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日蓮大聖人・池田大作

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提婆達多品(第十二章) 悪人成仏――″…  

講義「法華経の智慧」(池田大作全集第29-31巻)

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1  斉藤 長い北・中米歴訪(一九九六年六月〜七月)、本当にお疲れになったことと思います。アメリカ、キューバ、コスタリカ。またバハマ、メキシコと「世界を結ぶ」ご行動は、まさに法華経の実践そのものだと感動しました。
 遠藤 体制や機構・文化など、あらゆる違いを違いとして尊重しながら、平等の「人間」対「人間」の次元で対話を促し、人々を結びつける。これが法華経ですね。
 須田 (法華経の中心の法理である)「諸法実相」も、「多様な諸法」の「平等な実相」を観じるということです。それを論じたり、口で説くことは簡単ですが、実行するとなると大変です。いわんや、それをグローバルなスケールで実行することは──。
 池田 感心してばかりいないで(笑い)、青年が後に続いてもらいたい。コスタリカのフィゲレス大統領の父君は軍備を撤廃した大統領として有名です。そのモットーは「限りなき闘争」だったという。若き日から、自分の農場にも、この言葉を掲げて前進したのです。いわんや、私どもは仏法者です。「仏法は勝負」です。「限りなき闘争」です。
 「善と悪」「法性と無明」「幸福と不幸」「平和と戦争」「建設と破壊」「調和と混乱」。それらの永遠の闘争が、人生と社会の実相です。否、宇宙の実相なのです。だから戦うしかない。だから勝つしかない。仏の別名は「勝者」と言うのです。
 斉藤 釈尊の一生も、絶え間なき大闘争の一生でした。仏教は、仏像などの印象の影響もあるのか、静かで平穏なイメージで受け止められていることが多いようです。しかし、実際には、釈尊の生涯は波瀾万丈であり、激烈な闘争の連続でした。
 池田 そうだね。その大闘争によって鍛え抜かれた「境涯」が、海が凪いだように静穏なのです。周囲が何を騒ごうとも、築き上げた精神世界は、だれ人にも乱されない。晴れやかな久遠元初の風光が、つねに燦然と輝いているのです。
 須田 そういう釈尊の大闘争のうち、最も有名なのが、提婆達多の反逆です。これは外からの迫害と違って、教団内部からの事件であり、それだけ深刻でした。反逆者が権力者・阿闍世王と結託して釈尊を亡きものにしようとしたのです。
 遠藤 提婆達多は、まさに「悪役」の代表ですね。「悪逆の提婆」と呼ばれ、悪いと言えば、こんなに悪い人間もいません。その「大悪党」が成仏するというのが、法華経の提婆達多品です。ある意味で、これほど不思議な法門はないかもしれません。
 斉藤 提婆品では、この「悪人成仏」とともに、竜女の成仏という「女人成仏」が説かれています。悪人も女人も、それまでの仏教では、仏に成れないとされてきました。いわば常識をくつがえす説法であり、一切衆生を成仏させるという、法華経の特長が劇的に表現されている品(章)といえます。
 須田 日本で古くから法華経が人々に親しまれてきた要因の一つにも、この提婆品があるようです。たとえば平安時代に、朝廷などで法華八講(法華経八巻を朝夕一巻ずつ四日間で講義する法会)の儀式が広く行われましたが、提婆品はとくに尊重され、提婆品がある第五巻の講義の日はとくに盛況であったといわれています。
 池田 大聖人は、その第五巻について「第五の巻に即身成仏と申す一経第一の肝心あり」と仰せられている。もちろん重要な品は、他にたくさんあるけれども、大聖人が「一経第一の肝心」と言われたごとく、この品に即身成仏が説かれていることがポイントです。「あらゆる人を成仏させるのだ」というのが法華経の心です。人々にとって法門以上に切実なのは、自分が成仏できるかどうかということです。提婆品は、まさにその問題に端的に答えを示している。
 釈尊の殺害を図り、教団を分裂させた極悪人の提婆達多。また世間から差別されてきた女性であり、その上、畜生の身である竜女。この二人は当時の常識からすれば、成仏から最も遠いと考えられていた存在でしょう。その提婆と竜女でさえも成仏できると説くことは、この世で成仏できない存在はないということを示しています。
 提婆と竜女の成仏という具体例を通して、そのことが、観念ではなく実感として、人々に受け止められたといえるでしょう。提婆品が親しまれてきた理由も、そこにあるのではないだろうか。『源氏物語』の著者・紫式部も、提婆品の講義を聞いて、女人成仏の法理に触れた感激を、和歌などに記しています。
 斉藤 大聖人は、提婆達多と竜女の成仏を「二箇の諌暁」と言われています。二人の成仏を説き法華経の偉大さを示すことによって、釈尊滅後の法華経弘通を菩薩たちに勧め、諌めているということです。悪人と女人とは、要するに一切の凡夫ということになります。二人の成仏は、一切衆生を成仏させる「法華経の力」を示しています。その意味で、二人の成仏を説くことが法華経弘通の「勧め」であり、「諌め」となるわけです。
 遠藤 「一切衆生の成仏」については、理論的には、方便品を中心とする諸品で説き終わっています。したがって、提婆品は、法理的には「方便品の枝葉」であると大聖人は仰せです。
 池田 そう。しかし、それにもかかわらず、二人の成仏を説いたのは、強い啓発カがあるからでしょう。提婆達多は、釈尊に徹底して背いた男です。善に背くのが悪ですから、仏に背いた提婆達多は悪人の典型です。その成仏を説くのだから、インパクトは大きい。
 また、竜女の成仏は、女人の成仏であるとともに、「即身成仏」である点が重要です。つまり、凡夫の身を改めずに成仏できることを強く印象づけているのです。
 ここでは、そのうち前半の「悪人成仏」を論じてはどうだろうか。
2  嫉妬で身を滅ぼした提婆達多
 斉藤 はい。実際に提婆達多とはどういう人物だったのか、ということから入りたいと思います。
 この点については、池田先生が小説『新・人間革命』の「仏陀」の章でくわしく描いておられますので、ここでは概略にとどめたいと思います。
 須田 提婆達多については多くの伝承があり、生まれについても、釈尊の異母弟とするものや、従兄弟であるとするものなどがありますが、どちらかといえば従兄弟という伝承が多いようです。いずれにしても提婆達多は釈尊より若く、釈尊の成道十五年ごろに出家したと考えられています。
 初めは釈尊の弟子として真面目に修行に励み、才能もあったので、教団の中で次第に注目される存在になりました。しかし、後になると、後ろ盾を求めて阿闍世王に近づき、「釈尊に代わって教団全体を統率しよう」との野心を懐くようになったと、伝えられています。
 遠藤 御書に「八万宝蔵を胸に浮べ」ともあるように、秀才だったようですが、かえって、そのために慢心したのかもしれません。
 池田 知識は善人を一層善人にし、悪人を一層悪くするものです。
 彼の奥底の一念が、「信仰者」の一念ではなく、「野心家」の一念だったのではないだろうか。「信仰者」とは、「自分を支配しよう」とする人間です。「野心家」あるいは「権力者」とは、「他人を支配しよう」とする人間です。
 「信仰者」は、自分が動き、自分が苦労し、自分と戦う人間です。「権力者」は、人を動かし、人に苦労をさせ、自分を見つめない人間です。提婆達多は、慢心のためか、自分で自分を見つめられなくなってしまった。結局、信仰者としての軌道を踏み外してしまったのです。
 須田 晩年の釈尊に対し、提婆達多は教団の統率を自分に譲るように求めました。挙げた理由は釈尊の老齢です。釈尊が拒否しても、彼は三回も同じ要求を繰り返した、といいます。これらについては、多くの文献が一致しているので、ほぼ歴史的事実とされています。
 池田 どんなにもっともらしいことをいっても、結局、提婆達多にとって宗教も自分の野心のための手段だった。この時の言動によって、提婆達多の醜い一念は、はっきりする。
 斉藤 このとき、釈尊から「人のつばきを食う」(阿闍世王にとりいってその庇護を受けていたことを指す)と面罵された提婆達多は、反逆の心を固め、教団から去っていきます。そこですごいと思うのは、釈尊がただちに、提婆達多が今や悪心を懐いていることを、いち早く皆に伝えるよう弟子たちに命じていることです。
 池田 提婆達多にたぶらかされる人を一人も出してはならない、という責任感です。悪人は明確に悪人である、と示していかなければならない。中途半端な対応では、皆が迷ってしまう。また、戦いにはスピードが大事だ。優柔不断で決断しないのでは、その間に魔に食い破られてしまう。
 また、なぜ大勢の人間の前で叱ったかというと、そうしなければ皆が分らないからではないだろうか。提婆達多は、「皆の前で恥をかかされた」と思ったとされているが、そう感じること自体、もはや謙虚な「弟子」の心がなくなっていたことを示している。ちっぽけな自尊心のほうが、求道心よりも上回ってしまっていた。
 あるいは、釈尊が彼に、その前から、だれもいない所で注意を与えていたのかもしれない。それでも変わらなかったので、皆のいる所で叱ったのかもしれません。
3  須田 釈尊に敵対する心を固めた提婆達多は、その後、阿闍世王をそそのかし、父の頻婆娑羅王を殺害させて王位に就かせます。最も頻婆娑羅王のほうから、王位を阿闍世王に譲ったとの説もありますが。そして、阿闍世王の権力を使って刺客を放ったり、悪象をけしかけたり、最後はみずから大石を釈尊めがけて落とすなど、仏を亡きものにしようと、ありとあらゆる策謀を図りました。しかしそれらの企ては、全て失敗してしまいます。
 池田 仏の境涯は、どんな権力も策謀も侵すことはできない。そのことを提婆達多が雄弁に証明してくれたわけです。大聖人の場合も同じであった。鎌倉幕府の強大な権力をもってしても結局、大聖人一人を倒すことはできなかった。
 斉藤 提婆達多は、釈尊の教団の破壊も企てています。一方で、師匠を亡きものにしようとし、一方で弟子たちを切り崩そうとしたわけです。提婆達多は、戒律に目をつけました。彼は釈尊の教団よりもさらに厳しい戒律を主張し、その点で釈尊を上回ろうとしたのです。
 資料によって若干の違いはありますが、彼が主張した戒律とは次のようなものです。(『原始仏教の成立』、『中村元選集〔決定版〕』14、春秋社、参照)
 一、修行者は人里から離れた林のなかに居住すべし。もし、人里に入る者は罪となる。
 一、修行者は乞食行をなすべし。もし、食のもてなしを受けた者は罪となる。
 一、修行者はポロ布の衣を着るべし。もし、衣の布施を受けた者は罪となる。
 一、修行者は樹下に住み、屋根の下では暮らさぬこと。もし、屋根のある家に近づく者は罪となる。
 一、修行者は魚、鳥獣の肉を食べてはならない。もし、これを破れば罪となる。
 遠藤 当時のインドでは修行者が禁欲に努めることを尊ぶ気風があったので、この厳格な戒律を主張すれば、人々を自分に引き付けることができると考えたのでしょう。実際に、提婆達多の言い分にたぶらかされて、五百人もの仏弟子が、彼に従ったといわれます。もっともこの人たちも、後に舎利弗と目連から諭され、釈尊のもとに戻ってきます。
 提婆達多のもとに留まった者たちは、提婆を中心にして、独自で教団を作りました。提婆達多を覚者として崇拝する教団は、その後、千年ほどインド社会に存続した、ともいわれます。
 須田 たしかに、こうした厳しい戒律は聞こえがいいですね。いかにも高潔であってむしろ釈尊のほうが堕落しているかのように聞こえます。
 池田 事実、それがねらいだったのでしょう。悪人は、絶対に「自分は悪人です」という顔はしない(笑い)。悪知恵というか、奸智です。苦行者が多かった当時、釈尊の「中道」の生き方を「堕落だ」ということは、簡単だったでしょう。
 実際、釈尊は悟りを得る以前に、苦行主義の限界を見極めて、捨てています。その時、ともに修行していた五人の修行者から「堕落だ」と激しい非難を浴びている。
 釈尊の教団は、厳しいなかにも、中道の大らかさがあった。そうでなければ、多くの人を包容することはできないからです。多くの人を「善の軌道」に乗せて幸福へと導くために、仏道修行があり、戒律がある。それが戒律そのものが目的となっていたずらに人を苦しめるのでは本末転倒です。あれはだめ、これはだめという外からの規制によって人々を縛るような宗教は、民衆の心をとらえることはできないでしょう。いわんや、自分の見栄や策謀で、偽善的に清貧ぶったり高潔ぶるのは、宗教利用と言わざるを得ない。要は、提婆達多は「釈尊よりも自分が尊敬されたい」と熱望した。嫉妬です。そのために考えだしたのが、さきほどの五つのような戒律だったのではないだろうか。
4  遠藤 そもそも発想の根本が、狂っているわけですね。
 斉藤 提婆達多は嫉妬によって身を滅ぽしたのだと思います。
 池田 戸田先生はよく「提婆達多は男のヤキモチ」と言われていた。「『嫉妬』という漢字は両方とも、″女偏″だが、″男偏″の嫉妬というのもあるんだ」と(笑い)。
 嫉妬のこわさは、相手のすごさを認めて自分を高めようというのではなく、相手のアラさがしをして、傷つけよう、引きずり落とそうとすることです。その結果、傷つき、落ちていくのは自分自身なのだが……。
 「鉄は錆によって腐食されるが、それと同じように、妬み深い人は、自分の嫉妬によってむしばまれる」という言葉もある。(アンティステネスの言葉。ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシャの哲学者列伝』加来彰俊訳、岩波文庫)
 斉藤 実際、大聖人が「日本国の男は提婆がごとく」と仰せの通りの日本になっているような気がします。嫉妬の国というか、偉大なものを尊敬できず、陰湿に足を引っ張ることが当たり前のようになっています。じつに残念なことです。
 池田 提婆達多は、釈尊が皆から尊敬される姿だけを見て、釈尊の「内なる戦い」を見ようとしなかった。苦悩の人々を救うため、全人類に自分自身の生命の宝を気づかせるために、釈尊が日夜、人知れず、どれほど苦心していたか。どれほど自分自身と戦い、苦労に苦労を重ねていたか。その苦闘を彼は見ようとしなかったのです。
 なぜ見えなかったのか。それは彼自身が自分との戦いをやめていたからでしょう。「内なる悪」を自覚し、その克服に努力しなければ、とたんに悪に染まってしまう。その意味で、「善人」とは「悪と戦っている人」です。外の悪と戦うことによって、自分の内なる悪を浄化している人のことです。この軌道が人間革命の軌道です。
 斉藤 内なる悪を自覚する──ということは「一念三千」ですね。極善の仏にも、地獄界の提婆達多の極悪の生命がある、というのが、十界互具であり、一念三千ですから。
 池田 その通りです。その意味で、法華経の一念三千は、究極の内省の哲学です。自分は特別に尊いのだ、などという傲りをだれ人にも許さない平等の哲学です。人間尊厳の哲学です。
 極善の仏にも、悪の生命が具わり、極悪の提婆にも、仏の生命が具わると見る。そのうえで、「悪との戦い」を続けているか否かによって、現実は、善と悪の軌道に、遠く正反対に分かれてしまう。そして、じつは、この一点に、提婆達多品を読むカギがある。結論を先に言えば、悪との「限りなき闘争」こそ、提婆品を貫く魂なのです。
5  極悪の提婆をも「善知識」と
 遠藤 それでは、提婆品の概要を見てみたいと思います。初めに、釈尊と提婆達多の過去世における因縁が説かれます。すなわち、釈尊が過去世に大国の王であったとき、菩薩行を実践し、人民のために身命も財産も惜しまずに尽くしていました。
 斉藤 名君ですね。政治の根底は慈悲であり、本来、菩薩行なのですね。
 遠藤 しかし、王は、まだあきたらず、すべての人を救える大乗の法をさらに求めます。民衆の真の平和と安穏を実現するための哲学を求めたということです。偉大な指導者は、民衆のために、偉大な哲学を求めるものです。
 須田 王位をも捨てて求めたと、説かれています。反対に、権力維持や保身のために、思想や宗教を支配しようとするのは″顛倒てんどうの指導者″ですね。
 遠藤 王の求道心に応じて現れたのが、阿私仙人です。仙人は、自分の言葉通りに修行すれば、法華経を説こうと王に語ります。王は歓喜して、水を汲み、薪を拾うなど、懸命に働いて仙人に仕えます。その修行が千年も続いたが(千歳給仕)、心に妙法を求めていたので、心身、ともに疲れることはなかった。その結果、遂に王は成仏します。
 不思議なのは、王が阿私仙人に仕えて大変な修行をしたことは強調されていますが、肝心の法華経を教えてもらったかどうかは必ずしも明確ではありません。
 池田 それについては、「御義口伝」で、王の修行以外に妙法蓮華経の伝受はないと仰せです。修行そのもの、行動そのものに妙法蓮華経が伝えられるのです。妙法を求め抜く心に妙法が現れるのです。私たちの自行化他にわたる唱題行が、まさに妙法伝授の修行なのです。広宣流布のために、限りなく心を尽くし、身を尽くしていくのが、現代の「千歳給仕」です。(御書七四五ページ、趣意)
 遠藤 このように過去のことを述べた釈尊は、過去世の師である阿私仙人とは、じつは提婆達多であると種明かしをします。そして、今日、釈尊が悟りを得て、広く衆生を救えるのも、提婆達多という「善知識」によるのである、と。また、その過去の因縁によって、提婆達多に対して未来無量劫の後に天王如来になる、という授記が与えられます。
 最後に釈尊は、他の比丘たちに、未来世にこの提婆品を聞く者は十方の仏前に生まれる功徳があると説いています。(法華経四〇二ページ)
 斉藤 今、提婆が「善知識」とありましたが、現実に今世の釈尊にとっては、提婆達多は「悪知識」にほかなりません。提婆は、釈尊を殺そうとしたり、破和合僧、つまり正法の教団を分裂させたり、女性門下(蓮華色比丘尼)を殴り殺したりしました。
 その大悪人が過去世では、「善知識」であったと言うのです。ここでは善悪が全く逆転しています。それどころか、不思議なことに、提婆達多が過去世においては、釈尊の師匠であったと説かれていきます。これも悪人が仏の師匠であったというのですから、常識では考えられないことです。
6  須田 そこで手がかりになると思われるのは、提婆品で、釈尊が成仏したのは「皆な提婆達多が善知識に因るが故なり」(法華経四〇〇ページ)と説かれていることです。提婆達多がいなければ、釈尊も仏にはなれなかった、と。天台大師も『法華玄義』で「悪によって善あり、悪を離れて善なし」、また「悪は是れ善の資(=善を助けるもの)なり。悪なければ、また善もなし」と述べています。
 池田 そこだね。善と悪とは「実体」ではない。どこまでも「関係」の概念です。ゆえに、一人の人間がはじめから善人であるとか、悪人であるとか決めることはできない。牧口先生は、「善人でも大善に反対すれば直ちに大悪に陥り、悪人でも大悪に反対すれば忽に大善になる」と言われていた。(『価値創造』、『牧口常三郎全集』10、趣意、以下同書から)また、わかりやすく譬えて次のようにも言われている。「顔回がもしも孔子に反対したとすれば、亜聖あせい(顔回をさす)が直ちに大悪人に陥らなければならず、この孔子がもしも釈尊に反対したとすれば、直ちに極悪の果報を結ばなければなるまい」と。
 遠藤 顔回とは孔子の弟子で、亜聖、つまり孔子に次ぐ聖人と言われていました。その顔回が孔子に背くのは、中善が大善に背き、一転して大悪になる。その孔子も極善の仏に背けば極悪になる。なるほど、善悪は関係性ですね。
 池田 しかし、孔子やイエス・キリストやマホメット(ムハマンド)が、もし釈尊にあったら背くことはないだろう、とも牧口先生は言われていた。なぜならば「彼らはただ等しく自己を空しうして、衆生を救済しようとするに余念がないからであって、エゴイストではないからである」と。
 牧口先生は、衆生の救済に究極の善を見ておられたようだ。反対に、自分の利害だけを考えるエゴイズムは悪の根源です。だから、こうも言われています。
 「一般に善人、大善人と自任している人々にとって油断のならないことは、いつ自分以上の人格者が出現しないとも限らず、現在以上の良法が立証されぬとも限らないことである。この場合には、地位が高ければ高いほど、直ちに大悪・最大悪の果報を結ばなければならない」
 「かの良観、道隆の輩も、もし日蓮大聖人が出現されなかったならば、生き仏として現世を終わったであろう。残念なことには、彼らはこの関係がわからず、私利私欲に目がくらみ、大悪僧になってしまった」と。やはり嫉妬によって悪人になってしまった。
 斉藤 牧口先生は「公益を善という」と定義されています(『創価教育学大系』同全集5)。法華経は、万人を成仏へと導く経典です。その意味で、法華経は最高の公益、最高の善を目指していると言えますね。
7  悪と戦い、打ち勝ってこそ「善悪不二」
 池田 それが仏の心である。ゆえに仏は極善です。しかし、それは仏の生命に悪がないということではない。悪は、可能性として仏の生命にも具わっている。しかし、最高の善を目指し、悪と戦い抜いているがゆえに、仏は善なのです。
 大聖人は「善に背くを悪と云い悪に背くを善と云う、故に心の外に善無く悪無し」と仰せです。善も悪も実体ではない。空であり、関係性によって生ずる。だからこそ、たえず善に向かう心が大事であり、行動が大事なのです。
 須田 その点について「当体義抄」にはこうあります。難解ですが──。
 「真如の妙理も亦復是くの如し一妙真如の理なりと雖も悪縁に遇えば迷と成り善縁に遇えば悟と成る悟は即ち法性なり迷は即ち無明なり、たとえば人夢ひとゆめに種種の善悪の業を見・夢覚めて後に之を思えば我が一心に見る所の夢なるが如し、一心は法性真如の一理なり夢の善悪は迷悟の無明法性なり、是くの如く意得れば悪迷の無明を捨て善悟の法性を本と為す可きなり
 生命の実相は善悪不二であり、善も悪も生命に具わっている。だからこそ、実践の上では、法性を根本とし、善を目指さなければならないと。
 池田 そう。仏法は勝負です。限りなき闘争です。釈尊が提婆達多に勝ったからこそ提婆の「悪」が釈尊の「善」を証明することになった。悪に負けてしまえば、善知識であったとは、とても言えない。戸田先生は明快に言われています。
 「提婆達多は釈迦一代にわたる謗法の人で、一切世間の諸善を断じた。ゆえに爾前経では『悪がなければもって賢善を顕すことができない。このゆえに提婆達多は無数劫以来、常に釈迦とともにあって、釈迦は仏道を行じ提婆は非道を行じてきた。しこうして互いに相啓発してきたものである』と。しかるに対悪顕善(=悪に対して善を顕す)が終われば悪の全体はすなわちこれ善である。ゆえに法華経では善悪不二、邪正一如、逆即是順(=逆縁も即ちこれ順縁)となるのである。このことは爾前経ではいまだ説かれなかった奥底の義である」(『戸田城聖全集』6)
 悪もまた善を顕す働きをするのであれば、悪の全体がそのまま善になります。まさに善悪不二です。しかし、自然のままに放置していて、悪が善になるのではない。悪と戦い、完膚なきまで打ち勝って、はじめて善悪不二となるのです。
 その意味で、提婆品の「悪人成仏」とは、釈尊による「善の勝利」の偉大な証明です。勝利宣言です。その「勝者」の境涯が高みに立ってはじめて、提婆が過去の善知識であり、自分の師匠であって、今世で自分の化導を助けてくれたのだと言えるのです。
8  斉藤 あくまで、「事実」というよりも、生命の理法を説かんがための説法ということでしょうか。
 池田 「生命の真実」であると言えるでしょう。提婆達多も、生命の真実の姿においては、善悪不二です。無明と法性が一体の妙法の当体です。釈尊が師とした過去世の提婆達多とは、じつは、この妙法そのものだったと言えるのです。
 ゆえに大聖人は「提婆は妙法蓮華経の別名なり過去の時に阿私仙人なり阿私仙人あしせんにんとは妙法の異名なり」と仰せです。釈尊も根源の妙法を師として成仏しました。そのことを提婆品では、釈尊が過去世に阿私仙人を師匠として修行し、成仏したという表現で示したと考えられます。
 遠藤 「善悪不二」というのは、決して「善も悪も同じだ」ということではないですね。
 須田 そういう考え方だと、これは悪をも肯定してしまいます。日本天台宗が陥った「本覚思想」のようになってしまう。そうではなく、つねに「善」を創造し、悪をも善に変えていくというのが法華経の「善悪不二」論ですね。
 池田 そう、悪知識をも善知識に変えるのが妙法の力であり、苦悩をも喜びに変え、追い風に変えるのが信心の一念の力です。提婆品は、このことを教えているのです。
 日蓮大聖人は、「釈迦如来の御ためには提婆達多こそ第一の善知識なれ、今の世間を見るに人をよくなすものはかたうど方人よりも強敵が人をば・よくなしけるなり」──釈迦如来の御ためには、提婆達多こそ第一の善知識である。今の世間を見ると、人を立派にしていくものは、味方よりもむしろ強敵が人を立派にしていくのです──と言われている。
 成仏するには「内なる悪」に勝利しきらなければならない。そのためには具体的には「外なる悪」と戦い、勝たねばならない。悪と戦うことによって、生命が鍛えられ、浄められ、成仏するのです。極悪と戦うから、極善になるのです。自分の生命を鍛え、成仏させてくれるという本質論から見たときには、その極悪も師匠とさえ言えるのです。
 ゆえにポイントは、極悪の提婆達多をも過去の師匠なり、と説く釈尊の「大勝利の境涯」にあります。勝ったからこそ、そう言えるのです。勝ったからこそ仏なのです。
 日蓮大聖人も大勝利されたからこそ、こう仰せなのです。「日蓮が仏にならん第一のかたうどは景信かげのぶ・法師には良観・道隆・道阿弥陀仏と平左衛門尉・守殿ましまさずんばいかでか法華経の行者とはなるべき」と。
 御本仏を迫害した「悪」の存在をも「善」に変えてしまわれた。実際、大聖人や釈尊のそういう戦いの模範があったからこそ、後世の私どもは「正道」がどこにあるかわかる。その意味で、提婆も平左衛門尉たちも、反面教師として、後世に「善の道」を示してくれている、といえるでしょう。
 創価学会も、ありとあらゆる迫害・弾圧・策謀に全部、打ち勝ってきました。その戦いによって、皆の信心が深まり、強くなった。難もなく、簡単に広宣流布ができたら、鍛えの場がなく、成仏する修行の場がなくなってしまう。難即前進です。煩悩即菩提です。一切の苦悩を即幸福へのエンジンとしていくのです。一切の悪を、善の炎がいや増して燃えさかるための薪としていくのです。
9  斉藤 提婆達多品の意義が、ぐっと深く感じられるようなりました。
 遠藤 それにしても、提婆品を初めて聞いた人は、びっくりしたでしょうね。
 須田 ええ、極悪の提婆達多が、たとえ懺悔したとしても、成仏の授記を受けるということは、爾前経では到底ありえないことですから。
 斉藤 方便品で諸法実相が説かれ、理論的には十界互具がわかっているはずです。しかし、その法理が必然的に「悪人成仏」と「女人成仏」をも意味しているとは、舎利弗ですらわからなかったかもしれませんね。
 池田 そうだね。あとのところで、どうしても女人成仏が信じられない、と頑迷なところを見せているからね(笑い)。理論がわかっても、生命は、まだ無明に支配されていることが多いからです。だから、生命を磨く実践が大切なのです。
 遠藤 本来、一切衆生の誰もが平等に成仏できる、というのが法華経全体の心ですから、悪人であった提婆達多だけを成仏から除外することは、むしろ矛盾になってしまう。法華経の精神からすれば、提婆達多への授記は必然であるといえます。大聖人も提婆への授記が「地獄界所具の仏界」と仰せられています。
 斉藤 考えてみれば、提婆達多と同じような悪の生命は、誰の中にもあるわけですから、悪を具している者が成仏できないというのであれば、誰も成仏できないことになってしまいます。つまり、悪人の成仏・不成仏は悪人だけの問題ではない。じつは一切衆生の問題だったわけです。これは前に二乗の成仏のところでも論じたところですが。
 池田 十界互具の法理とは、いわば仏の中にも悪があり、悪人の中にも仏性があるということです。それを端的に示したのが提婆達多の成仏です。だから提婆達多の成仏が説かれなければ、法華経は完結しないともいえるでしょう。
 遠藤 悪の対極にあり、悪を断じ尽くしたのが仏であるという固定的な考え方は、ある意味では分かりやすい。しかし、実際の人間には悪の命があり、それを完全に断ち切ることはできないわけです。だから悪のない仏という説き方では、仏といっても観念的な存在に過ぎず、現実に凡夫が成仏するということはあり得ないことになります。
 そのことを大聖人は「実を以てさぐり給うに法華経已前には但権者の仏のみ有つて実の凡夫が仏に成りたりける事は無きなり」と指摘されています。
 池田 一念三千の法理が明かされていないために、爾前経で衆生の成仏が説かれたとしても結局、言葉だけで実体がない、つまり有名無実ということになる。法華経はそのような観念論ではない。現実に人々の生命から苦悩の剣を抜き取り、幸福へと導く力がある。人々を成仏せしめていく本源力──法華経の法体こそ南無妙法蓮華経です。
10  斉藤 善悪の関係ということについては、一つには爾前経のように、善と悪を対立するものとして固定的にとらえる見方があります。また、一方では善悪は表と裏のようなものであるとして、一つの生命の違った側面であり、体は一つであるとする見方もあります。
 池田 「善悪不二」というと、後者の見方ではないかという人もあるが、そうではない。それでは善悪が見方の違いということになり、生命それ自体が固定されたものになってしまう。そのような見方では、生成流動してやまない生命の姿がありのままにとらえることはできません。真意は、あるときは善の価値、あるときは悪の価値を生みながら、その生命の当体は一つであると見ていかなければならない。
 須田 いま、善悪について、合わせて三つの見方が示されました。これは、中国天台宗の四明知礼(九六〇年〜一〇二八年)が「即」の考え方について分類した「二物相合にもつそうごう」「背面相翻はいめんそうほん」「当体全是とうたいぜんぜ」の三つに当たります。
 まず善悪は別々のものであるから悪を滅していけば善が現れるというのが「二物相合」に当たります。善悪は一つのものの表と裏のようなものとするのが「背面相翻」に当たります。そして、善と悪があくまでも対立して現れるものであるが、その善なら善、悪なら悪と現れている当体が、実相においては、善悪不二であるととらえるのが、「当体全是」です。
 池田 その分類はむずかしいが、たとえば「瞋恚しんには善悪に通ずる者なり」と大聖人は言われている。悪への正義の怒りは善。エゴの怒りは悪。怒りそのものが善いとか悪いとかは言えません。善悪は「関係性」です。だからこそ、積極的に「善の関係」を創っていくことです。
 牧口先生は、獄中にあっても対話を続けられた。「悪いことをするのと、善いことをしないのは同じか違うか」。こういう質問を、違う獄房の人にも聞こえるように言って考えさせたと言うのです。普通なら、「悪いことをする」よりは「善いことをしない」ほうが、まだましと考えるでしょう。悪いこともしないが、かといって善いこともしない──それが、多くの現代人の生き方にもなっている。しかし、牧口先生は「善いことをしない」のは「悪いことをする」のと同じだと言うのです。
 たとえば、だれかが電車のレールの上に石を置いたとする。これは悪です。一方、それを見ながら注意もせず、石を放置した人がいるとする。この人は、自分ではたしかに悪いことはしていないかもしれない。しかし、善いこともしなかった。そのため、結果として、もしも電車が転覆したならば、悪いことをしたのと同じだと言うのです。悪を放置し、悪と戦わなければ、それ自体が悪なのです。
 ここから牧口先生は「積極的に善をなす」人生を教え、みずからも実行された。しかも、小乗を積み重ねてもだめだと。「チリが積もって山となるというが、実際にチリが積もってできるのは塚くらいである」(『牧口常三郎全集』10,趣意)──牧口先生の表現は面白いね(笑い)。また的確です。
 ″山は地殻変動によってできるのだ。人間と社会の根底から変革していかなければ、間に合わない。それが大善であり、法華経を弘めることである″と結論されたのです。
11  斉藤 「悪と戦わないのは、悪をなすのと同じだ」ということですね。この思想は、自分以外のことに無関心に生きている現代人に対する鋭い警鐘であると思います。
 池田 アメリカの人権運動の闘士、マーチン・ルーサー・キング牧師の闘いもそうでした。″悪を、おとなしく受け入れる者は、悪を助ける者と同じく悪に加担することになる。悪に抵抗しない者は、悪に協力したことになるのだ″と。(『自由への大いなる歩み』雪山慶正訳、岩波文庫、参照)
 須田 何回かアジアの各国を訪問させていただきましたが、牧口先生の説く「積極的人生」が強く人々を引きつけていることを感じます。
 とくに、世界的に何が善で何が悪かということがはっきりしなくなっています。そういうなかで、「積極的に善を創造していく」という仏法の行き方こそ光明だと思います。
 池田 その通りです。イデオロギーが崩壊した「哲学なき時代」を、エゴが野放しになる危険な時代にしてはならない。古い哲学の廃墟の上に、冷たいニヒリズム(虚無主義)を君臨させてはならない。確固たる「生命の道」を示し、希望の太陽を君臨させなければなりません。
 善と悪については古今東西、さまざまな哲学的議論がある。それをたどることは今はしないが、ともかく「生命こそ目的であり、生命を手段にしてはならない」。
 これが大前提です。その尊極の生命をより豊かにし、より輝かせるのが善。生命を萎縮させ、手段にするのが悪と言えるでしょう。また「結合は善」「分断は悪」です。
 ゆえに最高善は、人々の仏界を開くことであり、人々の善意を結びつけることです。仏法を基調とした平和・文化・教育の運動、すなわち広宣流布の運動こそ最高善なのです。この行動の持続に、悪をも善の一部にしていく「善悪不二」のダイナミックな実践があるのでです。
 自分を見つめ、自分と格闘しながら進むのです。自分に勝利して進むのです。その人が提婆品を読んだことになる。釈尊と提婆達多との激闘といっても、つまるところ、我が身一身に納まるのです。そう読むのが文底の法華経です。
 タゴールの美しい言葉があります。
 「なぜ悪が存在しているかという問いは、なぜ不完全なものが存在しているのかという問いと同じである」
 「われわれが本当に問わねばならないのは、この不完全は最終的な事実なのか、絶対的、究極的な悪なのか、ということである。河には両岸があるというだけなのであろうか。つまり両岸は川の水にとってたしかに制限である。しかし、川には両岸があるというだけなのだろうか。つまり両岸が川についての最終的な事実なのだろうか。両岸という制限があるからこそ川の水は前に進むことができるのではないか」(「サーダナ」美田稔訳、『タゴール著作集』8所収、第三文明社)
 要するに──悪は河における岸のごときものである。岸は流れを堰きとめるが、それは流れを推し進めるよすがとなる。この世の悪は、人間を水の流れるごとく善に向かわしめるために存在する──」と。
 悪との「限りなき闘争」を続けながら、いよいよ水かさを増して、世界に「善の大河」を広げていきたいものです。

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