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平和に生きる権利  

「21世紀の人権を語る」A.デ・アタイデ(池田大作全集第104巻)

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1  池田 先に、「人権」の概念が「第一世代」「第二世代」から、人間に十分な自然・社会環境を保障する、「第三世代の人権」へと展開していることにふれました。
 「第三世代の人権」のなかでも、「平和的生存権」は、憲法などで認められている基本的人権を包括する基本権といわれます。
 一九五七年九月、恩師戸田第二代会長は、「原水爆禁止宣言」を発表しました。
 原水爆は絶対悪であり、その使用は「人類に対する犯罪」として、いかなる国家の大義名分による使用にも反対したのです。その理由として、恩師は「われわれ世界の民衆は生存の権利をもっている」と叫びました。世界の民衆が幸福に生きる。これは、人類の永遠の願いです。
 アタイデ 世界中のすべての人々の幸福は、“力”によってではなく、それを超える“理性”によって築かれるということを語ることは重要なことです。それを最も訴えている第一の存在がSGI(創価学会インタナショナル)であります。
 私も一九四八年十二月十日の宣言において、それを要求しました。その日から、ついに人間は、立ち上がったということができます。
 人類のより高貴な願いが達成されなければならない新世紀の入口にいる今こそ、人権の侵害をもたらす戦争と革命は、人類への警告であったと受けとめなければなりません。
 私には、人間の良心から生まれた根本的な原則を擁護しながら、三〇条に要約された人権宣言にもとづいて、二十一世紀には浄化せねばならない“虚偽の価値”と対抗しゆく責任があるのです。
 池田 「われわれ世界の民衆は生存の権利をもっている」――。恩師戸田城聖先生が叫んだこの「生存の権利」と、「第二世代の人権」の「生存権」について、ここで少し述べておきたいと思います。
 「第二世代の人権」としての「生存権」は、「第一世代の人権」である「自由権」と併置される人権です。十八、十九世紀型の自由放任の原則は、現実には、貧富の差を拡大し、さまざまな不平等をもたらしました。
 無秩序な自由、幸福の追求は、一方で、多くの貧困者を生みだしました。競争社会のなかで、脱落し、敗北していく人、精神的、身体的な障害などのために、社会的な援助が必要な人たちが切り捨てられてしまう悲惨をもたらしました。
 こうした野放しの自由による人権侵害から、抑圧されている人々を救済していくために、新しい権利の確立がめざされるようになりました。第一次大戦後に生まれたドイツの「ワイマール憲法」には、そうした理念がうたわれていました。「ワイマール憲法」は、ナチスの暴虐によって、破壊されましたが、「すべての人に対して人間たるに値する生活を保障する」との理念にもとづいた社会保障の考え方などは、人権確立の歴史に新しい地平を開くものでした。
 「第一世代の人権」としての「自由権」が、いわば「国家」からの自由――国王の圧制や支配からの自由の獲得から始まった人権闘争の歴史のなかで、社会的弱者の救済、さらには、健康で文化的な最低限の生活権の保障、教育を受ける権利、労働基本権などに対して、国家が積極的に関与し、充足していくことが求められるようになりました。これが「生存権」として位置づけられる基本的人権です。
 この「生存権」は、生命の維持のために必要な社会保障や、人間らしい充実した生活を保障するための権利を含み、しだいに物質的な保障から文化的な保障へと、その内容は豊かになっていきました。
 この「第二世代の人権」である「生存権」の充実、発展が、人々の生活を守り、人間の尊厳を確立していくことに貢献したことは、いうまでもないことです。
 アタイデ 人権宣言を尊重しなければならないのが公権力です。しかし、だからといって国家だけに任せるのは正しくありませんし、現実にもあいません。それは人権宣言の外面的な問題です。私が絶対の優先順位を与えるのは、各市民が、その良心および普遍的友愛の名において、人権宣言の基本的義務を尊重することです。
 一人の人間が他の人に対して、いかなる形態であろうと人権を無視または否定し、自由と友愛と平等の三位一体の基本的要素を侵害または否定するとき、その人は“犯罪者”であるといわねばなりません。
 池田 よく理解できます。その最たる“犯罪”が核兵器の開発であり、戦争で原爆が使用されたことです。それが人権に対する考え方に根本的な転換を要請することになりました。水爆も開発され、核兵器の生産は、人類の歴史で初めて、人間が開発した兵器によって人類史にピリオドが打てる「狂気の時代」が到来したことを意味します。
 核兵器という現代の「ダモクレスの剣」のもとでは、「生存権」にもとづいて、いかに社会保障が充実した社会が築けたにしても、一瞬にして崩壊してしまうのです。
 戸田先生のいう「生存の権利」は、もっと本源的な人間の権利でした。「世界の民衆」がもっている「生存の権利」という言葉が、「第二世代の人権」である「生存権」と大きく異なる点は、「国家」という壁を超えたことにありました。「世界の民衆」が、「平和に生きる権利」は、一つの国家の国家利益、東西の両陣営の一方の側の勝利という次元から出た「核抑止論」や核兵器の保有、開発、使用を正当化する一切の主張より優先すべきものだとしたからです。空前の生命の破壊を可能にする核兵器の存在そのものを、「絶対悪」とし、その使用を最悪の“犯罪”として糾弾されました。
 アタイデ 今日、どの国も望みさえすれば、核兵器を作るという異常で破壊的な気まぐれを起こすことができます。
 この恐るべき武器をもち、権力を増大させれば、国際社会における国家の地位が上がるなどという考えに、私は断じて賛成できません。
 池田 「世界の民衆」がもつ「生存の権利」――戸田先生の胸中にあったのは、人間の根本の権利としての「平和に生きる権利」でした。核兵器による破壊、人命の犠牲という悲惨からの解放はもとより、戦争のために苦しみぬいてきた民衆がふたたび戦火にあわないことを切実に願われていました。
 戸田先生は、一九五二年二月、青年たちの研究発表会で、「私自身の思想を述べますならば」と言い、つづいて「結局は地球民族主義であります」と語っています。この地球に住む人々は、言語、人種、歴史、生活形態、文化などの違いはあっても、皆、「地球民族」であるという共通した意識をもつことの重要性を指摘した先生の思想は、その五年後の「原水爆禁止宣言」のなかに示された、「世界の民衆」のもつ「生存の権利」の思想に結びついていました。
 人権の流れは、市民革命を経て、所有権、職業選択の自由、思想・良心・言論・集会・結社の自由など「自由権的基本権」の確立をめざした第一段階から、第二段階では「人間に値する生活を維持すること」などを目的にした「生存権的基本権」の確立へ向かいました。これに対して、戸田先生が叫ばれた「生存の権利」という言葉は、世界の民衆の「平和的生存権」すなわち「平和に生きる権利」を意味しています。
 アタイデ 二十一世紀を真の人間の権利が広く認識される世紀とするためには、すべての暴力手段が永久に排除されなければならないのです。「世界人権宣言」の本質も、各人に、人間であるということから、その個人的起源、国籍に関係なく、すべての者の権利として、平等、自由、友愛を神聖視しなければならないという理想を、自覚させるということにありました。つまり、私たちは人権宣言の源泉として人道主義的理想を採用したのです。この理想は、すべての民衆がもつ切なる願望・希望を達成するものだからです。
 池田 平和と人権の関連性について、「世界人権宣言」の前文では「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することは、世界における自由、正義及び平和の基礎である」と宣言されています。人権の承認が「平和の基礎」であることは当然です。
 とともに「世界人権宣言」の全体は、平和の基礎のうえに成り立つものです。戦争のなかでは「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない」(第一条)という条文の対極の破壊が行われるからです。
 また、「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを認識すること」は、世界の恒久平和の実現に必然的に結びつきます。
 こうしたことからも、全世界の民衆の「平和に生きる権利」は、人権の根本です。さらにこの「平和」は、たんに戦争のない状態というだけでなく、核兵器による破壊の恐怖からの解放、国家間の対立抗争による被害からの解放、さらに、人間の尊厳性が全面的に開花された状態でなければなりません。戸田先生の言われた世界の民衆の「生存の権利」をより豊かに現実化していくために、私も力を尽くしています。

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