Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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地域を照らす信頼の灯台 「食」と「農」に英知と哲学を

2003.12.9 随筆 新・人間革命6 (池田大作全集第134巻)

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1  「田園の耕作は精神をも開発する」(『コルシカ憲法草案』遅塚忠躬訳、『ルソー全集』5所収、白水社)
 わが農村部の尊き友の活躍を思う時、私の心に浮かぶルソーの叫びである。
 彼は、”農業こそ人間の最も根本をなす、最も尊貴な営み”とも論じた。
 私は、全く同感である。その労苦の汗も、土にまみれた手も、断じて作物を守り育てゆかんとする魂も、何と神々しく光っていることか。
 来る日も来る年も、わが農村部の同志は大地を耕し、人間の精神を育んでこられた。地域の信頼の灯台として、その輝きは一段と、使命の国土を照らしてやまない。
 色心不二、依正不二の大生命哲理を抱きて、「生命の世紀」の先頭に立つ、誉れの開拓者こそ、農村部だ。
 私も、海苔屋の息子である。一生涯、農村部、漁村部の心で生きゆくことを、誇りと思ってきた。
2  「王は民を親とし」「民は食を天とす
 御聖訓の一節である。
 いかなる指導者も、自らの親のごとく、最大に民衆を大切にせよ、民衆に尽くせ、民衆に仕えよ!
 ここに、民主主義の根本原理が明快に示されている。なかんずく、「食」を担う農村の方々こそ、一切の生命を支え育む慈父であり、悲母の存在といってよい。
3  大聖人は仰せである。
 「白米は白米にはあらず・すなはち命なり」──あなたの心が込められた、この白米は白米ではありません。あなたの一番大切な命そのものであると受けとめております、と。さらにまた、「民のほねをくだける白米」――民の骨を砕いて作った、尊い労苦の結晶の白米とも言われている。
 蓮祖が、どれほど「農」の心を大事にしておられたか。御聖訓を拝するたびに、私の胸は熱くなる。数々の御返事の冒頭に、御供養の農作物への御礼が、律儀なまで丁重に記されていることも、その象徴である。
 ある御手紙にも――
 「大豆を一石ありがたく拝領しました。法華経の御宝前に、お供え申し上げました。一滴の水を大海に投げ入れれば、三災があっても失われない。(中略)一粒の大豆を法華経に供養すれば、法界は皆、蓮華の世界(功徳に満ちた世界)となります」(同一二一〇ページ、通解)と。
 これが、大聖人の振る舞いであられた。その御心を偲ぶにつけても、わが学会員の血の滲む真心を踏みつけた邪宗門の忘恩の悪行は、永遠に許すことはできない。

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