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日蓮大聖人・池田大作

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観世音菩薩普門品(第二十五章) 指導者…  

講義「法華経の智慧」(池田大作全集第29-31巻)

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13  「責任」とは「応答」すること
 池田 ともあれ、「聞く」ことはむずかしい。虚心に「聞く」ことを知っている人は、それだけで賢者です。
 「聖」という字も、耳をすませて宇宙の語る音声を聞くことを示している。そうできる徳を「聡」という。字に″耳″が入っている。「聞ける」人が聡明であるということです。
 とくに、リーダーは会員の皆さんの「声」に敏感に反応しなければならない。鈍感ではいけない。迅速に応じなければ。
 「責任」を意味する英語の「レスポンシビリティ」は、「レスポンド」すなわち「応答する」に由来する。民衆の声に、大誠実で「応答」してこそ「責任」者なのです。
 遠藤 その意味では、あまりにも「無責任」な政治家が多すぎます。
 須田 ″耳″が、もともと塞がっているとしか思えません。
 池田 だからこそ、民衆が大音声を上げなければならない。
 本来、民衆の声ほど、強きものはない。民衆の叫びほど、正しいものはない。民衆の怒りほど、恐ろしきものはない。
 観音菩薩は「三十三身」の身を自在に現すとされている。「梵王」「帝釈」の身にもなれば「小王」の身にもなると説く
 (観音は、次の三十三身をもって、世を救っていくと説かれている。仏身、辟支仏の身、声聞の身、梵天の身、帝釈の身、自在天の身、大自在天の身、天大将軍の身、毘沙門の身、小王の身、長者の身、居士の身、宰官の身、婆羅門の身、比丘、比丘尼、優婆塞(在家の男性信者)、優婆夷(在家の女性信者)の身、長者、居士、宰官、婆羅門の婦女の身、童男、童女の身、天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩喉羅伽、執金剛神〈法華経六二八ページ〉)
 我ら民衆の声を聞き、声を観じ、観世音の慈愛をもった政治家が必ず出現するという依文です。また、そうさせていかねばならない。「民衆の叫び」が社会を揺り動かし、左右してこそ、「民主主義」なのです。

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