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日蓮大聖人・池田大作

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第六章 健康革命の世紀へ  

「科学と宗教」アナトーリ・A・ログノフ(池田大作全集第7巻)

前後
1  人間は何歳まで生きられるか
 ―― この章では、ライフサイエンス(生命科学)を中心に、「ガン」や「免疫」などをとりあげて、対談を進めていただきたいと思います。
 池田 わかりました。「生命」と「健康」も、対談の一つの柱になりますね。
 じつは昨年(一九九二年)の暮れ、三重県で故ホフロフ総長(モスクワ大学)のご長男アレクセイ・ホフロフ教授にお会いしたときも、健康談義になりました。
 ログノフ そうでしたか。教授の専門は「高分子統計物理学」でしたね。
 池田 名古屋大学に三カ月ほど滞在され、DNA(デオキシリボ核酸)の「情報伝達」のプロセスを研究されていました。とくに、外から何らかの“変化”を与えることによって、より健康な状態をつくりだせないか、という問題に取り組んでいるということでした。
 ログノフ なるほど。新しいテーマですね。
 ―― 健康のために心がけるべきことなど、ホフロフ教授からは何か具体的にありましたか。
 池田 「環境」の重要性、とくに放射能と大気汚染の影響の大きさを強調されていました。それから、食事のコントロールも大事だと……。
 ログノフ 環境問題は大きな課題です。また、食事の“悪習慣”もいけません。
 池田 博士ご自身、食事には何か注意されていますか。
 ログノフ できるだけ自然なものを食べるように、心がけています。たとえば、ロシアの庶民の料理としては、いろいろなお粥、オートミールなどがあります。それからシチュー、スープ類ですね。
 池田 日本でも最近、自然食が身体にいいとよく言われます。
 ログノフ 私の父は八十三歳、母は八十八歳まで長生きしましたが、どちらも肉類は好まず、シチューやお粥などをよく食べていました。やはり庶民のなかで広く行き渡っているものが、一番いいんじゃないでしょうか。庶民というのは、決して甘やかされていませんから――。知識階級は、少し自分を甘やかしているかもしれません。(笑い)
 池田 庶民には生活の知恵がある。生きゆく力がある。私も博士の意見に賛成です。
 ―― 博士は、健康のために何かされていますか。
 ログノフ 私は今、六十六歳ですが、長生きのためということでしたら、今のところは何もしていません。むしろ、仕事をしているときのほうが、自然な生活のリズムというか、普通の状態なんです。
 ですから、これは私の欠点かもしれませんが、休むということを知らないんです。いつも何かやっています。
 池田 心身ともにはつらつと元気なのが、健康の理想です。私がお会いしたポーリング博士にしろ、またブラジル文学アカデミーのアタイデ総裁にしろ、九十代でも“若々しい心”で仕事に取り組まれています。
 ログノフ 以前ある知人が、私にこんなことを話してくれました。その人は痛風だったもので、保養地に通っては療養していました。あるとき、保養地からの帰りの列車の中で、突然、二人の男が現れ、「ご同行願います」と連行されてしまいました。その人はそれから五年間、“ラーゲリ(収容所)”に入れられたのです。
 ―― スターリン時代ですか。
 ログノフ ええ。それが驚いたことに、五年後に出てくると、痛風がすっかり治っていた。あれこそ本当の“保養地”だったと言っていました。(笑い)
 池田 食事や生活の環境が変わって、本人の身体にはよかったということでしょう。いずれにせよ、心身への“ストレス”にどのように対応し、挑戦していくか――それが大きな分かれ目になる場合があります。
 ログノフ そうです。希望をもって生きることが大事です。それが健康と長寿につながると思います。
2  ―― 人間というのは、何歳くらいまで生きられるものですか。
 ログノフ 統計によりますと、ロシアの百歳以上の高齢者は、一万人に一人の割合です。なかには、百三十歳まで生きた人もいます。
 池田 ロシアのコーカサス地方は、長寿の人が多いことで有名です。ホフロフ教授の見解では、人間は百五十年は生きられる身体的な資源をもっている、ということでした。
 ログノフ 私もそう思います。おそらく百五十歳までが限界でしょう。百三十歳から百五十歳くらいまでが、人間の最高寿命であろうと思います。
 池田 仏典にも、長寿をまっとうした場合の年齢を、百二十歳とするものがあります。もちろん、寿命の長さだけでなく、使命を果たした人生であるかどうかが根本になりますが。
 ログノフ 二十一世紀には、平均寿命をもっと延ばすことができるでしょう。それにともない、人生の生き方、内実が問われてくると思います。
 池田 この限りある人生を、いかに自分らしく価値あらしめ、生き抜いていくか。
 日蓮大聖人の御文に「百二十まで持ちて名を・くたして死せんよりは生きて一日なりとも名をあげん事こそ大切なれ」とあります。
 大事なことは、悔いのない所願満足の人生です。そうでなければ、何のための人生かということになってしまう……。
 ログノフ 私の信条を申し上げれば、人間は何によって生きているのかという、使命感が必要だと思います。
 過去を振り返って、歳月を無駄に過ごさなかった、といえることが大事ではないでしょうか。
3  DNAの“二重らせん構造”とは
 ―― いまや、遺伝子の研究は、生物学や医学の一つの焦点になっております。多くの物理学者も、この問題にかかわっていると聞いています。
 ログノフ 量子力学の基礎を築いた一人であり、「波動方程式」でも有名なオーストリアのシュレーディンガーは、『生命とは何か』という著作を残しています。
 のちにDNAの“二重らせんモデル”を提唱したワトソンとクリックは、これに刺激されて、遺伝子の分子構造の解明をめざすようになったといいます。
 量子物理学と分子生物学とは、密接なつながりがあります。とくに、生命工学や分子遺伝学などの分野になると、量子物理学は必要不可欠です。
 池田 「子どもがなぜ親に似るのか」「なぜ親の特徴が子どもに遺伝するのか」――これは“自明の理”でありながら、人類が古くからいだいてきた疑問です。
 仏典でも「転子と申すは親の様なる子は少く候へども此の病は必ず伝わり候なり、例せば犬の子は母の吠を伝へねこの子は母の用を伝えて鼠を取る」(転子病〈遺伝病〉というのは親の生き写しのような子は少ないけれども、この病は必ず伝わるのである。たとえば、犬の子は母の吠えるのを伝えうけ、猫の子は母の働きを伝えうけて鼠を捕るようなものである)とあるように、遺伝に着目しております。
 この遺伝現象を担うものとして、「遺伝子」という考え方が出てきたのは、いつごろからですか。
 ログノフ 十九世紀半ば、オーストリアのメンデルは植物のエンドウを使って、遺伝の法則性を発見しました。しかし、この段階では遺伝情報を伝える実体は明らかではありませんでした。
 二十世紀の初めには、細胞内の染色体が遺伝に関係していることがわかりました。
 そして一九四〇年代になって、染色体内にあるDNAが遺伝子の本体であることが突きとめられたのです。
 池田 学問としては、比較的新しい分野になりますね。戦争が終わって間もなくのころですが、かつて数学の教師であった私の恩師は、科学にも通じていて、よく遺伝のことを語っておりました。それが強く記憶に残っているのですが……。
 ログノフ DNA分子の“二重らせん構造”が発表されたのが一九五三年です。これを契機に分子生物学、分子遺伝学は、輝かしい発展を遂げていくことになります。
 池田 生命の探究は、一歩また一歩と確実に、現象世界を解明しているといえますね。
 ログノフ 細胞核は、普通、直径五―十ミクロン(一ミクロン=10-4㎝)程度の大きさですが、細胞分裂のさい、そこに現れる染色体は、長さ数ミクロンほどの棒状のものです。
 DNA自体は直径約二ナノメートルの細い糸のようなもので、幾重にも折り重なって染色体を形づくっています。
 池田 一つのDNAの糸をまっすぐに伸ばすと、どのくらいの長さになりますか。
 ログノフ 人間の背丈ほど(約百八十センチ)になります。
 池田 身体の情報が集約されているDNA分子の“二重らせん構造”は、よく、“縄ばしご”に譬えられますが、簡単に言うとどういう構造ですか。
 ログノフ DNAの“はしご”の縦軸の部分は、糖とリン酸からなり、横棒はチッ素を含む塩基でできています。この塩基には四種類あり、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)という名前がつけられています。このDNAの“はしご”は、二本の縄がらせん状に巻かれたような形をしているところから、“二重らせん構造”と呼ばれています。
 池田 よく模型で説明されるものですね。
 ログノフ 遺伝子情報は、四種類の塩基の配列の組み合わせによって、情報が蓄えられています。つまり、“A”“G”“C”“T”の四文字のアルファベットを使って、遺伝暗号がDNAの上に記されていると考えれば、わかりやすいと思います。DNAの上に並んでいる塩基対の数は、人間などの哺乳動物では約三十億といわれています。
 ―― このたいへんな情報量の暗号を月刊誌「潮」として出版してみるとどうなるか、計算してみました。
 一ページに約一千字、一冊約四百ページとして、七千五百冊。月刊ですから、ざっと六百二十五年かかります。
 池田 膨大なDNAの暗号を全部解読し、「遺伝子地図」をつくろうという計画もありますね。
 ログノフ 十年前、私たちは一年間に約百個の塩基配列を解読するのが限界でした。しかし現在では、解析技術の発達によって、全世界で年に合計すると約三億個の解読ができるようになりました。
 池田 人間の身体には六十兆もの細胞があり、一つ一つの細胞には、同じ遺伝情報が含まれている。どの細胞も同じDNAをもっていながら、あるものは脳細胞になったり、内臓や骨、あるいは手や足になったり、それぞれが特定の役割・機能を担っている。考えてみると、これは不思議なことです。
 ログノフ 大事なポイントです。生体はもともと一個の受精した卵細胞です。それが細胞分裂を繰り返していく過程で、さまざまな器官に分化していく様子は、まさしく生命の神秘です。
 一個の細胞のDNAには、身体のすべての情報が入っています。そのなかで、特定の部分だけの遺伝子情報を発現させ、各細胞に固有の情報を与え、それぞれの役割をもたせていく――この複雑なシステムの仕組みは、今のところ十分には明らかになっていません。しかし、まさしくこれは、現在の分子生物学のメーンテーマの一つとして、多くの研究者が取り組んでいる課題です。
 ―― たとえば、皮膚の表面の細胞は約一カ月で、すべて入れ替わるといいます。細胞が分裂するとき、DNAの情報はどのようにして伝えられるのでしょうか。
 ログノフ DNAは自己を複製することによって、情報を伝えます。細胞分裂するときには、DNAの“はしご”の二本の縄が、ちょうど、ファスナーが二つに分かれるように、二本に分かれます。そして、半分に分かれた古いはしごの反対側に、酵素の働きによって、新しい部分が作られます。
 横棒の塩基は、アデニン(A)とチミン(T)、グアニン(G)とシトシン(C)が、必ず対をなして結びつくような構造になっていますので、新しくできる“はしご”の塩基は、古い“はしご”の塩基の配列と対応するように作られます。こうして、以前とまったく同じDNAが複製されます。
 池田 一般の細胞が分裂する場合は、DNAの複製によって情報が伝えられる。ところで、親から子どもへと遺伝情報が伝えられる場合は、父方と母方から半分ずつ情報を受け継ぐわけですね。
 ログノフ そのとおりです。ここでは詳しくは述べませんが、DNAは細胞分裂のさい、染色体を形成します。ヒトの染色体は二本ずつ対をなしていて、全部で二十三組四十六本あります。生殖細胞では特殊な分裂をするため、染色体数は半分の二十三本になります。両親からそれぞれ二十三本ずつ受け継ぎ、子どもの染色体が構成されるのです。

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