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日蓮大聖人・池田大作

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世界が愛するイギリスの絵本画家、絵本作… ワイルドスミス氏

随筆 世界交友録Ⅰ Ⅱ(前半)(池田大作全集第122巻)

前後
1  「日光がページから降り注ぐような」絵とたたえられる。
 ワイルドスミス氏の芸術にふれるたびに、「美は愛の子ども」という言葉を実感する。
 絵のすべてに温もりがある。
 生きとし生けるもの──木も花も、鳥も人も動物も、命の喜びに輝いている。空も海も家も大地も、懐かしい優しさで光っている。
 その光を放たせているのが、ワイルドスミス氏の愛情である。
 お会いしたとき、人柄の清らかさと、子どもたちに対する真剣さに打たれた。
 私が「子どもたちが心の奥底で一番求めているのは何でしょうか」とうかがうと、「それは『幸福』です」と明快であった。
 「子どもはつねに、あふれんばかりの愛情につつまれ、『安心』のなかにいることを欲しています。もちろん『幸福』の中身は、年齢とともに変わっていきます。けれども、生涯、変わることのない『幸福』の源泉があります。それは『創造力』です」と。
 モノや情報があふれる社会で、子どもたちは″あたえられる″ことに慣れ、かえって、みずから創造し、発見する喜びを失っているのではないでしょうか──氏は、そう指摘するだけでなく、芸術の力で、子どもたちの中の「宝」を目覚めさせるために人生をささげてこられたのである。
 氏の出現は「絵本の革命」だったと言われる。幼い子どもたちに、これほど芸術性の高い絵が受け入れられるのだろうか?
 心配は無用だった。子どもたちは喜んだ。楽しみながら、その美しさに心を揺さぶられた。
 「本物」の力は、すごい。本物だけが本物を育てられる。
 氏が全魂をこめて描いた作品は、子どもたちに「世界は、こんなにも美しい」と教えたのである。
 日本の小学生がワイルドスミス氏に感動を伝えた。
 「魚など、とてもきれいで、図鑑で見るよりすてきです」
 氏は「私は『こんな魚がいたらいいだろうな』とか、木を見ても、自分が感じたままの色で描きます。写真に撮った色とは違っていてもいいんです。私の目で見て、心に感じたものを描くのですから。きっと、それが、あなたの心に『きれい』と映ったのでしょう。とてもうれしいです」と感謝された。
 氏と同じイギリスの画家ターナーの絵を見て、ある人が「こんな夕陽は現実にはない」と批判した。
 ターナーは「こんな夕陽を見てみたいとは思いませんか?」と応じた。
 心で見なければ何も見えない。生命を愛する心で見れば、その分、世界もその美を見せる。
2  教えたい「この世がどんなに美しいか」
 ワイルドスミス氏の絵に登場する万物は歌っている。「わたしは美しい命です」「あなたも、かけがえのない命です」と。
 腕が動く。目が見える。これが、どれほどの奇跡であることか。言葉を話す。その声が人の耳に聞こえ、会話ができる。これが、どれほどの不思議であることか。
 生命の一挙手、一投足、日々の一瞬一瞬が、どれほどの神秘と驚嘆で満ちているかを感じられたならば、人はもっと人生を丁寧に生きるにちがいない。人の命を大切に生きるにちがいない。
 ワイルドスミス氏のご一家は、ヴァニツクという犬を飼っておられた。犬が脳腫瘍になったとき、近所のシェリフという犬が毎朝やってきた。中に入れるまで吠え続ける。ヴァニックを見つけると隣にすわり、治そうとして頭の先からつま先までなめて、夕方まで離れなかった。ヴァニツクが生を終えるまで毎日、続けたという。
 本来、命は命を生かそうとする。私が「さくらの木」「雪ぐにの王子さま」など一連の創作童話で伝えたかったのも、宇宙に満ちる、この大いなる愛であった。
 物語に氏が共感してくださり、最高の絵で飾っていただいたことは、私の何よりの喜びである。
 大いなる愛といえば、氏を支えるオーレリー夫人のあの強さを思い出す。結婚当初、氏は美術の教師をしながら、夜は寝る時間を削って本のカバー絵を描くという日々。夫人は「教師を辞めて、あなたの本当にやりたいことに専念すべきだと思います」と助言した。
 氏が教師を辞めたあとであった。夫人が妊娠の事実を告げたのは。「もし教員をしているときに、そのことを知ったなら、経済的な不安定を恐れて私が辞めないことを彼女は知っていたのです」
 夫人との出会いも、おとぎ話のように美しい。十七歳の少年が、水の引いた湖に立つ家にスケッチに行った。すると熱心にのぞきとむ、そばかす顔の少女がいる。スケッチブックを見せると、十四歳の少女は、音を立ててめくりながら満足そうに微笑んだという。
 以来、「彼女は私を幸せにする、思いつく限りのあらゆることをしてくれたし、今もそうです」という永遠の絆が生まれたのである。
 氏が物語も書いた絵本の一つに『わたしのメリーゴーラウンド』がある。年に一度のお祭りで回転木馬メリーゴーラウンドに乗ったロージーは、その冬、重い病気になってしまった。お医者さんは、治るという希望が大事だという。トムは友だちと相談し、ロージーに絵を贈った。
 王さまのいす。カンガルー。一角獣。一つ一つの絵がメリーゴーラウンドの乗り物だった。そしてトムの贈りものは、メリーゴーラウンドのオルゴール。
 ああ、乗りたい! 乗りたい! その晩、ロージーは、メリーゴーラウンドに乗って星空へ飛ぶ夢を見た。少女の心に希望の翼が生まれたのだ。
 氏も、希望を必要とする友だち──世界の子どもたちに絵を贈り続けている。
 教育環境の悪化を心配する氏に、私が「少年少女の心には、絶対に″よき種″を植えていきたい」と申し上げると、氏は、大きくうなずかれた。
 「″よき種″を育てた『豊かな人間』の森で、社会を埋め尽くしたい。その″木″を切ることなく大切に育てていけば、必ずやパラダイス(理想郷)が実現するにちがいありません」と。
 氏が贈ってくださった絵の一つ──ゾウの背の上にライオン、その上にヒョウ、その上にクマ、その上の少女が星をつかんでいる。
 「空に手を伸ばせば、そこには人生の星があります。そのことを池田大作氏と一緒に、子どもたちに目覚めさせたいのです」と、したためであった。
 現実の世が不安と憎悪に揺れている時代こそ、私たちは人の心に希望の種を植えたい。希望の樹を育てたい。やがて花ざかりの森に遊ぶ未来を信じて。
 氏のモットーは「ネバー・ギプ・アップ(絶対にあきらめるな)」である。
 (一九九五年五月二十一日 「聖教新聞」掲載)

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