Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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第3巻 「仏陀」 仏陀

小説「新・人間革命」

前後
43  仏陀(43)
 沙羅双樹の間にしつらえた寝床の上で、釈尊は、うっすらと目を開けていた。
 その木には、時ならぬ花が咲いていた。
 周りには弟子たちが心配そうに集っていた。
 釈尊は静かに言った。
 「私に聞きたいことがあったら、なんでも聞きなさい。今後、どんな疑問が起こるかもしれない。その時になって、聞いておけばよかったと、後悔しないように、今のうちに、なんでも聞きなさい……」
 釈尊は、三たび繰り返したが、質問するものは誰もいなかった。臨終を前にして、なお、自分たちを教え導こうとする師の心に、弟子たちは感涙を抑えるのに精いっぱいであった。
 阿難(アーナンダ)が、やっと口を開いた。
 「これまで、世尊からさまざまな教えを賜ってまいりましたので、誰も、疑いや疑問はございません」
 「そうか……。疑いの心がなければ、皆、退転することなく、正しい悟りに達するであろう」
 それから、最後の力を振り絞るようにして言った。
 「すべては過ぎ去ってゆく。怠りなく励み、修行を完成させなさい……」
 こう告げると、釈尊は静かに目を閉じた。そして、息絶え、安らかに永久の眠りについた。
 「世尊! ……」
 弟子たちは、口々に彼を呼んだ。
 沙羅双樹の淡い黄色の花が、風に舞い、釈尊の体の上に散った。
 これが、人間・仏陀の、偉大なる「人類の教師」の最期であった。
 山本伸一は、釈尊の生涯に思いを馳せると、新たな勇気がわいてきた。
 その生涯は、日蓮大聖人には及ばぬまでも、法難に次ぐ法難であった。試練に次ぐ試練であり、激動に次ぐ激動であった。
 そのなかで釈尊は、命ある限り法を説き、語りに語って、波乱の大生涯の幕を閉じた。その大闘争があってこそ、仏教は東洋に広まった。
 伸一は思った。
 ″ましてや自分は、凡夫の身にして、悪世末法に、仏法の精髄の法を、世界に広めんとしている。経文に照らし、御書に照らして、弾圧の嵐もあるだろう。撹乱の謀略も、非難中傷もあって当然である。
 私も自分らしく、どこまでも法のままに、わが使命の旅路をゆく。命の燃え尽きる時まで、人間の栄光の旗を掲げて……″
 振り向けば、太陽の光に大菩提寺(マハーボーディ・テンプル)の大塔が金色に燃えていた。

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