Nichiren・Ikeda
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56 未来(56)
初代会長・牧口常三郎の『創価教育学体系』の第一巻が発刊された一九三〇年(昭和五年)の十一月十八日は、「創価学会創立記念日」であるだけでなく、「創価教育原点の日」でもある。
山本伸一は、二〇〇八年(平成二十年)、この十一月十八日を記念して、世界六カ国に広がった創価幼稚園(日本・札幌、中国・香港、シンガポール、マレーシア、ブラジル、韓国)に、新たな指針を贈った。
「何があっても 負けない人が 幸福な人」
「みんな仲良く僕たち家族」
「父母を 大切にする人が偉い人になる」
彼は、最も大切な幸せへの道を、人間としての生き方を、清らかな子どもの生命に、あらためて打ち込んでおきたかったのである。
モノや知識は豊富に与えられても、精神の砂漠に放り出され、人間の道を教わらぬ子らもいる。戦火に怯え、飢餓に泣く子らもいる。
そうした、世界のすべての子どもたちが、自ら価値を創造し、幸福を実現していくために、創価教育はある。
創価教育の父・牧口常三郎は、『創価教育学体系』の発刊にあたり、自身の思いを、「児童や生徒が修羅の巷に喘いで居る現代の悩みを、次代に持越させたくないと思ふと、心は狂せんばかり」と記している。
伸一は、先師の、その慈愛の一念から生まれた創価教育を、人間主義教育を、人類の未来のために、伝え、生かしていくことを、自らの使命とし、最後の事業としていたのだ。
そのための、創価幼稚園であり、創価学園であり、創価大学である。
伸一は、深く、強く、心に誓っていた。
「教育の種を植えれば、未来は、幸いの花園になる。
教育の道を開けば、未来は、平和の沃野へつながる。
私は、種を蒔く。今日も、明日も。
私は、この道を開く。全精魂を注いで。
生命ある限り、生命ある限り……」