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日蓮大聖人・池田大作

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御本尊送りの心構え  

「池田大作講演集」第1巻

前後
1  座談会で新来者が入信を決意すると、いよいよ謗法払い、御授戒、御本尊送りになるわけです。これは、その人の信心の出発であり、立派にできたか否かでその後の信心の成長も決まってくる重要な儀式です。この出発のいかんが、人生の幸・不幸を決定するといっても過言ではありません。したがって御授戒、御本尊送りは、絶対におろそかにすることなく、きちんととり行なうようにしていただきたい。
 謗法払いについて一言述べておきたいと思います。
 家族全員が入信する場合は、当然、その家族の手で全部、謗法払いを行ない、その後に御本尊送りをするのが本来のあり方です。全部といっても、仏壇、位はいまでも焼いたりしたことは、今までもありませんし、これからもありません。(大笑い)
 ところが、家族が反対のなかで、一人だけ入信するときは、いちがいに謗法払いができない場合があります。信心に反対でも、その家族が謗法払いを了解すれば、問題ありません。しかし、謗法払いの了解をとることが困難な場合は、強引に反対を押し切って謗法払いをさせる必要は決してありません。
 信心は、長い一生涯の問題です。まず、本人に御本尊を拝ませることが肝要です。御本尊の功徳は絶対であることを確信させ、この信心に自信をもたせてあげることが大切です。そういう場合は、御本尊の偉大さ、信心の大功徳を確信をもって訴えきってください。
 時と場合をよく考え、機に、その人にふさわしい、聡明な指導をしていただきたい。
 具体的に申し上げれば、御授戒、御本尊送りは、最優秀の大幹部、または地区部長以上の幹部が紹介者にしていただきたい。班長、班担当員さんに任せきりにするのではなくして、最高幹部自らが、第一線に入って、友達のようにアドバイスしてあげてほしいのです。
 その際、決して窮屈にならず、しぜんの姿で生活即信心のあり方を教えていただきたい。それが、朝晩の勤行をしないと罰が出る(笑い)とか、いつもおシキミをかえないと醜い顔になる(笑い)とか、新入信者が、最初からおびえてしまうような雰囲気であっては絶対にいけない。信心は、ごはんを食べたり、朝起きて顔を洗うのと同じく、生活の一部分なのであり、伸びのびとしていく楽しいものであると、そういう雰囲気をつくっていただきたいものです。
2  御授戒、御本尊送りの際は、チームワークをしっかりとりあって、効果的に進めていただきたい。あの家庭にはあの幹部がよい、この新入信者にはこの幹部がよいなどと、よく検討し、最もふさわしい人を振り向けるようにしてほしい。気心の合った先輩の暖かい助言が、その人の信心の出発にあたって、どれほど力強い支えになるかり知れないのです。
 これだけ学会が社会に浸透してくると寮生、下宿人、学生等の入信も多い。その際、同居家族が信心に反対している場合は、無理に御本尊を受持させないほうがよい場合があります。したがって、御本尊のご安置そのものに反対の場合は、内得信仰ということで、御授戒をうけるのみにとどまります。そして内得信仰の人は、御本尊の御下付を受けるまでは、近所の懇意な人のお宅、または正宗寺院で勤行し、ともに学会員として活動し、福運を積んでいってほしい。
 かつては、入信希望者はまず内得信仰を一定期間して、しかるのちに御本尊をいただくという厳格な規則がありました。それだけ御本尊を持つということは偉大なことであり、日蓮正宗の正統性がうかがえるともいえましょう。
 なお御本尊を受けてくることは認めるという程度の反対ならば御本尊を受けてもよいが、その場合も家族と面識のある人が訪間して、御本尊送りをするようにしていただきたい。
 新入信者の家族の人に対しては、礼儀正しく親切にしていただきたい。なんといっても第一印象が大事です。学会を見直した、といわれるくらい好感をもたれる態度でなければなりません。それが、言葉はゾンザイで、クツ下は汚れている(笑い)し、出されたお茶はこぼしてしまう。(笑い)――こんなようでは法を下げてしまいます。
3  御本尊送りのときは、必ずしも五座、または、三座の勤行をしなければならないということはありません。方便品、寿量品の長行、自我偈、唱題が普通になっていると思います。しかし、ときによっては、方便品、自我偈、唱題だけでもいいし、題目三唱で終えていい場合もあります。夜遅い場合とか、夕食時にあたったとか、それぞれのケースによって、賢明に臨機応変に対処していただきたい。深夜、眠いのに家族の人達に迷惑をかけたり、長いあいだ夕食を待たせたりするようなことがあっては、反感を買ってしまします。ですから、時間、家族の様子等は敏感に察知して、とどこおりなくすませることが大事です。
 御授戒や御本尊送りにゆく場合、新入信者の人達に、世間話などをまじえながら、心のゆとりをもたせてあげてほしいものです。″この際、徹底的に信心のことを教えておこう″(笑い)といって「あしたの朝は、午前五時に起きて、普通の人の十倍ぐらいやりなさいよ」などと、希望を失って(笑い)しまうようなやり方は感心しません。
 出勤時間が早い人には、最初は、方便品、自我偈、唱題だけでもいいのではないでしょうか。退社の途中、家へお寄りなさい、一緒に勤行しましょうと、それぐらいの余裕ある気持ちで接していただきたい。ともあれ、信心と世間とは決して離れているものではありません。むしろ、いろいろな世間話のなかにこそ、信心がある、という姿勢で進んでいただきたいと思います。

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