Nichiren・Ikeda

Search & Study

日蓮大聖人・池田大作

検索 & 研究 ver.9

見せかけの希望  

「21世紀への警鐘」アウレリオ・ペッチェイ(池田大作全集第4巻)

前後
1  見せかけの希望
 物質革命が、人間の能力を法外に増長させ、期待を煽り立てることによって、歴史の流れを根本的に変え、人間生活をより人工的で複雑なものにするとともに、より多くの、新たな一連の不自然な問題や危険に曝させてきたことは確かです。ほんの二百年足らずの昔には、産業といっても、ごく少数の紡績機や蒸気機関やその他の簡単な装置が、数の限られた職工の労働を軽くするという程度のものにすぎませんでした。ところが今日では、世界の産業体制は途方もなく大きな、まことに驚くべき規模に達し、現代文明の象徴とも俗権ともなっています。しかも、産業革命は、きわめて強力であり、明らかにそれ自体が満たしうる範囲と世界の資源基盤が支えうる範囲を超えた、より多くの需要を生み出したのでした。
 その直後にやってきた科学革命は、人間の知識を非常に大きく──しかも不均衡に──拡大しました。われわれは、遺伝因子情報にまで及ぶ生命の神秘についても、宇宙を整然と動かしながらそのすべての粒子を──最微小の粒子さえ──結合させている物質の法則についても、目も眩むほど大量の知識をもっています。ところが、人間の存在や行動、または幸福にとって最も大切な他の分野では、われわれの知識はあまりにも少なすぎるのです。人類の総知識量が七年ないし十年ごとに倍加していることは明らかですが、この知識の蓄えは不均衡であり、その状態は今後もつづくことでしょう。いわゆる精密科学が、科学への投資全体の最大の部分をわがものにし、精神科学、社会科学、人文科学等は置きざりにされています。しかも、なにもこれだけが唯一の歪んだ部分ではありません。歴史上これまでに生まれてきたすべての科学者のうち九割以上が今日活躍しているものと推定されますが、不名誉なことに、そのほぼ半数がいわゆる軍事防衛計画に携わっているのです。そのうえ、一般大衆には、入手できるすべての情報や資料を吸収し、消化し、十分に使いこなすだけの用意がありません。このため世界の一般大衆の手には、信じられないほど大きな科学の恩恵のうち、比較的わずかな部分だけがこぼれ落ちているにすぎないのです。科学をそのあるべき姿、つまり真に純粋な状態に戻し、その利用をもっぱら有益な目的のみに限定するためには、優先順位や努力の面での膨大な再編成が、明らかに必要です。
2  この科学知識を日常生活に適用することから生じた技術革命についても、同様な考慮がなされなければなりません。現在、技術革命の最も強い動きが、富裕階層の地位と権力と威信の増大に向けられていることは、疑うべくもありません。しかし、技術は、その影響力がきわめて広範であるため、世界各地の人びとに──その配分はなお非常に不均等であるものの――空前の福利と安楽を授けることに成功し、同時に、その奇跡的な能力についての、見せかけの希望を起こさせています。豊かな新時代の到来への期待、また人類のほぼあらゆる諸問題が技術力によって容易に解決できるという過大な期待が、われわれの現実感覚をまったくといっていいほど曇らせ、成長の神話を生み出し、道義心を衰えさせ、仕事に対する態度を変えさせてしまいました。これが、現在の危機の大きな原因となっているのです。地平線上にかすかに現れてきた技術上のさらに新たな突破口は、人びとに絶えず明るい望みを与えています。しかし、そうした望みは、結局は儚い夢にすぎなかった、いやそれどころか罠でさえあった、ということになるかもしれません。われわれは、たとえば地球の地殻や海底の奥深くに伝説上のエル・ドラド(黄金の国)を掘り当てるとか、遺伝工学を用いて植物や動物、そして人間さえも質的に改良するとか、人間の活動をすべてロボット化、情報化して軍事抗争における中間準備地域を大陸間の空所や高層大気圏に移動するとかのさまざまな方法によって、自らの運命を変えようという気持ちを起こすかもしれません。しかし、こうした方法のいずれによっても、無知、不寛容、不平等、不安定、不安感といった、現実に存在する諸問題から逃れることも、また解決することもできません。世界の“問題複合体”はさらに手に負えないものとなり、人間をさらに困惑させていくことでしょう。

1
1