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飛翔  

小説「人間革命」7-8巻 (池田大作全集第147巻)

前後
1  実践は、宗教の生命である。
 実践の脈々たる生命を失った宗教は、もはや朽ち果てていく以外にない。
 地道な実践を貫く真の宗教は、新しい原動力となって、歴史をも転換していくにちがいない。
2  立宗百年祭を終えたあとの創価学会の急速な発展も、まさしく、その本格的な実践の賜といってよい。一九五三年(昭和二十八年)の足跡をたどってみる時、この年ほど飛躍的に伸展した年もなかったことがわかる。それは、世帯数の急激な増加に見ることができる。年頭には、わずか二万世帯であったが、この年、新たに五万世帯の入会を数え、実に七万世帯となったのである。
 この年の、年頭における戸田城聖の決意も、並々ならぬ厳しいものがあった。彼の胸中には、幾多の画期的な計画が秘められていた。
 正月二日――初登山の夜、総本山理境坊の二階には、首脳幹部が集っていた。この一年間の行事大綱を検討するための会議である。二間続きの部屋は、緊迫した熱気に満ちていた。
 戸田を取り囲んで、自然に半円がつくられている。最高首脳陣は、行事大綱を説明する企画部長の小西武雄に視線を集中していた。
 ――四月十九日、男子青年部第一回総会。四月二十八日、五重塔修復記念法要。五月三日、第八回総会。六月二十八日、第二期教学部員任用試験。七月三十一日から八月四日まで夏季講習会。引き続いて八月五日から十日間、夏季地方指導。
 ここまで企画部長の話が進んだ時、戸田は言つた。
 「今年の夏季地方指導は、昨年よりも、さらに大勢の幹部を繰り出すことになるだろう。大阪、名古屋、九州のほかに、今年は北海道にも幹部を送りたい。広範な全国作戦だ。費用も莫大なものになるだろうが、そんなことに、こだわってはいられない時期になっている。学会の組織も整ってきた。戦後の新興教団が伸びたのは、都会よりも地方に伸びたからだと思う。いよいよ、それらの教団を追い越す基盤をつくるのに、今年ほど大切な時期はない。今年の最大行事の一つであることを銘記してほしい。昨年、伸びた支部は、いずれも地方で大きく伸びている。蒲田も、鶴見も、杉並も、足立も、皆、そうではないか。今から目を大きく開けて、各支部の地方拠点に、じっと眼を注いでもらいたい。地方統監部長、よく点検して、今から計画をしっかり頼む」
 地方統監部は、戸田の遠大な構想に基づく、全国的な広宣流布の新展開に備え、前年の十二月二十二日に、新たに設置され、部長には、原山幸一が就いていた。
 戸田は、原山を握り返って、念を押すことを忘れなかった。
 「いいかい、緻密な頭脳の発露によって、人は生かされ、組織は潤滑に回転していくんだ。統監部は組織体の要です。いうなれば、組織科学研究機関ともいうべきものなんだよ」
 「はい、よくわかっております」
 視線は、一斉に原山に移った。
 原山は、大きく頷き、居並ぶ各支部長に向かって言った。
 「統監部の仕事は、今後、ますます複雑多岐になってくると思います。なんといっても、皆さんのご協力がないことには、本部として、なんの計画も立ちません。そこで、この地方指導の計画のために、まず、各支部から正確な、全国の県市町村別世帯数を提出していただきたいと思います」
 理境坊の玄関には、華やいだ話し声が響いていた。新年のあいさつに訪ねてきた人であろうか。
 原山は、落ち着いた様子で話を進めた。
 「組織は、隅々まで生かさなければなりません。これまでの各支部の統監作業には、かなり杜撰ずさんな面があって弱りました。大変だ、やっかいだと思うような、地道な活動の積み重ねのうえにこそ、偉大な城は構築されていくんです。広宣流布の邪魔をしているような、各支部の統監であってはなりません。今年からは、万事、正確に、明確に、お願いいたします」
 全国的発展の構想は、戸田の胸中に、年来、秘められてきたものであった。これまでにも、仙台、大阪と強力な手を打つてはきたが、全国的という規模からすれば、いまだ微弱という以外になかった。彼の構想のなかには、全国津々浦々の都市に、支部旗が、翩翻と翻る時の情景が、まざまざと描かれていた。しかし、それは五三年(同二十八年)当時には、ただ一人、戸田の脳裏にしかないことであった。
 小西企画部長は、再び主要行事の説明を続けた。
 ――七月二十六日、女子青年部第一回総会。十一月二十三日、第九回本部総会。十二月二十日、男子青年部第二回総会。
 説明が終わると、彼は、最後にこう言った。
 「以上は、あくまでも大綱であって、これに合わせて、さらに支部の一年の行事を企画していただきたい。今年は忙しい年になりそうです。それだけに企画性に富んだ予定を立ててください。そして、座談会や教学にいたるまで、あらゆる行事を完壁に推進していかねばならぬと思います。
 安易な企画で、要領よく、その日を送ることは、もはや許されぬ時代に入りました。効果のない行事は、一つでもあってはならない。効果のある実践の時代です。
 なお、数年来の懸案であった、学会本部の建物の購入も、本年こそ、ぜひとも実現いたしたいと考えている次第です」
 一段と進みゆく展望に、首脳幹部は心を新たにした。広宣流布は、もはや単なる観念ではない。激しい実践段階に入ったことを、悟らねばならなかった。年頭における緊張と決意が、誰の胸にも湧き、逡巡の雲を払った。
3  時計は、午後八時を過ぎている。
 戸田は、笑みを浮かべながら、一同の顔を見渡していた。会議は、これで終わったかに思われた。ささやかな新年の祝宴が続くものと、誰しもが思ったのである。ところが、戸田は、急に厳しい表情になって、清原かつに向かって言った。
 「本部辞令を発表しなさい」
 一同は固唾をのんだ。何事だろうと身構えるなかに、清原は、すっくと立ち上がった。
  石川 幸夫  小岩支部長に任ず
  石川 英子  小岩支部婦人部長に任ず
  入江千佐子  青年部女子部長に任ず
  山本 伸一  青年部男子第一部隊長に任ず
  石村 久子  青年部女子第二部隊長に任ず
  …………   …………………………………
 簡潔な伝達であった。しかし、そのなかに新しい前進の一切が秘められていた。
 清原の高い声は消えた。居並ぶ幹部にも咳ひとつなかった。
 小岩支部を中心とした異動である。これまでの支部長・富山一作は、幹事になり、青年部男子第一部隊長であった石川幸男と交代した。新しい女子部長には入江千佐子が、男子第一部隊長には山本伸一が、それぞれ抜擢されて任命をみたのである。
 実に、突然の任命であった。
 前日の元日一、西神田の本部ですがすがしい勤行をした時、戸田は、人事について一言も言わなかった。彼は、ただ、こう発言しただけである。
 「昨年中は、まことにご苦労さまでした。今年もまた、よろしく奮闘願います。
 諸君は、学会の大黒柱として、実に重要な任にあたっている方々であります。戸田は、広宣流布に命を捧げ、この体を既に投げ出しております。
 今年は、地方も大々的に開拓していかなければならないし、やり始めた仕事もたくさんあります。思えば大変であるが、どうか、広宣流布のために、しっかり働いていただきたい」
 それから直ちに、東京駅を発って総本山に向かっている。多くの幹部と一緒の車中でも、人事のことは、何も言わなかった。いつものように、泉田ために御書を読ませながら、じっと、それに聴き入っている戸田だった。総本山に着いてからも、いつ、清原かつに本部辞令を書き取らせたのか、誰一人、気づかなかった。

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