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日蓮大聖人・池田大作

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本源的防衛線  

「21世紀への警鐘」アウレリオ・ペッチェイ(池田大作全集第4巻)

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1  本源的防衛線
 教育は、人間革命において、宗教に次ぐ重要な位置を占めています。現代の教育は、あまりにも知識教育に偏っており、人間としての基本的な生き方や物事への対応の仕方の教育が忘れられています。これは、子供たちに大変な欠陥をもたらすことになるばかりでなく、社会、ひいては文明にとって大きい損失です。なぜなら、知識が伝えられ、人びとの共有となることは文明にとって利益でしょうが、その知識の正しい用い方を教えないことは、この利益をゼロにしてしまうのみか、かえってマイナスにしてしまう恐れが多分にあるからです。
 しかも、知識が直接に役に立つのは、その専門分野に進んだ人びとにとってのみであり、門外漢にとっては、その学校を卒業するや否や、たちまち忘れ去られてしまうのが普通です。ある意味では、現実の社会は、そうした知識がなくても、なんの支障もないまま生きていけるのです。だからといって、そうした知識習得の学習によって身につく思考訓練が、知識忘却の後も、なんらかの利益をもたらしていることを否定するつもりはありません。ただ、それがために、人間としての基本的な問題の習得が犠牲にされていることを考えるならば、ぜひともこれは改めなければならないと思うのです。
 もちろん、知識の教育が必要ないというわけでは毛頭ありません。現代社会に生きるうえで当然必要な知識は授けられなければなりませんし、また、現代の人類がおかれている位置を知るのに必要な過去についての知識──歴史──も学ぶべきでしょう。同様に、他の生物の世界に関する知識──生物学──も必要です。地理の知識も有用でしょう。
2  そこで、私がすぐれた考え方だと思うのは、牧口常三郎創価学会初代会長が提唱した“郷土科”の重要性です。“郷土”とは、児童にとって自分が生まれ、生活している地域をさします。この、自分の生活と直接関係している地域について、地理、気候、産業、社会機構、文化を知悉すべきであるというのです。しかも、狭い地域主義に閉じこもるのではなく、そこを基盤として、世界に目を開いていくのです。
 地理にしても、自分の郷土が一つの国の中でどんな位置にあるかを知らなければなりませんし、日常生活の中で使っている物、食べている物がどこからきたものであるかを知らなければなりませんから、必然的に世界全体について知ることになります。しかも、その遠い世界のことも、自分と無関係のこととしてでなく、自分に結びついたこととして学ぶのですから、その知識は、たんなる知識では終わりません。
 政治に関しても、一つの小さな町の仕組みから一国の政治へと目を開き、さらに世界的な機構や国際関係までとらえていくことになります。そうした把握の仕方によって、自分たちはどのようにこの巨大な機構に主体的にかかわっていくべきかという意識を養うことができるでしょう。
 自然界の生命連鎖の仕組みにしても、同じです。小さな生き物の存在が、人間の生存にとっていかに大切な役割をもっているかを知れば、この不思議な生命の世界に対して、たんに好奇心だけでなく、尊敬と感謝の心をさえいだくにいたるでしょう。
3  私は、真実の“人間革命”は、一方では仏教実践をとおして生命の内奥からなされるとともに、もう一方では、こうした現実生活における価値ある触れ合いの中でなされていくものであると思います。そして、このようにして身につけた自然との融和、人間同士の和合の態度によって初めて、現代文明の直面している最も深刻な危機といえる自然破壊に対して、本源的な防衛線が築かれるものと確信しています。
 注1 “人間革命”=戸田城聖創価学会第二代会長は、昭和二十六年(一九五一年)小説『人間革命』を聖教新聞紙上に初めて掲載。池田会長も小説『人間革命』を昭和四十年(一九六五年)から執筆。同書の英語版もウエザヒル社(ニューヨーク・東京)から発刊されている。The Human Revolution(volsⅠ~Ⅴ)

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