Nichiren・Ikeda

Search & Study

日蓮大聖人・池田大作

検索 & 研究 ver.9

広宣の旗高く 「真の友情」それは「真心の対話」から

1998.10.7 随筆 新・人間革命1 (池田大作全集第129巻)

前後
1  布教は宗教の生命である。
 布教なき信仰は、救済という、宗教本来の使命を放棄した姿といえる。
 戸田先生は「創価学会は折伏の団体である」と明言された。
 それは、真実の人間主義の哲理を弘め、人類の幸福と世界の平和を実現しゆく、わが学会の使命を宣言されたものである。
2  昨年の秋、私は、創価大学を訪問した折、数人の学生部員と、しばし懇談する機会があった。
 その時、一人のメンバーが言った。
 「折伏が、なかなかできないんです」
 彼は、そのことを真剣に悩んでいるようであった。
 友に仏法を教え、幸福への種子を植えようと悩む――なんと尊く、崇高なる悩みであろうか。
 私は最大の敬意を込め、全力で励ましを送った。
 「どんなことでも、最初から、うまくいくことはない。まして、折伏というのは、御書にもある通り、難事中の難事です。
 私も、若い時は、試行錯誤の連続でした。しかし、それは、将来の成功のための土台です。
 何があっても、粘り強く、朗らかに、愉快に挑戦していくことです。″愉快王″でいこうよ」
 笑顔で頷いた、彼の顔が忘れられない。
 それから五カ月後、彼は、折伏ができたと、喜び勇んで報告してくれた。
 私は、本当に嬉しかった。彼の心が嬉しかった。
3  思えば、私の折伏第一号は、大田区の小学校の教員をされている方であった。戸田先生の会社に勤めて、しばらくしたころのことである。
 それまで、何人もの友に仏法の話をしてきた。戸田先生自ら、私の友人に会って、話してくださったこともあったが、信心をするには至らなかった。
 自分が不甲斐なく、どう語ればよいのか、必死に研究もした。そして、祈りに祈り、″もう一人″″もう一人″との思いで、折伏行を重ねた。それが、どれほど大きな自身の力となっていったか計り知れない。
 そのなかで、ようやく折伏が成就した時の、あの晴れやかな感動と喜びは、筆舌に尽くしがたい。
 私は、自分の紹介で入会した人を、どこまでも、どこまでも面倒をみながら、人生の勝利者にさせる決意をした。
 その折伏をした人に、私のアパートに来ていただき、出勤前に一緒に勤行し、ともに御書を拝したものである。
 また、仕事の帰りに、勤行指導に通ったことも懐かしい。
 広宣流布という前進は、一人の友を信仰に目覚めさせていく、この地道な、そして忍耐強い活動の積み重ねのなかにある。これが、真の仏道修行だ。

1
1