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日蓮大聖人・池田大作

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第十章 「生への希望」を語る「人間のた…  

「旭日の世紀を求めて」金庸(池田大作全集第111巻)

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1  「民衆の天地」香港よ、永遠なれ!
 金庸 先日、北海道のある創価学会員の方が、お手紙を寄せてくださいました。
 手紙には、"青年たちが毎月、定期的に会合を開き、『潮』に連載されているこの対談をめぐって討論していますが、得るところがたいへん多いので、お礼を述べたくてペンをとりました"とありました。
 池田 そうでしたか。私のところにも、同じようなお便りを、たくさんいただいています。特に若い人たちが読んでくれていることは、うれしい限りです。
 金庸 貴会の青年の皆さんの向学心と努力に敬服します。また、貴会の各地のリーダーの皆さんが、組織運営に努力を払い、実績をあげておられることに感服します。会員の皆さんが、このように旺盛な興味をいだいて、学習を続けておられる。それも、池田先生の精神的な感化を受けておられればこそ、と推察します。
 池田 青年は勉強です。貪欲なまでに、いつも何かを学んでいくことです。そして、もっともっと世界に目を開いてもらいたい。そう念じています。
 金庸 会員の皆さんの手紙には、香港の前途に対する思いやりと祝福が綴られていましたが、こうした心からの厚意も、池田先生のそれと、まったく一致しています。
 香港が無事に中国に返還されたことを祝福する池田先生のメッセージを、香港SGI(創価学会インタナショナル)の李剛寿理事長から頂戴いたしました。ご厚意に心から感謝します。先生のメッセージには、先生が中国と香港に対して一貫していだき続けてこられた友情と善意が、にじみ出ていました。中国人、そして香港人が、こうした先生の思いに触れたなら、その温かさに感動しない者は一人もいないことでしょう。
 池田 今、香港返還のお話が出ましたが、あの歴史的なドラマから三カ月経ちました。そこで私たちの対話も、文学からちょっと離れて、香港返還の意義について改めて触れておきたいと思います。
 以前にも申し上げましたが、私は「二十一世紀文明」の流れを決めるカギは中国にある、と確信しています。中国の存在なくして、二十一世紀の世界を語ることはできません。
 今回、香港が中国という「大家族」の一員になったことも、そうした世界史の流れをいちだんと決定づける出来事だと私は見ています。
 それにしても返還の前後は、金庸先生も、さぞお忙しかったことでしょうね。(笑い)
 金庸 返還前後に、取材のために香港を訪れた外国の報道陣や評論家は、全部で約六○○○人にものぼりました。そのうち日本の「読売新聞」の記者やNHKの取材班など、一部のマスコミ関係者が、私のところへも取材に来ました。
 池田 先生へのインタビュー記事は、私も読みました。取材を受けた印象は、どうでしたか。
 金庸 日本のマスコミ界の友人たちは、いささか態度に遠慮のないところがありましたが(笑い)、返還への敵意を公然と示すことはありませんでした。それに比べて他の西欧人記者の大多数は、敵意があからさまで、偏った立場から質問を投げかけてきました。
 池田 といいますと。
 金庸 イギリスのある記者とは、こんな問答を交わしました。
 記者「返還後に、もし中国共産党が香港の言論の自由を制限したら、あなたはどうしますか?」
 金庸「では、二、三カ月後に、もしイギリス政府が言論の自由を制限したら、あなたはどうしますか?」
 記者「そんなことはありえません。イギリスの憲法は国民の言論の自由を保障していますから」
 金庸「香港基本法も、香港の言論の自由を保障していますよ」
 記者「あなたは信じますか?」
 金庸「何をですか?」
 記者「香港基本法を信じますか?」
 金庸「私は香港基本法の起草委員の一人ですよ。当然、信じます」
 池田 相手が悪かったですね(笑い)。香港言論界の巨人・金庸先生にかかっては、どんな記者も、かたなしでしょう。
 金庸 いえいえ(笑い)。記者との問答はこう続きました。
 記者「私はイギリスの憲法は信じますが、香港基本法に対しては確信がもてません」
 金庸「中国共産党は政権を握ってから今日にいたるまで、いかなる国際協議にも違反したことはありません。私は、このことに確信をもっています。
 ところが、イギリス政府が派遣してきたパッテン総督は、一九九五年の立法評議会選挙に関する中英両国の協議に公然と違反しました。イギリス政府も、彼の違反を支持しました。こうした事実を踏まえたとき、いったい誰に対して確信をもつべきなのか、わかるではありませんか?」
 言うまでもなく、この取材は、気まずい雰囲気のなか、物別れに終わりました。
 池田 かつて日中の国交回復を提言(一九六八年九月)したときに、私は"中国は武力による革命を輸出しないと言っている。この主張が守られる限り、中国を信じるべきだ"という趣旨の話をしました。信頼は裏切られませんでした。中国政府は今、香港基本法を順守するといっています。私も金庸先生と同じく、約束は守られると信じます。
 金庸 ありがとうございます。
 返還から三カ月経った香港は、どうでしょうか?一人でも多くの外国の友人たちが、この現実を見つめてほしいものです。そうすれば彼らの視界に飛び込んでくるものは、まさに池田先生が華麗な詩句で描写してくださった、次のような光景でありましょう。
  香港――
  それはまた
  けっしてへこたれぬ民衆の天地だ
  そこには人間と人間の熱気があり
  不敵なる生活の鼓動がある
  喧騒と活力に満ちた市の賑わい
  林立する高層アパートの
  窓辺に弾む談笑の声と声……
2  中国の「歴史の知恵」と「複眼的」思考
 池田 恐縮です。「民衆の天地」香港よ、永遠なれ!と重ねて念願します。
 私が香港の前途を楽観するのは、一つには中国のものの考え方というか、ものごとの選び方が、柔軟かつ現実的で、「無理」がないからです。
 中国政府は香港での「一国二制度」を認める、つまり共産主義中国のもとで、資本主義社会の在り方を認めると宣言しています。香港の繁栄と安定を第一義に考えて、国家の大義や"面子"は、ひとまず措こう、ということです。
 こうしたものごとの進め方は、どこの国でもできるというものではないでしょう。むしろ国の政策にしても外交方針にしても、「こうするのが正しい」となれば、多少の摩擦や混乱を引き起こしてでも無理押しする、突っ走るという例が多いといえる。
 ところが中国は、ものごとを一面的には見ません。拙速が生み出す摩擦、混乱の大きさを、まず考える。ゆえに政策も法律の運用も、現実に即した、無理のない進め方を考える。理想と現実の両面を見すえ、巧みにバランスを計りながら……。要するに、ものの考え方が「単眼的」ではなく、「複眼的」なのです。
 金庸 おっしゃるとおり、中国の香港政策も「漸進的」であり、「現実的」です。
 池田 私が感心するのは、こうした「複眼的」な思考が、長い「歴史の知恵」に裏づけられている点です。
 こんな中国の説話を聞きました。滕大尹という名裁判官の話――日本でいえば、「大岡裁き」の話です。
 ――一人の男が、親の遺言で一本の軸を滕大尹のところへ持っていった。滕大尹が軸の仕掛けを見破り、紙をはがしてみると、「土蔵の左側の壁に金の入った壷が五つ、右側の壁に銀の入った壷が五つ、塗り込んである」と書いてあった。親が自分の死後に、欲張りな兄が弟の財産を奪ってしまうだろうと心配して、こう書き残したのである。
 そこで滕大尹は兄弟を呼び出し、「お前たちの親の幽霊が現れて、土蔵の両側の壁に、宝の入った壷を五つずつ塗り込めてある。右のほうを兄が取り、左のほうを弟が取り、弟の分の一つを私(滕大尹)が取るように、とのことだった」と命じた。弟のほうに文句はない。欲張りの兄も「自分は五つで、弟は四つだから」と満足。滕大尹も金の壷一つを儲けて、三人とも得をした、という……。
 金庸 有名な物語です。こうした話を中国では、「公案(=裁判もの)」小説といいます。
 池田 これが日本なら、「善玉」であるべき裁判官が儲けるなどという話では、人々が納得しないでしょう(笑い)。むしろ日本の「大岡裁き」などでは、「三方一両損」といって、裁判官まで身銭を切るという話になっている。現実はともあれ、清廉潔白さが求められる。総じて単純明快な、ものの見方が喜ばれるのです。
 ところが中国人は、むしろ滕大尹の人間臭さに納得する。清廉潔白さとか公平さのみで割り切って考えるよりも、「人間というものは、そんなに完全ではない。裁判官だって例外ではない」と見る。
 一言で言えば、「ものごとには、いろいろな側面がある」ということを認めるわけです。
 表あれば裏あり。善あれば悪あり。これは金庸先生の小説の世界でも強調されていることですが、さまざまな価値が複合し、組み合わさった存在が人間だ、という人間理解の在り方です。ものの考え方が一面的、単眼的ではなく、多面的であり複眼的なのです。
 これは、決して無原則主義ではありません。国連復帰など戦後の中国外交一つ取り上げてみても、大原則ははっきりしており、絶対に譲らない。そのうえでの現実的な対応の柔軟さです。
 もう亡くなりましたが、日本の中国史研究の泰斗であった貝塚茂樹氏は「(中国人のような)演技のうまい民族を相手にして、外交で勝つなんて初めから考えてはいけないんです。負ければいい。そのかわり、一番うまい負け方をすることです」(貝塚茂樹『日本人を考える』文藝春秋)と言っていました。(笑い)
 もちろん「演技」とは、よい意味です。
 金庸 少々、ほめすぎの感もしますが、中国人への、深いご理解です。
 池田 香港の「一国二制度」にしても、なにか付け焼き刃的な、場当たり的な選択ではない。そうした中国伝統の「複眼思考」、中国人ならではの「歴史の知恵」に根差していると思うのです。それだけに、地に足がついている。自信がある。私が香港の将来を楽観するゆえんの一つも、ここにあります。
3  SGI運動の目的――「その国の良き市民たれ」
 金庸 一九九七年七月十七日の夜、香港SGI主催の「返還祝賀の夕べ」が開かれました。
 私は来賓を代表して、あいさつをさせていただきました。そのときにも申し上げたのですが、こうした集い自体、香港SGIが多くの香港市民と一つに融け合っていることを示すものです。
 SGIは国際的な組織として世界各地に分布していますが、いずこの地においても、現地の人々と一つに連なり、喜怒哀楽を分かち合っています。
 西洋では結婚式のときに「新郎新婦は共に、これからは永遠に一緒である。良い時も、また悪い時も(forbetterorforworse)」という誓いを立てます。
 中国人の交友では、義兄弟の契りを結ぶことが、最高の結びつきであると考えますが、このときには「共に福をうけ、共に難にあたる」という誓いを立てます。
 池田 先生の小説『碧血剣』にも、「共に福をうけ、共に難にあたる」(『碧血剣』〈第一巻〉岡崎由美監修、小島早依訳、徳間書店)と誓って義兄弟の契りを結ぶシーンが出てきますね。
 金庸 ええ。人生は永遠に良いことばかりが続くはずはありません。皆で同じ運命を背負っていこうと決めたからには、喜ばしいことがあれば、皆で共に享受する。苦難に出くわせば、皆で共に乗り越えていこうとする――二つの誓いの言葉を解説すれば、こうした意味になります。
 池田 恩師である戸田先生は、創価学会の第二代会長に就任された日に、一首の和歌を詠まれました。
 「現在も未来も共に苦楽をば分けあう縁不思議なるかな」――同志というものの縁は、それほど深い。金庸先生の小説に出てくる英雄たちの誓いにも、深く、強い絆で結ばれた「同志愛」の響きを感じます。
 金庸 それが、人間であることの証ですからね。
 ともかく香港の祖国への復帰は、香港六○○万市民が熱望してやまない、まことに喜ばしい慶事です。しかも、それは、香港市民一人一人がもつ深い自尊心に裏打ちされています。
 香港SGIが李理事長をはじめとする各責任者の指導のもと、私たち香港人と共に、お祝いをし、喜びを分かち合う。このことは、まさに「良い時も、また悪い時も」「共に福を受け、共に難にあたる」という誓いを表してくださっているのだと思います。
 私たちにとって香港SGIの皆さんは、身内同然です。香港の明日が、もっと良くなるにせよ、あるいは、あまり良くならないにせよ、皆さんは香港の果たすべき役割の一部を担ってくださると信じます。
 池田 SGI運動の目的は、「その国の良き市民たれ」というところにあります。
 私どもが信奉する日蓮大聖人の言葉に「国を知らなければならない。国にしたがって人の心も異なるのである。たとえば中国の江南の橘を淮北の地に移せば、枳になる。心なき草木ですら、その所によって異なるのである。まして心のあるものが、どうして所によって異ならないことがあろう」とあります。
 「心」とは、広げていえば文化、習慣、伝統、社会通念なども含まれるでしょう。
 その国、その国によって「心」は違う。その「心」を触発することで、「良き市民」を育てていく。そして「良き市民」を輩出することで、社会の活性化をも目指していく。それがSGI運動の眼目です。仏法は人間を、何か特定の「人格の鋳型」に、はめ込むものではありません。
 金庸 池田先生は、これまでずっと香港を重視され、見守ってこられました。それは先生が、常に向上心をもって奮起し、努力を惜しまず働く香港人の精神を、いくつもの詩で賛嘆しておられることからもわかります。
 この対談のなかでも先生は、香港の返還に誠意のこもった祝福の言葉を述べるとともに、日本の一部評論家やマスメディアが、香港の前途に対して悲観的な論調を発表していることを指摘され、その非を責めておられた。
 そして、こうした悲観論には根拠がないとされ、個人としては、返還後も香港は、より良く発展するにちがいないし、世界平和、なかんずくアジア・太平洋地域の経済発展と平和の実現に対して、今後、さらに大きく貢献していくにちがいないと考えている――そう語ってくださいました。
 私は改めて、先生のご厚情に心から感謝します。そして願っております。先生の指導のもと、香港SGIが日増しに発展を遂げ、香港と歩調を合わせて前進し、皆で、この喜びを享受しあわれんことを。

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