Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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「正義の旗」持つ神奈川 勇気で叫べ! 執念で戦え!

2003.9.12 随筆 新・人間革命6 (池田大作全集第134巻)

前後
1  この八月下旬、火星が地球に大接近する、雄大な天空のドラマがあった。
 小接近の時は地球から約一億キロ、通常の大接近で六千万キロ以下となるが、今回は実に五千五百七十六万キロまで近づいたという。
 私も、東京牧口記念会館の"月光の丘"の彼方に、ひときわ輝く火星を見つめた。
 ところで、六年前(一九九七年)の夏、前年に打ち上げられたアメリカの探査機が、七カ月の宇宙飛行の末に火星に着陸した。
 この時、火星の地表を自由自在に動き回り、写真画像などの情報を送り続けたのが、「ソジャーナ」と呼ばれる小型探査車であった。
 その名は、奴隷廃止と女性解放に戦った黒人(アフリカ系アメリカ人)の女性「ソジャーナ・トゥルース」にちなんで命名されたそうだ。(以下、アン・ロックウェル文、グレゴリー・クリスティ絵『とどまることなく──奴隷解放につくした黒人女性ソジャーナ・トゥルース』〈もりうちすみこ訳、国土社〉から引用・参照)
 彼女は約二百年前(一七九七年)、米国北部に奴隷の子として生まれ、三十歳になるころ、ようやく自由を得た。
 四十代半ばから、彼女は自由への旅人(ソジャーナ)として、アメリカの大地を歩きに歩き、真実(トゥルース)を叫びに叫び抜いていく。
 自らの体験を通し、奴隷制がいかに恥ずべき邪悪なものであるかを! 女性に対する差別の不当性を!
 もし話をしたら会場に火をつけると、脅迫されたこともあった。だが、ソジャーナは自由な人間の誇りを胸に、毅然として言い放った。
 「わたしは灰になっても話をする」
 彼女がいつも持っていた白い旗には、あのアメリカの「自由の鐘」に刻まれた言葉と同じく、力強く、こう縫いとられていたという。「自由を宣言する」と。
 その正義と真実の声が、人びとの心を動かし、社会を動かし、新しい時代を創る力になっていったのである。
2  私が常に語ってきた通り、わが神奈川は、偉大な「正義の宣言」の天地だ。
 日蓮大聖人が末法の言論戦の主戦場とされ、「立正安国論」をもって救世の鐘を鳴らされたのも、あの竜の口の法難を忍ばれ、末法の御本仏の大生命を顕されたのも、いうまでもなく神奈川である。
 さらに昭和三十二年の九月八日、わが師・戸田先生が、不滅の「原水爆禁止宣言」を発表され、青年部に「世界に伝えよ」と託された舞台も、また神奈川であった。
 神奈川の大先輩・四条金吾に送られた御書に、「師子の筋を琴の絃にかけて・これを弾けば余の一切の獣の筋の絃皆きらざるに・やぶる」と仰せのごとく、正義の師子吼は最強の大言論だ。
 この地から満天下に正義を轟かせてみせる! これが、わが同志の決心だ。
 思えば、あの歴史的な宣言が行われた横浜・神奈川区の三ツ沢の競技場には、私は、その後も女子部の総会などで、何度も足を運んだ。
 そのため、よく周辺にも車を走らせたが、隣接の保土ケ谷は、東海道五十三次の宿場町で知られ、学会草創期には文京支部の地区もあった。
 支部長代理を務めた私も、大変、お世話になった。その初代の地区部長さんが、後年住んでおられた旭区のお宅にも、私は訪問させていただいた。いずれも、今もって懐かしい地域である。
3  それは、一九五二年(昭和二十七年)のことであった。青年部が悪侶を呵責した、いわゆる"狸祭り事件"の前後と記憶する。
 当時、神奈川を中心とした鶴見支部の同志が授戒の儀式などで通っていた寺に、学会員を侮蔑する風潮があった。住職の家族が、事あるごとに会員を侮辱する言葉を浴びせていたのである。そこで、支部長以下、幹部数人が寺に抗議した。
 ところが、市ケ谷ビルの事務所で、その報告を聞かれた戸田先生の顔は、みるみる険しくなった。
 「中途半端だ!」
 師匠の叱責に、幹部たちは驚いた。一応、寺側に抗議は伝えたと、すっかり終わった気になっていたのだ。戸田先生は、履いていた下駄で、床を「ガツ、ガツ」と蹴りながら、激しい口調で指導された。
 「寺との戦いが弱い。そんな弱虫はいらぬ。中途半端な戦いは、かえって迷惑だ。悪とは妥協せず、徹底的に戦うのだ! 学会員を馬鹿にする者は誰であろうと、私は許さない!」
 そして「私が行く!」と、先頭に立って、問題の寺に乗り込まれたのである。
 戦いは執念だ。戦いは真剣さだ。そして、戦いの勝負は決着力だ。
 先生は、広宣流布を遂行しゆく学会員の、仏法上の尊き地位を訴え、寺側の傲慢な態度を激しく破折された。そのあまりの迫力に、いつも学会員を苛めていた増上慢の寺族は、肝をつぶして逃げ出すほどであった。
 「我が末弟等を軽ずる事勿れ」「蔑如べつじょすること勿れ蔑如べつじょすること勿れ」――抗議の帰り道に、戸田先生は、この蓮祖の御金言を幾度となく口にされていたという。
 その先生の真剣な姿に、幹部たちは、創価学会員である尊き使命と誇りを実感した。そして、大切な民衆を守り、邪悪を倒す正義の言論の炎を、赤々と胸に燃やしたのであった。

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