Nichiren・Ikeda

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日蓮大聖人・池田大作

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執筆5周年 「広布の精神」を永遠に継承

1998.8.5 随筆 新・人間革命1 (池田大作全集第129巻)

前後
1  小説『新・人間革命』の執筆を開始してから、この八月六日で五周年を迎える。
 連載は間もなく、第八巻が終わろうとしている。
 早いといえば、あまりにも早い五年間であった。
 時は一瞬にして過ぎ去る。それだけに、片時も、私は時間を無駄にすることはできない。
 リンカーン大統領は、あの有名な「人民の、人民による……」という演説原稿を、現地に赴く列車に揺られながら書いたといわれるが、私の場合も、日々、走りながらの執筆であった。
 担当の記者が語っていた。
 「世間では、編集者が原稿を追いかけるのですが、先生の場合は、原稿が編集者を追いかけているようですね」
 私は、一カ月以上前に、原稿を渡すようにしている。
 少しでも早く仕上げ、次の仕事に取りかかるためである。
 だが、急ぐあまり、文章が粗雑になってはいないか、心配である。
2  文章というと、忘れられない思い出がある。
 戦後間もなく、新橋の印刷会社に勤めていた時のことである。
 活字を拾う仕事をしながら、こんな実感を深くした。
 ―一つ一つの活字は、鉛の塊にすぎない。しかし、それが、一旦、組み合わせられ、文章になって印刷されると、実に大きな力をもつ。文字通り、活字は生きている。文字は偉大な生命をもっている。
 ある日、この思いを、通っていた夜学の校長先生に話すと、嬉しそうな顔をされて言われた。
 「君は、すばらしいことを言うじゃないか。その通りだよ。トルストイを見るがいい。ユゴーを見るがいい。人間ばかりではなく、社会も、世界も動かしていくのが文学だ」
 その言葉は、私の胸を大きく揺さぶった。
 ″いつか、文をもって、世界中の人びとに語りかけたい″
 私を、『人間革命』『新・人間革命』の執筆に踏み切らせた背景には、そんな思いも、心のどこかにあったのかもしれない。
3  ″国民文学の父″といわれた吉川英治氏は、こう述べている。
 ――「生活の最前線に立って、実社会に働いている人こそ、ほんとの文学を体験し、ほんとの時代人である」。そして、そこから「学んで、表現の労をとるのがほんとの生きた文筆の人である」(「草思堂随筆」、『吉川英治全集』52所収、講談社)
 そうであるなら、悲しむ民衆の海のなかで、信心は、生活法であると語り、自ら幸福の実証を打ち立ててきた、わが学会の友は、″文学を体験した本当の時代人″といってよいだろう。
 広宣流布の歴史には、さまざまな同志の、涙ぐましいまでの苦闘がある。
 私とともに、広布の聖業に身を捧げてくださった誉れの勇者は、数知れない。
 まさに、あの人あり、この人ありての広布であることを痛感する。
 その″庶民の英雄″を、草の根を分けても探し出し、尊き栄光の姿をとどめ、顕彰したいというのが、私の偽らざる気持ちである。

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