心身ともに健全な、若い青年がその貴重な青春のエネルギーを、生産と幸福のためでなく、殺人と破壊の準備と訓練のために費やすことには反対です。
 最近の自衛隊募集の広告などを見ていますと、最新の装備と整った制服男女のポスターで、必死に隊員を募ろうとしていることがうかがえますが、これが、もう一つ青年たちの心に食い込めず、慢性的な隊員不足に当事者は頭をかかえているようです。そして、ご指摘のように、国の治安・防衛上、憂慮すべき事態だという意見も一部には出ているようです。
 しかし、私は、青年がなぜ自衛隊に入ることを拒否するか、その根本原因を冷静に考えてみなくてはならないと思うのです。その理由は種々あげられるでしょうが、青年たちの自衛隊拒否の底流には、自衛隊を強化することが、はたして治安・防衛の最良の策であるのだろうかという防衛政策そのものへの不信をかいまみることができると思います。
 現代青年の意識には偏狭なナショナリズムや、ひとりよがりの国家主義を忌避し、追放しようとする態度が芽ばえており、自衛隊強化ということには、まことにシラけた気分をもっているのではないかという印象を受けます。
 私はこれまで、信仰を基盤とした多数の青年と意気投合し、心の対話をつづけてきましたが、彼ら青年の心には、平和の砦をいかに築くかという熱情が燃えさかっています。これは日本にかぎらず、他のどの国の青年たちの心にも熱情の炎が激しく揺らいでいるのを実感しました。
 彼らは、今や一国のパワーが強大になることは人類にとってけっして幸福な未来を約束するものではないということを明確に察知しています。それは青年が観念的に夢見る未来像ではなくて、第二世界の台頭や、米ソの二極構造から多極構造へと移りゆく現代の世界情勢の動向を直視し、現実にしっかりと思考の基盤をおいた責任ある態度の表明と私はみています。
 彼らは、世界がパワーによる威嚇の時代からヒューマニズムによる連帯へと流れが大きく変わっていることを知り、その潮流の渦中にあることを自覚しているのです。否、時代を担う青年たちのこの意識の転換こそ、時代の転換の現実の証拠なのです。それが観念論でないことは、自衛隊に応募する青年の少ないことで当局が頭を痛めなければならないこの現実が証明しています。したがって、自衛隊員の慢性的な不足は、もはや募集広告のセンスの悪さというようなものではないということです。
 冒頭に、自衛隊の存在が憲法論議を呼んでいることをのべましたが、この点について若千補足申し上げれば、自衛隊の存在が、もし合憲であるという解釈が下った場合でも、それによって若き青年が進んで入隊することはありえないでしょう。青年は、本質においては軍事力増強が不幸しかもたらさないこと――現実の戦争は、ポスターに描かれているようなキレイなものでもなければ、カッコイイものでもない、悲惨で残酷で汚らしいものであること――を見抜いているのですから……。
13  国家防衛の考え方
 池田 戦争放棄を謳った平和憲法をもつ日本は、いっさいの軍事力をもたないことを誓ったはずです。ところが、高度経済成長によるGNP大国化によって、いつのまにか世界第七位の軍事力をもつにいたりました。これは、非核保有国としては、西独と並んで世界最強のレベルの軍隊をもつということであります。今後、さらに経済が発展していけば、この趨勢はとどまるところのない軍備拡張の道につながっていくと思います。
 戦前の手痛い失敗を三度と繰り返さないためには、ここで日本は真剣に防衛問題を再検討する必要があります。とくに軍備拡張への道は、日本の経済大国化と軌を一にしております。この点、経済人としてのご所見を、おうかがいしたいと思います。
 松下 防衛問題についてのご質問ですが、私は、すべての国の国民が、小国たると大国たるとを問わず、自国を正当に防衛することは国民共通の義務であるという認識をはっきりともたねばならないと思います。そして、いかなる国といえども、自国の安全を保つにふさわしい防衛力をもつことが必要だと思います。
 ただ、その防衛力の内容は、軍備によるものと、軍備によらないものと二通りあると思うのです。まず軍備についてですが、軍備をもつのは危険だという見方もあります。たしかにそれも一つの見方ですが、しかし、お互い日本人がいわば理想の国ともする永世中立国のスイスでも、国民皆兵です。国境には数キロごとにトーチカをおいています。軍国主義でも戦争愛好国でもないスイスが、国家国民にとって必要かつ十分と思われるような防備をしているのです。スイスのこの姿は、いったい何を教えているのでしょうか。それは、賢明なる国家国民であれば、かりに軍備があっても、それをいらざる戦争に使うことはありえない、ということです。それがスイスです。しかし、平和の心なき国民が軍備をもてば、あるいはそれをいらざる戦争に使うかもしれません。だから平和の心なき国民が軍備をもつことは危険です。けれども、平和を真に解する国家国民であれば、その国にふさわしい軍備はあっていいと思うのです。それは自国の安全のみならず、友好国の安全にもつながるでしょう。
 もう一つ、軍備によらない防衛力というものがあります。これは、いわば国家国民全体の総合的な力です。たとえば、先般の石油危機のような場合でも、日本は立派な尊敬すべき国であるから、日本を困らせてはいけない、日本にだけは供給制限をしないでおこう、というような態度を外国にとらしめるような力です。つまり、日本が常にどの外国からも敬意をもたれ、いかなる場合でも日本を困らせるようなことはされない、といった姿を生みだすことです。それが日本を守る防衛力になるわけです。
 ただそのためには、やはりそれにふさわしい魅力を日本と日本人がもたなければならないと思います。つまり、日本と日本人の見識、信用、徳行といったものを統合して、軍備に勝るものをもたねばならないと思うのです。
 ところが、現在の日本は、この二通りの防衛力のいずれも十分にもっているとはいえないようです。憲法で軍備が禁じられているなら、どの国からも尊敬されるような姿を築くことが肝要だと思いますが、それも考えられてはいないように思われます。これでは、事が起こっても日本の安全を守ることはむずかしいのではないでしょうか。軍備によるよらないはともかく、日本は自国を守るにふさわしい防衛力、すなわち事ある時に使える軍備か、あるいは防衛力としてのすぐれた徳行、この二つのうちのどちらかの防衛力をもつことが大切だと考えます。そして憲法に照らして考えれば、後者のすぐれた徳行をもつことのほうが、より望ましい姿だと思います。
14  経済復興の要因
 松下 日本人は、戦争直後の、国土は荒廃し、住むに家なく働くに職なしという状態から、復興を成し遂げ、また、今日、日本を経済大国といわれるまでに成長・発展させてきました。
 これは困難ななかにも、その困難に負けず、復興を推し進めてきた、日本古来の伝統の精神、いわば大和魂というものがあったからだともいわれていますが、そういうことがほんとうにいえるのでしょうか。
 池田 戦後日本の奇跡ともいわれる経済復興の要因についてのおたずねですが、私は日本古来の伝統の精神――″大和魂″と表現しておられますが――それだけではないと思います。というのは、およそ一つの物事が達成されるまでには、そこにさまざまな要素が多面的に、しかも重層的に働いていると考えられるからです。
 日本の経済復興についても、ある学者は、日本民族の勤勉性をあげたり、また貧困からの脱出願望を要因として指摘するでしょう。あるいは、教育の普及による全般的な知的水準の高さも、要因として無視できないでしょう。政治的要因としては、戦後の日本が平和憲法をもち、軍事費を抑えてきたことが、経済的に繁栄する間接的な要素となってきた、と説く人もいます。これらのいずれも、私は復興のための重要な要因として否定できないと思いますし、その他、敗戦直後のアメリカの経済援助や、朝鮮戦争による特需景気なども外的要因として見逃すことができないでしょう。
 問題は、このように多面的な要素を考えてみても、そこにプラス面やマイナス面が複雑に入り組んでいるように、日本が経済大国となったプラス面とともに、そのマイナスの要素も考慮する必要があるということです。すなわち、日本の経済大国化は、国内的には国民の生活向上をもたらした半面、全土の公害化と環境破壊によって、かえって住みづらいものにしてしまいました。また、総体的に大企業が世界のトップクラスに位するまでになった陰には、悲惨な倒産の憂き目をみた多くの中小企業の犠牲者もあったようです。私は、あくまで一庶民の立場から、そうした経済的弱者と呼ばれる人びとの悲哀というものを、直視せざるをえないのです。
 日本の経済大国化の過程において、このような国内的にも二面性がみられるように、対外的にもプラスとマイナスの両面がありました。たしかに日本は、その経済大国化によって、敗戦直後には思いもよらなかったような、国際的にも高い評価を今日得ています。
 しかし、その半面では、とくに東南アジア諸国からは、日本の強引ともいえる経済進出に強い反発の声が上がっています。つい最近では、石油をはじめとするエネルギーや資源の危機が伝えられると、アメリカなどの先進工業諸国からも、石油を湯水のように使って高度の経済を維持している日本に批判が集中し、わが国は一時的ではあったが国際社会から孤立する羽目に陥りました。
 ですから私は、日本の経済大国化が″大和魂″によるにしろ、あるいはそうでないにしろ、ここらで日本は軌道修正を余儀なくされていると思うのです。戦争中、撃ちてしやまんの″大和魂″が強調されましたが、その結末は、ご承知のとおり日本の敗戦でした。戦後の日本も、打って一丸となって経済建設に励んでまいりましたが、それも最近ではマイナス面が目立っているようです。日本古来の伝統の精神も大切にしていきたいと思いますが、同時にその両面性をシビアにみていく必要があると思うのです。
15  望ましい経済発展の方向
 池田 戦後今日までの日本の経済成長は、諸外国のそれと比較して、驚異的なものがありました。それが今日の経済的・物質的豊富さを生みだした半面、公害問題・人間疎外等の現代社会の諸問題をもつくりだしてきました。この日本の経済成長をささえてきた要因は何であり、また、公害問題等を放置して省みなかった原因は、どこにあるとお考えですか。またあわせて、今日までの経済の在り方を、いかなる方向へもっていくべきであるとお考えでしょうか。ご高見をうかがいたいと存じます。
 松下 戦後の日本経済の驚異的な発展を生みだした最大の要因は、敗戦によって、物資が非常に欠乏したことだと思います。そういうところから、国民が一致して、これではいけない、ものをつくろうということで熱意を傾けたわけです。そしてそれを裏書きする、伝統の日本精神とか、日本人の勤勉性とか、外国の援助協力とかいった、いろいろの要因が加わって、これだけの発展が可能になったと考えられます。
 いかに日本人が勤勉であっても、あのような物資の欠乏がなかったら、ここまでの経済成長はできなかったでしょう。逆にいえば、いかなる国民でも、ほんとうに窮乏した場合には、その反動として必ず一致団結して知恵を生みだし、急速な生産性増強ができると思います。ドイツがそのいい例で、国土がはんえい戦場となり、日本以上に窮乏したから、一番の繁栄を生みだせたのだと思うのです。
 そのように物事には、必ず反動というものがあるのだと思います。動あれば反動ありというわけです。戦後の経済発展がプラスとしてあらわれたわけですが、今度はその発展の反動として、公害とかもろもろの弊害が生じる結果になったということです。
 まあ、たとえていえば、日が照れば明るくもなり、暖かくもなります。けれども、それが過ぎれば暑くなる、日にやける、体に害をなすというのが公害の姿だといえましょう。だから、日よけをしてそれを防ごう、というのが、公害を防ごうということで、政府も国民も産業界も立ち上がった現在の状態です。これも、一つの反動だと思います。
 窮乏のなかから、ものをつくろうと立ち上がり、経済を発展させてきた過程では、そうすれば公害が起こるということには、政治家も国民も経済人もわからなかったのです。起こってみて初めて気がついて、だからこれをなくさなくてはいけないと立ち上がったわけで、したがって、これは必ず適正な範囲に是正されるでしょう。もちろん、そのために努力もし、大いに知恵を働かせなくてはなりませんが、そういうことをすれば、必ず是正できると思います。それが人間だと思うのです。
 もし、なにもしなければ、人為的な公害は起こってこなかったわけです。しかし、いいと思ってやったことの反動として、公害が生じてきた。こうした動あれば反動ありということは、一つの天地自然の理というと、誤解をうけるかもしれませんが、人間生活にあるていど避けられないものではないでしょうか。
 そういうことから今後の経済を考えますと、窮乏の反動としてやりすぎたわけですから、その反動として、経済成長のスピードを落としていくということが必要だと思います。ただ、その場合考えなくてはならないことは、日本は生産力も相当大きくなったけれども、その生産したものの一部を国民が消費し、また一部を資源や食糧を得るために海外に売るほかに、下水その他の社会施設の充実にあてなくてはならないということです。
 日本の社会施設、社会資本はきわめて貧困で、下水一つとってみても、東京でも大阪でも、ほとんど満足にはできていない状態で、パリなどに比べて百年遅れていると思うのです。ですから、六大都市の下水を満足なものにし、都市をより快適なものにするためだけでも、おびただしい物資と人手がいるわけです。そういったことを勘案しつつ、公害などの起きないような適度な成長速度にしていくということを今後の経済政策としてやらなくてはならないと思います。
16  経済の危機と転換の道
 池田 石油危機によってもたらされた日本経済の危機は、今日なお深刻の度を増しつつあるようです。戦後一貫してとられてきた高度成長路線も、ここで大きく転換を余儀なくされていると思います。
 このような時にあたって、今後の日本経済は、どのような方向に転換すべきであるとお考えでしょうか。
 松下 今後の日本経済はどのような方向をとるべきかというご質問ですが、原則としてはやはり自給自足です。つまり日本国内にある資源だけで経済活動を営んでいくという方向です。それを現実に実践するという観点から、どのていどに生活を落とさねばならないかを研究し、お互いに身をもって理解、認識することが大切ではないかと思うのです。しかし、それでは何百、何千万もの国民が飢え死にすることにもなるでしょうから、現実的には実行できないと思います。
 だから、その厳しい現実を知ったうえで、今度はどうしてお互いの生活を維持し、あるいは高めていくかを考えていくことが必要だと思います。それには、やはり石油をはじめ各種の原材料を輸入する必要があります。国内資源をほんとうに大切に使い、足らざるを相手国の理解を得て輸入することに成功する必要があるのです。しかも同時に、資源の使い方にも徹底した工夫が必要だと思います。たとえば、従来一トンの鉄を使っていたところを半トンの鉄ですませるように厳しく再吟味して経済活動を進めていく、ということに成功することが大切だと思うのです。そういった各面における工夫、努力を徹底することによって、それほど資源の輸入をふやさなくとも国民生活を維持していけるでしょう。しかし、従来のように成長を高めていくことは、これはむずかしいと思います。
 そこで次に、日本にない資源でも、それがあたかも日本にあるような安心感をもって、いつでも手に入れることのできるような契約を各国と結ぶことが大切になります。それを日本の国として、経済政策、外交政策の一環として進めることが肝要だと思うのです。
 どうすればそういうことが可能になるかというと、それは、資源をもつ国との一体感を確立することに成功する、ということです。それらの国が日本と一体感をもってくれるようになったなら、世界の資源があたかも日本国内の資源と同じ状態になるわけです。
 そのためには、日本は外国からの十分な理解を得ることが必要です。日本をいわゆる特別扱いにしてもらうというか、各国がいわば日本と親類付き合いをしてくれるようにするわけです。そうすれば、おのずと一体感をもってくれるのではないかと思います。
 これまでのわが国の経済政策、外交政策のうえで、はたしてそういうことが考えられてきたかというと、必ずしも十分に考えられてきたとはいえないようです。それはなぜかといえば、国内資源だけではどのように生活を落とさなければならないかということを、お互いが身にしみて知っていないからです。だから初めにのべたようなことが大切なのですが、いずれにしろ、このままでは、日本は資源に関していつまでも薄氷を踏むがごとき立場にたたなければならないと思います。
 したがって、今後の日本経済の方向を転換するなら、資源をもつ国々との一体感を確立するという方向に転換することが肝要だと思うのです。政治のうえではもとより、国民全体のうえに、ぜひともそういう一体感を確立する理念を打ち立て、それを実現していくことに真剣に取り組まなければならないと思うのです。
 そこから初めて、世界資源のスムーズな供給も逐次可能となり、日本は経済成長を高め、国民の生活程度を歩一歩向上させていくこともできるようになると思うのです。
17  外交・経済交流の在り方
 松下 今日、日本は高度の経済成長を成し遂げ、国際的な地位も非常に高まってきました。しかしその半面、海外の国々、人びとに反感をもたれたり、排撃されたりするという姿も少なからず出てきているようです。そういうことを考えますと、今後のわが国の外交なり経済交流の在り方というものは非常に大切だと思われますが、その基本の心構えというものは、どういうところにおくべきなのでしょうか。
 池田 日本の経済進出が、海外の人びとの反感を買い、最近では日本が排撃されているような事態に対し、私も憂慮にたえません。そこで、今後の日本の経済外交の在り方について、ここで考えてみたいと思います。
 第一に国際経済にあって守られなければならない原則は、あくまで互恵平等ということだと考えます。とくに日本は発展途上国との経済交流にあたっては、むしろ相手の国の発展を第一義に考えるべきだと思います。日本自身が、産業資源を輸入し、それによって工業国として成り立っているわけであって、したがって、経済交流による日本の利益だけを中心に考えるのではなく、相手国の立場、それも政府ではなく、全国民的な経済発展に資することを忘れてはならないと思うのです。
 東南アジア諸国を訪問した田中首相(当時)が、激越な反日デモをもって迎えられたのは、従来の日本の経済進出が、相手国の特権階級のみの利益に終わって、それが民衆の生活を向上させるどころか、かえって苦しめてきたからだと指摘されています。その民衆の間に積もりつもった怒りを謙虚に受けとめ、今後の日本の経済外交を転換すべきでしょう。
 第二に、これは私も何回となく提唱してきたことですが、それぞれの政府だけに任せておくのではなく、民衆と民衆との交流にこそ力を入れていくべきだと思います。これまでの日本の失敗は、外交関係を政府に任せっぱなしにして、国民が政府を監視しなかったところに原因の一半があると考えます。もちろん経済活動においては、日本の政府よりも民間商社が先行していた面もあります。
 しかし、それも、おもに相手国の政府や高官が対象であって、民衆の生活のなかに入っていくものではありませんでした。私が強調したいのは、相互の民衆の間に交流を強め、その力が双方の政府を動かし、ありうべき経済交流の道を切り開いていくことであります。
 これは一見、遠回りのように思えるかもしれませんが、長い将来にわたっての平和友好関係を築く大道であり、最も近道であると私は確信しております。
18  発展途上国への経済援助
 池田 これまでの日本経済の発展途上国への進出は″エコノミック・アニマル″の名で呼ばれるように、現地では悪評しきりのようです。このような不評を買った原因は何でしょうか。また今後の経済援助等の在り方はいかにすべきであり、それをささえる理念はいかなるものであるべきでしょうか。経済人としての立場から、ご意見をうかがえればと存じます。
 松下 日本の経済進出について、海外でいろいろ悪評があることは事実で、まことに残念に思います。そのなかには、日本人に過ちがある場合もあれば、誤解されている面もありましょう。誤解については、これを解いていく労を惜しんではなりませんし、誤りは十分反省してこれを正していかなければならないと思います。
 私は、一番いけないことは、日本国内でお互いに競争している経営の体制を、そのまま外国に持ち込んでいることだと思うのです。そういう国内の競争意識を海外ではもたないほうがいいと思います。
 日本の国内では、お互いに過当競争といってもいいほどの、厳しい競争をしています。日本の経済人には、そういう競争で鍛えられている人が多く、その習性が海外でもあらわれ、日本人同士、日本の企業同士が激しく競争するという姿になるわけです。それを海外の人がみれば、いかにもエコノミック・アニマルのようにうつるにちがいありません。欧州のある大企業の経営者が、「日本の製品はすばらしいが、日本人の熱心すぎる商売のやりかたは相手国に不安を与える。とくに日本の企業同士が海外で激しい競争を繰り返している姿は、外国人には、日本人が一団となって侵略してきたように受けとられる」という意味のことをいっていますが、全くそのとおりだと思います。
 ですから、大事なことは、その国の発展のため、その国民の幸せのためということを中心に考えることです。その国、国民がいま何を求め必要としているかを考え、それをいかに供給するかということに徹するならば、どこの国へ行っても必ず歓迎されると思います。現にそのような姿で海外において活動し、喜ばれ、成果をあげている企業は少なくありません。ただ、なかにはそうでないところもあって、前述のように日本人同士が競争し、相手の国に脅威を与え、その危機感が日本に対する反感、反対となってあらわれている面もあります。
 しかし、真に相手の国のためを考え、その国の必要とする資本なり技術、物資をもっていけば、排斥されるようなことはありえないと思います。あくまでその国中心に考え、利益をあげても、日本に持ち帰るより、そこで再投資して、その国の発展に役立てる、そういった基本の考えをはっきりもち、そのことを十分説明して、納得してもらえれば、これは必ず歓迎されるでしょう。
 それともう一つ大事なことは、海外に行く人の問題です。やはり、二、三年で交代するといったことではいけないと思います。海外に行く社員の人に、「その国の土になるようなつもりでなくてはいけない」というぐらいまで、一面に徹することが大事ではないかと思います。そしてこのことは、企業や商社のような民間人だけでなく、外交官をはじめとする政府の人についてもとくに望まれることではないかと思うのです。
 以上のような点についての十分な配慮がなされ、その国のためになるということに徹するならば、日本の経済協力は大いに喜ばれ、反対はありえないし、求めずして大きな国益となってかえってくると思います。
19  アジアの反日感情
 池田 先の田中前首相の東南アジア諸国訪問では、それまで積もっていた対日不信が、一挙に爆発しました。デモに参加した学生たちの声を聞いても、もっともなところがあります。日本の経済進出に対して、かえって反感をもっているようです。
 そこで、今後の日本の経済外交は、いかにあるベきか、またアジア諸国の発展に貢献するにはどのような姿勢に改めるべきか、その点、経済人としてのご所感をおうかがいしたいと思います。
 松下 田中首相(当時)の東南アジア訪問のさいの反日デモは、一面、日本人にとって大きなショックでしたが、結果的にはよい刺激を日本に与えてくれたと思います。火のないところに煙は立たないというように、やはり日本人の海外進出のある面には、相手国の人びとをして反感をもたしめる何かがあったと考えねばならないでしよう。
 それが何であるかはいろいろありましょうが、一言にしていうならば、やはり経済活動といわず、日常生活といわず、観光旅行といわず、謙虚な振る舞いがないということです。海外へ行って不快を与えてはならない、という考えは基本的にもっているでしょうが、しかし、今までの振る舞いが反感をもたれたということは、やはり日本人の行動、立ち居振る舞いに謙虚な心持ちがなかったのではないでしょうか。また奉仕の心も薄かったのではないかと思われます。
 日本人同士でも、お互いに悪意をもっていなくても、立ち居振る舞いに謙虚さがなければ腹もたってきます。それと同じことです。だから、そういう謙虚さを身につけるような国民教育を、国民同士で行なう必要があります。田中首相の訪問でよき教訓を得たのですから、その教訓にしたがって、日本人お互いが、謙虚な態度をもって海外に臨むということを教育しあうことが大切だと思うのです。
 そうすれば日本人の優秀性は誇示しなくてもわかります。尊敬もされます。それで外交といわず経済といわず、すべての面がスムーズにいき、相互の共存共栄にも結びつくと思うのです。
 海外において経済活動を行なう場合、相手の国にはそれなりの必要があって活動を許すわけですから、その必要をいかによりよく満たしてあげるか、ということを経営の基本理念とすることが大切です。こちらの利益を中心に考えてその活動を進めることではいけないと思います。相手国に対する充足奉仕の精神を中心とした外交であることが大切です。そうすれば相手国もこちらに不利益を与えないでしょう。
 次に、海外に派遣する人の問題もあります。官民ともに、その国で骨を埋めるのだというような人を派遣することが望ましいと思います。誰でも多少はそういう精神をもっているでしょうが、おおむねその精神は薄いのではないでしょうか。そこにも問題はあります。派遣された人も企業それ自体も、その国の人として企業として骨を埋める覚悟でやるべきです。そうすれば成功します。日本はよい国だとされ、友好も保たれ、ともどもに経済が発展していくと思うのです。
 結局、その国の利益にならないこと、感情を害すること、不遜な態度をとること、これらはすべて排撃される素因となるわけですから、そういうことのないように、日ごろから、国として、国民として、また企業として厳しくみずからを戒めていかなければならないと思います。それが経済進出、経済外交のほんとうの道ではないかと思うのです。
20  国際感覚を身につけるには
 池田 日本が鎖国を解いて広く世界各国との交流を始めてから百有余年の年月を経ました。そして日本人のバイタリテイーは驚異的な外国文化摂取を可能にしてきたわけですが、振り返って精神面をみた場合、まだまだ国際的な視野は開かれず国際感覚はみがかれているとはいえないことを実感します。
 ほんとうの国際感覚というのは、まず自己の良さを見直し、大事に育てることにありますが、それには自己を見直せるだけの広い視野にたたなければならないと思います。ともあれ、今後の世界情勢の展望を考えると、日本人はもっと国際感覚を身につけていかねばならないと思います。これについてとくに心掛けるべきことは何でしょうか。
 松下 日本人が、過去、国際感覚が乏しかった一つの原因はそういうものをあまり必要としなかったことだと思います。それがなければ、国が衰微するとか、発展が止まるということであったら、その必要性が国際感覚を生んだでしょう。
 また、今日まででも、国際感覚というものは絶無ではなく、発展に必要なていどのものはそなえていたのだと思います。そのことは、今の日本の発展の姿が物語っています。
 しかし、現在の日本人の国際感覚はまだまだ世界のハイクラスにたってはいないことは事実です。したがって、今後、経済的にも文化的にもよりよき向上を進めていくには、国民個人としても、国家としても大いに国際感覚を高める努力をしていかなくてはならないと思います。各界、各層でそれぞれの立場において、国際感覚を身につける努力と指導がなされることが大切でしょう。
 日本人はもともと進取的といいますか、外国の文化を取り入れることの上手な国民です。ですから、今後、国の発展が高まるにつれ、それにふさわしい国際感覚は自然にできてくるとも考えられます。しかし、ほうっておいて好ましい国際感覚が培われるかどうかは疑問ですので、必要な配慮指導をしていくことを政府なり指導階級、また国民自身も考えなくてはならないでしょう。
 よくいわれることですが、日本人は外国でも外国人と付き合うよりも、日本人同士かたまるといった傾向があるようです。これも、島国に生まれ育った日本人としてやむをえない性癖ともいえますが、やはり、こういったことはマイナスになりますし、改められなくてはならないと思います。
 一つには、そうしたことは、語学力の不足からきている面もあるといえましょう。欧州の人は自国語のほかに、英語、フランス語、スペイン語を小学校から習うとも聞いています。ですから、日本でも、三か国語ぐらいを、しかも、たんに読み書きでなく、会話として小学校ぐらいから教えはじめることも、国際感覚を養う基礎として大切なのではないでしょうか。
 また、ご質問にあるように、真の国際感覚を養うには、まず自国の良さを知らなくてはなりません。けれども、その点、戦後の日本の教育は、占領政策もあって、自国の歴史を教えなかったり、教えても主として悪い面を取り上げるといったきらいがあったのではないでしょうか。そういうことでは、外国人と堂々と交際できにくいと思います。ですから、日本人が国際感覚を身につけるには、まず教育の在り方を根本から考えなくてはならないともいえましよう。
21  日中友好の姿勢
 池田 日本と中国とは、昔から深い関係をもっていました。しかし、まことに不幸なことに、先の戦争では日本が中国大陸を侵略して、一千万もの人びとを殺したといわれています。戦後、わが国はこのような歴史の事実を深刻に反省し、ようやく七二年九月に両国の国交が正常化されたわけです。これから先、日中両国の友好関係は進展していくと思いますが、日本としては、どのような姿勢をもって臨むベきだと、お考えでしょうか。
 松下 古い昔からの歩みをたどってみれば、日本にとって中国は無二の友好国であったと思います。いろいろな文化的なものでも中国から入ってきたものが非常に多いことは周知のとおりです。日本から行ったというものも、あるにはあるでしょうが、われわれの知るかぎりにおいては、中国から取り入れたもののほうがずっと多いわけです。ですから、いわば先輩の国ともいえましょう。
 ところが、不幸にしてその先輩の国が、近代になって国情が安定しなかったために、各国から侵略的な行動を受けるにいたり、日本もそうした国のなかに入っていることは、まことに遺憾ながら事実です。このことは、両国の間にとって一つの不幸な出来事であり、日本としても大いに反省しなければならないものがあったと思います。
 しかし、それはたしかに近代における大きな不祥事ではありましたが、二千年にわたってつづいてきた両国の無二の友好関係が基本的に損なわれるものではないと思うのです。年月で数えれば、二千年は友好がつづいていた、しかし、そのうち十年間だけはケンカをしていたというようにも考えられます。だからその十年のケンカをもって、両国の関係を断じてはならないと思います。
 やはり二千年にわたって仲良くしてきたのです。それも、五分五分の平等な付き合いといいますか、いわばお互いの人格を認め合い、信頼しあって交際してきたわけです。
 ですから、今後ともそういう方針は変わりないものがあっていいし、変えてはならないと思います。二千年の長い友好を考え、それから学ぶものを得て、より友好を深めていくという基本姿勢で臨むことが大切でしょう。それ以外に深く考えることはないと思います。
 真の友人であれば、友人に対して望むものよりも、友人に与えることが大事だと考えるのがふつうでしょう。日本も、そういうことを考えていく必要があります。物があれば物を与えたらいいでしょうし、物がなければ、他に与えるものを見いだしていかなくてはなりません。そうすれば、中国のほうも、もてるものを与えてくれるでしょう。日本にないものもいろいろあるわけですから、それを与えてくれると思うのです。
 そのようにすれば、兄弟のよしみとでもいいますか、両国の付き合いは以前にもまして濃いものになっていくのではないでしょうか。
22  和の精神は日本の伝統か
 松下 有名な聖徳太子の十七条憲法の冒頭には、「和を以て貴しと為す」と掲げられ、また第十七条には、「夫れ事ひとさだむべからず。必ずもろもろあげつらうベし」と書かれております。あるいは、明治の五箇条の御誓文にも「広く会議を興し万機公論に決すべし」ともあります。
 このように、衆知を集めるというか、多くの人びとの意見を取り入れ、事を決し、物事を行なうということは、日本人の一つの伝統になっているのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
 池田 聖徳太子の十七条憲法に説かれた「和」の精神と、「万機公論に決す」という点についてのご質問ですが、まず第一条には次のようにのべられています。「一に曰く、和を以て貴しと為し、さからうこと無きを宗と為よ。人皆党有り、亦た達者(悟りを得たもの)少し。是を以て、或は君父に順わず、た隣里に違う。然れども、上和下睦、事を論ずるにかなえば、事と理と自から通じ、何事か成らざらん」と。
 この第一条は、十七条憲法の全体を貫く「和」を劈頭へきとうに打ち出したもので、聖徳太子の、政治・社会への理想を示したものです。
 当時の現実社会は、崇峻天皇弑逆しいぎゃくがあり、物部氏滅亡があり、外にあっては朝鮮半島と事を構えていました。このような現実社会に対して、理想とすべきは″和″であることを示し、その実践の法規を定めたのが、十七条憲法であるといえましょう。
 そして、「和」の政治の具体的在り方が「事を論ずるに諧う」(皆の意見が一致するところまで論議を尽くす)ことであり、さらに詳しくは第十七条に「夫れ事独り断むべからず。必ず衆と論うべし。いさけき事は是軽し。必ずしも衆とすべからず。唯大きなる事を論うにおよびては、若しはあやまり有らんことを疑う。故、衆と相弁うるときは、こと則ち理を得」と示しています。
 つまり、冒頭に強調された″和″は、現実を示したものではなく、あくまで理想の姿であり、掉尾に示された「万機公論に決す」こともまた、理想的政治の在り方を掲げたものと、考えられるのではないでしょうか。
 したがって、十七条憲法に″和の精神″や″万機公論に決す″ということが示されているからといってて、それをもって現実に日本の古来からの伝統精神になってきたということはいえません。私は、むしろその逆の姿が、今日までの日本の歴史ではなかったかと考えるものです。
 そして、現代においてもなお、この理想からはるかにかけ離れているのが、政治の現状です。議会政治の形式はとってはいるものの、その実、議会は勢力による独断専行の場であり、「若しは失有らんことを疑う」気持ちは微塵もないようです。そして、人はそれぞれ自己の″党″に執着して、共通の基盤もなく、争っています。
 たしかに″和″は強調されても、「万機公論に決す」ことによる″和″でなければ、無意味です。日本の現実は、とくに″和″の前提としての「万機公論に決す」という面が軽視されてきたといわなければならないでしょう。
23  太平洋戦争と植民地解放
 松下 太平洋戦争というものは、それ自体としてはたしかに誤った戦争であったと思いますし、お互い国民として深く反省しなければならないと思いますが、結果としては、世界人類史上、画期的な大成果といえる、植民地解放というプラスの面を生みだしたと思うのです。これは大平洋戦争のもつ一つの大きな意義だといえると思うのですが、いかがでしょうか。
 池田 戦争は既存の体制の安定性を揺るがす、巨大な歴史の衝撃といえます。太平洋戦争の衝撃によって、日本においては明治以来の体制が崩れ、民主政治が生まれました。また、日本が関係した東南アジアにかぎらず、世界的に植民地の解放が実現し、いわゆる新興独立国による第三世界が台頭したのも、大戦による衝撃の結果であったといえるでしょう。
 しかしながら、戦争それ自体が、植民地の解放を意図したのでないことはもとよりであり、意図せざる結果としても一次的ではなく二次的、三次的であったことを忘れてはならないと思います。つまり、意図しないものであったが、もたらされた第一次の結果は、これまで植民地を支配してきたヨーロッパ諸国が、人的、経済的に深刻な危機に陥ったことです。
 また、大戦の遂行のために、これらの国がその植民地からの人的資源の支援を求めたことから、戦後、植民地側の発言権が強まったこともあげられましょう。
 ともかく、一次的な結果は以上の点であって、植民地の解放・自立が実現したことは、植民地の側に独立の機運が高まり、リーダーが出現し、具体的な運動が始まったことによります。この二次的な現象は、実は大戦によってもたらされた結果とはいえず、以前から独自に存在したものです。ただ、大戦の結果、そうした独立運動を抑える力の余裕が本国になくなってしまったということはできます。
 したがって、植民地の解放は、たしかに大戦のもたらした一つの成果であったとはいうものの、それは第二次的に運よく生じた結果であって、けっして、このことをもって、太平洋戦争のもつ意義といった評価はできないと思います。
 これを観点を変えていえば、たとえば南太平洋の植民地に進撃した日本軍は、その地を支配していたコーロッパの国の勢力を追い払ったでしょう。その時点では、現地の独立主義者にとって、日本軍は救い主だったに違いありません。
 しかし、もし、日本軍がその地で永続的な支配権を樹立していたら、かつてのコーロッパの国の支配者よりも、もっと残虐な抑圧者になっていたはずです。
 さいわい、その多くは、連合軍の反撃によってたちまち去らなければならなかったので、日本軍は、現地の人びとに、割合よい印象だけを残すことができたようです。だが、悪い印象を残したところもたくさんあることは、今日なお高まっている反日感情の根の深さから知られるとおりです。
 あえて、太平洋戦争の意義としてあげれば、戦争というものが、どれほど愚かしく悲惨なものであり、この地上に地獄絵図を繰り広げるかという切実な体験を教えたということであると、私は考えます。
24  天皇のもつ意義
 松下 世界の歴史をみますと、王朝といいますか王室というものの興亡が非常に激しく、一つの王室が長きにわたってつづくことは、きわめてまれなように思われます。
 その点、わが国の天皇家はいわば建国以来連綿として今日までつづいていますが、これはどういうところに原因があるのでしょうか。また、日本人にとって、歴史的にみて、天皇はどういう意義をもつのでしょうか。
 池田 失礼ですが、私はご質問を拝見して大変面白いと思いました。たしかに、わが国の天皇家は建国以来分裂したことはあっても絶えたことはありません。しかし実は、その「絶えたことがない」というところにこそ、日本の皇室の特徴、また国民性が明瞭にあらわれているように思うのです。
 それは、一言にしていえば、天皇家は権力の道具にされてきたということです。大化の改新以後、建武の中興は別として、ほとんどの時代は、天皇家が実権を握ったことはなかったといってよいでしょう。とくに武家社会になってからは、権力の中心は明確に幕府に移り、明治維新以後も軍部などが権力を掌中にして意をほしいままにし、天皇は「現人神」として奉られてはいましたが、実際は象徴的存在であったといえましょう。したがって、王室が権力をもち国を統治するという意味で天皇家が連綿とつづいていたのではなく、時の権力者が、さまざまなかたち、意図のもとで天皇家を利用して、みずからの存在を権威づけようとしてきたというのが実
 情のようです。
 逆にいえば、天皇家がそのような象徴的存在であったからこそ、長期にわたって存続してきたともいえるのではないでしょうか。実際に権力をもち行使する人は、必ず敵をもつものであり、力によってたつものは力によって倒れるものです。もし天皇が実権を握ろうとし、あるいは握った瞬間、他にとって代わられたにちがいないでしょう。天皇家がつづいたこと自体、天皇家が実権者ではなかったことの間接的な証明といえましょう。
 ではなぜ、天皇家がそのようなかたちで存続したのかという問題ですが、それは日本が、伝統的なタテ社会であることが大きな要因をなしているように思います。身分の上下関係で結ばれ、行動の原理も、上下の支配・服従の思想によって形成されている日本社会の歴史的風土が、天皇という特別な存在をよりきわだたせているようです。すなわち、統治する原理は、本来「法」であることは当然ですが、それでは日本社会においては効果をあげることはむずかしい。それより「天皇」を法に置き換えて統治するほうが、民心をつかむのに幾倍もの効果をもたらすわけです。そうした、日本の社会的構造が、天皇制を存続させてきたといえるのではないでしょうか。
 戦後、憲法制定により、天皇は日本国の「象徴」であるという定義がなされましたが、それ以前に、歴史的に日本は天皇を「象徴」としてきたといえそうです。ただ、憲法制定以前は、天皇は権力の愧儡としての象徴的存在であり、現在は、日本国、日本国民の統合の象徴としての存在という点に違いがあります。
 このように、天皇家の存続には、さまざまな要因、形態が関与しており、簡単に、日本という社会に天皇制がふさわしいのだと結論をくだすことはできません。天皇家が存続したということだけで、天皇元首論を持ち出すことのほうがもっと恐ろしいことだと私は考えます。
25  伝統をみる目
 池田 あらゆる国家、民族には、その国独特の伝統があります。″よき伝統はよき創造の母となる″という表現も真理の一面をついていると思いますが、歴史的に培われてきた伝統というものは、よきにつけ悪しきにつけ人間が未来の方向を決定する場合に貴重なアドバイスをしてくれるものです。ただ、すべての伝統をプラス価値として転換していくためには、伝統をみる日、洞察眼が必要です。そこでおたずねしたいのですが、どのような思想、原理にもとづいて伝統をみておられますでしょうか。
 松下 伝統というものを、どのような思想、原理にもとづいてみるかというご質問ですが、私には素直な心であるがままにこれをみるという以外、特別の思想とか原理にたってみるというほどのものがありませんので、日本の伝統について自分は基本的にこのように考えているということを申し上げて、お答えとさせていただきたいと思います。
 私自身、先輩なり、歴史によって伝えられた日本の伝統というものについては、興味をもっておりました。そして、日本の伝統にはプラスもあれば、マイナスもあるけれども、差し引きしてみると、いい伝統だと考えます。個々には悪い点はあっても、総じていえば立派な伝統だと思うのです。
 世界各国のそれぞれの伝統なり、今日の文化、文明から検討してみても、日本の伝統に根本的なというか、重大な欠陥は認められません。私は歴史にはあまり詳しくはないのですが、かりに百年前とか千年前をとってみれば、その当時の日本には今よりも遅れた面、好ましくない面があるでしょう。けれども、そういうものはやはり昔の外国にもあったわけですし、むしろ日本以上のものがあったと思います。国内で戦争をして殺し合うというようなことは日本にももちろんありましたが、外国の場合はおおむね日本よりも激しいものがあるような感じがします。あるいは、奴隷制度といったものも、日本にも多少はあったかもしれませんが、外国の場合ほど徹底したものはないのではないでしょうか。
 そのように、今と比較すればいろいろと遅れた面はあっても、その時代時代をとって対比してみると、日本の伝統というものは、より穏やかというか、より人間性にプラスする妥当なものがあったのではないかと思うのです。そういう点を吟味して考えると、日本の伝統は、外国と比べて、勝るとも劣らないものがあるといえるように思います。また、日本は過去世界の国々から非常に多くのものを取り入れ、それを自分のものとしてきています。そういう点からすると、日本の伝統はいい意味で世界の伝統の集大成であるとも考えられるのではないでしょうか。
 基本的には以上のように、私は日本の伝統をみているわけです。
 それではそういう観点から、今日においてわれわれは何を考えなくてはならないかということですが、こうした伝統にたって、新しい日本にふさわしい、新しい思想的な創造をしていかなくてはならないと思うのです。そのことはおそらく、多くの日本人が考えていると思いますが、私もそういうものをつくっていきたいと思っています。もちろん、完壁なものはできませんが、あるていど、人間はこうあるべきだ、社会はこうあるべきだという考えを創造していきたいと思うのです。
26  地方自治の強化策
 松下 現在、日本では三割自治という言葉もあるように、中央集権的な性格がきわめて強いようですが、これが一面、地方格差を生み、国全体としての発展をアンバランスなものにしていると考えられます。そこで、日本を八〜十の大きなブロックに分け、これをかりに州として、行政の主体をその州におき、独立性の高い、いわば″七割自治″という姿で国家の運営を行なえば、地方格差も是正され、調和ある発展も生まれてくるのではないかと愚考するのですが、いかがでしょうか。
 池田 地域の開発、発展、中央と地方の格差是正は二十数年来の課題として検討されてきたもので、昭和二十五年に制定をみた「国土総合開発法」もバランスのとれた地域の繁栄という考えが、その根底にあったのです。
 ところが、経済が戦後すさまじいばかりの復興、繁栄を遂げているのに、政府の適切な施策がなかったために、この法も、″仏つくって魂入れず″のまま放置されてきたのが実態です。その結果、当初描かれた青写真とは似ても似つかぬアンバランスを現出してしまいました。ご指摘のとおり、ここで抜本的な対策を案出し実行しなければ、この格差は日を追い年を追って広がっていくことは目にみえて明らかです。
 まず、今日の地方自治の実態についていえば、中央政府の指令を地域に伝える指令伝達機関の域を出ないようです。少なくとも議会の視線は地域の庶民に向けられるよりも中央のほうに向けられているほうが多いといえましょう。地方の条例一つをとってみても、中央から条例の準則が各地方にまわり、地方はそれを基本として条例を作成していきます。多少の地方の色合いというものが織り込まれはするものの、地方独特の習慣や風土、地域住民の生活というのは補完的な意味しかもたない条例が制定される危険が非常に強いのです。これでは地域に見合った開発、発展ができるわけがありません。
 もともと地方政治は中央の政治とちがって、住民がみずからの生活権を守るというみずからの意思と行動によって直接参加することが主眼としてあったのです。その意味からは、住民の、住民による、住民のための政治機構として、まさに″自治″でなければならないはずです。それが住民と遊離し、国家つまり中央の権限のもとに制約されながら機能せざるをえないという今日の実情は、まさに地方自治の形骸化であり、民主主義そのものの土台を危うくするものであるといわざるをえません。
 そして地方自治の形骸化は、地域のもっている特徴を消滅させることになり、その結果、一面では文化の画一信に陥るとともに、他面、経済のうえではアンバランスな格差を生みだしています。この事実に目を向けられて、イ一割自治″から″七割自治″への転換を提唱されているのは私も大賛成です。日本を大きなブロックに分けて州制にするということも、新たな改革案だと思います。今日のように、これだけアンバランスな地域格差、そして画一的な中央からの指令系統が弊害の根源になっているのをみますと、真剣に論議されてよい政治形態といえましよう。
 したがって、私はご意見には賛意を惜しまぬものですが、これについても注意せねばならないのは、それが形のうえだけの州制というのであっては状態は少しも変わらないばかりか、むしろ混乱を招く恐れが十分に考えられます。地方自治を住民の手に取り戻すには、住民の目覚めた意識が原動力となり、自然に州制を志向するという時代の潮流となってくることが大切であると思います。

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