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日蓮大聖人・池田大作

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従地涌出品(第十五章) 動執生疑──境…  

講義「法華経の智慧」(池田大作全集第29-31巻)

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1  勇者の総立ちで時代に動執生疑を
 斉藤 いよいよ、二十一世紀は目前です。私たちの語らいも本門に入ります。決意を一新して取り組んでまいります。
 池田 これからが本番です。広宣流布も。教学運動も。我らの底力を発揮するのも、これからです。これからが絢爛たる「本門の中の本門」の時代です。戦いを開始しよう。この座談会も、いよいよ力を入れたい。諸君とともに、私は、仏法の真髄を語りに語っておきたいのです。
 遠藤 迹門から本門ヘ──。そこには、劇的な転回があります。というのも、本門に入ると、それまでの″常識″が大きく覆されるからです。その象徴となっているのが地涌の菩薩ではないでしょうか。
 須田 地涌の菩薩が出現するや、虚空会にいた菩薩たちは、動揺の余り、疑いすら起こします。いわゆる″動執生疑″(執着を動じ疑いを生ず)です。
 池田 彼らの驚き。衝撃。疑問。それは、爾前・迹門の教えを信じてきたすべての仏教者の気持ちを代弁したものと言ってよい。
 動執生疑とは、それまでの信念が大きく揺らぐことです。いわば既成の世界観が根底から打ち破られるのです。人々が安住している価値観を、劇的に打ち壊すことによって、釈尊の本地──真実の境涯が説き明かされていく。
 須田 「哲学は驚きから始まる」と言った人がいます。またベルクソン(フランスの哲学者)も、「精神が(中略)驚きから驚きへと進む」(『哲学の方法』河野与一訳、岩波文庫)と書いています。その意味で″動執生疑″は、仏教思想の大転換を促す″大いなる問い″であったと言えるかもしれません。
 池田 それは深くとらえると、人類の生命観、人生観、世界観、社会観を一変させる精神革命なのです。この涌出品と寿量品(第十六章)に秘められている意義を掘り下げていくことは、岐路に立つ現代文明の病根に抜本的な治療を加えることになる。
2  無量の菩薩が大地から登場
 斉藤 では、経文の流れを見ていきたいと思います。
 須田 章のタイトルとなっている「従地涌出」とは、″釈尊の入滅後の正法の弘法者″が、大地の割れ目から涌いて出現したという意味です。地から涌出した菩薩なので地涌の菩薩と言います。
 池田 滅後とは、末法万年です。永遠性の未来ということです。はるかなる未来の果てまで、人類をどう救っていくのか。この大いなる責任感が、法華経には込められている。その責任と慈悲と智慧を体現しているのが、地涌の菩薩です。人類の境涯を高める偉大な救済者群像です。
 その先駆が私どもなのです。すごいことだ。すごい使命の人生です。
 遠藤 地涌の菩薩は、涌出品の冒頭に出現します。ここまで、法華経の法師品(第十章)から安楽行品(第十四章)にかけては、釈尊が滅後の弘教を誰に託すかが中心テーマでした。声聞たちは(未来に成仏すると)記別を受けたのにもかかわらず、大変な娑婆世界を避けて、他の国土での弘通を望んでいます(笑い)。それに対して、菩薩たちは、勧持品(第十三章)で「三類の強敵が出現しても耐え忍び、弘教に励みます」とまで誓願しています。誰の目にも、これらの菩薩に妙法流布のバトンが譲られるだろうと思わせておいて、迹門が終了します。
 須田 そこで涌出品の冒頭では、他方の菩薩たちが、釈尊滅後に娑婆世界で妙法を弘めることを誓います。十方世界、すなわち全宇宙から集ってきた最高峰の菩薩たちの誓願です。釈尊が彼らに付嘱するだろうと、誰もが思うような展開となっています。
 斉藤 ところが釈尊の本門の第一声は、誰もが予期していない言葉だった。「止みね善男子」(法華経四五一ページ)。あなたたちが法華経を護持する必要はない、と。
 その時、虚空会に衝撃が走ったのでは、と思わず想像してしまいます。心臓が止まるような思いというか、皆、釈尊の言葉に我が耳を疑ったことでしょう。ところが、それに続く釈尊の言葉はさらに皆を驚かせました。
 須田 ええ。釈尊は続けて語ります。「なぜならば、この娑婆世界に六万恒河沙の菩薩たちがいる。彼らが弘めてくれるからだ」と。その時です。娑婆世界の全国土が震裂し、そこから無量の地涌の菩薩たちが出現します。その姿は余りにも荘厳です。身は金色に輝き、三十二相(仏が具える三十二の理想的特徴)を具え、無量の光明を放っている。
 池田 劇的な場面だね。じつに、ドラマチックな登場です。大地が割れ、無数の菩薩が同時に出現する。しかも、一人一人が黄金の輝きを放っている。一切経のなかで、地涌の菩薩ほど絢爛たる菩薩はないでしょう。あらゆる仏国土から集まった迹化・他方の菩薩ですら驚嘆している。
 大聖人は、虚空会の大衆の中に地涌の菩薩が出現した姿を、あたかも″猿の群れの中に帝釈天が出現したようなもの″と譬えられている。経文にも地涌の菩薩がどれほど尊いかを説かれているね。
 須田 はい。それぞれの姿は「志念力堅固にして 常に智慧を勤求し 種種の妙法を説いて 其の心畏るる所無し」(法華経四六六ページ)、「善く菩薩の道を学して 世間の法に染まざること 蓮華の水に在るが如し」(法華経四七一ページ)、「難問答に巧みにして 其の心畏るる所無く 忍辱の心決定し 端正にして威徳あり」(法華経四七二ページ)などと、描かれています。
 遠藤 まるで仏の姿そのものですね。
 斉藤 ある意味で、仏以上だったかもしれません。人々の目には、地涌の菩薩が人生経験の豊かな百歳の老人だとすれば、釈尊は二十五歳の若者に過ぎないと映ったほどですから。大聖人は、この地涌の菩薩の姿を、「巍巍堂堂として尊高なり、釈迦・多宝・十方の分身を除いては一切衆生の善知識ともたのみ奉りぬべし」と仰せです。
 池田 大山のようにそびえ立って、すべての人々の拠り所となる真のリーダーということだね。
 須田 一人一人の菩薩は皆、大衆のリーダー(唱導の首)であり、それぞれ六万恒河沙の眷属(仲間)を率いています。あるいは、五万、四万、三万恒河沙から千、百、十人などの眷属を率いて出現します。
 一恒河沙は、インドのガンジス河の砂粒の数です。六万恒河沙はその六万倍の数ですから、到底、計算できません。スーパーコンピューターでも無理かもしれません(笑い)。
 遠藤 眷属とは、狭くは仏の親族を指しますが、広く言えば仏の教えを受ける者すべてを指します。
 池田 そう。地涌の菩薩の出現は、決して無秩序ではない。勢いよく、自由奔放でありながら、なおかつ整然たる行進の姿です。ある意味で、理想的な組織の姿とも言える。
 斉藤 創価学会の組織は仏勅の組織であるとよく言われますが、その意味を深くかみしめなければならないと思います。
 須田 地涌の菩薩たちは、まず宝塔の中にいる釈尊と多宝如来のもとに詣で、次に十方の世界から集ってきた無数の仏たちの所へ行って、それぞれの仏をさまざまな形で賛嘆します。無数の地涌の菩薩が無数の仏に挨拶するのですから時間がかかります。経文には「五十小劫」という長い長い時間がかかったが、釈尊の神通力で、会座の人々には「半日」のように思わせたとあります。
 遠藤 よほど充実した時間だったのでしょうね。退屈だったら一時間でも無限のように感じます(笑い)。
3  荘厳な師弟の姿に驚く
 池田 地涌の菩薩が最高の儀礼によって仏を賛嘆するのは、じつは師弟不二の「永遠の生命」を賛嘆しているのです。″永遠即今″の充実した一瞬一瞬を生きているのが仏です。地涌の菩薩も、本当は″永遠即今″を生きる仏です。「仏」と「仏」の出会いです。だから楽しいのです。だから五十小劫も長くはないのです。
 このあと、地涌の菩薩を代表して、四人の大リーダーたち──上行・無辺行・浄行・安立行の四菩薩が釈尊と対話を始めるが、その話題は民衆救済という大目的についてだね。
 須田 はい。彼らは釈尊に合掌して、こう語りかけます。「世尊よ、少病少悩であり、安楽であられるでしょうか」と。
 斉藤 これは仏に挨拶する時の一種の決まり文句のようです。十方の諸仏が集まった時も、釈尊に同様の挨拶をしています。ただ、四菩薩は続けて、「いま救おうとされている者たちは、たやすく導くことができるでしょうか。世尊を疲れさせてはいないでしょうか」と尋ねています。
 池田 釈尊の身を心から案じている姿が表現されている。釈尊に甘え放題で、時には疑ったり文句を言ったりする声聞達たちとは態度がまったく違うようだね(笑い)。
 次元は違うが、私もいつも戸田先生のご健康を気にかけていた。会えば必ず、お疲れではないか、ご気分はどうか、それはそれは気を遣ったつもりです。そして、戸田先生はそれ以上に私の健康を気遣ってくださった。汗が出ている時など、「大、早くシャツを着替えなさい。カゼをひく」と言ってくださった。ありがたい師匠でした。
 地涌の菩薩と釈尊の会話では、お互いの心と心が通いあっている様子がうかがえる。一幅の名画のようだね。
 須田 ええ。釈尊は、「決して疲れてはいない。衆生を導くのは易しいことです。このもろもろの衆生は、過去世以来、私の化導を受けてきたのです。皆、私の教えを聞いて、仏の智慧に入ったのです」と答えます。大丈夫、心配するな、必ず皆を救ってみせるから──という大音声です。
 地涌の菩薩は釈尊をたたえます。「素暗らしいことです。偉大な英雄である世尊よ。私たちも随喜します」と。随喜の心を起こす地涌の菩薩たちを釈尊もまた、たたえています。
4  遠藤 こうした対話を見て、驚いたのは,ずっと法華経の会座にいる弟子たちです。今まで見たことのない光景が次々と繰り広げられる。宝塔が出現し、十方の諸仏が集い、虚空会が行われた。これ自体、未曾有のことです。それでも何とか理解し、信じようとした。私でしたら、ここに至って頭の中が真っ白になったかもしれません(笑い)。
 斉藤 その大衆の驚きを代表して、弥勒菩薩が釈尊に質問します。「この無量の菩薩たちは、昔から今まで見たことがありません。世尊よ、どうかお話しください。彼らはどこから来たのでしょうか。何の因縁によって集まったのでしょうか」と。
 池田 有名な″弥勒の疑請ぎしょう″だね。この弥勒の″大いなる問い″が、釈尊が寿量品という真髄の教えを説くきっかけになっている。質問が大事です。
 斉藤 他方の国土から来た分身の諸仏に仕える侍者たちも、それぞれ自分の師である諸仏に弥勒と同じ質問をします。「地から涌き出た、この菩薩たちは、どこから来たのでしょうか」と。
 諸仏は侍者たちを、こう諭します。「しばらく待つがよい。あの弥勒菩薩は、釈尊に授記された弟子であり、釈尊に次いで、後に仏になる人である。仏は今、その弥勒の質問に答えられるであろう。よく聞いていなさい」。
 池田 この表現も面白いね。釈尊に縁の深い菩薩や声聞たちのなかでも、弥勒が質問したことに深い意味がある。だから釈尊は、「すばらしい、すばらしい。弥勒よ、あなたは仏にそのような大事なことを質問した」とたたえた。
 斉藤 弥勒は一生補処の菩薩と言われ、釈尊の次に仏になるとされた菩薩です。釈尊の高弟の中の高弟です。その弥勒が質問したということは、迹門までの教えでは、未解決の大いなる問題が残されているということですね。
 池田 そう。一切衆生の中に仏の生命があることがわかって、成仏の記別を受けても、それだけではまだ不十分だったということです。
 寿量品の久遠実成(釈尊が久遠の昔に成道したこと)が明かされなければ、一切衆生の成仏の道は「絵に画いた餅」に過ぎないからです。
 そのことはくわしくは後に論じることにするが、ともかく釈尊の久遠の生命を明かすためには地涌の菩薩の出現が不可欠だった。弥勒の質問をきっかけとして、真実の教えが説かれていくわけです。
 すなわち釈尊は、諸仏の智慧、諸仏の自在神通の力、諸仏の獅子奮迅の力を顕わしながら、いよいよ一番重要なことを説こうとする。
5  須田 そして、釈尊の口から語り出された答えは、もっと驚くべきものでした。遠い昔から、この娑婆世界で自分が教化してきたのが、この地涌の菩薩だと明かしたからです。
 遠藤 とりわけ有名なのが「私は久遠よりこのかた、これらの大菩薩を教化してきたのである」(我久遠より来是れ等の衆を教化せり〈法華経四六七ページ〉)の一節ですね。
 天台は、この「我久遠より来……」の文を「略開近顕遠」と呼んでいます。寿量品で明かされる「開近顕遠(近=始成正覚を開いて、遠=久遠実成を顕す」が、涌出品でほぼ(略して)明らかにされたという意味です。
 須田 これは大変なことです。弥勒をはじめ会座にいた人々は皆、それまで、釈尊は菩提樹の下で初めて成道したと信じています。今まで歴劫修行してきた結果、今世で初めて成仏したと誰もが思っていた。いわゆる「始成正覚(始めて正覚を成ず)」です。
 斉藤 まだ、ここで久遠実成の全体像は明かされていませんが、始成正覚の考え方と決定的に矛盾します。
 須田 誰も見たことのない地涌の菩薩という釈尊の弟子が眼前にいるのですから、自分たちの理解を超えています。今まで信じていたものが、がらがらと音を立てて崩れていく。まるで立っている大地をひっくり返されたような衝撃でしょう。
 斉藤 この驚きが「動執生疑」ですね。自分たちの執着を打ち崩され、大きな疑問が生じた。弥勒は、そんな皆の心を代表して再び問います。──世尊は王宮を出て出家され、悟りを開かれてから四十余年になったばかりです。このわずかな期間でこのような無量の大菩薩を教化されたとは、とても信じ難いことです。
 たとえば、若々しい二十五歳の青年が、百歳の老人をさして「これは我が子である」というようなものです。私たちは、仏の言葉を信じています。しかし、後に新しく発心する菩薩たちが、仏の滅後にこの教えを聞いたなら、信受せずに法を破る因縁を作ってしまうかもしれません。願わくは、彼らのためにくわしく解説して、私たちの疑いを、除いてください──と。この弥勒の問いかけで、涌出品は終わっています。
6  ″仏陀観″の大転換
 須田 弥勒の質問は、大変に率直な問いですね(笑い)。弟子たちの心の大きな動揺を浮き彫りにしています。
 池田 大聖人は、「此の疑・第一の疑なるべし」、「仏・此の疑を晴させ給はずば一代の聖教は泡沫にどうじ一切衆生は疑網にかかるべし」──仏がこの疑問を晴らされないならば、仏の一生の教えはアブクと同じであり、一切衆生は疑いの網にからまってしまうであろう──と述べられている。いわば一切衆生の成仏がかかった根本的な疑問です。
 須田 その驚きの内容ですが、まず、地涌の菩薩という、弥勒菩薩ですら見たことも聞いたこともない無量無数の菩薩たちが、涌出品で突如として大地の底から踊り出たということです。
 遠藤 地涌の菩薩は、一般に″六万恒河沙の菩薩″と言われますが、それにとどまりませんね。眷属等を含めれば、まさに「無量無辺にして、算数譬喩さんしゅひゆも知ること能わざる所なり」(法華経四五三ページ)です。人間の思議をはるかに超えています。
 斉藤 しかも、その姿は、あろうことか、師である釈尊よりも立派です。にもかかわらず、釈尊に挨拶する彼らの態度は、じつに謙虚で恭々しい。師への尊敬の心に、満ち満ちている。
 遠藤 その点、迹化の菩薩たちは師匠に対して、まだまだ尊敬の心が足りなかったのかもしれません。″馴れなれしい″といっては言い過ぎでしょうが……。
 池田 弥勒は、釈尊の過去世の修行も知っている。また、法華経迹門で明かされた、万人が成仏できるという道理も熟知している大賢者です。その弥勒が、自分のそれまで信じていたことを根底から打ち破られた。これほどの無量の大菩薩に礼拝されている釈尊とは何者なのか。
 地涌という不思議なる「久遠の弟子」の姿を目の当たりにしたことによって、″師匠の真実は何か″″師の本当の境涯は何か″という問いにつながっていった。地涌の出現が人人に″仏陀観の大転換″を迫ったのです。
 斉藤 「自分たちの考えていた世尊ではなかった。最もっと偉大な仏様かもしれない。自分たちは師の本当の偉大さを知っていたのだろうか」と……。
 池田 そう。「雖近而不見」(近しと雖も而も見えざらしむ〈寿量品、法華経四九〇ページ〉)です。少なくとも、弥勒はそのことに気づいた。
 それはやがて、偉大なる釈尊の弟子である自己自身への問いにつながっていったはずです。「この尊大なる世尊とともに生きる、自分とは何なのか」──と。
 人間が、みずからの根源具わる栄光へと誘われていく。それが、光輝満つ本門の展開なのです。無量無数の地涌の菩薩を呼び出すという壮大な説法によって、万人を偉大なる自己へと導いていくのが涌出品なのです。
 須田 弟子たちが陸続と立ち上がった。あまりにも立派な姿であった。「弟子がこれほどすごいのか! それならば師匠とは、どれほどすごい方か」と。これこそ真の師弟の関係だと思います。
7  遠藤 次元は違うかもしれませんが、こんな話をある関西の方に教えていただきました。池田先生が関西で指揮を執られて、皆、本当に感動した。その池田先生が戸田先生のこととなると、真剣を抜くというか、粛然たる思いがするほど徹底して仕える態度であられた。戸田先生とは、どれほどすごい人なのかと思った──と言うのです。
 斉藤 本門への転換そのものが、「弟子の総立ち」によって扉を開かれたわけです。迹門の流れを思い返してみますと、方便品(第二章)の諸法実相の説法で、一切衆生に仏性があることが明かされました。それを聞いた弟子たちは、欣喜雀躍して、仏の境涯を目指して菩薩の行動を決意します。「世尊の心が、よくわかりました」と。
 ところが本門に入って、弟子たちが滅後の弘教を誓うと、まっこうから拒否されてしまう。今までの教えを、釈尊みずからが全部ひっくり返したようなものです。
 遠藤 「せっかく言われた通りに決意したのに……」(笑い)と思いかねないですね。
 池田 本門に入って、それまでの教えを根底から覆してまうのだね。迹門で諸法実相や二乗作仏、女人成仏、悪人成仏と、次々に重要な法門が明かされてきた。そして、智慧第一の舎利弗といった、いわば釈尊の最高の弟子たちが、やっとそれらの法門を領解して、授記を許されてきた。
 ところが、それらが一瞬のうちに無意味と化してしまう。なぜならば、そうした法門の前提となっている「土台」そのものが崩れてしまうからです。
 斉藤 「開目抄」に「本門にいたりて始成正覚しじょうしょうがくをやぶれば四教の果をやぶる、四教の果をやぶれば四教の因やぶれぬ」とありますが、釈尊が「始成正覚の仏」という前提で説いてきた、それまでの成仏の因果をみずから否定したということですね。
 池田 そうです。「始成正覚」という仏果を否定したということは、それを目指しての仏因も同時に否定したことになる。今まで自分たちの信じていた成仏の因果が否定されてしまった。まさにコペルニクス的転回です。
 遠藤 コペルニクスと言えば、天文学における天動説から地動説への転回の時も、人々の″動執生疑″は大変でした。かつて先生がスピーチで、ジョルダーノ・フル−ノ(中世イタリアの思想家)の最後を紹介してくださいました(本全集第69巻、第87巻収録)。彼は、コペルニクスの太陽中心説を取り入れ、宇宙の無限性を原理とする新しい世界観を打ち立てようとしました。それは、「地球が宇宙の中心であり、大地が動くはずはない」と思い込んでいた、当時の人々の常識をひっくり返すものでした。
 須田 伝統的な世界観というものが、どれほど人々の意識を縛っていたか計り知れませんね。地動説について「たとえこの説が真理であろうと、私は信じたくない」と言う人も当時いたそうです。
 池田 それが多くの人の偽らざる心情だったでしょう。「それを受け入れられない自分が無知と言われるなら、無知のままでいい」とまで人々は思った。今まで自分が信じ、拠り所としていた常識が覆されるというのは、大変な苦痛です。簡単には受け入れられるものではない。
 本門で説かれる法門は、それ以上に衝撃的であった。何といっても、本門で初めて仏の三世常住が明かされたのです。ここに、釈尊のそれまでの教えを根本から覆す劇的転回がある。仏陀観の革命なのです。
8  既成の価値観を揺るがす運動
 斉藤 そうした観点から見ますと、大聖人の折伏自体、当時の人々にとっては、大変な「動執生疑」だったと言えますね。
 既成の仏教界を震撼させる戦いではなかったでしょうか。
 池田 仏教界だけではなかった。幕府権力も、それに連なる人々、ひいては民衆までもこぞって動執生疑を起こしたのです。それまでの誤った宗教観、信仰観を根本から否定されてしまった。人生観、社会観、民衆観──人々がそれまで信じていたものが、ことごとく覆されたのです。
 大聖人に対して大きな反発が起きたのは当然です。難が起きないわけがない。
 遠藤 学会員も、その大聖人の示された通りに弘教を行じ、日本社会に動執生疑を引き起こしたわけですね。
 斉藤 たしかに、日本人の場合、宗教は特別な人がやるものとか、宗教なら何でもいいと考えている人がほとんどです。そうしたなかで、学会員は厳然と宗教の正邪を語り、大聖人の仏法正義を訴えた。驚天動地のことだったにちがいありません。
 須田 驚くだけならまだしも、多くの人が怒り狂ってしまった。そもそも布教という「宗教の生命」すら失われていた風土が日本です。宗教の正邪をめぐって対話するという精神的土壌がない国土です。″長いものには巻かれろ″といった体質も根強い。白黒をはっきりさせることを嫌い、あいまいにしてしまう。正邪をはっきりと言う学会員の信念に反発が起きたのも当然かもしれません。
 しかも、そうした「民衆を仏法の正義に目覚めさせる」学会の運動が既成の秩序を揺るがすものであったために、権力からの弾圧を招かざるを得なかったわけです。
 池田 動執生疑が大きければ大きいほど、難も大きくなる。日本を根本的に救いゆく動執生疑です。難が起きないはずがないのです。
 そして、今は世界が相手です。世界を舞台に動執生疑を起こしている。平和と文化、教育と友情を広げながら、着実に人類の仏教観、人間観、生命観を変えています。
9  斉藤 人類全体の動執生疑というと、この対談の冒頭で語っていただいたことを思い出します。それは、「人は『どこから』そして『どこへ』『何のために』──この問いに答えることこそ、人間としての、一切の営みの出発点となるはずです」という先生の言葉です。涌出品から寿量品にかけてダイナミックに展開される「永遠の仏陀観」は、まさにその答えになるのではないでしょうか。
 須田 ルネサンス期の桂冠詩人ペトラルカは書いています。
 「いったい自分は、どのようにこの人生にはいりこんできたのか、どのように出ていくのであろうか」(『わが秘密』、近藤恒一訳、岩波書店)と。
 「人間の本性がいかなるものか、なんのためにわれわれは生まれたのか、どこからきて、どこへいくのか、ということを知らず、なおざりにしておいて、野獣や鳥や魚や蛇やの性質を知ったとて、それがいったいなんの役にたつだろうか」(同)。
 池田 その通りだ。現代ほど、人間が、「何のため」を忘れ、自分自身を小さな存在におとしめてしまっている時代はない。社会の巨大なシステム(制度や機構)の中で、「自分の力などたかが知れている。自分一人が何かしたところで、世の中が変わるわけはない。うまく社会に適応して生きていくのが精一杯だ」──こうした無力感が、人々の心を覆っている。
 斉藤 そこに、今日の世界の閉塞感の″一凶″があります。自分を小さな存在と思いこまされ、疑問すら抱けなくなっている。疑問さえもたず、安住してしまっている。そうした精神の不毛さが、ますます人間を小さくしています。法華経の教えは、こうした卑小なる人間の限界を打破するものですね。
 池田 そう。「しかたがない」という、凍てついた、あきらめの大地を叩き壊すのが涌出品です。「人間の底力」「民衆の底力」を、晴れ晴れと、巍々堂々と満天下に示していく戦いです。
 須田 先生はロシア科学アカデミー東洋学研究所のヴォロビヨヴァ博士と会見されました(一九九六年二月)。博士が寿量品の「久遠の仏」について言われたことが印象に残っています。「仏と融合する境涯を寿量品では説いていると思います。これは『時間を超えた』概念です。宇宙のエネルギーを、自分自身のエネルギーとするのです。その宇宙との一体感を味わう境涯を『永遠性』として表現したのではないでしょうか」(「聖教新聞」一九九六年二月十七日付)と。
 池田 鋭い直感です。その「仏と融合する境涯」「宇宙との一体感を味わう境涯」を、我が身に体感して登場したのが地涌の菩薩ではないだろうか。
 菩薩と言いながら、じつは仏である。地涌の菩薩が「どこから」来たか。天台は「法性の淵底、玄宗の極地」(『法華文句』)に住していたと言っている。つまり、生命奥底の真理であり、根本の一法である南無妙法蓮華経のことです。
 宇宙の本源であり、生命の根本の力であり、智慧の究極であり、あらゆる法理の一根です。地涌の菩薩は、その本源のエネルギーを体現している。しかも菩薩です。
 菩薩ということは、完成(仏果)ではなく、未完成(仏因)である。未完成でありながら、完成(仏果)の境涯を体に漲らせている。否、完成(仏果)の境涯を法楽しながら、しかもさらに先へ、さらに高みへ、さらに多くの人々の救済へと行動している。未完成の完成です。
 地涌の菩薩とは、妙法を根本とした「永遠の行動者」であり「永遠の前進」の生命です。その、はつらつたるエネルギーを、わが生命にわき立たせていくのが、個人における「地涌の出現」です。これまでの小さな自分の殻を叩き破っていくのです。
 斉藤 たしかに信仰していなければ、私たちは自分のことで、精一杯だと思います。不幸な人を救おうという余裕はなかったでしょう。いわんや一国を変え、全人類の宿命を変えようなどということは思いもしなかったにちがいありません。
 遠藤 それが創価学会によって、御本尊を知り、″蒼蝿そうよう驥尾に附して万里を渡る″(青バエが駿馬にくっついていれば、ともに万里を走れること)人生とさせていただいたわけです。感謝してもしきれません。
 池田 境涯革命です。個人の境涯革命を一人一人、広げていくことによって──これが地涌の涌出だが──社会全体の境涯を変える戦いです。人類全体の境涯を高めるのです。この変革が「大地を打ち破って」という姿に、象徴的に表されているのではないだろうか。
 斉藤 その意味では、法華経の会座にいた大衆の「始成正覚のとらわれ」は、自分がどこから来たのか知らない──つまり自分自身の根源である「永遠なる生命エネルギー」を知らないということですね。これは現代人の迷いにも通じますね。
 池田 その通りです。自分の生命の偉大さに気づかないゆえに、小さな枝葉末節にとらわれてしまう。民族とか人種とか、性別とか社会的地位とか。そうした、あらゆる差異を突き抜け、人間としての根源の力で人々を救うのが地涌の力です。″裸一貫″の、ありのままの凡夫「人間丸出し」の勇者。それが地涌の誇りなのです。いわば、地涌の出現とは、「生命の底力が、かくも偉大なり!」という壮大な轟きです。地響きです。
 これを世界に広げていくのです。本門の″仏陀観の変革″は即、根本的な″人間観の変革″を意味している。
10  遠藤 はい。米ジョージタウン大学のD・N・ロビンソン博士(名誉教授)は「現代の迷信」について、こう論じています
 「人は自分をどんな存在と考えるかによって、その行いが変わってくるし、他者についても、それをどんな存在と見るかによって、求めるところが違ってくる──これはほとんど自明の理といってよいだろう。そしてこの理は、人間の社会や政治の歴史の中にも、はっきり見て取ることができる。人間を『神の子』と見るか、『生産の道具』と見るか、『運動する物体』と見るか、あるいは『霊長類の一種』と見るかによって、社会や政治のあり方は著しく変わってくるのである」(ジョン・C・エックルス、ダニエル・N・ロビンソン共著『心は脳を超える』大村裕・山河宏・雨宮一郎共訳、紀伊國屋書店)
 博士は、現代人は「唯物論」とか「環境的決定論」とかの″迷信″に閉じこもっているとして、その″迷信″を疑うべきであると主張しています。
 「『ファラオは生きた神』とか、『神に授けられた国王の権利』とか、『アフリカ原住民は生れながらの奴隷』などといった言葉は、過去いかに不条理な人間観が時代を支配してきたかを如実に物語っている。しかし、人々は一般に、みずからその中に生きている時代の人間観に対しては、驚くほど批判を持たない」(同前)と。
 斉藤 現代人が自明と思っている人間観が、じつは後世から見たら大いにゆがんだものかもしれません。
 須田 問題は、博士の言う″現代の迷信″が、ことごとく人間を小さな存在に閉じ込める方向になっているということですね。
 たとえば「心」は宇宙にも広がり、三世にも広がっているものなのですが、現代人は、「心」は現在の小さな「脳」の中にあるものと思っています。
 遠藤 それを動執生疑させなければならない。そういう人間観がつくる社会はどうしても荒廃した希望なき社会になるからです。
 池田 その動執生疑は、地涌の菩薩の「姿」で「行動」で起こさせるのです。「声」で起こさせるのです。法華経でも、荘厳な事実の姿で、動執生疑を起こさせたように。
 ともあれ現代のわれわれにとって、地涌の出現とは、二十一世紀、二十二世紀、二十三世紀、そして万年の未来へと続く「地球革命」への船出のファンファーレととらえたい。
 大聖人は、門下にこう呼びかけてくださっている。
 「すでに大謗法・国にあり大正法必ずひろまるべし、各各なにをかなげかせ給うべき、迦葉尊者にあらずとも・まいをも・まいぬべし、舎利弗にあらねども・立つてをどりぬべし、上行菩薩の大地よりいで給いしには・をどりてこそいで給いしか」と。
 断じて嘆くな! 大悪があるからこそ大善がくるのだ。上行菩薩が、大地から踊って出てきたように、楽しく勇んで、舞を舞いながら、前進していきなさい、と。
 民衆の大地から踊り出る「勢い」こそ、私ども地涌の菩薩の身上なのです。

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